「岐路」


sarasara様



 


「神谷さん!‥‥神谷さん、聞こえています?」



「え!?‥あ!‥‥すみません。」

目前で手をひらひらされて、神谷清三郎は、はっと我に返った。

「大丈夫ですか?神谷さん。‥またお腹の具合でも悪いんですか?」

「いえ、大丈夫です。すみません。‥ぼーっとしてしまって。」

清三郎は、心配気に自分を覗き込んでいる男、自分の上司である沖田総司 − 一番隊組長 − に笑みを向けた。

「何か御用でしたか?」

今日は一番隊は非番の筈だが‥。

「あっ、そうでした。神谷さんがなかなか気付いてくれないから、忘れてしまうところでしたよ。

今日の約束のことで探していたんです。」

ぽーんと手を打ち、先刻までの心配顔とは打って変わった満面笑顔で沖田が言う。

「約束?‥‥約束なんかしてましたっけ?」

清三郎が首を傾げる。その様子を見て、

「えーっ!! ひどいですよ、神谷さん。忘れたんですか?今度の非番の時、お団子食べに行くっていう約束‥‥」

沖田はぷうっと頬を膨らませた。

その様はとても世に聞えた新選組一番隊組長には見えない。

清三郎は苦笑しながら、昨日までの記憶を辿ってみた。

が、ここ数日、一つのことに心を囚われているせいか、一向に思い出せない。

しかし、沖田がそう言うからにはそうなのだろう。

「そういえば、そのような気も‥‥。」

「思い出しました?‥‥もう、最近の神谷さん、何だか変ですよ。話をしていても上の空だし、

稽古の時も集中出来ないようですし‥‥。稽古といえば昨日。神谷さんったら、ぼうっと突っ立ったままで‥‥。

相田さん達が手加減してくれたから良かったようなものの、そうでなければ、今頃あなた、全身痣だらけですよ。」

清三郎の言葉にいささかほっとしたものの、内心少し傷ついた沖田はなおも言葉を繋ぐ。

「痣だけですめばいいでしょうが、顔に傷でも残ったらどうするんです。将来、お嫁のもらい手が」

「私は武士です、沖田先生。そんな心配は無用です。」

激しい口調で沖田の言葉を遮る清三郎。



愛らしい顔立ちと、華奢な体、高い声‥‥。

剃った月代が無ければ、その容姿を男だと認めさせるには苦労を要するだろう。

新選組の荒ぶる猛者達の心を少なからず乱しているこの美少年、神谷清三郎は実は女子であった。

その秘事を知るのは新選組の中では、直属の上司である沖田のみ。



沖田は清三郎の見幕に一瞬言葉を失ったが、小さく溜息をつくと、微笑しながら口を開いた。

「神谷さん‥。武士たらんとするあなたの心掛けは立派だと思いますよ。

でも心掛けだけではどうにも出来ないこともあるんです。それはあなたも気付いているでしょう‥!?

