よく晴れた秋の日。行楽日和とはまさにこんな日のことを言うのだろう。
「あぁ、いい天気やねぇ」
「ホンマ。来て良かったなぁ」
「…セイちゃん?」
「っ…ごめん」
「また、考えてたん?」
「……うん」
「ここではきれいさっぱり忘れて、ここの空気を楽しも?」
「…うん」
「心の秋」
千鶴様
ここは、高原にあるペンション。
長い夏期休暇を利用して、ここに4人の女子大生たちが泊まりに来ていた。
「里乃はん。旅行のこと、山南はん何か言ってはった?」
「うぅん。敬介はんもセイちゃんのことが心配やからって。原田はんは?」
「うっとこも同じや。悠ちゃんは?」
「平ちゃんも、えらい気にしてた。悪ふざけしすぎたって…」
今話しているメンバーは、里乃、まさ、悠の3人。
話から推察できるように、彼女らはそれぞれ同じサークルの山南敬介、原田左之助、藤堂平助と付き合っている。
「にしても…」
「うん。セイちゃん、あぁやってぼぅっとしてること多いね…」
3人は、ぼおっとしながら少し後ろの方を歩いているセイに目をやった。
*
はぁ、ふぅと息を継ぎながら走る。
(やっぱり、断ればよかったかな。でも、困ってるみたいだったし…)
さっきのことを思い返しながら、あと数分で始まる講義に向けて、講義棟を急ぐ。
残り時間後2分。
すでに教授の姿は廊下の遠くに見えているというところで、何とか講義開始には間に合った…かに見えた。
「何だ、神谷。遅刻か?」
寸でのところで入り口付近に座っていた男子学生に声を掛けられ、席には着けなかった。
「遅刻じゃないって、土方くん。間に合ってるでしょ?」
「おーおー、盛大に息を切らしてまぁ。よっぽど急いできたんだな」
「あ、うん。生協でレジに並んでたら、前の人がおつりを落として…。時間がないって分かってたんだけど、 困ってるみたいだったから見過ごせなくて」
「っ、な…」
息を切らし、少し頬を赤くして言うセイの言葉に、土方―歳三は言葉を失った。
「全部拾えたし、こうやって間に合えたから、結果オーライでしょ」
「馬鹿か、お前は。そんなもん、そいつ本人に拾わせりゃいいだろーが」
「だって、目の前で困ってたんだもん…」
「だからってな…!」
「君たち」
「「!!」」
しょんぼりするセイと、呆れと怒りが混ざったような歳三の後ろから、少し低めのしゃがれた声が聞こえてきた。
一瞬にして身を強張らせて恐る恐る顔を上げると、そこには講義担当の教授が立っていた。
すでに、講義開始の時間は過ぎてしまっている。
「…仲良きことは美しき哉。しかしね、講義を受ける気がないのなら、帰ってもらっても一向に構わんのだがね…?」
にっこりと笑みを浮かべながら、静かな声色で言う。
「「いっ、いえ!受けます!」」
*
(いつも、呆れられて怒られてばかりいたっけ…)
悲しげな表情を浮かべたまま、口元だけが緩む。
*
「えっと、お茶とコーラと…」
「何やってんだ、神谷?」
「土方くん」
生協で指を折りながら、かごに飲み物やらお菓子やらを入れているセイを見かけ、声を掛けたのは歳三。
「あのね、これからサークルでミーティングがあるでしょ?それで、買出し」
「また面倒なもん押し付けられたな」
「ホントは違うコが頼まれてたみたいなんだけど、レポート提出に行かなきゃならないの忘れてたみたいで、私に…」
「〜〜ったく!」
「え?」
突然苦々しい表情を浮かべた歳三が、何に怒っているのかセイは分からない。
「だからってお前が買出し引き受ける必要はないだろうが。提出なんてすぐに終わるもんなんだから」
「でも…」
「お前が断らないから、相手も調子に乗るんだ。そのまんまじゃ、いいように使われちまうぜ?」
「そうかなぁ…」
怒ったような表情のままの歳三に対し、セイは悲しそうな少し拗ねたようなそんな表情でいた。
「まぁいい。さっさと買って、戻るぞ」
「あっ、待ってよ」
足早に歩いていく歳三の後を、セイは慌てて追いかけた。
*
「…ちゃん。…イちゃん、セイちゃん!」
「あっ、ゴメン。何?」
考え事に埋没していたセイは、まさの呼びかけにようやく反応する。
「また土方はんのこと考えてたん?」
「…ん」
「楽しみに来たんに、そんなんやったら意味ないえ?」
