明治二年、五月十一日。
彼の人の命が散った日。
彼の人の魂が、誠が・・そして私の想いが永遠になった日。
彼の人の誠は、大樹公だったのか、帝だったのか・・
いや、きっと・・・。
「我が魂に想いを乗せて」
みるく様
私が誠を、命をかけると誓った恩師ではなく、彼の人を愛してしまったのはいつからだっただろう・・。
慶応二年、十一月。セイはいつもの木に登って考え事をしていた。あれから3年以上経った今では、
何を考えていたのは定かではないが。何か辛いことがある度に登り、芹沢や山南の死を悼んだ、
セイの泣き場所。その度に元気をくれたのは確かに総司だった。
その日は、一人で自問自答を重ね、すっきりして来た上に、陽も暮れてきた為、屯所に戻ろうと立ち
上がったそのとき・・
ズルっっ!
足が木から滑り落ちてしまったのだ。何が起きたか理解する前に、セイの体は宙を浮いていた。
もうダメだ、そう思って目を閉じたが、痛みを感じない。恐る恐る目を開くと・・
「副長!?」
目の前には、土方の顔があったのだ。セイの体は、土方に抱きかかえられるような形になっていた。
「っぶねーな・・!」
「すみません!!」
「ったく・・気をつけろ、阿呆。」
その言い方に少しムッと来たが、助けてもらった手前、何も言えない。
「・・・すみません。助けていただいてありがとうございました・・」
「あぁ・・。怪我はねーのか?」
また何かいやみを言われるだろうと思っていたセイは、土方のいつもとはそぐわない優しい言葉に、ドキリ
とする。
「え・・・はい!大丈夫です!!」
「そうか。」
短く答えて、背を向けて去っていく土方の後姿に、セイは何故か目を離すことができなかった。――
思えば、私が彼の人を意識しだしたのは、あの時なような気がします。
あの頃から、彼の人の仕草に目が離せなくなり、近くにいるだけで心臓が高鳴るようになり・・。
次の年、桜が咲いた頃、そっと想いを伝えた。もちろん女だということも明かし、処断も覚悟して・・。
だけど、副長の答えは驚く程、冷静で。あっけにとられたのを覚えています。
「・・・・」
「副、長・・・?」
セイがそっと口を開くと、土方は顔を赤く染めて、背を向け、そのまま歩き始めた。
セイが、涙を堪え、うつむくと、土方が振り向くのが感じられた。
「何やってんだ、神谷。」
「・・え・・・・?」
「行かねぇのか。・・俺の傍にいるんじゃねーのか??」
赤くなりながらも、照れ隠しか、意地悪そうに言う土方に、セイはいつもの憤りはまったく感じなかった。
「・・はいっ!!!」
あれから、二人で出かけられる日は少なかったけど、話す機会はいくらでも作る事ができたし、何よりも
想いが通じているというだけで私は幸せでした。・・あの日までは。
(私は労咳です・・)
総司の静かな告白が何度も回っていて頭から離れない。
どうして・・!そんな気持ちが何度も駆け巡った。
どうして、気づかなかったのだろう。
どうして、何もしてやれなかったのだろう。
どうして・・どうして先生が・・!!