私は、あなたには幸せになってもらいたいといつも思っています。

出来ることなら、危ないことには関わらないで欲しいとも思っています。

‥‥ふぅっ‥‥今更ですが、土方さんがこの前異動の話をした時に、あなたを勘定方にでも換えてもらえば

良かったと後悔しているんです。あの時はつい、あなたの固い決意に負けてしまいましたけど‥。

まぁ、土方さんがどこまで本気で言ったかはわかりませんが‥‥。」

最後の言葉は沖田の口の中でだけ響き、清三郎には届かなかったが、

困ったように、諭すように話す沖田の口調は、清三郎には哀しく、そして苦かった。



「‥‥沖田先生は‥‥沖田先生は‥‥‥やっぱり私が隊に居ない方がいいと思われるのですね。‥」



見る見るうちに清三郎の瞳には涙が溢れてくる。沖田が、はっとして清三郎の肩の方へと手をのばしかけたその時、

ぐいっと袖で涙を一拭きした清三郎は、

「たとえ沖田先生がどのように思われていたとしても、私は武士ですから。‥それに、自分から隊を抜けようとは

決して思いませんから!」

と吐き捨てるように言い残し、沖田の言葉を待つまでもなく駆け出して行ってしまった。



「あっ!‥‥」差し伸べかけた手をゆっくり戻しながら、沖田は

「また泣かせてしまいましたかね‥‥。こんなつもりじゃなかったのに‥‥。

これで今日のお団子は無しでしょうかね‥。」

と深々と溜息をついた。











清三郎は足を止めた。

後を振り返るが、やはり沖田が追ってくる気配はない‥‥。

もう分かっていることではあったが、ぎゅっとつかまれたように胸が痛い。



屯所の門を出てから、どれぐらい走っただろう。

どこまで来てしまったのか。

清三郎は辺りをゆっくり見廻した。



冷静になってくると、往来の人々の視線が気になりはじめた。

少し俯き加減に歩を進める。

やっと見知った通りに出てきたようだ。

あの角を曲がれば直に清三郎の妾宅である。

ここまで来てしまったのだから、少し寄っていこうかと清三郎は思った。

でも、この真っ赤な眼を見られたら、どんな言い訳をしようとも泣いていたことは明白である。

またお里に心配をかけてしまうだろう。

それに正坊の眼もある。

寄らずに屯所に戻ろうと思った。

だが少し様子を窺うくらいなら大丈夫だろう。



清三郎はお里の視界に入らないよう気を配りながら、そっと自分の妾宅へと近づいた。

突然、がらりと戸が開いて中からお里が出てくる。

清三郎は咄嗟に後ろを向いた。

不審がられぬよう少し歩く。

正坊の声が聞こえる。

どうやら二人でお使いにでも出るらしかった。

二人の声がゆっくり遠ざかるのを確認し、そっと振り返るとお里と正坊は仲良く手をつないで歩きながら、

楽しそうに話している。

傍目には仲の良い姉弟に見える。

清三郎の顔が曇った。

脳裏に、数日前の巡察中に見かけた親子連れの姿が浮かんだ。

それは清三郎の、いや、セイと呼ばれていた頃の幼き日の記憶をひっぱりださせた。







「ははうえ。どうちて、ちゅえはぶちにはなれないの?」

巡察中に清三郎の耳に入ってきた言葉‥。

まだ幼い女の子の声だ。

“ぶち”というのはきっと武士のことなのだろう。

どこから聞こえてきたのかと辺りを見廻すと、幼い兄妹を連れた女人に目が留まった。

「ははは。スエには無理だよ。だってスエは女の子だもの。」

年の頃十には届くまいと思われる男の子が言った。

さきほどの言葉を発した女の子の兄であろう。

「どうちて女の子はぶちにはなれないの?」

スエと呼ばれた女の子は納得できないようだ。

「それはね。女子の仕事は別にあるからなのよ。男の人は大切なものを守るのがお仕事なの。

父上がそうでしょう?そして父上が大切なお仕事をしている間、家とあなたたちを守るのがわたしの仕事なのよ。」

「ふぅん‥‥。」

優しく微笑んで諭すように話す母の言葉に、納得したようなしないような女の子‥。

いつの間にか清三郎はその女の子に、幼い頃の自分自身を重ねていた。





「神谷さ〜ん。何しているんですか?置いていきますよ。」

「は〜い。申し訳ございません。すぐ参ります。」

組長である沖田の声が聞えた。

もう少しあの親子の会話を聞いていたかったが、巡察中のこと、勝手は出来ない。

遠のいてしまった一番隊の面々に追いつくべく、清三郎は駆け出した。







その日以来、清三郎は亡き母のことを思い出している。

思い出すといっても、清三郎、もといセイ自身の幼かった時のことであるので、記憶の断片は数えるほどしかない。

あの頃は父がいないのを不思議には思わなかったし、母からも兄からも愛情はたっぷりと注がれていたので、

セイは幸せだった。

母の愚痴も聞いた覚えがない。

母を不幸だと思ったことはないが、近所の遊び仲間たちと比べて自分や兄の置かれている状況が、

少し違っていることは何となく感じていた。

今になって思えば、それは父親が不在だったことに他ならないが、当時のセイにとっては大した問題ではなかった。

母が不幸だったのではないかと思ったのは、母が亡くなってからだった。

周囲の大人たちの憐れみとも慰めともとれる言葉と、母の最期に間に合わなかった父‥。

父親が帰ってきたことによって、今までの生活がやはり普通ではないことを知ってしまった。



母は父を待っていたのだろう。

家族そろって暮らす日を待ち侘びていたに違いない。

そのささやかともいえる願いは叶うことはなかった。

それがセイには哀しい。いや、悔しいというべきか。

武士という身分を捨て医学の道へ進んだ父。それに黙って従った母。

セイにはそれが男女の人生の縮図に思えた。

女子である以上、生きる術は自ずと決まってしまうのだ。







何度となく浮かんでは消える母の顔‥。

微笑んでいるが、それは心からの笑みなのか‥!?