「そうやって、セイちゃん。折角の休みなんやから、堪能せな」
まさ、悠の言葉に、セイは笑顔を返した。
「あっこに小さい子がおる」
「ホンマ。この辺の子かな?」
まさは眼下に広がる湖のほとりに、少年と犬がいるのを見つける。
悠もそれに気付き、そっちに目を向ける。
少年の方もこちらに気づいたらしく、手を振ってくる。
それを見たセイも、にこっと笑って手を振り返す。
そんなセイの笑顔が痛ましくて、里乃は話しかけた。
「なぁ、セイちゃん。まだ気にしてるん…?」
「…」
「そら、好きな人に『大嫌い』言うてしもたら、気にせんわけないなぁ」
「まさちゃん!」
里乃がまさの言葉をたしなめた。
「言うてしもたんはしゃあない。せやけど、それをいつまでも気にしてたって、それこそしゃあないんちゃう?」
まさの言葉に、セイは俯いてしまう。
「うちかて、左之助としょっちゅうケンカするし、するたんびに謝るのが怖うて『何でウチ、こんなへげたれなんやろ』って思う。それでも、そのままやあかん思うから、勇気出して謝るんやんか。せやけど、セイちゃんはただ気にしてるだけや。そんなんやったら、どこにも進まれへんよ?」
そう言うまさの顔は優しい。
「ありがと、まさちゃん。でも…」
「せやな。思いっきり言うてしもたんやもんね。それはうちかて謝るの怖いわ」
今度は悠が口を開く。
「土方はんの携帯のアドレスは知ってんねやろ?メールしてみるとか」
「でも、メールで謝るのはどうかと思うえ?せやけど、電話するのも怖いやろしなぁ…」
悠の提案に、里乃が言った。
「おねえちゃん」
さっきの少年が、いつの間にか近くまで来ていた。
見れば、手をちょいちょいと動かして、しゃがむように訴えている。
「?」
不思議に思いつつ、セイは少年と視線を合わせるようにしゃがんだ。
すると、少年はポンポンとセイの頭を撫でた。
「元気、出してね」
こんな小さな子にまで心配されることは恥ずかしかったが、素直に嬉しかった。
「ありがとうね」
そう言うと、少年は人懐こそうな笑顔をにっこりと浮かべて、「行くよ、ハジメ!」とお供のような子犬と走っていった。
「せやけど…」
「?」
少年が走っていくのを見送って、まさが口を開く。
「そんだけ悩むってことは、セイちゃん、ホンマに土方はんのこと好きなんやな」
にっこり笑って言われたその言葉に、セイは思わず顔を赤くした。
*
「そういや神谷、こないだありがとな」
「うぅん」
サークルの部室で雑談しているとき、左之助がセイに礼を言った。
それに反応して歳三がセイに聞く。
「何かあったのか?」
「たいしたことじゃないんだけど。原田くん、教室に忘れ物をしたらしくって、 でも次の講義があるからって私が取ってきてあげたの」
「またお前は〜っ」
「え?」
「それは忘れた左之助が取りに行けばいいことだろ?」
「でも、私は空きだったから…」
「そういう問題じゃねえ」
二人のやり取りを見ていた平助が口を挟んだ。
「歳さんさ、どうしてそこまで気にするわけ?」
「あ?」
「別に彼女じゃないんでしょ?神谷は。そこまで言わなくてもいいんじゃないの」
「…」
平助の言葉に口をつぐむ歳三。自分でもどうしてかを考えているような感じだ。
「もしかして…歳、神谷のことが好きなのか?」
「は?」
左之助の言葉に、歳三は一瞬思考が飛んだ。
「それだったら、そこまで神谷のこと気にかけるの納得がいくもんな」
「ちっ、違ぇよ」
「あっ、慌ててる。もしかしたらそうなんじゃないの?」
左之助の言葉に平助が乗る。完全にからかいモードに入っている。
それにつられて下級生もなにやら騒ぎ、好奇の視線が二人に集まる。
「そんなんじゃねぇ!俺はコイツのこと、どうも思っちゃいねえよ」
そう言い捨てると、歳三は部室を出て行った。
気まずい雰囲気が部室内を占拠する。
残されたセイも、何となく居心地が悪い。そして、何故か胸が痛かった。
「ごめん。私も…今日はもう帰るね」
そう言ってカバンを持ち、セイも部室を出て行った。
*
夜になって。
「え?肝試し?」
「そ。昼間、ここの周りを歩いたやろ?裏手の道とここ、一本道で繋がってるんよ」
「肝試し言うたかて、誰も驚かしたりせぇへんし。ただ、この紙縒りを途中にあるおっきな岩のとこに置いてきて、戻ってくるだけ」