しばらくして、土方は自室へセイを呼び出した。
「何の御用でしょうか、副長。」
「・・総司は江戸へ下らせる。神谷・・お前も一緒に行け。」
「っ・・!どうしてですか!?嫌です!!一緒に・・お傍にいさせてください!!」
「・・・駄目だ。これは命令だ、神谷。」
搾り出すように言葉を発する土方にも、セイは冷静ではいられなかった。
「副長は・・私が邪魔になったのですか?私が女だからですか・・?だから・・」
やっとそこまで言った時には、セイは土方の腕の中にいた。
「阿呆・・そんなわけねーだろうが・・。俺だって連れて行ってやりてぇよ。傍にいてやりてぇ。だが・・
あんな状態の総司を一人で行かせるわけにいかねぇんだよ・・。分かってくれ・・」
「っ・・・!」――
今まで、私が我侭を言ったとき、ぶつぶつと文句を言いながらも全部聞き入れてくれていましたが、
この願いだけは聞き入れられることはありませんでした。いつもの怒声の代わりに彼の人は、
一晩中、優しく抱きしめてくれていました。それが逆に痛くて、私は涙を止めることができませんでした。
そして二人、別離の時――
「総司を、頼むぞ。」
「はい・・。副長も、どうか息災で・・。ご武運を・・。」
「あぁ・・。またきっと会おうぜ。」
「・・はい。副長。私は・・何処にいても、離れていても、ずっとあなたをお慕いしています・・。」
そんなセイの告白を聞いて、土方は嬉しそうに微笑む。
「あぁ。俺もだ。ずっとお前を愛している、セイ。」
最後に、私の本当の名前を囁き、彼の人は旅立ちました。
そして、私も、沖田先生と共に江戸に下り、静かに毎日を暮らしていました。
先生はきっと直る、もう一度一緒に戦うんだ、と信じて看病を続けました。
それが苦痛だったわけではないのです。お役に立てることが嬉しくはありました。
だけど、やっぱり彼の人に逢いたくて。
その叶わぬ願いに追いうちをかけるかの様に、先生の病状は段々悪くなり、ほとんどものを食べられなく
なりました。あれだけ好きだった甘味でさえも。
それを見るのがとてもつらかったのです。一緒に甘味どころへ行った思い出が悲しいくらい鮮明に蘇りました。
先生の前では気丈に振舞わなくては、と思い気を張っていたけど、やっぱり怖くて。
悔しくて、切なくて、心細くて、悲しくて――。何度も心の中で彼の人を呼びました。
副長、副長、副長、副長―――!!
そのたびに彼の人はふわりと微笑み、私を元気付けてくれました。
沖田先生は、そんな私の気持ちを知ってか知らずか、何もいわずにただ微笑むばかりでした。
慶応四年、五月三十日。
昼過ぎ・・総司は逝った。とても晴れわたった日だった。
苦しくないはずがないのに、つらくないはずがないのに、最期まで、生涯かけて慕った人、兄のように慕った人、
そして、セイのことを気遣いながら逝った。
ただ、あの頃と同じ優しい笑みを称えて・・。
「先生・・っ!や、嫌です!」
「泣かないで、神谷さん・・。最期まで私のわがままを聞いてくれて・・傍にいてくれてありがとう・・」
「そんな・・事・・っ」
「だから・・そんなあなたが大好きだから・・幸せに、なって・・見守っています、か、ら・・・」
「っ先生!?や・・沖田先生――!!」
命を懸けて守ると誓った人の死。それはとても残酷で、いっそ共に死のうかとさえ思いました。
昔の私ならはきっとそうしたでしょう。
だけど、それはしません。沖田先生の誠を継ぐためにも・・。そして、もう一度逢うと決めた人がいるから。
それから、沖田先生の持ち物や、自分の気持ちを整理し、四十九日も済ませ、しばらくして・・7月も終わりの頃、
私は千駄ヶ谷を後にしました。 彼の人の元へ行くために。何処にいるのかなんて分からない。だから、少しずつ少しずつ
北上しながら、情報を聞きまわり、その場所へ行っては落胆を味わう、そんな日々でした。
何度も絶望しそうになりながらも、それでも彼の人を想い続けて。
そして、とうとう会津で、幕府軍は蝦夷、箱館へ行ったと聞きました。きっとその中に彼の人もいるでしょう。
やっと、やっと彼の人の元へ行ける・・そんな想いが体中を駆け巡りました。
でも、彼の人の居場所が分かったからといって、会津から蝦夷へ、そう簡単にいける筈もありません。何度も剣を奮い、身を
守りながら北上しました。そして・・やっと箱館へ行く船に乗ることができました。
もうすぐ・・もうすぐ、逢える・・・。
明治元年、11月某日。
私はとうとう蝦夷の地へ足を踏み入れました。逸る気持ちを抑え、五稜郭へと向かいました。
たくさんの幕府軍の尋問をくぐり、やっと、五稜郭内へと入る事ができ、彼の人がいると聞いた場所へ向かうと、その先には、