その笑みの下に父に対する恨みはないのか。

己の人生に対する悔いはないのか。

推し量ろうにも今となってはその材料さえない‥‥。

女として母は果たして幸せだったのだろうか‥‥!?

もう幼子ではない清三郎にもわからない。

ただ、あの親子と自分達母娘の姿が視線のずっとずっと先で交錯している。







妾宅から屯所へ戻りながら、清三郎は自身の物思いに耽っていた。

「‥‥‥‥!!」

視界に見知った後ろ姿が入った。

「‥副長‥!?」

いつの間にか後ろを歩いていたようだ。

清三郎の声が耳に入ったのか、前を歩いていた男が振り返る。

「何だ。神谷か。妾のところからの帰りか?」

「違います!‥副長こそ、どちらからのお帰りですか?」

「ふんっ。どこでもいいだろうが。童には関係ねえ。」

「‥‥。」

いつもなら童という言葉に反応する清三郎だが、今日は違うようだ。

いつもの憎まれ口が出てこない。

副長と呼ばれた男、土方は怪訝に思って清三郎の顔を覗き込む。

「何だ、お前。‥泣いてたのか?」

いくらか時が経ったとはいえ、まだ少し赤い眼と腫れの残っているまぶたが事実を物語っている。

「男のくせに何泣いてやがったんだ。‥だから童なんだよ。」

「‥‥‥‥。」

泣いてなんかいませんよ!、と言えたらいいのに、清三郎は思った。

でもそんな強がりを副長は信じまい。

信じてはくれないだろうが、そのままいつもの口喧嘩に持っていければ副長も自分も気が楽になるだろうに‥‥。

「ふんっ‥‥どうせ総司とつまらねぇ喧嘩でもしたんだろうが。ったく、餓鬼同士しょうがねぇなぁ。」

土方は何も言わず俯く清三郎を横目で見やり、少し考えた後、ついて来いというふうに顎をしゃくり、

前を歩きだした。









一時の後、屯所の門をくぐる二つの影。

その影を待ち侘びていたかのように即座に声がかかる。

「神谷さ〜ん。」

遠くで手を振っている男の姿が見える。

それはあっという間に近づいてきた。

「神谷さん。良かったぁ、無事で。」

駆け寄った沖田が清三郎の肩に手を置き、ふうっと安堵の息を吐いた。

「突然、駆け出していった後、なかなか戻ってこなかったから心配していたんですよ。」

「心配をおかけして申し訳ございませんでした。もう大丈夫ですから。

‥‥先刻は余計な事を申しました。」

清三郎は頭を下げた。

「いや、私の方こそ‥。‥‥‥‥って‥何で土方さんが一緒なんですかぁ?」

「一緒にいたら悪いか‥」

沖田の言葉に仏頂面で答える土方。

「えーっ!?‥‥どうして二人が仲良く一緒にいるんです?」

沖田の頬が膨らむ。拗ねているらしい。

「途中でばったり会ったんだよ。同じ所に戻るのに、別々に戻ることはあるまい!?」

「ほんとうですか?‥‥何だか私だけ除け者みたいで悔しいですよ〜。」

尚も沖田が言い募る。よほど悔しいらしい。

土方の隣で清三郎が苦笑している。清三郎から見れば、沖田にとって世界で2番目に好きな副長と自分とが

沖田の知らないところで一緒にいるというのは面白くないのだろうと、自分に悋気しているように見える。

「ほんとに鬱陶しい奴だな。‥神谷、総司を連れてとっとと行きやがれ!俺は部屋に戻る。」

「はい。‥その‥‥今日はありがとうございました。‥」

ぶつぶつ言いながら自分に絡んできた沖田の腕を避けて立ち去ろうとした土方に、

清三郎は一礼した。



