夏の天気は気まぐれな所がある。
もくもくと空高く上る入道雲。
ついさっきまで晴れていたのに、それは突然やってくる。
ザー・・・・・・。
途端に往来は激しくなる。
家が近くにある者は、駆け足で戻る。
店先に品物を並べている者は、慌てて品を店内にいれる。
男は裾をめくりあげ、駆けてゆく。
女も裾をほんの少しあげ、小またで駆けてゆく。
※
「あ〜あ、降られちゃった。いつ止むかしら」
店の軒先で、セイは空を見上げていた。
先程までの青空は灰色に塗り替えられている。
懐から手ぬぐいを出しセイは濡れた頭と顔を拭いた。
せっかく明里に整えてもらった髪が雫をぽつりぽつりと落としていた。
焚き染めてもらったお香の匂いも雨の特有の匂いに打ち消される。
「こんなことなら、もうすこし明里さんのところにいればよかった。もっとお話したかったのに・・・・・・」
明里と会うときが一番心を楽に出来るときだった。
偽りの自分は必要ない。
辺りに気遣うことなく、着替えも行える。
鎖帷子を身につけなくてもよい。
そう、月に一度だけ「清三郎」から「セイ」に戻れる瞬間だった。
※
しばらくすると男が一人雨宿りする為にこちらに走ってきた。
手を頭の上に乗せ、俯き加減で駆けてくる。
刀を差しているところからさっするに武士のようだった。
セイは隅に移動し男の為に場所を空ける。
「・・・・・・っちくしょう。いきなり降るんじゃねぇ。新調した衣が台無しだ」
聞き覚えのある声にくるりと視線を合わすと、そこには裾を絞っている土方。
「・・・・・・げっ、鬼副長!!」
思わず声を上げたセイだが、その呼称に慌てて手を口に当てた。
「あん?」
振り向いた土方の痛い痛い視線を感じる
「てめぇ、誰が鬼だ。その生意気な口はなんとかならんのか」
土方に頬をつねられ、セイは抵抗する。
「・・・・・・痛っ。痛いですってば!!」
「自業自得だろうが」
「だって、本当のことだもの」
「もう一回、つねってほしいか」
「謹んで御遠慮申し上げます」
恭しく頭を下げるセイに土方は軽く拳骨を落とした。
※
雨は止むどころか段々強くなる。
激しい雨粒は地に跳ね返り、あたりは靄がかかったように白くなった。
土方もセイも互いに何も言葉を発せず、ただ目の前の雨の様子を見ていた。
時折、傘が往来を行き来するが、それ以外は何も変わらない視界。
どうしてだろう。
互いに何故か気まずい。
気まずいが故に会話を交わさず、ずっと視線を前に向けている。
セイはそっと横目で土方を見た。
濡れた黒髪から滴る。
肌に張り付いた衣が何故か艶かしかった。
男の色気とはこういうことをいうのだろうか。
セイの視線に気がついたのか、土方が顔をこちらに向けてきた。
慌ててセイは目線を元の雨に戻す。
土方の視線を感じる。
妙に顔が火照る。
ますます気まずいと感じた。
否、気恥ずかしいと感じた。
土方は視線を感じセイを見やると、思い切り顔を反らされた。
何かに耐えるようにじっと目の前の雨を見ているセイ。
濡れた前髪が額にべたりとくっついている。
同じく肌に張り付いている衣。
濡れているからか、体の線の細さが強調されている。
小柄な体形・後れ毛が艶かしいうなじ・狭い肩幅・細い柳腰。
手には水分を含んで重そうな風呂敷を抱えている。
確か、今日は毎月の逢瀬から帰営する日。
風呂敷の中には妓との秘め事が隠されているのだろうか。
それにしてもと思う。
見れば見るほどそそる体つきだと。
原田達が騒いでいるのが分かる気がする。
保護者の総司がその度に焦っているのが分かる気がする。
・・・・・・分かる気はするが、自分までそう思ってしまうことは悔しさを覚える。
セイがちらりと再度土方の方を見た。
睨みつけるように「何か御用ですか?」と。
その言い方が矢張り生意気に思え、こいつは童だと土方は思い込むことにした。
※
「お武家様。お武家様」
軒先を借りている店の主だろうか。
傘を一つ差し出している。
「お一つしかありませんが、きたない傘でええなら、どうぞ」
恭しく頭を下げる。
その傘を土方が受け取る。
「・・・・・・ああ、かたじけない」
「いいえ、気にせんといておくれやす」
主は再度頭を下げると店内に戻っていった。
武士に・・・・・・刀を持っている者に怯えたようにも感じるその態度。
いつまでも己の店先にいるのは不快だと感じたのだろうか。
「で、どうするよ」
土方はセイに問いかけた。
「・・・・・・どうするとは?」
「俺とお前、どちらがこれ使うよ」
傘をぐいっと差し出す。
「そのようなこと、尋ねるまでもありません。どうぞ、副長がお使い下さい。そのままの姿でいると風邪引きますよ」
「だが、それはお前もだろう」
「ですが、しかしここは副長にお譲りするのが礼儀かと」
「お前は変なところで礼を重んじる」
「・・・・・・そうでしょうか。副長も変なところで御遠慮なさる。どうぞお使い下さい。雨がもう少しおさまるまで私はここにいますから。門限に遅れても切腹を命じられないのであればですけれど」
気がつくと、日は沈もうとしていた。
「・・・・・・そうか。なら要望どおり腹を斬らせてやろう」
意地悪そうにいう土方に
「あら、優秀な隊士が一人欠けますよ」
とセイは軽く返す。
「もし、副長に私のことを少しでも気にかけてくださるお気持ちがあるならば、どなたかに傘を届けてくれるよう頼んでください。私から、その方へは後日礼をしますから」
「そんな気が俺にあると思うか」
「さぁ、どうでしょう。貴方は変なところで優しいところがあるから」
「お前も変なところに頭が回る」
「あら奇遇ですね」
「全くだ」
バサッ
土方が傘を開く。
「気が向いたら、傘を届けさせてやろう」
「えぇ、御願いします。あんまり頼りにはしていませんが」
セイは濡れて滑りやすくなっている土方の刀の柄を手ぬぐいで拭いた。
「こんなときは、命に狙われやすいものですから。どうぞお気をつけ下さい」
「珍しい。俺の身の心配をするのか」
「いいえ。私の為ですよ。副長が屯所まで辿り着いてくれないと、誰も傘を届けてくれませんから」
にこり。
セイは毒気のない笑みをむけて、土方に頭を下げた。
「帰営が遅れても切腹を命じないで下さいね」
「考えておこう」
「ええ、是非に」
セイは笑顔を向けながらも少し戸惑う。
傘を開いたものの土方は少しも屯所に戻ろうとしないのだ。
「・・・・・・副長?」
セイが何かを問いかけるよりも早く
力強い腕で傘の中に引きづりこまれた。
驚くセイに土方は顔を背ける。
「お前がこの店の主に『鬼副長は傘さえ譲ってくれない』と陰口をたたかれてもこまるからな」
行くぞ。
雨の音に消されそうなほど小さな声で土方は口にし、大またで歩き出した。
セイの細い手を引いて。
「やはり、副長は変なところでお優しい」
クスリと笑うと土方は耳を赤くした。
(おまけ)
「「っくしょん!!」」
「あらあら、土方さんと神谷さん二人仲良く揃って、風邪ですか?」
総司にからかわれるのは翌日の事・・・・・・。
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