「白い・・。−4−」
葉乃様


    - 4 -


   3月1日・・・。

『Ririririri・・Riririririri・・』

「・・ふぁい。」
「俺だ、いい加減起きろ。」
「・・えっ・・ええっ?!」
「何朝っぱらから寝ぼけてんだ、そこは誰のベッドだった?」
「し・・はいにん・・のベッドです。」

電話で一気に目が覚めた。
セイにゆうべのことがいろいろ蘇る。
疲れの取れた頭では、それが今まで以上に大変なことに思えてくる。
恋人でもない男の、それも職場の上司の家で・・、しかもその男のベッドで一夜を過ごしてしまった・・。

「お前のいる部屋に、俺の着替えやらなんやらあるんだけどな・・。」
「あっ・・はいっ・・開けますっ!」

『がちゃっ・・。』

「おは・・よぅございます・・。」
「おぅ。」
おずおずと扉を開けるセイとなるべく目をあわさずに、歳三は自分の着替えを持って部屋を出ようとする。

「お前も、早く着替えろ。俺はシャワー浴びてくる。」
「はい・・。」

(なんで、着替えてから開けねぇんだあいつは・・。まったくあの格好、ほんとにやばいだろ・・。)

そんな考えを悟られまいとするかのように、歳三はてきぱきと動く。
昨日浴びそこねたシャワーを浴び、着替える。


セイもどうやら仕度を整えたらしい。

「お前、朝飯は?」
「いえ、大丈夫です。」
「食わない方なのか?」
「いえ、そういうわけじゃ・・。」
「じゃ、食え。」
「でも・・。」

「食べないと大きくなれねぇぞ?お子様。」
にやりと笑う歳三に、セイが頬を膨らます。
「お子様じゃありませんっ!」
「・・良かったな、腫れ引いて。」
すっとセイの目元に歳三の手が伸びる。
「え・・。」
その動きに思わずセイは顔を赤らめ俯く。俯いたセイに、歳三も我にかえる。

「ほっ・・ほらっ・・食え、朝飯。」
「はっ・・はいっ・・支配人は?」
「俺はいいんだ。」
「大きくなれませんよ?」
「俺が大きくなってどうすんだよ。誰かさんと違ってもう大人なんでな。」
「そうでした、おじ様。」
「・・・。」
「良かったら、台所使わせてください。2人分作ります。」
「いいって。俺は。」
「駄目です!体に悪いんですよ、朝御飯抜きって。」
「お前だってさっき抜こうとしたじゃねぇか・・。」
「そうでしたっけ?」
「・・・。」

セイがここまで歳三に言い返せるようになっていることに、歳三は安心した。
普段の憎まれ口が、こんなにも安心するものだったのか・・。

(やっぱりこれぐれぇ、威勢がよくねぇとな・・。)

ふと緩んでしまった顔を覗き込むセイに、思わず歳三は顔を背ける。
「じゃあ、頼む。いそがねぇと間に合わねぇぞ?」
「はい!」


「・・・お前、結構料理できんだな・・。」
「当たり前です。1人暮らしですよ?」
「そういや、そうだったな。」
「どうぞ?」
「あぁ。・・・いただきます。」



「おっはよ〜神谷!」
店に入ろうとしたセイに明るい声が聞こえる。
「あっ、藤堂さん、おはようございます♪」
「・・なんで制服で出社?」
「えっっと、その、朝時間がなくて・・。着てきちゃったほうが早いかなって・・。」

とっさに浮かんだ言い訳は少し苦しい。

「そっか〜寝坊しちゃうと大変だよね〜♪俺なんかこの時間なのに私服〜。」
藤堂は疑問にも思っていないらしい。セイはほっとする。
「あはは、早くしないと♪遅刻になっちゃいますよv」
「そうだ〜!神谷、先行くね!!土方さんにボーナス下げられる〜。」
「くすくす・・。」

彼はそんなことしないだろう。とセイは思う。
ついこないだまでは、自分もそう思っていたはずなのに・・。
いつからなんだろう、彼の本当の姿と周りの評価が作るギャップに気づいたのは・・。

「おはようございます・・。」
「おはっ・・沖田先輩・・。」
振り返るとそこに総司がいた。

「おはようございます・・。」
「神谷さん、昨日はすみませんでした・・。」
「いえ。」
「もう、あんなことしませんから、ちゃんと今日はうちに帰ってくださいね。」
「えっ・・・?」
「どこかに、泊ったんでしょう?一晩中、帰ってこなかったし。」
「ずっと、起きてたんですか、沖田先輩・・。」
「ずっとってほどじゃないですけどね。」