「もう、神谷さんも神谷さんですよぉ。私も仲間に入れてくれればよかったのに。」

まだ言っている‥。

「沖田先生。いつまで言ってらっしゃるんですか。無理言わないで下さい。

偶然会ったのに沖田先生を呼びにいける筈ないじゃないですか。それもたかが、屯所に戻るくらいで。」

最後の一言については、清三郎はいささか気が咎めた。

実は、あの後、土方に連れられてある小料理屋の暖簾を潜ったのだ。







そこは土方の行き付けの店らしかった。

落ち着いた佇まいのその店は、中年の夫婦がひっそりと営んでいるようだった。

清三郎たちの他は浪人風の男が1人、徳利を傾けているだけだった。

店の一番奥に腰を下ろすと、土方は清三郎にも座るように促した。

そのまま某かの料理が運ばれるまで、土方も清三郎も無言のままであった。

清三郎は、土方の後に付いてきたものの、意図がわからず戸惑っていた。

喧嘩の原因を聞きだす風でもなく、清三郎からやや視線をはずして思案顔の土方に、

自分から何か話した方がいいのだろうか、と清三郎は思った。

だが、何を‥‥?。本当のことは話せない。

かといって嘘が通じる相手ではない。

今の状況に納得のいく喧嘩の理由など、思いつかない。

無言のまま清三郎は時が過ぎるのを待った‥。







「神谷さん、お腹空いていないですか?」

「いえ、大丈夫です。お里さんの所に寄ってきましたから。沖田先生こそ夕餉は召し上がりましたか?」

「それがまだなんです。」

沖田がお腹をおさえながら言う。

「あっ!?‥‥もしかして私を待っていらしたのですか?」

清三郎は申し訳なさそうに言った。

「えっ‥あぁ‥神谷さんが気にする必要はありませんよ。‥私が好きで待っていただけですから。」

髪に手をやりながら沖田が少し赤くなった顔を逸らして言った。

「では、すぐに行ってください。早くしないと片付けられてしまいますよ。」

「そうですよね。じゃあ、私ちょっと行ってきます。」



沖田の後ろ姿を見送りながら、清三郎は心の中で嘘を謝る。

無論、お里のところに寄ったと言ったことだ。

土方が、本当のことを言えば総司が煩いから、妾の所に寄ってきたとでも言え、と言ったのを忠実に実行したまでだ。

清三郎としては何のやましさもないので、事実を言っても良かったのだが、さきほどの沖田の言動を思い出すと、

土方の案にのって良かったと心底思った。

それにしても副長‥‥。

清三郎は店でのことを思い出していた。







運ばれてきた料理を二人で口に運びながら、一言二言会話する。

それはこの煮物がおいしいだの、味付けが丁度いいだのといったごく普通の会話だ。

満腹になり、満足したような清三郎を見て、土方は席を立つ。

「これで屯所に戻っても大丈夫だな。」

独り言のように発せられたその言葉は、運良く清三郎の耳に届いた。

清三郎は土方が、自分のためにここに連れてきて時間を潰してくれたことを知った。

確かにあのまま屯所に戻ったら、人気者の清三郎のことだ、必ず誰かの目を引いただろう。

そうなったら、赤くなった眼と腫れたまぶたの言い訳をせねばなるまい。

土方を納得させるよりは容易いことだろうが、また興味本位の噂が流れるかもしれない。

「もう‥土方さんったら優しいんだから。」 沖田の言葉が頭に浮かんだ。





思いがけない土方の一面に触れて、清三郎はじんわり心が温かくなったような気がした。

沖田との一件は根本的には何も解決していない。

