「花が紡ぐ言の葉−2−」
葉乃様
− 2 −
「はぁ・・はぁ・・。」
(こんなはずじゃなかったのに・・・どうしてこうなっちゃったんだろう。それに、なんであんなに不機嫌になるの・・?)
セイの眼に涙がにじむ。
あげる本人に聞くというばれる危険を冒してまで聞いたのに、結局内容も聞けずに、けんかにまでなってしまった。
そう、セイは総司にあげる為に総司本人に作り方を聞いたのであった。
セイが甘くないチョコを総司にあげたいと思ったのにはわけがある。
それは・・・。
「あっ!まずい!忘れてた・・。鉢植えに水やってない!!」
ふと思い出したようにセイは俯いていた顔を上げる。
「patisserie mibu 」の事務所に置いている鉢植えに、今日こそ水をあげようと思っていたのだ。
それをすっかり忘れて帰ってきてしまった・・。
「しょうがない・・もう一回行かなきゃ・・。」
総司と別れて、もと来た道を歩いてきたわけだから、店はそう遠くない。
あの角を曲がれば、店はすぐそこなのである。
「あれ・・明りついてる?」
『きぃ・・・・』
ドアを開けるとやはり明りはついていた。
そして、そこには数枚の書類を睨み、椅子に座っている男が1人。
「支配人・・。」
「なんだ、神谷。また来たのか?」
「支配人こそ・・まだいらっしゃったんですか?」
「あぁ・・仕事があるって言っただろ?それだ。」
「店休日なのに、お疲れ様です。」
「別にたいしたことじゃねぇさ。お前は・・?」
「え・・?」
「何しに来たんだ?さっき帰ったのに。」
「鉢植えに・・水をあげるのを忘れていたのを思い出して・・。」
「あぁ、あれのことか?」
歳三が窓際にある鉢を指差す。その鉢植えの土は、しっかりと水を含んでいる。
「えっ・・お水あげ忘れて2日経つのに・・どうして・・?」
「2日も忘れんなよ・・今日なんか見てられなかったぜ?」
「えっ・・じゃあ、まさか・・支配人が?」
「あぁ、やっといた。せっかく戻ってきたのに無駄足だったな。」
そういうと彼はいつもの意地悪げな笑みを浮かべる。
「ありがとうございます!良かった〜vv」
「神谷・・?」
からかったつもりが、礼を言われ戸惑う歳三。
「だって、お水あげてくださったんでしょう?このこが無事なら無駄足なんてなんでもないですっ・・。」
窓際へ行き、満面の笑みを浮かべ、鉢植えを抱きかかえたまま振り返る。
その仕草に歳三は思わず言葉を失う。
急に恥かしくなり、つっけんどんに言い返す。
「そんなに大事なら、うちで育てりゃいいだろ。」
「うちはここほど日当たりが良くないんです。せっかく綺麗な窓があるんだもの、置かせてもらおうと思ってv」
「・・・毎度毎度、水あげ忘れりゃ、いつか枯れるぞ?」
「まさか・・今までも?」
「うっ・・しらねぇよ・・・。」
「ありがとうございます!そうだったんですね?」
「だから、しらねぇって言ってんだろ。」
「はい、わかりましたvどこかの優しい人がやってくれたんですね?」
「優しくなんかねぇよ!」
「あら、誰も支配人とは言ってませんよ?ご存知ないんでしょう?」
「ぐっ・・。」
「なんてv でもありがとうございました。」
「あぁ。」
「支配人・・。」
「ん?」
「少し、休憩しませんか?私、お茶入れます。」
「あぁ。じゃあ、頼む。」
「はい!」
セイがお茶を入れ戻ってくる。
歳三は、カップを1つ受け取ると、机を離れ、窓際に立った。
「なぁ、神谷。」
「はい?」
「総司は・・どうしたんだ?」
「・・。」
「一緒に帰ったんだろう?よくあいつがこんな時間にお前を1人で戻らせたな。」
「それは・・。」
「けんかでもしたのか?」
「・・・。」
「そうなんだな・・?」
「はい・・。」
セイはさっきの出来事をかいつまんで歳三に話す。
歳三はそれに相槌も打たずに黙って聞く。