相田さんと山口さんがいました。懐かしさに涙が溢れそうになります。
「お久しぶりです、相田さん、山口さん。副長にお取次ぎ願えますか。」
「「か、神谷!?」」
「お前・・沖田先生は・・」
「ばかっ!」
「・・五月三十日に、お亡くなりになりました・・。副長はご存知のはずですが・・」
そういって微笑ったセイの顔は優しくもあり、寂しそうでもあった。
3人は、しばらく昔の話や、セイが離隊してからの事を話したりしていた。
「それで・・副長、は・・?」
「あぁ、そうだったな。こっちだ、来いよ。」
コンコン・・
「副長、来客です。」
「あぁ、通してくれ。」
「はい。」
ドアを開いて、目に飛び込んだのは・・。軍服姿の彼の人。髪も切り、あの頃とは大分違って見える。
だけど、やっぱり彼の人に代わりはなくて・・。ずっとずっと逢いたかった、夢にまで見た愛しい人。
「副長・・お久しぶりです。」
「神、谷・・何故・・。お前、俺が何のために総司と江戸へ行かせたか分かってんのか!?賊軍となった俺達が、蝦夷まで来たら、
もう江戸は戦もねぇ。平和に暮らせた筈だ・・!」
「でも、そこにあなたはいないでしょう?だったら、どれだけ平和でも、どれだけ裕福でも、私には何の意味も為さないから」
セイがそう言うと、土方は少し表情を緩めた。その表情はどこか嬉しそうにも見えた。
「馬鹿野郎・・」
と一言つぶやいて、土方はもう何も言わなかった。代わりに、ゆっくりセイの元へ歩み寄ると、キュッと抱きしめる。
「俺が、どんな気持ちでお前を離したか・・。例え傍にいなくても平和な所で暮らしてほしいと・・。お前が此処へ着たら必ず
追い返すつもりだったんだよ・・。なのに・・」
久々に感じた彼の人の温もり。何よりも欲しかったもの。
久々に聞いた彼の人の声。どんな優しい音色よりも、どんなに綺麗な歌声よりも、心に響く、ずっと聞きたかった声。
一年も離れていたわけじゃないのに、幾年を経たような感覚。何だか妙に嬉しくて、溢れる涙がパタパタと床に落ちました。
ずっと遠くて近かった彼の人。近くて遠かった彼の人。そんな距離を埋めるように今そっと――
「ずっと・・、逢いたかったん、です・・。毎日、あなたを想って・・。もう、もう・・置いていかれるのは嫌です・・!っ・・」
「あぁ・・。もう良い、お前はよくやった・・。俺だって・・その・・ずっと逢いたかったんだぜ?」
「え・・」
その次の言葉を発しないうちに、土方の手はそっとセイの顎を上げ・・あっと想った瞬間にはもう、土方の唇はセイに重ねられていた。
「ん・・・」
たくさんたくさん、言いたいことはあったのに、その唇ひとつで何も言えなくなり・・。ただ愛しさに身を任せました。
それから、幾度とあった戦を隣で戦いました。そのたびに彼の人と共にいられる喜びを感じました。
私が傍にいる限り、私より先には死なせないという自信がそれなりにあったから・・。
昼間は彼の人と共に戦い、夜は彼の人の腕の中で眠りにつく・・。どうなるか分からない戦況、明日にはなくなってしまうかもしれない
命の中でも、それだけで幸せでした。ただ、傍にいるだけで。
明治二年四月末。
雪が解け始め、官軍が蝦夷へと入ってきました。戦況は一気に悪くなりましたが、彼の人の采配のおかげで士気がなくなる事はありませんでした。
それでも、少しずつ少しずつ、戦は多く、長くなり、終結を感じるようになりました。
その時点でほとんど勝ち目はありませんでした。だけど、私達には、勝利よりも大切な誠があります。例え、死すとも消える事はない誠が。
最初から、私達は勝利のためでなく、そのために戦っていたのですから・・。
明治二年五月十一日。
官軍の総攻撃が始まりました。もちろん、彼の人も出動しなくてはなりません。
「いよいよだ・・」
「はい・・。副長・・」
「神谷。お前は此処に残れ。一緒に連れて行くわけには行かない。」
「!?何故ですか!?!?嫌です! 一人は嫌だって・・。置いていったりしないって言ったじゃないですか!」
「・・それでも、駄目だ。」
苦しそうな顔をする土方にもかまわずに、セイは叫ぶ。
「嫌です!い、や・・。お願い、です・・」
「・・それ以上言うなら、俺はお前を斬るぞ。」
その場の空気を切り裂くように響いた土方の声に、セイは目を一瞬見張る。
だが、そのすぐ後にはふっと、表情を崩して答えた。
「あなたになら・・それが本望です。」
そう言った途端、土方の腕が震えだす。そして、持っていた刀を床に落とした。
「阿呆!!お前の命はそんな軽いもんじゃねぇんだ!総司が、何に代えても守ろうとして・・。今は、俺が・・。だからじゃねぇか!