今は沖田は納得はしないまでも、清三郎の気持ちを尊重してくれている。

だが、今後は今日のようなやりとりが何度も繰り返されるようになるだろう。

それは清三郎が本当の男にでもならない限り、或いは清三郎が女子に戻るまでは終わることはない。

清三郎が女子の側面を見せた時、‥沖田は有無を言わせず隊を抜けさせるだろう。

だから清三郎は気を抜けない。最近は特に‥‥気を抜けない。











一方、自室に戻った土方は、文机に向かって筆を走らせていた。

最後の署名をした後、

「総司か!?」

気配を感じる障子の向こう側に声をかけた。

障子がすっと開いた。

「何だ?‥‥何か用か?」

土方の予想通りそこには沖田の姿があった。

「ちょっと土方さんに訊きたいことがあって。」

そう言って土方の目をじっと見た。土方も視線を返す。



「土方さん。‥‥いつ気付いたんです?」

「‥‥‥何の話だ?‥‥」

「どこで‥‥いえ‥‥‥どうやって知ったんです?」

「‥だから何の事だ?‥‥」

「‥‥‥。」

真っ直ぐに向かい合う二つの視線。

それは互いに、瞳の奥の何かを探っているように見えた。

どちらも逸らさない。空気が次第に張り詰めていく。



先に視線を外したのは沖田だった。

「いえ。何でもありません。‥‥今日は局長は戻られますか?」

「近藤さんなら、今日は戻らねぇぜ‥」

「そうですか。‥‥‥じゃ、私は部屋に戻ります。」

「そうか。‥」







沖田が部屋に戻った後、土方は立ち上がって障子を少し開けてみた。

障子の向こう側が仄かに白んでいたので、月が見えるだろうと思ったのだ。

満月、とまではいかないが、それに少し欠けた月が空に浮かんでいる。

月の横には少し棚引いた雲が己の存在を控えめに主張している。





「いつ‥気付いたか、どうやって知ったか、か。‥」

土方の口から溜息がもれる。

「んなことは言えねぇよ‥‥神谷が総司を見てる姿を見て気付いたなんて‥な‥‥。」

自嘲気味に言う。







土方の視線の先の清三郎は沖田を見ていた。

その横顔があまりに綺麗で、不覚にも見蕩れてしまった。

(何て表情(かお)しやがるんだか‥、あれじゃ、野郎どもが変な気になるのも無理ねぇな‥)

沖田と話す清三郎の頬は少し上気してほんのり赤く染まっている。

じっと見ているうちに自ずと顔が赤くなってくる。

そんな自分を馬鹿馬鹿しいと思いながらも、視線を外せない土方。

沖田の言葉に耳を傾け、嬉しそうに笑っている清三郎‥‥。

そんな二人の姿は仲の良い兄弟というよりは、お互い想いを通わせあったばかりの初々しい男女に見える。

(ふんっ。何をやっているんだ俺は!馬鹿馬鹿しい。)

土方がその場を離れようとした矢先、清三郎の切なげな表情が目に留まった。

何やら沖田が無粋なことでも言ったらしい。

だが、清三郎がその表情を見せたのはほんの一瞬のことで、当の原因の沖田は気付きもしなかっただろう。





「まさか!?‥‥な。‥‥‥でも‥‥」

清三郎がほんの一瞬見せたその表情は、土方の頭にある疑惑を浮かばせた。

そして、今まで何となく腑に落ちなかった様々な事柄が、ある事実と照らし合わせて考えていくと、

ぴったりと符号するのである。

土方は自分で掴んだ事実に呆然とした。







(何故、俺はあの時すぐにでも神谷を呼んで事実を問い質さなかったのだろう?)