「少し暗いけど、月明かりもあるし、大丈夫やと思う」
不安げな表情を浮かべるセイに、3人は笑顔で説明する。
せっかく来てるんだから、何かしようということになったのだ。
「足元に気ぃつけてな」
「どうしても行くの?」
「行くの。セイちゃんは怖がりやなぁ」
トップバッターはセイ。有無を言わせず、送り出されてしまった。
月明かりと星の光の下、セイは昼間歩いた道を行く。
考えないようにしていても、知らず知らずのうちに考えてしまう。
(いつまでもめそめそしてるの、やだなぁ…)
今になって思えば、あの時胸が痛んだのは、いつしか歳三のことを好きになっていたから。
自分のやることにいちいち口を出してきてはいたが、その後の彼はとても優しかった。
呆れたような表情も、本当は「仕方ないな」という意味だということも、一緒にいるうちに分かった。
しかし、ただ単に怒っているのではないとは分かっていても、その度に言われるのはやはり、辛かった。
*
「神谷先輩」
「何?」
キャンパスを歩いていたセイは、サークルの後輩に呼び止められた。
「あの…お願いしたいことがあるんですけど、いいですか?」
「いいわよ」
何事か、と思っていると、目の前に出てきたのは一通の手紙。
「これ、私の友達が書いたんですけど、土方先輩に渡してもらえませんか?」
「これを、土方くんに?」
「同じサークルでしょ、って渡されたんですけど、私そこまで土方先輩と話したことないし…。 神谷先輩にお願いした方が確実かと思って」
いいですか?と頼んでくる後輩を見て、そして手元にある手紙を見て、胸がツキンと痛む。
渡したくない、とは思えど、引き受けなければ後輩がかわいそうだとも思う。
ほんの少しだけ迷ったが、結局引き受けることにした。
引きつってはいないか心配な笑顔を貼り付けて。
「土方くん」
思えば、この間のこと以来、セイが歳三と話すのは久しぶりのことだった。
それを考えると、ほんの少しだけ緊張する。
「何だ?」
以前のように接してくれることがセイにはとてもありがたかった。何となく気まずかったから。
「あのね、これ」
カバンの中から頼まれた手紙を取り出し、歳三に渡す。
「俺に?」
受け取って、差出人を確認する。すると、そこにはセイではない名前。
その名前を見た瞬間、歳三は眉間にしわを寄せた。
「あ、あのね。サークルの後輩の、冬月さん。彼女の友達が渡してくれって。それで…」
「それで、引き受けたのか?」
「う、うん…」
歳三の声の温度が低いことに、セイは身を硬くする。
しばらくじっと手紙を見ていたが、歳三は突然その手紙を破いた。
ビリビリッ
「ちょ…っ!」
「せめて読め、ってか?冗談じゃない。自分で渡しにも来ないやつからの手紙なんざ読めるかよ」
抗議しようとしたセイの言葉を切り、冷たく言い捨てる歳三。
「それにな、何でお前が持ってくんだよ。頼まれた冬月に持って来させりゃいいだろうが」
「だって冬月さん、土方くんとそんなに話したことないからって困ってて…」
セイの言葉に、さらに眉間のしわを深くする。
「困ってりゃ、誰でも助けるのか?じゃあ何か?『彼女がいなくて困ってる。相手してくれ』って言うやつがいたらお前、 相手してやるのかよ?!」
「そ、そういうことを言ってるんじゃ…」
「同じことだろ!?」
その一言にセイはよろめき、足元の草にもつれて転んでしまった。
咄嗟に突いた手を、転がっていた石ですりむく。
その痛みによってか、転んだショックでか、今まで溜め込んできたものが噴き出した。
「…どうして、そんな風に言うの?」
涙声で言うセイに歳三は戸惑い、差し出そうとした手がその場に止まる。
「私…よかれと思ってやったの。よかれと思ってやってたの。それなのに、どうしてそんな風に言うの?」
瞳に涙を溜め、キッと歳三を見て、セイははっきりと言った。
「あなたなんか…土方くんなんか大っ嫌い!!」
*
「はぁ…」
どうしてあんなことを言ってしまったのだろうか。
悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない。
きっと、謝っても許してはもらえない。いや、謝ることさえできない。
