「信じる道」


嘉月様










夜も更けた屯所は静まり返っていた。

隊務の疲れからか、起きている者も無く聞こえるのは涼やかな虫の音くらいなものである。

セイはそっと布団から這い出し、隣に眠る沖田をそっと見やった。

『よかった。沖田先生起きてない』

西本願寺に屯所を移してからは、組長含め隊全員が同じ部屋で寝食を共にするようになっていた。組長である沖田は上座に寝るのが通常なのだが、元来無頓着というか役職があるからなどという意識がまったく無いため、セイが志願末席になった場所を見つけてすぐ隣に眠るようになった。

他の隊士はそんな沖田に何か言えるわけでもなく(セイの隣をひそかに狙っていたのだが)、セイの隣は沖田の指定となったのである。

セイはそのまま物音を立てないようにスッと襖を閉めると、月明かりの零れる中庭へと歩いていった。

日中はまだまだ暑い京も日が落ちれば少し肌寒く、雲もない空には上限の月がかかっていた。

月明かりに照らされたセイの顔は闇の中で白く浮き上がり、その清冽な美しさは何者にも犯しがたい神秘さを醸し出していた。

だが、その瞳はどこか暗く迷いを映し出していた。



※ ※ ※ ※ ※ ※





セイは今日非番だったため、久しぶりに昔兄に連れてきてもらった場所へ行ってみようと思い立ち、身支度を整え朝のうちに屯所をでた。

同じ一番隊である沖田ももちろん非番だったのだが、沖田は朝から局長の使いで留守にしていたため、なんとなく屯所にいる気分じゃなかったのである。

「はーっ。気持ちいいなぁ。こんな天気のいい日に出かけて正解だったかも♪」

市中ではなく山手に向かい歩いていくセイの頭上には、木々が青々とした葉を茂らせその隙間からはまだ力強い光が漏れていた。

すれ違う人々のいつもと変わらぬ生活風景を見れば『平和』としか見えない。

途中でいい匂いがすると、ふと立ち止まった茶屋ですこし休んでいこうと中を覗いてみた。

店内は市中から少し外れた場所にあるのにかかわらず混んでいた。名物でもあるのだろうか?