頼むから・・!!!」
私は、それ以上言葉を発することができませんでした。彼の人の瞳に浮かぶ涙を見つけてしまいました。
それを見たら、堪えていた涙は一気に溢れ出し、頬を流れ落ちました。その涙は止まることはなく、私の腕を強く引き寄せた彼の人の袖をも濡らしていました。
そして、上から温かい雫が私の髪に染みるのが分かりました。
「分かり・・・ました・・。此処に残ります。だけど・・あなたと離れるつもりはありません。だから・・もう一度、戻って来てください。」
「・・・あぁ。きっとな・・」
そのままセイはそっと目を閉じた。
彼の人は、きっと死ぬつもりなのだと分かりました。だけど、それでも信じたかったのです。もう一度逢える事を。
自分にそう言い聞かせていただけかも知れません。それほどまでに彼の人を愛してしまった自分が悲しくもなりました。
「・・そろそろ行かねぇとな・・」
「えぇ・・。」
二人は名残惜しそうに、そっと体を離した。そして、どちらともなく口付けを交わす。
そのときの彼の人の唇の感触が、何故かずっと残って、消えませんでした。
「行ってくる・・。」
「えぇ・・行ってらっしゃいませ・・」
軽く微笑んで、ドアへ手をかけて、土方は思い出したように振り返り、言った。
「セイ。あの頃からずっと・・俺の心はお前のモンだ。 ・・愛している。」
そういうと、今度こそ、土方はドアを開き部屋を出て行った。
やっと、涙を止めることができたのに・・。どうしてそんなことを言うの・・?まるでもう逢えないみたいな・・・。
そんなの嫌・・!別れの言葉なんていらない・・。欲しいのは彼の人、ただ一人。
家族も亡くして、仲間も亡くして・・たくさんのものを我慢した私に、彼の人を下さい――。
その願いは、言葉にされることはなく、そっと消えた。
そして、そのたった一つの願いも、叶うことはなかった――
新撰組副長、土方歳三戦死―――
彼の人の最期の顔は、とても安らかだったと聞きました。苦しむことはなかったのか・・。
そして、最期に彼の人は何を想ったのだろうか・・・。それはもう誰も知ることはない。
ただ、「ずっと愛している」この言葉が今も変わらず私を支えている。
変わらない想いなんてないって想ってた。
だけど、あなたへの想いはあの頃のままで。
永遠に続く想いなんてないって想ってた。
だけど、目を閉じると蘇る
彼の人の笑顔や声、そして温もり・・ふと彼の人の優しさに触れた時・・
例え、死が二人を別つとも
心が離れる事はない、そう、それはきっと永遠に――
明治二年、五月十一日。
彼の人の命が散った日。
彼の人の魂が、誠が・・そして私達の想いが永遠になった日。
彼の人の誠は、大樹公だったのか、帝だったのか・・
いや、きっと・・・。
五稜郭ネタ書いてみました・・。開設祝いなのに、史実ネタですみません(汗)
何か文章もおかしい気が・・?やはり歳セイは難しいですね〜!梅桜さんには
とうていかないません☆★(笑顔で)こんなのでも貰っていただけると嬉しい
です・・。
改めまして、開設おめでとうございます〜!!
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