3月14日・・・。
「神谷。」
帰り際のセイを歳三が呼び止める。
最近よく聞くその低い声にセイは足を止め、振り返る。
「はい?・・・なんですか?」
「手ぇ出せ。」
「・・?」
首をかしげながらも、セイは何かをすくうかのように両手を揃えて前に出す。
「ほらよ。」
「えっ?!・・わっ・・とっ・・・・。」
少し離れた位置にいる歳三から、軽く投げられたその小さな包みをセイはお手玉でもするようにしながら、なんとか受け取る。
「なんですか?これ?支配人。」
小さな包みを両手で包み、セイは歳三を見る。
「こないだ言ってたやつだ。珍しく手に入ったんでな。」
「こないだって、あの?」
「あぁ、やるよ。」
「いいんですか?なかなか手に入らないんでしょう?」
「あぁ、俺は1回飲んだしな。」
「ありがとうございます!」
「おぅ。」
言葉少なに、彼らしく、セイの笑顔に返す。
セイは嬉しそうにその包みを両手で包んだまま、店をあとにする。
「嬉しい♪里さんにも分けてあげよう〜♪」
「白い・・。−1−」
葉乃様
2月16日・・・。
「里さん!!どうして教えてくれなかったの!!」
バレンタインデーの慰労休暇と称した休みを貰ったセイは、里の家に来ていた。
「どうしてって・・セイちゃん・・。」
来てすぐに、目に涙を溜めてそんなことを言うセイに里は正直、戸惑った。
「あの時教えてくれてれば、違うのに選びなおしたのに!誤解されちゃってるかもしれないじゃない!!」
「・・・セイちゃん、クローバーの花言葉、わかったん?」
ここで初めて、里はセイがクローバーの花言葉をどこかで知ったということに気づく。
「テレビでやってたの!渡した後に!しかもそこに支配人もいたの!!」
セイはもはやパニック状態である。
なかば八つ当たり気味にまくし立てるセイに、里はため息をつく。
「そう、それやったら、教えてあげたら良かったねぇ。・・・でもな、セイちゃん。」
穏やかだが、セイの目をしっかり見据えて話す里の様子にセイの熱が少しずつ冷めていく。
「いくらクローバーかて、所詮は花言葉や。選んだかてそれが気持ちを必ず表わすとは言われへん。
そこまでムキになるんはちょっとおかしいえ?そんなにムキになるのはセイちゃんがそう思ってるからちゃうん?」
「なっ・・。」
里の言葉にセイは顔を赤くし、反論しようとするが上手く声が出ない。
「バレンタインのチョコやなしに、お礼のつもりであげるって言ってたんやろ?
お礼のつもりの品に、クローバーの飾りがついてたかてどうってことないんとちゃうん?そんなん、いくらでもあるえ?」
「でも・・そんな・・。」
「誤解受けるかも〜って心配するんは、セイちゃんがそう思てる証拠なんちゃうん?」
「里さん・・。」
「せやけど、結局わかってしまうんやったら、教えてあげたら良かったね、ほんま、堪忍ね・・。」
里の言葉にセイは俯く。
完全な八つ当たりだ。里に何の罪も無い。
悪いのは、自分のしたことで、土方との仲がぎくしゃくしていることを人のせいにして逃げ回っている自分だ・・。
「里さん、ごめんなさい・・。」
「セイちゃん・・?」
「里さんの、言うとおり。そうだよね・・私・・ほんとにごめんなさい・・。」
クローバーの花言葉を知ったあの日、結局朝一言交わした以外は、セイと土方は話をしていない。
というより、セイが話を避けてしまっていた。
その後も出来るだけ顔をあわせないようにして、仕事が終わっても早々に帰宅したのである。
ここ最近は、仕事が終わってからも何かと言葉を交わすことが多かった2人がこんな状態になったのは、とても居心地が悪かった。
セイにとっても、土方にとっても・・。
セイは深いため息をついた。
(どうしてこんなことに・・。)
自分がたまたま選んだ花飾りの、花言葉がわかったというだけなのに、それでどうしてここまで動揺しているのか、
そして、それについて否定も肯定もしようとしない、いやできないその自分にセイは戸惑っていた。
違うのなら、否定すればいいだけ。
でももし、そうなのなら・・・。
(どうしてこんなに・・。)
「まぁ、とにかく一旦お茶でも飲んで落ち着こう?セイちゃん・・。」
「うん。」
里はセイをソファに座らせると、お茶を淹れに行く。
セイはソファのクッションに顔をうずめた。
「はぁ・・。」
2月17日・・。
仕事を終え、セイは家路を急ぐ。
今日は総司は休みでそもそも出勤していない。帰りも当然、独りである。
「あっ・・。」
歩いていた道でセイは急に立ち止まる。