話しかけて、話も聞いてもらえないほど拒絶されてしまったら、それこそ耐えられない。
(ホント、どうしよう…)
そう思って顔を上げると、見覚えのない風景。
「あ、あれ?」
ぼんやりと歩いていたため、道を一本間違えたか。
不安になるが、とりあえず来た道を戻ることにして、再び歩き始める。
ふと、空を見上げた。
「うわぁ…」
空には、一面に広がる満天の星。
普段見ることのできない星空に、思わず感嘆の声が上がる。
空を見上げたまま歩いていると。
「君、危ない!落ちる!」
そんな声が聞こえて。
「え?」
そう思った瞬間には、出した足の下に地面がなかった。
「きゃああああっ」
叫びながら、次の瞬間来るであろう衝撃と痛みに覚悟したが…衝撃はあったものの、痛みはいつまで経っても訪れなかった。
「えと…?」
「大丈夫か?」
上の方からかけられる声。どこか聞き覚えがあった。
そろり、と顔を上げてみると。
「土方くん!?」
「神谷!?」
ちょっとした、高めの段差と言ってもいいほどの崖から落ちたセイを受け止めたのは歳三だった。
今、セイは胡坐をかいている歳三の膝の上に座る形になっている。
「ど、どうしてここに?」
「俺は、従弟のお守りついでに親父の田舎に来てて…。そう言うお前は?」
「里乃さんとまさちゃん、悠ちゃんとペンションに泊まりに…」
「そうか。で、大丈夫か?」
話を戻して、セイに怪我がないかどうか確かめる歳三。
どうやら、擦り傷も何もないようだと判断したところで、セイを立たせた。
「ありがとう」
「あぁ」
それきり、会話が途切れる。
夏休み前にあんなことがあったため、お互いに話しづらい。
「…」
「…」
無言で、湖のほとりを歩く。
りーりーりーと虫の鳴く声が辺りを包む。
「あの…さ」
沈黙を破り、歳三が口を開いた。
「この間は、悪かった。俺も…言い過ぎた」
ポツリ、ポツリと話していく。
「お前がやることに文句つけてたのはさ、あまりにもお前が他人のことにかまけ過ぎるから…心配になったんだ」
サク、サクと草を踏む音が足を踏み出すたびに鳴る。
「神谷のそういうところ、いいところだと思う。けど、そんなんじゃいいように使われるだけのような気がしちまって…ついつい口出ししちまったんだ」
セイは黙って歳三の言葉を聞いている。
「だからって、嫌いだったわけじゃねぇんだ。むしろ、その逆でさ」
それを聞いたセイの足が止まる。
しかし、歳三はそれに気づかず歩き続ける。
「だから、お前とは上手く付き合っていきたかった。例え、友達ってだけの付き合いだったとしても」
歳三の歩みも止まる。
「でもよ。お前は、俺のこと嫌いなんだろ?だから…もう何も言わねぇよ」
そう言って、セイの方を見た。
「神谷…?」
後ろの方で立っているセイの姿を見つけ、声を掛ける。
セイは口元に手を当て、困ったような表情をしていた。
(やっぱり、な…。嫌ってる俺からそんなことを言われても、困るだけだよな…)
そう思って、セイから視線をはずすと。
「セイちゃーん」
向こうの方からセイを呼ぶ声が聴こえて来た。
「菅原か、こっちだ」
声の主に気づいた歳三は、声のした方に向かって呼びかける。
「土方はん?どないしてここに」
歳三の声に気がついて、降りてきたまさが問いかける。
「親父の田舎がここでな。で、急にいなくなった従弟を探してたんだが…」
「従弟って、もしかしてこの子?」
「…歳三さん」
まさの少し後ろにいた悠の足元から、少年がひょこりと顔を出した。
「あぁ。総司、どこに行ってたんだ?探したぞ」
「ごめんなさい、歳三さん」
ぽてぽてと歳三に走りより、抱き上げられる少年―総司。
「セイちゃん、大丈夫?なかなか戻ってこぉへんから心配したんよ」
「ごめん、道に迷ったみたいで…」
「そないに知らん道を夜に歩かせたせいやね。堪忍」
「うぅん」
「ほな、戻ろか」
「せやな」
4人が2人と別れようとしたそのとき、総司が歳三に言った。
「あのね、歳三さん」
「何だ?」
「あのポニーテールのおねえちゃん、好きな人に『大嫌い』って言っちゃったんだって」
「「!!」」
それを聞いて、真っ赤になったのはセイだったか歳三だったか。
それは、そこにいた里乃たちと、空に輝く星たちだけの秘密。
|