「というわけなんです。急に不機嫌になって・・。」
「なるほどな。」
(あたりまえだろ・・野暮天・・。)
「で、あんまりきつく言われて私もかちんっときちゃって・・。」
「そうか・・。」
(総司もばかだな・・・。)
「でも、やっぱり私が悪いんです。明日、謝ろうと思います。」
「あぁ。」
(なんだ、結局は謝んのか。)
しょんぼりとしたセイの顔をみつめ、歳三は複雑な気持ちでいた。
(こいつは・・やっぱり総司のことが好きなんだよな・・。)
「で、誰にやるつもりだったんだ?」
「はい?」
「はい?じゃねぇ。誰にやるつもりだったんだ?教えろよ。」
にやにやと笑いながら歳三が言う。答えはわかっている。
「・・・いや・・その・・。」
「総司だろ?」
「なっ・・んで・・はっ・・!」
「ばればれだろ・・。」
「・・。」
「甘いもんばっかり食ってるから、心配になったか?」
うろたえるセイの顔を見ながら、そういう歳三の口調はいつもより優しい。
あげる相手がばれたこと以上に、それがセイの心を落ち着かなくさせる。
「・・・いや・・その・・。」
「だとしたら、甘くないチョコはやぶへびかもしんねぇぞ?ビターチョコの方が、カロリーは高い。」
「そうなんですか?!」
歳三の言葉に顔をあげ、意外な事実に驚くセイ。
「あぁ。売ってる板チョコ調べてみろ。後ろにカロリー書いているやつあるだろ?」
「そうだったんですか・・。」
「ま、甘いもんが好きな奴には、甘いもんをちゃんとやった方がいいじゃねぇか?それで死んでも奴なら本望だろう。」
「支配人・・。」
「さて、そろそろ帰れ。送っていくから。」
「いえ、大丈夫です。一人で帰れます。」
「いや、俺も帰るところだ。それに、前みたいな事がないとも限らねぇし。」
「・・・。すみません・・。」
前みたいなこと、とはセイがナンパされ、無理やり連れて行かれそうになったクリスマスの夜のことを言っている。
あの時のことは、セイにとってもあまり思い出したくない。
あんなことがもう一度あるのは、はっきり言って嫌だ。
「いや、責めてんるんじゃなくてな・・。」
「え・・・?」
「なんでもねぇ・・。」
あの時のこと、は歳三にとってもある1つの変化を与えていた。
小さな変化かもしれないが、確実に何かが歳三の中で変わっている。
歳三自身もまだ、はっきりと気づいてはいない。
「ありがとうございました。支配人。」
「あぁ、じゃ、明日遅刻すんなよ。」
「はい、お休みなさい!」
「じゃあな。」
「あっ・・支配人。」
「なんだ?」
「今度、紅茶の入れ方教えてください!今日のお茶、美味しかったです。」
「・・・あぁ、わかった。今度な。」
歳三の車を降り、セイはアパートへと入っていく。
歳三はそれを見送ると、車を出した。
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「神谷さん。」
「えっ!沖田先輩?!」
玄関に入ろうとして、かけられたその声にセイは驚く。
隣のドアが開き、総司が顔を出したのだ。
「あの、さっきはすみませんでした。」
「いえ、こちらこそ・・すみません。」
「チョコのことなんですけど・・。」
「あっ、それなら、もう大丈夫です。甘いチョコにしますv」
「え?」
「甘くないチョコってカロリーは高かったんですね。食べても太らないチョコがあったらいいなぁ、なんて思ったんですけどそうは行かないって
ことですねvやっぱり体動かさないとv」
笑顔のセイに総司は拍子抜けする。
「そうですか・・ならいいんですけど。」
「はい。ご迷惑をおかけしましたv」
「いえ・・じゃあお休みなさい。」
「はい!お休みなさい。」
ドアを閉め、お互いの部屋に戻る2人。
総司はセイの様子に疑問をもちながらも、もう1つの疑問にも頭を使っていた。
(カロリーが高いって・・誰に聞いたんだろう・・?)
