風と鳥




あの日、あいつに出会ったのは偶然だった・・・・・・と思う。







春の柔らかい風はすっかりと姿を消し、日に日に暑さを感じるようになっていた。
京の夏は過酷である。
盆地ゆえ仕方がないことなのだが、だからといって正直な所慣れたとも言い難い。
これから、夏に向けてさらに熱くなるのかと土方は高い所から己を照らしている太陽を見てため息をこぼした。


汗ばんだ顔を手ぬぐいで一拭きする。
暖簾をくぐると、店主が冷たい水をくれた。
その行為が、馴染みの客に対する単なる気遣いなのか、新選組副長に対する畏怖の念からなのかは分からない。
最初のうちこそ、そのようなことを気にしていたが、今ではもうどうでも良くなった。
京では言葉と態度が裏腹な事が多い事を知ったからだ。
それを狡さと取るか、優しさと取るかはこちら次第だ。
いつもどおり江戸にいる姉に送る物を捜しているのだというと、店主は心得たように棚の上にある一番高そうな品に手を伸ばす。


金箔を惜しげもなく散らしてある櫛や髪飾り。
確かに綺麗な品だが、江戸に住む姉には分が過ぎる品である。
姉上のことだ。
こんな品を送っても使わずに大事にしまっておくにちがいない。
それに姉に送るには少々若すぎる気がした。
もっとしっとりとした色合いが良い。
土方は、あまり値の張らない普通の簪を一つ選んだ。



自分は姉には随分と迷惑をかけていると思っている。
早くに両親をなくした土方家で一家を切り盛りしていたのは姉上だった。
両親と死別しても食べるものに事欠かないほどの生活が出来たのは幸いだ。
遠い記憶であまり覚えていないが、両親が亡くなって誰もが肩を落としているとき、一番動いていたのは姉だった。
ああいう土壇場の時というのは、男より女の方が強いと思った記憶がある。
そう、気丈な姉である。
嫁いだ後も、自分の面倒を見てくれた。
よく悪さをして義兄には怒られたが、それでも傍に置いてくれた。
それは、義兄の人柄もあるが姉が義兄に頼み込んでくれていたに違いない。



京に上る事を伝えた日、姉は
「お前は本当に一つの場所に居られない子だね。まぁ、しっかりやってきなさい」
と、夜通しで新しい一張羅の着物一式をあつらえてくれた。
どこまでも 気丈に見える姉が出立ち際に「三月に一回は文を頂戴」と手を握り締めてきた。
周りに近藤や総司がいたから恥ずかしくてたまらなかったが、姉の細い手がかすかに震えており、手を離すに離せなかった。



川辺のそよ風が心地よい。
京の川は江戸のそれに比べると、幾らか澄んでいるように見える。
川では魚まで京風なのかゆったりと泳いでいる。
土方は土手に腰を下ろすと、寝転んだ。
気持ちよい風が眠気を運んでくる。
昨日はよく眠られなかった。
土方はそっと眼を閉じた。







優しく揺り起こされる感覚に土方は眼を覚ました。
ぼやけていた視界が次第にはっきりしてくる。
大きな瞳が二つ自分の方を見ていた。



「副長。こんなところで、お昼寝ですか?」



その言葉に土方は反射的に身を起した。
「ふふふ。副長の寝顔を初めて見ちゃいました。鬼の寝顔って意外と可愛いものですね。伊東先生が来たら襲われちゃいますよ」
セイは土方の頭や背中に付いた草をはたきながら、
「ここよだれついています」
と己の口元を指した。


瞬時に真っ赤な顔になった土方が乱暴に口元をぬぐう。
その様子にセイはお腹を抱えて、
「ごめんなさい。冗談ですよ。冗談」
と両手を合わせて上目遣いで謝った。



ゴチッ



「痛っ!何するんですか、ちゃんと謝ったじゃないですか!!」
しゃがみこんで頭を抱えるセイに土方は
「やかましい」と怒鳴る。
その声に驚いたのか、近くで魚を捕まえていた幼子たちが遠くに散ってしまった。
「もう、副長が恐い声を出すから。小さい子が怯えちゃったじゃないですか。この鬼副長」
頬を膨らますセイに土方は無言でにらみつける。