その力ない笑みにセイの胸が痛む。
昨日の出来事が、彼にとっても自分で自分を傷つける行動だったらしいと思う。

「もう、大丈夫です。ちゃんと、今日はうちに帰ります。」
そういうとセイはにっこり笑う。
自分ではそれがきちんと出来ているかいささか心配だったが・・。

「神谷さん・・。」
セイの笑顔に総司は言葉をなくした。

もっと詰られるだろうか、泣かれてしまうのではないかと心配しながら声をかけたはずだった。
それなのに、彼女は昨日のことが無かったかのように微笑んだのだ。
彼女が昨日泊まったところはどこだったのか、本当に里の所に泊ったのだろうか?

どこで傷ついたはずの心を癒したのか・・?

「さっ、行きますよ!遅刻しちゃうっ!」
「ええ・・。」



「遅ぇぞ、神谷、総司。」
「土方さん!」「支配人っ・・。」
「遅刻ぎりぎりだ。」

にやりと笑う歳三にセイは総司にわからないように、微笑み返す。
あえて出社時間をずらしたのだ。

「ぎりぎりってことは間に合ったんですよね?土方さん。」
セイの手前、冷静に言葉を交わす2人。
昨日歳三が一方的に切った電話の決着はもちろん、ついていない。

「あぁ。命拾いしたな。」
「良かった〜。」
「安心してねぇで、さっさと働け!お前はまだ着替えてもいねぇだろっ!」
「はいっ!」

慌てて、着替えをしに走る総司を見ながら、その場に残ったセイに耳打ちする。
「よく頑張ったな。」
「え・・・?」
「ちゃんと、笑えてたぞ。」
「・・っ・・。」
「ここで泣いたら台無し。」
そういうと、歳三はにやりとまた笑う。

「泣きませんよっ・・・。」
小さな声で言い返すセイ。歳三はその頭をぽんっと叩く。
「よし。」
「支配人・・ありがとうございます。」
「どういたしまして。」

昨日からめまぐるしくセイを取り巻く空気が変わる。
店もそろそろ終わり、その頃にはセイは総司と普通に話せるようになっていた。
正直そのことに一番驚いたのはセイだが、あえてその理由を知ろうとも思わなかった。


「じゃ、お先に失礼します〜♪」
「「お先〜♪」」
「神谷、バイバイ〜。」
皆口々に、挨拶し店を出て行く。

歳三とセイがその場に残った。

「なぁ、神谷・・。」
「はい?」
「今日じゃなくても良いんじゃねぇか?・・お前疲れてるだろ。」
「いえ、私は・・。でも支配人もお疲れですよね・・?」
「いや、俺は・・。」

お互いに相手を気遣うが、どちらも疲れてはいないらしい。
約束を先延ばしにする理由はみつからない。
「「・・・・。」」

「じゃ、やるか?」
「くすくす・・はい、お願いします。」
こうして、約束の紅茶講座は始まったのである。

「っていっても、それほど教えることねぇんだよなぁ・・。」
つぶやくように言う歳三に、セイは聞き返す。
「え・・?」
「淹れ方だろ?」
「ええ。」

一から紅茶を入れる自分を思い浮かべるようにしながら、歳三は語りだす。

「ティーポットとカップは温めておく事。ティーポットは丸い形の方がいいな。 ・・あとは、茶葉はティースプーンで、淹れるカップの数+1杯。あとはなんだ・・。 そうだ、ポットのお湯とか、汲み置いた水とか、ミネラルウォーターとかは使わない。 水に空気が含まれてないからな・・。水道の水を勢いよくやかんに入れて、 それで湯を沸かすんだ。完全に泡立って沸騰しきる直前、泡が立ち始めたあたりで 火を止めて、茶葉を入れたティーポットの中に少し高めの位置からお湯を注ぐ。 それで、あとは、大体3〜4分蒸らしてカップに淹れりゃお終いだ。」
「えっ・・?」

とうとうと説明する歳三に、セイはついていけない。

「それで、お終い。」
「それだけなんですか?」
「そうだ?」
「・・・。それだけで、あんなに綺麗なお茶淹れられるんですか・・?」
拍子抜けしたセイの顔に、歳三は自信たっぷりに言う。
「あぁ・・もっとも、俺が淹れるからあぁなるんだ。」