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「セイちゃん、準備できた?」
「うん、里さんばっちりだよ♪」
「まさちゃんは?」
「うちもv なぁ、うちまでいれてもろて良かったん?去年までは里先輩とセイちゃんが2人で作ってたんやろ?」
「何水臭いこと言ってんの!いいに決まってるじゃん!ね、里さん♪」
「そうやv 水臭いえ?まさちゃん・・。」
「そっか!おおきにv」
まさは、原田の彼女である。
そして、実はそれよりも以前、里の高校の後輩でもあったのだ。
高校卒業後にしばらくあっていなかった2人が、セイを通じて再会したのだ。
今日は3人集まって、チョコレート作りである。
「山南さん、楽しみにしてそうだよねv」
「もうセイちゃんったら・・。」
真っ赤になる里をみて、セイは嬉しそうに微笑む。
兄の恋人だった里は、セイが受けた悲しみと別の悲しみを同時期に受けた。
最愛の人を亡くし、死に目にも会えなかった悲しみは、看取ることが出来たセイよりもたぶん深い。
その里が、新しい恋を見つけその相手と幸せなときを過ごしている。
里を姉のように慕うセイにとっては嬉しいことであった。
「山南さんは大人やもんね、うらやましい。」
「そんなこと言って〜原田さんだって楽しみにしてたよ〜。」
「そうなん?」
「うん、そうなんv」
「もう、セイちゃんは〜v」
まさの口調をまねて、返すセイにまさは思わず笑う。
「ところで、セイちゃんはどないなん?」
「ん?」
「誰にあげるの?」
「内緒v」
「「え〜。」」
「あはは、嘘嘘。「patisserie mibu」の皆にあげるよv 義理だから、山南さんと、原田さんにもあげていいよね?」
「「それはかまへんけど・・。」」
((全員と一緒なんて・・沖田はん可哀想・・。))
「今回は2種類つくるんだ〜♪」
「「えっ?!」」
「だめ?」
「いっいやっ・・ええと思うえ。なっまさちゃんv」
「うっ・・うちもそう思うよ、セイちゃん!」
「ふふふv 楽しみ〜。」
((沖田はん・・おめでとう。))
そんな会話をしながら、チョコレート作りの作業は始まる。
各々、チョコを刻んだり、湯煎のためのお湯を沸かしたりする中、セイは1人オレンジピールを細長く切っていた。
「セイちゃん・・それ、なんに使うん?」
「ん?これね、2種類のうちの1個。オレンジピールにチョコレートをかけて、スティックにするの。これなら、甘過ぎなくていいって、斎藤さんが言ってたのv」
オレンジの皮の砂糖漬けに、チョコレートをかけ、1本ずつ冷やせば、確かにスティック状になる。
ほんのりオレンジの皮の苦味がして、ただチョコを食べるよりは甘すぎないらしい。
それは里も知っていた。しかし、甘い物好きの総司にあげるには不自然な選択である。
セイがわざわざ別のものを作ってあげたい相手は一体誰なのか・・・?
「セイちゃん・・沖田はんにあげるんと違うの?」
「まさちゃん、違うよ?これは支配人の分。」
「「えええええええっ!!!!」」
驚いて大きな声をあげる2人にセイは思わず耳を手で覆う。
「何・・2人とも・・。」
「何って、セイちゃん!いつの間に?!そんなことになったのはいつやの?!」
「そうやっ!!いつの間に土方はんとそんな・・・うちてっきり沖田はんやと・・。」
2人の言葉にセイは慌てて手を振る。
「ちっ・・違うよっ!!そうじゃなくて、これはお礼なの!ちょうどバレンタインだけど、そういう意味じゃなくて!!」
「「お礼・・?」」
「うん・・最近ね、なんだかお世話になりっぱなしで・・。」
少し照れくさそうに俯くセイの、目は完全に誰かを想う目である。
そんなことには当然、セイ本人は気づいていない。
「「セイちゃん・・。」」
セイのその様子にそれがただの「お礼」でないことは明白であったが、あえて、口にせず、2人は続ける。
「そっか、じゃあ、美味しいのにしなきゃね?」
「そうやv 頑張ってセイちゃん!」
「うんv」
そうして・・・。
「「「出来た!」」」
