近頃、とても自分が穢れてゆく気がしてならない。
殺伐した日常を送っているからであろうか。
人を斬り過ぎたからであろうか。
否、そうではなく。
もっと、それとは異なる闇。
こんな想いをするからこの気持ちには知らぬふりして、過してきたというのに・・・・・・。
所詮己の心を律するということは叶わぬ事なのだろうか・・・・・・。
※
「沖田先生」
可愛らしい鈴の鳴るような声とともに起き、一日が始まる。
最初は、そう幼い弟分ができたようだった。
女子という正体を知ってはいるものの、月代を剃り袴を着たセイは男のようで、
よく泣くということさえ除けば、「神谷さんは武士としてここにいるのだ」と
思い込むことは容易かった。
時折、彼女が寂しそうな瞳を向けることを感じてはいたが、その瞳の奥に
己に求められている事を知るのが怖く、素知らぬふりをした。
幸いにも笑みを向ければ、彼女はそっと小さく溜息をついて、彼女自身も
その想いに気付かぬふりをしてくれて、ただただ、いつまでも部下として
そして、弟としての関係をずっと保ちたかった。
女子という生き物は普段は大人しいものの、時に男を驚愕させるほどの
熱情をもち、強さをもち、一途さをもつものだと江戸の頃に知り、
あれ以来男にはない心根をもつ女子が怖くなった。
それはまだ若すぎた故に抱いた気持ちだったかも知れぬが、
一度抱いた恐怖はそう簡単に消える事はなく、
ただただその恐怖の闇に触れたくなかった。
自分は師と慕う近藤とそして兄貴分の土方さえいれば生きてゆけると思っていたし、
また逆に二人のためならば喜んで死んでゆけると思っていた。
そのことだけが全てであり、真実だった。
幼い頃、家を出された自分に「剣」という生きがいを与えてくれ、敬愛する二人はなにものにも代えがたく、それ以外は要らなかった。
なのに・・・・・・。
それなのに・・・・・・。
日に日に艶が増すセイをいつからか単なる弟分と思えなくなり、気がつくと休む暇なく
体を動かしている姿に視線をやっている。
一度気になったら、どこまでも気になってしまい、そして彼女が向ける寂しそうな瞳の奥も気になってしまい、深みにはまってしまった。
彼女が武士として過しながらも自分に何を求めているのかも、そしてそれを求めてしまっては自分が今までずっと抱いていた生きがいが果せなくなるのだろうとずっと心に秘めている事も。
彼女もまた武士と女子との間で揺れているのだろうが、それに対し、何もすることができずにいる自分が無性にもどかしく、しかし何もしてやれず、結局はいつもと同じように笑っていることしかできなかった。
笑って、笑みを向けて冗談を言って、
これ以上深みにとらわれぬよう、知らぬ存ぜぬとかぶりを振る事しかできなかった。
※
ある夜、夜中に目覚めると隣で寝ているはずのセイがおらず、厠へでも行ったのかとも思ったが、何故か嫌な気持ちを抱き、部屋を出た。
セイがどこへいるのかなど知るはずもないのに、足は迷うことなくある一室へ向かう。
そちらへは行きたくないと思うも、何故か足は止まらない。
シンと静まる闇夜に灯る一室。
耳をすませば、女のくぐもった艶声が届く。
呆然とただずむも、頭のどこかで確信でもあったのか、妙に心は落ち着いて、頭も冴えている。
いつからセイの正体を土方は気がついていたのだろう、いつから二人はわりない仲になったのだろうと次第にもやもやした気持ちが満たされ、耳を固く塞いだ。
それでも女の嘆声が聞こえてくるようで、はしたない想像が脳裏を巡り、もう気を消す事すら忘れていた。
何故自分はこんな想いをしなければならないのか。
何故自分はこんな想いをしてしまうのか。
だから、この想いには気がつきたくなかったのだ。
セイがそのような仲になっているとは普段のやりとりからは考えもつかず、いつもと何も変わらぬ笑みを返してくれ、いつもと何も変わらぬ声で朝起こしてくれていた。
いつからあの子は大人になり、隠し事をするようになり、そして手の届かぬところへ行ってしまったのだ。
闇にとらわれまいと両耳を塞いている間に、己だけが取り残されてしまった。
日に日に美しくなるセイに気がついたときには、もうすでに時遅く、
あの寂しそうな瞳のみが頭から離れない。
※
次の日、いつもと何ら変わることなく「沖田先生」と呼びかけ起こしてくるセイがこんなにも恨めしいと思ったのは初めてだった。
純粋で穢れを知らぬ無垢な少女のように見えて、その実、胸に秘め事を抱えているとは。
「おはようございます。あのね、神谷さん。私、久しぶりに夢を見たんですよ」
布団を畳んでいた少女は手を休め、首を傾げる。
「夜中に目覚めると隣に寝ているはずの神谷さんの姿が見えず、一生懸命捜すも見つからない夢でした」
少女の笑みが一瞬固まるのを男は見逃さない。
「それは夢の中でございましょう。現の世にはちゃんと清三郎は先生のお傍にいるではありませんか」
言い繕うようにしていう姿に男は笑みを深くさせる。
「そうですね。神谷さんが私に何も言わずに姿を隠すはずありませんものね。さて、今日は久しぶりに甘味処へでも行きませんか」
男の笑みに安堵したのか、女はえぇと頷いた。
その瞬間にちらりと見えた首筋に咲かせる紅の花。
今更、両耳を塞いでいた手を離すことは遅いだろうか。
今更、自らその瞳の奥の闇に踏み込むことは遅いだろうか。
黒いはっきりとせぬよどみが、心に溜まってゆく様で何だか哀しかったが、その代償に少女を手に入れることが出来るのだと思うと、自然と笑みが浮かんできた。
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