その表情に、思わず笑みを漏らしてしまった。

「なんだよ。」
「いえ、ほんとに・・支配人って・・。」
「なんだ?」
「すごいな、って思って。」
「・・・・。」
その笑顔に思わず、次の言葉をなくす。

「ば・・すごくなんかねぇよ・・。」
「そうですか?」
「そうだ!・・・ほら、じゃやってみろ。」
ぶっきらぼうにセイに指示を出す。無論、照れ隠しである。
「えっ?」
「講義は終了。あとは実習。」
「いきなり?」
「あと何教えろってんだよ・・・。」
「そりゃそうですけど・・。」
「ほら、さっさとしろ。」
「はい。」



セイの淹れた紅茶を飲みながら、歳三が言う。
「悪かねぇな。」
「私だって、初めて淹れるわけじゃないですもん。」
「でもこないだティーサーバー丸くないやつ使っただろ?」
「・・・あ・・。」
「それだけでも違うらしいぜ?」
にやり、と笑うこの男の観察力に驚きながらも、セイは紅茶の味が確かに違うことに気づく。
「・・・そうかも・・ほんとに美味しい・・。」

嬉しそうに紅茶の香りを楽しむセイに歳三が言う。
「なぁ、神谷。」
「はい?」
「ホワイトティーって知ってるか?」
「・・ミルクティーか何かですか・・?」
きょとんとした顔で、セイは歳三を見る。

「・・・そういうんじゃなくてな・・。」
「紅茶なんですよね?」
「正確には、紅茶・・とも違うんだけどな・・。」
「紅茶じゃないんですか・・?」
「紅茶は、発酵茶だろ?」
「はい。」
「で、ウーロン茶が半発酵茶なのは知ってるか?」
「はい。」
「ホワイトティーは微発酵茶なんだ。」
「微・・?」
「俺もよく知らないが、そう呼ぶらしい。紅茶の種類って言うよりは等級なんだとさ。」
「支配人も知らないんですか?」
「ミルクティーだと思ってた奴に言われたくねぇな・・。」
「だって・・くすくす・・。」

セイがおかしそうに体を丸め、持っているカップを顔に近づける。
歳三は、憮然とカップの中のお茶を飲み干す。

「それで、そのホワイトティーがどうしたんですか?」
「いや、一回飲んだことがあるんだが、美味かったなと思って。」
「・・どんな感じなんですか?」
「どっちかって言うと緑茶に近いか・・紅茶ほど強くないんだ。それに少し甘味がある。」
「甘味?」
「砂糖とかそういうんじゃないぞ?」
「わかってますよ。」

セイはそれぐらいわかると言わんばかりであるが、歳三はそれを気にもとめずに、話を続ける。

「・・じゃあ、ブラックティーは知ってるか?」
「紅茶のことでしょう?」
「なんだ、知ってるのか。」
からかうような目で歳三はセイを見る。
「知ってますよ!」
頬を膨らませて、セイは言い返す。

にやにやと笑う歳三の意図がわからない。
ホワイトティーなんて聞いたことも無い。それが一体なんだと言うのか・・。

「ブラックティーよりはホワイトティーの方がお前にはあってるかもな。」
「どういう意味です?」
「さぁ?」
「支配人・・?」
不可解なことばかり言う歳三にセイは首をかしげる。なにかあるんだろうか・・?

「さて、今日はもう終わりにしようぜ?」
「えっ、あっ・・はい!ありがとうございました。」
首をかしげていたセイに今日の「講習」の終わりを告げる。
突然の終了宣言にセイは慌てるが、それでもきちんと礼を言う。
そのセイらしい反応に歳三は笑う。

「今度試験な。」
「えっ?!」
「当たり前だ、俺に教えろと言ったからには、試験にも合格してもらわねぇとな・・。」
「試験なんて、そんな・・!」
今だって紅茶を淹れたのは自分だ。これ以上何の試験があるのか・・。

「合格できなかったら・・どうなると思う?」
「どう・・なるんですか?」
不安そうに歳三を見上げるセイに、意地悪い笑みを返す。
「さぁな、そうならないように気をつけろ。教えたことはもう一回確認しとけよ?」
「支配人〜〜〜〜。」
「帰るぞ。」
「・・・はぁい・・。」
「返事は短く。」
「はい!」




紅茶について色々と勉強できたお話でした(違)
前回からどきどきしながら読み進めていったのですけれども、総司との距離は開き、歳とは近付く。
それが日を追うごとに感じられて、何だか本当の恋愛をみているようです。
紅茶の試験、受からないとどうなるのでしょう。どきどき。
ここで邪まな妄想をしてしまったもう末期症状の女将です。
次回は最終章、はりきって参りましょうv