また、忘れた・・・。
「水遣り・・・。」
戻ろうか・・でも・・。とセイは躊躇う。
戻って誰もいないならいいが・・。
「戻ろう・・。」
そこに彼がいたとしても、普通にしていればいいのだ。
いつまでも逃げ回っていても仕方がない。 第一逃げ回る理由などないのだ。
そうやって逃げ回る方が2人の関係を傷つける。このままでは働くのさえ、難しくなる。
決心したセイは向きを変え、来た道を戻る。
「電気、消えてる・・?」
店の外まで来て誰もいないことがわかりほっとするセイ。
ほっとしているはずなのだが、何か寂しい気持ちもする。せっかく、決心したのに・・。
『とん、とん、とん・・。』
セイが休憩室のある2階まで、直接の入り口がある外階段を昇りきろうとしたその瞬間だった。
『ばすっ・・。』
「いったぁ・・。」「・・っ・・・・。」
「しっ・・支配人っ?!」「神谷?!」
階段を昇りきろうとしたセイ、そして逆にこれから階段を降りようとした土方が正面からぶつかったのだ。
それほど勢いがついてはいないので階段から転げ落ちる心配はなかったが、危ない所だった・・。
安堵もつかの間、セイと土方は一番会ったら困る状況で、しっかりごまかしようのない距離の中であってしまったことに気づく。
セイの顔色が変わっていくのがセイ自身にも感じられる。
(どうしようっ・・・いないと思ってたから、こんな急に・・。)
さっきの決心は、誰もいないと思った時点でどこかへ行ってしまった。突然すぎて、なんて言っていいかわからない・・。
やっとの思いでセイは言葉を紡ぐ。
「あっ・・あのっ・・電気消えてたから、誰もいないのかと・・。」
「あぁ、今帰ろうと思って消したんだ。」
「そうなんですか・・。」
そんな可能性を考えもしなかった・・。
土方の言葉を聞きながら、セイは次の言葉を探そうと必死だった。
そんなセイをみつめ、土方が口を開く。
「神谷。」
「はっ・・はいっ?」
僅かに声が裏返る。そこまで動揺するとは自分でも思っていなかった・・。
油の切れたロボットみたいなぎこちなさがセイの表情に表れる。
そんな様子を見て土方は眉間に皺を寄せ、ため息をつく。
「心配しなくても、こないだのはお前が考えている意味でしか受け取ってねぇよ。安心しろ・・。」
「えっ・・?」
「クローバー。・・・だから、そんなに怯えなくていい。」
「支配人・・。」
いともあっさりと言ってのけられた言葉にセイは一気に気が抜けた。悩んで損をした位だ・・。
安心したような笑みを浮かべるセイに土方は努めて冷静に、そこにいる理由を問う。
「ところで、お前何しに来たんだ?」
「えっと、その・・水遣りに・・。」
「またか・・・。」
「すみません・・。」
「それなら、また無駄足だ。」
にやりと笑う土方。そのいつもどおりの態度にセイは胸の中の何かがすっと溶ける気がした・・。
「・・いつもすみません・・。」
「別にいいさ・・ほら、帰るぞ。」
「はい?」
「用は済んだだろ?送っていく。」
「あっ・・でも、あの・・。」
「ちゃっちゃとする!」
「はっ、はいっ!」
土方のその剣幕に引きずられるように、セイは結局土方に送られ、家に帰りついたのだった・・・。
アパートの門をくぐるセイを見届けた土方は、ため息をついて独りつぶやく。
「ほらみろ、やっぱりそういうことだ・・。」
(あるわきゃねぇよ・・。)
会った瞬間の彼女の表情でそれはすぐに知れた。
彼女が贈ったものの、その飾りが紡いだ言の葉は、使うべくして相手に向けられた物ではないと・・。
セイを落ち着かせ、そして自分自身も落ち着かせる為に、土方はああ言うしかなかった。
車を走らせた土方は、胸の中にいる何かに言い聞かせるようにアクセルを踏んだ。
2月23日・・・。
あれから5日。セイと土方はもう、元の2人に戻っていた。
それ以上を望まなければ、2人にとってとても居心地の良い、そんな空気が・・流れている。
「似合う似合う、前のも可愛かったけど、これもいいね!」
「ありがとうございます♪藤堂さん。」
先日、バレンタインデーの日に流れてしまっていた制服の試着を終え、セイは今日から新しい制服を着ることになった。
まずは初めて着たその姿を社員達に見せる。
「俺は前の方が良かったなぁ〜スカートが短くてvっいでっ・・。」
「そういうこと考えてる奴がいるから変えたんだよ。」
頭にもろに拳骨を受け、左之助は真上にいる男を見上げる。
「土方さん・・。」
「まぁまぁ、歳・・。原田くんだってふざけていってるだけだ。本気ではないだろう?」