「やったね〜、できあがったよv」
「里さんの可愛い〜♪」
「ふふっv 結構頑張ったもん。」
「ほんとだ里先輩すごい!」
「まさちゃんのだって、可愛いよv 原田さん喜びそうv」
「そう?喜んでくれるかな?」
「うん、絶対喜ぶよ!」
「セイちゃんも、綺麗に作ったね〜。こっちはトリュフ、スティックもきれいやんv」
「えへへ♪」
お互いのチョコを誉めあい、きゃあきゃあと騒ぐ。
ひとしきり「鑑賞会」を終えたところで、里があるものを持ってくる。
「これな、うちのお店で花束につけるもんいくつか持って来たんやけど、ラッピングに使ってみたら、どうやろか・・?」
「「わぁ・・可愛い〜♪」」
そこには数種類の花や葉をモチーフにした飾りが箱に入れられていた。
小さな造花が、ひとつひとつ丁寧に作られている。
「いいの?里さん?」
「もちろんv」
「里先輩おおきに!」
「ほな、好きなの選んでv」
「私、これv」
「うちはこれv」
「ほな、うちはこれにしよv」
そういうと1人ずつ、その飾りを取っていく。
まさが手にしたのはチューリップ、里が手にしたのは薔薇、セイが手にしたのは、サクラソウとブドウ、そしてクローバ−であった。
「まさちゃんはチューリップ?花言葉は「愛の告白」やね?」
さすが、花屋というべきか、里は選んだ飾りに1つずつ花言葉を解説していく。
「うちのも一緒。薔薇も「愛の告白」とか「愛」とか・・v」
少し照れながら、里は言う。
そして、セイの選んだ飾りを見て、まずセイに問う。
「セイちゃん、それ誰にどうあげるん?」
「え?これは皆に。」
そういうとセイはブドウの飾りをいくつか取り出す。
「そっかv 花言葉は「親しみ」よ。ぴったりやなv」
「うんv」
「サクラソウは?誰に・・?」
「これは沖田先輩に。甘いの好きだから、ちょっと多めに包んだの。目印に別にしてみたのv」
「そっかv これはねぇ・・知りたい?」
「えっ・・なんか悪い言葉?」
「ううん、違うけど、これは「初恋」vvv」
意味ありげに笑う里にセイは思わず顔を赤くする。
「初恋・・って、セイちゃん、そうなん?」
にこにこと笑うのはまさ。わかってはいたが、こうはっきり結果に出るとなんだか微笑ましい。
「もう・・。」
「さて、じゃ、お茶にしよv 全部出来上がったし、休憩休憩v」
「あっ・・待って。里さんこれは?」
セイは、クローバーの飾りを里に見せる。
「それは、土方はんに?」
(セイちゃん・・やっぱり・・・。)
「うん。あんまり華々しいのだと、貰ってくれないだろうし、中身が違うから、皆と一緒にできないし・・これならいいかなって・・。」
「なるほどv いいんちゃう?悪い言葉じゃないえv」
「そっか、良かった〜。で、なんなの?」
「それは内緒v」
「ええ〜!!気になる〜教えてよ、なんでこれだけ教えてくれないの?」
「それも秘密v」
「ええ〜〜!?」
「さっ、お茶入れてくるわv」
そうして、結局セイがクローバーの花言葉を知ることは出来ず、その日は家に帰ったのである。
お茶を飲むだけのつもりが、ご飯も3人で食べ、遅くなってしまった為、結局調べられずにその日を迎えてしまったのだった・・・。
そうして迎えたバレンタイン当日。
前日の忙しさに比べれば、それほどでもないバレンタイン当日の店内ではあるが、やはり忙しいことには変わりない。
朝から店もカフェも目がまわるほどであった。
「神谷〜、こっちトリュフとコーヒーだって!」
「はい!、今持ってきます!」
「神谷〜、紅茶入ってる?」
「まだです〜!!すみません〜。」
「いいよ〜俺やっとく〜。」
「ありがとうございます〜!!」
もうてんてこ舞である。
それでもクリスマスの時よりは早く仕事が落ち着いたのは、従業員が全員揃っていることと、バレンタインという行事の性質上、食べて帰るというよりは「前もって買っておいて、当日渡す。」という人が多いからであろう。
とにかく、この日も無事に閉店を迎えたのである。
「お疲れさま〜。皆良くやってくれた。」
「店長、お疲れ様です!」
「ふ〜疲れた〜。」
「俺なんか足が棒みたいだよ。」