「おい、隊務はどうした」
「今は、休憩時間です」
「山南さんは、小姓を甘やかしすぎだ」
「鬼とは違うもの。山南先生は仏のようにお優しい方だから」
「何だと」
「本当の事じゃないですか」
セイは手を口に当て軽く笑う。



「生意気小童と話している暇はねぇ」
「お昼寝する暇はあるのに?」
セイは朗らかに笑った。
いつものような喧嘩の雰囲気なのに、どうしてだか毒気が抜かれる。
セイはくるりと背を向けると、小さく「副長」と声をかけた。




「この間の答えを返答しに参りました」



一筋の風が川辺を走った。










先日、この場所で同じ頃、土方はセイと会った。

雨が降りしきる中、傘もささずじっと立っていたセイは、近付いてきた土方に気が付くとふわりと笑う。
セイは上から下までびしょぬれで、セイの正体を知ったばかりの土方は目のやりどころに困った。
「何かあったのか」
そう尋ねる土方に
「何も」
とぽつりと返される。


「そう、何もないんですよ。こんなに尊敬して、あの人の為なら命なんていらないって思える程大好きで大好きでたまらないのに」


セイの瞳は濡れていた。
それは雨の為か。それとも・・・・・・。
「私、本当に未熟だな。女子の心を消せないんです。ことある毎に女子の自分が出てくる。それじゃ、だめだって分かっているのに」
そこまでいうと、セイは傘を差し出す土方に近寄り、身体を寄せた。
土方にしがみつき泣きじゃくる。
小さな肩が激しく揺れている。
堪える様な嗚咽。
何があったのか細かい事までは分からないが、大体は予想が付く。
「今なら泣いても雨の音で誰も聞こえねぇぞ」
背中を軽く叩いてやると、堰を切ったようにセイは泣き出した。






「で、お前の返事とやらは」
あの日、「心の整理が付いたらあいつよりも俺を見てみな。大事にしてやる」と言った土方は、 未だ背を向けたままのセイをじっと見ていた。


「私、女癖の悪い人、嫌いです」


「・・・・・・そうか」


「いつも偉そうな口調で言う人、嫌いです」
「いつも怒った顔をしている人、嫌いです」
「人遣いの荒い人、嫌いです」
「無理しないで下さいと言っても、夜遅くまで起きている人、嫌いです」
「何もかも背負い込んでいる人、嫌いです」
「さりげなく気遣ってくれている人、嫌いです」





「私の心の中に知らぬ間に入ってくる人、大嫌いです」





セイは土方の方へくるりと振り向く。




「女子の口からこんなことを言わせる人、嫌いです」




両手を胸の前で合わせ、朱が走った顔を真っ直ぐに土方に向け、そして俯いた。
そんな様子に、土方は笑う。

「こんなに天邪鬼な女子は初めてだ」
セイは泣きそうになるのをぐっとこらえ、あの日と同じように土方の胸に顔をうずめた。
「こんなに泣き虫な女子も初めてだなぁ」
からかうようにいう土方にセイはスンと鼻を鳴らした。
「嘘か本当か。俺の傍にいつもいてみな。あいつのような思いはさせねぇから」



いつのまにか風は止み、空には鳥が舞っていた。




キリ番「1043」番を踏んでくださったみるく様への贈り物です。

リクエスト内容は、「セイちゃんと副長がケンカするんですが、副長が顔を赤く染めながら、「黙って俺について来い」系の強引だけど甘いセリフを言う・・」
だったのですが・・・・・・

みるくさんのご期待に添えたかは甚だ不安であります。
振り返ってみると、私の書くものはすでに歳とセイちゃんがいい関係になっているものが多いので、今回は馴れ初め話チックで書いてみました。
故にいつもは歳の小姓として登場してくるセイちゃんも今回は山南さんの小姓です。(笑)
そうそう、「最後のいつのまにか風は止み、空には鳥が舞っていた。」という部分。
風と鳥、誰を指したものなのかは風光るの大好きの皆様ならお分かりになりますよね?
ふふふ、そういうことです。(笑)


拙い品ですが、みるくさんに喜んでもらえると嬉しく思います