「ふざけてでも充分セクハラだ。いいのか、夏のボーナス・・。」
「げぇっ・・それは勘弁してください!!土方さんっ・・!」
「まぁまぁ、それにしても、いいデザインですねv可愛らしいし、それに大人っぽい感じもあってv」
「そうですか?えへへ・・。」
照れくさそうに俯くセイの耳に入るのは土方の言葉。
「ただ、着る人間がまだお子様だからな・・。」
「なんてこというんですか!土方さんっ・・。」
「お子様がなんですって?」
久々に、見た者の背筋を凍らせる笑みを浮かべ、セイが土方に聞き返す。
「・・いや?何か聞こえたか?」
余裕の笑みで、セイへ視線を向ける土方に、今度は皆の背中に汗が走る。
「まぁっ・・ほら、制服変更の提案をしたのは、歳だ。無事に決まって良かったな!・・なっ・・!」
バチバチと走るその火花をなんとかしようと、店の主が立ち上がる。
「いさっ・・こっ近藤さん・・それは言わねぇって・・。」
火花を散らしていた視線を慌ててはずし、言葉の主に向ける。言わない約束だったのに・・・。
「支配人が・・?」
「そうだよ、神谷君。土方君が、制服を変えようって言ったんだ。」
「山南さん・・。あんたまで・・。」
「そうだったんだ〜、土方さん、どうして?」
「いや・・別に・・。」
「怪しい・・。」
左之助と新八がにやにやと笑う。
「あぁ!もう、怪しくなんかねぇっ・・。」
「そうかな?左之・・。」
「どうかな?ぱっつあん。」
2人はなおもにやにやとしている。
その視線に居たたまれなくなった土方が口を開く。
「うるせぇな!・・・クリスマスの騒ぎがあっただろう?そん時に思ったんだよ!」
「あぁvあの、ナンパされた神谷を土方さんがお姫様抱っこで助け出したっていう・・。」
にやにやと笑う左之助と新八の隣で、今度は平助が口を開く。
「なっ・・何言ってんだ、そんなんじゃねぇっ!」
「あれ、違ったっけ?」
「違う!!!」「違います!!!」
話に尾ひれ・・にもほどがある。セイと土方は顔を真っ赤にして、否定する。
「そうだったっけ?神谷を抱っこしたまま、伊東さんから逃げ回ったんじゃなかったっけ?」
「違うっ!!!」
「そうか〜てっきりそうだったと思ったんだけど・・。」
「平助・・その記憶、今すぐ書き換えろ・・。」
「あはは、土方さん。顔真っ赤だよ?」
「!」
「まぁいいや、それで、あれ以来変えようと思ったの?」
「あぁ、神谷が入った時はまだ高校生だったし、俺たちも女子アルバイトを
いれるなんて初めてだったから、制服もそう考えずに人気投票なんかでうっかり決めちまったが、
神谷だってもうアルバイトじゃねぇし、いい加減、ミニスカートって歳でもねぇだろ?
それで、変えようと思ってな・・。」
「ミニスカートって歳じゃないって・・。」
言われたことにちょっぴり傷つくセイ。慌てて平助がフォローを入れる。
「かっ・・神谷っ・・そういう意味じゃないよ?!もう大人になったってことだって・・ねぇ、土方さん?」
「あ・・?・・あぁ。」
自分の言葉がセイを傷つけたとは、土方は気づいていない。
「神谷君、誤解しないでくれな?歳はそんなつもりじゃ・・。」
近藤までもが慌ててフォローしようとする。
「ええ、わかってます。支配人から見れば、お子様ですから。きっとおじ様にはそう見えてもおかしくないでしょう・・。」
一見悲しげに、頭を振りながらセイが答える。
「神谷・・。おじ様って誰のことだ?」
ぴきっ・・と誰かのこめかみで音がした気がする。
「誰だなんてv制服変えてくださった、素敵なおじ様のことですよ・・。」
にっこりと笑うその笑顔は挑戦的。彼にこんな笑顔を向けられるのは、彼女しかいない。
「神谷・・いい度胸してんな・・。」
「ありがとうございますv」
「まっ・・まぁ、ともかく、これで、今日からはこの制服で神谷君に頑張ってもらうことにするよ。みんなもよろしく。」
「「「「は〜い!」」」」
嫌な空気を一掃すべく、店主が大きな声で開店準備を指示する。
「お前も行け、お子様。」
「ええ、言われなくても。おじ様v」
「神谷っ!」
いつもだったら、こんなやり取りに脇からちゃちゃを入れる男が居るはずなのであるが、今日は大人しい。というより、さっきから完全に気配を消していた。
一体どうしたというのか・・・・。
「総司、どうかした?」
「あ・・あぁ、何も?藤堂さん・・。」
「そっか、ならいいけど・・・。」
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