「俺たちだって、今日配達しなきゃならない大口の搬入結構大変だったぜ?なぁぱっつぁん。」
「あぁ。」
口々に、疲れを吐き出すと、従業員の休憩室はいっぺんにぐったりとした雰囲気になった。
「「「「はぁ〜。。。」」」」
『がちゃっ』
「皆さん、お疲れ様です♪」
「「「「神谷!!!」」」
「神谷さん!」
「セイ・・。」
「神谷君・・。」
いくつもの小さな箱を抱えて、休憩室に入ってきたセイに、皆が注目する。
「どうしたんですか・・?それ・・。」
「えへへ♪皆さんに1つずつ。いつもありがとうございますv」
照れながらも、そういうセイに歓声があがる。
「「「「ありがとう、神谷〜vvv」」」
疲れた空気はあっという間にどこかへいってしまったらしい。
一人一人小さな包みを受け取り、わいわいと騒いでいる。
「神谷〜、実は俺のことを・・。」
「違います!もう!原田さんはこれからまさちゃんと会うんでしょう?」
「いやぁ・・。」
と柄にもなく照れている男もいれば、
「神谷〜こっちでチョコくれるのなんて神谷だけだよ〜♪」
「藤堂さんだって、悠ちゃんからチョコ届いてるじゃないですかv」
「そうなんだけど・・・まったく留学したっきり帰ってくる気配がないんだよ〜。悠〜。」
「あらら・・・。」
と、遠くにいる恋人に思いをはせている男も1人。
そして・・。
「セイ・・ありがとう。」
「どういたしまして、斎藤さんv」
(たとえ義理でも・・神谷からもらえるなんて・・。)
と静かに喜びをかみしめる男。想いは人それぞれである。
近藤、井上、山南、永倉からも礼を受け、セイは照れくさそうにしている。
いつもなら一番に礼を言いそうなこの男が、まだ沈黙している。
セイは不安げに男に声をかける。
「沖田先輩・・?」
「あっ・・はい。ええっとありがとうございます、神谷さんv」
「どういたしましてv」
総司は開けた包みの中を見て、複雑な気持ちを抱えていたのである。
(甘くないチョコでは・・ないですね。普通のトリュフみたいだ。やっぱり、神谷さん、自分自身のの為に甘くないチョコの作り方を知りたかっただけなんでしょうか・・?)
結局、総司の考えに答えが出るわけもなく、「patisserie mibu」の皆は解散し、家へ、恋人との待ち合わせ場所へと向かっていった。
「神谷さ〜ん。帰りましょ〜。」
着替えを済ませ、別室にいるセイに声をかける。
セイも隣の部屋から返事を返す。
「あっ・・沖田先生!すみません、今行きます!!じゃない、すみませ〜ん、先に帰ってくださ〜い・・。」
「どうしたんですか〜?」
「今度、新しい制服のことで近藤店長と打ち合わせがあるんです〜。長くなりそうだから、今日は先に帰ってください〜。」
「ええ〜。じゃあ、私も見に行きますよ〜。」
「恥かしいから・・それは止めて下さい・・。」
「なんでですか〜。いいじゃないですか〜。どうせ決まったら見ることになるんでしょ?」
「それはそうですけど、どんなのかわからないし、いくつか着なくちゃならないんです。作ってくれるお店の人も来ますから・・。」
「それじゃあ、しょうがないですね〜。お先に〜。」
「すみません、お疲れ様です〜。」
「つまんないなぁ・・土方さんの所でも行こうかなぁ・・。」
そうつぶやいては見たものの、今行けば確実に何人もの女に囲まれている土方に置き餌にされそうである。
遊びなれている土方のこと、バレンタインにいくつものチョコを貰っても、相手に本気でなければ、そのまま夜まで過ごすことはない。
この日に過ごしてしまえば、それは「特別」を表わすことになると、しっかり心得ている。
だから毎年、深夜になってから総司が土方の所まで行って、受け取らざるをえなかったチョコを貰って帰ってくるのである。
一旦家に帰り、時間をつぶしてから外に出よう。
さっき貰ったチョコでも食べながら、ゆっくりしよう・・。
そんなことを考えながら総司は店をあとにしたのである。
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