注文を取りに来た店主がすまなそうに

「お武家はん。えろうすんまへんけど相席でもよろしゅうおまっか?」

ときいてきた。

セイはにっこりと微笑むと

「えぇ。もちろんかまいませんよ。私はどこでも結構です」

案内された席ではセイとさほど歳が変わらないのだろうか。まだ幼さの残る顔立ちの少年が一人で座っていた。

セイに気付くと軽く会釈をして卓上の皿をよけてくれた。

「ありがとう」

セイがにっこりと笑い御礼をいうと、少年もにっこりと返してきた。

店主に注文を伝え、待っている間にセイは少年に話しかけてみた。

「こんにちは。ここには一人で来たのですか?」

「いいえ。人と待ち合わせだったのですが・・・」

そういうと少年は店の入り口を見て首をかしげた。

「どうやら来ないようです」

そういっておどけて笑った。

そのしぐさが可愛らしいといっては失礼だろうが、セイは思わずつられて笑った。

「私はこの先の寺院へ散歩にきたのですが、もしお時間よろしいようでしたらご一緒にどうですか?」

「え、でもよろしいのですか。どなたかとご一緒なのでは」

少年は遠慮がちにそういうと、

「いいえ。いいのです。私も一人ですから」

「ではご一緒させていただきます」



団子が来るまでの間セイと少年はいろいろ話をした。歳が近いせいからかなんなく打ちとけることが出来た。

少年はセイと同じく両親がいないということ。同じ道場の兄と慕う青年と京都へ来たこと。

くるくると表情が変わる少年をみていると、セイは昔の自分と兄を見ているようで懐かしく、兄と連れ立ってこの道を歩いたことが思い出された。

木漏れ日のあふれる寺院で少年とセイの話は弾んで知らず知らず夕暮れがせまろうとしていた。

そろそろ屯所に戻る時間だと思い、セイは少年に別れを告げ帰ろうと寺院をでかかったところへ

「そこで何をしている!」

はっと顔を上げると、明らかに浪人とわかるいでたちの男が険しい顔でこちらを睨んでいた。



相手は明らかに殺気を放っており、隣の少年を見やると明らかに青ざめているのがわかる。 「そいつは私の連れだ。いったいそいつと何をしていたのかときいている」

相手は殺気を放ちながら手は刀にかかろうと構えを取っている。ジリジリと間合いを計りながらセイも慎重に構えをとる。

「何をときかれても困るが、私はただこちらの方と話をしていただけだ」

「新撰組がそんな子供に何の用だ。新撰組に話すことなど何も無い!」

近くで呆然と二人を見やっていた少年は必死で止めるように叫んだ

「おやめください兄上!本当に何もないのです。普通に話していただけなのです!」

「お前には無くとも、新撰組ならばおおありだ。こいつは新撰組の阿修羅だ。池田屋では大勢の同士が斬られた。このまま返すわけにはいかん」

  セイは慎重に間合いを取りながら感覚が研ぎ澄まされていくのがわかった。

あんなにうるさく鳴いていた蝉の声が聞こえない。相手の息遣いだけが聞こえてくるようだ。

ジリジリと睨み合いが続く

勝負は一瞬で決まる・・・・。

相手が緊張に耐えられなくなったのか、キラリと銀色の光が揺らいだ。

上段から渾身の力で降り掛かってきた剣をすばやい跳躍でかわすと、セイは刀を翻し腹から肩にかけて一気に斬り上げた。

男は苦悶の表情を浮かべて前のめりに倒れ、絶命した。

「あ・・・兄上・・・あにうえぇ!!」

少年は絶命した男の亡骸にすがって叫んでいた。

なんという皮肉な結末だろう。今私はこの少年の兄と慕う男を殺したのだ。

あんなに嬉しそうに話していた少年の兄を・・・

少年は悲しみと怒りが混ざり合うなんともいえない目でセイを見た。

手には刀を握り締め・・・。

「許さない・・殺してやる!覚悟!!」

ギリリと歯を食いしばりセイに切り込んできた。

少年に実戦経験はおそらく無かったのであろう。握り締めた刀は小刻みに震えていた。

これまで数々の実戦経験をつんできたセイにとって、少年ははっきり言って敵ではなかった。

切りかかってきた剣を凪ぎかわし、逆に横に切りかかった。

少年は命を懸けて向かってきていた。手加減など出来なかった。

少年は絶命した。



『殺したくない』

そんな考えが甘いものだとはわかっていた。一瞬の判断が命をわけることも。

ただ、殺すことに何のためらいも持たなくなった自分が悲しかったのだ。

月明かりは冴え冴えと自分の心に刺しこむようで、考え込むでもなく無心に見つめていた。

「こんな夜更けに何をしているんですか?」

突然の声に振り返ると、そこには総司が立っていた。

いつもの微笑を浮かべて。

「厠に行こうと起きたら神谷さん隣にいないんですもん。心配するじゃないですか」

暖かい総司の笑顔にセイは、ほぅっと一息つくと

「何でもありません。あんまり月が綺麗だったから見惚れてたんです」

そう言って にっこり と華のように笑った。

何のために私はここにいるのか。

すべては己の誠の為ではないのか。

おのずから望んだ結果がコレなのだ。

セイは呟くように一瞬だけ月を見つめ、総司と共に部屋に戻っていった。

また明日もいつも通りの隊務があるのだから。

 




嘉月さんから頂きましたお品で御座います(*^^)

随分前に頂いていたのですが、こちらの都合でこんなにもUPするのが大幅に遅れてしまい本当に申しわけない限りです。

このお品。

嘉月さんが初めてお書きになれたお品ということで、そのような大切なお品をこの度当料亭にご寄稿してくださったことを 本当にとても嬉しく思います。

けれど、とても初めてとは思えないお味でとても堪能致しました。

私がこのお品を拝読して一番心がぎゅっとなったのは 後半の「ただ、殺すことに何のためらいも持たなくなった自分が悲しかったのだ。」という一文です。

あの時代命を剣に賭していた者の多くは個人的な怨恨や私怨での刀は振るわなかったと思うのです。

最初の頃は殺した者の血の匂い、斬った時の感触が離れられずにいたことでしょう。

けれども、次第にそれに慣れてしまっていく自分がいる。

ある種の「慣れ」でしょうね。

そしてその悲しみを誰かに話したところで解決はしないということをこのセイちゃんは知っているのだと思います。

本誌の方のセイちゃんは私のほうが彼女より年上だからかどうしても幼く見えてしまう一面があるのですが、 嘉月さんのセイちゃんは一人静かに大人へなっていっているという感じも受けました。

けれど己の今の現状に微塵も「悲しみ」を感じなくなったとき、その刀は意義あるものではなくなると思うのです。

嘉月さん、この度は本当に素敵なお品をお寄せくださり、どうも有り難う御座いました(*^^)

また、お待ちしておりますですvv