秘密





夕日が傾き始めると同時に屯所の台所は忙しくなる。
何しろ、ほぼ隊士全員の食を賄う場所なのである。
男所帯の中気のきいた料理などは出来ぬが、皆で食べると美味しいもので、誰一人文句は言わない。
もっとも、食べ物に文句をいうような礼儀知らずの者はいないが。


今日の夕飯は魚の煮付けである。
賄い方の手伝いをしているセイは均等に皿に盛り付けてゆく。
やれそっちの方が大きいだの、やれあっちの方が量が多いだの、隊士達は子供のように言い争いをするからだ。
しかし、そんな隊士達でも原田専用の器に関しては何も言わない。
否、言えないといったほうが正しいか。
最後に原田専用の器にこんもりと盛り付けたセイは副長室へ声をかけにいった。



「副長、神谷です」


入れと言われて障子を開けると、珍しく土方が横になっている。
「お夕飯の支度が出来ましたけれど・・・・・・、どこか具合がお悪いのですか?」
「いや、飯はいらん。外で食べてきた」
「そうですか。何を食べてこられたんです?」
「いい店を見つけてな。江戸の味が食べられる店だ。汁物から煮つけから食材から全てが江戸そのもので、つい食いすぎた」
「わぁ・・・・・・、いいですね」
「だろ?久々にこうなんて言うか『食った』って気がしたな。親父さんがこれまた江戸っ子でな。歯切れの良い江戸弁なんだ」


余程、その店が気に入ったのか、土方は横に寝そべりながら、店内の様子を事細かに話しだす。
いつものように皺を寄せている「鬼副長」はかけらもなく、今だけは「土方歳三」に戻っているようだった。
セイは珍しく多弁な土方に驚きながらも、にこやかに耳を傾けている。
いつもは紋きり口調の土方の言葉にちらほらと多摩弁が混じりだした。
そんな様子に土方は気がついていないようだが、セイは新たな土方の一面を見たようで嬉しかった。
京に上る前の土方はきっとこんな感じだっただろう。



「私も生まれは将軍様のお膝元の江戸。是非、そのお店を教えて下さい」
土方の話を聞いているうちに、その店に行きたくなった。
久々の江戸の味。
幼い頃に食べた母親の味がよみがえる。



「あの店は俺が見つけたんだ。やなこった」



予想通りの返事にセイは苦笑した。
もとから土方が教えてくれるとは期待していない。
寝る時間さえない多忙な土方が一時でも安らげる場所を見つけたのならそれで良かった。
屯所からそんなに遠くない所とのことだから、明日からは当分土方の分の夕飯は要らないかもしれない。


「・・・・・・どうしても教えてほしいか?」
にやりとした笑みを向けて、土方が起き上がった。
「そりゃ、教えてほしいですけれど・・・・・・。どうせ、意地悪副長のことだもの。教えてくれないんでしょ」
ぷいっと顔を背けるセイ。
まるで幼子のようでその仕草が土方の笑いを誘う。
「まぁ、教えてやらんでもないぞ」
「えっ?」
「あの親父の味をお前が再現して屯所で作れるんだったらな」




「・・・・・・本当・・・・・・ですか?」
「・・・・・・なんだ、その目は。せっかくの人の好意を・・・・・・」
「いえ、副長がそんなに優しい方だったとはつゆと知らなかったもんですから」
「今頃気がついたのか、そんなこと。俺は優しいぞ、女子には」
「私は、新選組一番隊隊士、神谷清三郎です!!女子ではありません!!」
ムキになり口角泡を飛ばすセイ。
「まぁ、落ち着けって。で、いつ行くよ」
土方がなだめるとセイは不承不承腰を下ろした。
「・・・・・・勿論、一番隊が非番の時にしかいけませんよ。副長がそんなに絶賛するお店ならいつでも行きたいんですけれどね・・・・・・」
「ふむ」
「それに、私には非番があっても副長に非番はないし・・・・・・。あっ、時折夜中にこっそり島原方面へ行くときが副長の非番といえば非番ですかね。 でも、その時刻にお店は開いていないだろうし・・・・・・」
からかうように言うセイにげんこつが落ちてきた。
「っ痛!本当のことじゃないですか!!」
「一言多いんだよ、てめえは。つれてってやんねぇぞ」
涙目で睨み付けるセイ。
「・・・・・・鬼!・・・・・・いじめっ子!」
「ふん!童に言われも痛くも痒くもねぇ」



「童、童って。いっつも、いっつも。もう、副長なんか大嫌い!失礼いたしました!」




バタン!




障子が外れるのではないかと思うほど、大きな音を立ててセイはドスドスと足を踏み鳴らして去っていった。
「・・・・・・ったく、何でいつもこういう結末になるんだか」
困ったような口調とは逆に土方の顔には笑みが浮かんでいた。






それから五日後のこと。
廊下の向こう側からセイがトタトタと歩いてきたのを見計らって、土方はセイに歩み寄った。
土方に気付いたセイはおもむろにぷいっと顔を反らす。


セイをじっとみつめる土方と、顔を反らし続けるセイ。


二人が、交差する。



・・・・・・カサッ



手に何かが手渡される。
驚き、土方を見上げるも、廊下の角を曲がっていった黒い背中しか見れなかった。




「明日、午の刻、門にて待つ。腹を空かせておくこと」




手渡された、紙切れには小さな文字でそう書かれていた。



それからというもの、月に何度か土方とセイは二人だけ秘密の店で食事を共にする。
二人の連絡がこっそり廊下で手紙によって行われていることもこれまた秘密である。
時折、夕飯を食べに行った帰りが朝方になる事もあるが、これもまた二人だけしか知らない秘密なのである。







・・・・・・お粗末さまでした。<(_ _)>

りこさんの素敵絵を汚すようで申し訳ないのですが、あふれ出した妄想をせっかくだから書き留めておこうと・・・・・・。
当初は、もうちょっとvvvな内容にしようと思ったのですが、なけなしの理性が働いてこうなりました。(笑)
さぁて、セイちゃんは親父さんの味を再現できたのでしょうか?
再現できるまで歳と一緒にお店に行くというのもまた悦な設定です(笑)


ここまでお読みくださり、有難うございました。
ささ、お口直しにりこさんの素敵絵を再度御覧になってくださいましvv