自分に問うても答など出る筈もない。

清三郎が女子だと気付いた時、呆然とはしたものの、不思議とその事実を受け容れることができた。

そして女子の身を偽り、月代を剃ってまで入隊を志願してきたどんな理由があるのかは知らないが、

今までこの男所帯の中その秘密を守り通し、隊務を全うしてきたことについては、真にあっぱれだとは思う。

無論、清三郎一人では隠し通すことはできまい。

常に行動を共にしている沖田の助けがあってこそだと土方は確信していた。

だが、今までは知らなかったから良かったが、知ってしまった今となっては、このまま清三郎を危険と隣合わせの部署に

置いておくわけにはいくまい。

清三郎に万一のことがあったとしたら、寝覚めが悪いではないか。

土方はそう思い、それとなく異動を打診してみた。

沖田は目を輝かせ土方の申し出に賛成したが、清三郎自身が激しく異を唱えた。

清三郎を納得させるほどの説得の言葉を持たない土方は、あっさり異動の案を引っ込めた。

それは、こういうことには勘が働く沖田に、自分が清三郎の秘密を知ったということを

万が一にも気付かれないためでもあった。





それ以来土方は、傍目には沖田にも清三郎にも今までと同じ態度をとっていたが、尋常ではないその秘密は

強く土方の関心を引いた。

清三郎が何故、武士に拘るのか。

それとも女子であることをこそ拒んでいるのだろうか。

いや、もしかしたら沖田自身がそれを拒んでいるのかもしれない。

女子に晩生な弟分のことだ。扱いに困ることぐらい想像に難くない。





しかし‥‥と土方は思う。

今まではそれでも良かったかもしれない。

確かに気付かぬ振りをした方が楽だろう。

だがこれから先、遅くともあと3年もすれば‥‥。





まだ茎とそれほど見分けのつかない蕾は今でこそ固く閉じられたままだが、

やがて自身の花を咲かせるためにゆっくりと色づいていくことだろう。

辺りに仄かな香りを漂わせ、その時がくるのをじっと待つようになるのだろう。

陽の光と充分な水を吸い込み、風に揺られながら開花を待つその姿は、

きっと人目を引くに違いない。

ましてや、見事な花を咲かせた暁にはいったいどれほどの人を惹き付けることだろう。

花をただ愛でる人だけならよかろう。

だが、世の中にはそんな綺麗な花を手折ろうとする輩もいるに違いない。





土方は再び空を見上げた。

先刻までは全身を見せていた月は、迫ってきた雲の中へと少しずつその姿を隠しつつある。

黙って月を見つめる土方の顔に浮かんでいるのは、俳人としてのそれなのか、

それとも可愛がっている弟分を心配してのそれなのか、

はたまた性別を偽りつつも己の誠のために生きようとしている女子への憐れみなのか‥‥。

ぎゅっと引き結ばれた口元からそれらの答を見出すことは、出来そうになかった。







月がゆっくり雲の中へ身を沈めていくのを見届けてから、土方は後ろ手にそっと障子を閉めた。









           終









sarasaraさんから妄想壷が沢山のお品を頂きました(*^^)



全体的にしっとりとしたお品ですけれども、いろいろと何から熱く語ろうかと迷ってしまいます。(熱くならんでいい)



まずは、最初の方で総司と言い争いをした後、セイちゃんがその場を去るのですが、後ろを振り返っても総司が追ってこないというところ。



セイちゃんは淡い期待を抱いているのですよね。

もしかしたら、ひょっとしたら沖田先生追いかけてきて下さるかしらと。

捨てきれぬ女心なのでしょう。





そして、その後自身の母親に「女」を重ねる。

いつの時代でも「待つ」身なのは「女」の方ですが、とかく昔はそうだったでしょうね。

時代という波によっても一生が決められてしまう。

波に逆らうことをよしとしないという社会の価値観も基盤にありますけれども。

そう考えると、自身で「武士」としての道を選んで、ある意味波に逆らって生きているセイちゃんは特別なのかもしれません。





母親を思い返してみても、心から幸せだったのだろうかと思ってしまう。

もし、父親が家にいて・・・・・・という家庭環境の下育ったのであれば、また異なる考えを抱いたのかもしれないなぁと思いました。



そして、後半の三角関係。

こういう歳と総司のやりとり大好きです。

ちょっとカマをかけるような言い方や優位に立ったような言い方を総司がして、歳は歳ではぐらかしてという感じのが。



そして、歳はセイちゃんの表情を見ただけで気付くなんて、さすがはたらしの御仁のことだけはあります(笑)



原作にもあった異動の件が二次創作ではこのような裏エピソードを考えることが出来、改めて二次創作の幅の広さと深さを感じました。

歳は三年すれば・・・・・・と思っていますが、花が咲くのは思っている以上に早いものです。



そのとき、歳はどうするのか。

考えるだけで、むくむくと妄想が浮かんできてしまいます。





sarasaraさん、この度はしっとりとしたかつ濃厚なお品をどうも有り難うございました(*^^)

不器用な歳らしいセイちゃんのなぐさめ方もツボでございました。



また、ぜひお品を拝読させてください(^^♪