その声は突然店内に響き渡った。
「いい加減にしておくれ」
バンッ!
激しい音とともに机が大きく揺れた。
客の視線が一気に注がれる。
「女だからって、甘くみるんじゃないよ」
濃い紫色の布地の衣にやや明るめの帯。
女にしては背が高い方だが、すらりとした体格とうなじの細さが自然と男の視線を引きつける。
肌の白さと着物とのコントラストが際立つのもその要因の一つだ。
歳は二十代後半といったところか。
蓮っ葉な物言いと化粧の仕方がいかにも姉御といった雰囲気だった。
そんな女の周りには三人の男たちが囲むように立ちはだかる。
真ん中の男が女の襟元をグイっと掴んだ。
「うるせぇ。女は女らしくしとやかにしておればいいんだ」
「何言ってんだい。女はね、惚れた男にゃもっと惚れてもらえるようしとやかにするもんさ。お前さんみたいな男にそんな価値があるっていうのかい」
「このアマが」
「ついで言うとだね。女が惚れる男っていうのは、女に手をあげない男さ」
女が掴まれている襟元を指差すと同時に男の無骨な手が空気を凪いだ。
女の白い顔がみるみるうちに赤く染まる。
店内にどよめきが走った。
店員は何とか事を収拾しようと思っているのだろうが、オロオロしているだけだ。
それはそうであろう。
男たちは皆、長刀をこれ見よがしに腰に差していた。
武士である。
言葉の訛りからして京の者ではないようだったが、かといって女のように江戸の者ではなさそうだった。
最近よく耳にする訛り。
推察するに長州だろう。
ここ近年、国は不安定になってきていた。
黒船の来航、桜田門外の変。
武士でなくとも情報は人から人へ伝わってくる。
商人や旅芸人が土地から土地へと運んでくるのだ。
むしろ、庶民の方が噂話として情報が早く伝わっていたのではないだろうか。
長州の者が何を目的で京に沢山来ているのかは正確なところまでは知らずとも、不穏な雰囲気は感じ取れる。
「女を叩いて偉そうな顔するんじゃないよ。弱い者に手をあげるなんざ弱い男がするもんさ。強い男と認めてほしけりゃ、それなりの態度で示しな。そしたら考え直してやるよ。生憎、私は黙って尻を触らせてあげる程、デキタ女じゃないんでね」
バシッ!
女は男に頬を叩き返した。
「あんたら、訛りから察するにここの者じゃないね。一体何しにこの地に来たんだい、京に入る事を禁じられた長人さん?」
「・・・・・・お前の知ったことじゃねぇ」
「あぁ、悪いね。こう見えても、私は旅芸人一座の長なんだよ。渡り鳥をするうちに色々と情報が入ってくるもんさ。そうそう、ちょいと前だけれどね、あんたたちの御国にも行ってきたよ。随分とごたごたしていたねぇ」
「てめぇ、それ以上言うと女でも容赦しねぇぞ」
男たちは揃って刀に手をかける。
鯉口を切る高音が三つ鳴った。
「おや、ぶったお次は獲物を使うのかい。女一人に御苦労なことで。さぁ、ヤルならヤリな。男三人がたった一人の女を刀で刺そうっていうんだ。こりゃ、大きなお芝居だね。店内のお客さん方目を見開いてよぉく見てておくれよ、今から始まる芝居を。お代は、私への線香一本という格安だよ。長州の武士は女子を束になって殺すという芸をお持ちのようだ。こんなおかしな芝居を今わの際に見せられるなんてわたしゃついてるよ。芸人魂に火がつけられるっていうもんさ。さぁさぁ、御武家様、観客も十分揃っている事だしとっとと始めようじゃないか、お芝居を」
女はどこまでも勝気で強気で怖気づいた様子もなく、高らかと口上を口にした。
一方、男たちは憤怒の様子も隠しもせず皆一様に刀を鞘から放っている。
刀に曇りがあるのはは手入れがされていないのか、それとも幾人かの脂がついているからなのか。
場内に緊張の糸が張られる。
その糸が切れたとき、目の前で女の命が紅い花びらともに消えるのだ。
男たちが刀を構え、一歩また一歩と女との間合いを詰める。
女の喉もとに先端が触れた。
女は挑戦的なそして侮蔑な眼差しを投げつける。
誰かがゴクリと唾を飲む音が聞こえる。
「おいおい、俺は食事中なんだ。味がまずくなりそうなお芝居はよそでやってくれ」
張り詰めた緊張の糸をゆるめたのは、店の奥で一人でそばを食べていた男だった。
その声に女にあてられていた刀は下げられる。
「てめぇ、格好つけて女を守る気か?」
そばをズズッとすする音が店内に響く。
「まぁ、格好つけるきはねぇけどな。俺も一応刀をもつ身として、女が目の前で殺されるのを見てみぬふりとはいかんだろ。あんたらと同類だとみなされたくない。もっとも俺の生まれは伊予だけどな。・・・・・・親父、蕎麦ごちそうさん。上手かったぜ。ちーっとばかり暴れるかもしれねぇが、勘弁してくれよな。表でやってもいいんだが、見物人がお役人を引きつれて来たら面白くねぇ。これはその迷惑賃だ」
コトリと財布ごと机の上に置く。
「女を殺す腕前があるんなら、いっちょ俺とやってみねぇか」
「・・・・・・相当腕に自信があるようだ」
「まぁ、自分の腕がどの程度か冷静に判断できるほどの頭は持ってるけどな」
「ほう、上等じゃねぇか」
刀を抜けと男たちは犬の足跡が描かれている着物をきた男に刀を指差した。
「いや、こいつは抜かねぇ。ここを血で汚しちゃ、親父さんに悪いだろ」
「いやはや、これは面白い。納刀したまま我らと立ち会うか」
「正直、俺は刀が苦手なんだよ。俺の獲物はこれだ」
店内と調理場との境にかけられていた暖簾を手にし、布を外して構える。
「・・・・・・それで勝つ気でいるのか」
「負けてもお前さん方より評判は悪くはなるめぇ」
三対一で対峙する。
互いに間合いをはかりながら移動する。
またもや緊張が場内に走った。
その糸を切ったのは、誰かが落とした湯のみが割れる音。
・・・・・・勝敗は明らかだった。
刀を上眼に構えて走ってきた男の鳩尾に一撃を入れ、ついでその反対側で二人目の男の足元をすくう。
バランスを崩した男の背部を強打をし、すっかり出遅れてしまった三人目の喉もとを突く。
あっという間に、男三人が泡を吹いて倒れていた。
「なんだ口の割には他愛もねぇ。ちょっと運動しただけで、もう伸びてしまいやがった」
原田は心底残念そうに言う。
「・・・・・・ちっ、余計な事を」
女は盛大なため息をついて勝者をにらんだ。
「これから、いい御芝居だったっていうのに。お代を取り損ねてしまったじゃないかい」
「そういうなや。一応、俺はお前を助けたんだぜ。お前さんみたいな別嬪な女子の命が代償のお芝居もいいが、流石に後味が悪いんでね」
「ふん、礼は言っとくよ」
「大体な、尻触られたぐらいであんなに怒らなくてもいいだろ。そういう時は、男の急所でも狙えばいいんだ」
「あんたも女心が分かっていないようだねぇ。これと決めた相手しか触れてほしくないのさ、女っていうものは。男みたいに女であれば誰でもいいっていうわけじゃないんだよ」
「俺はお前に触れるに値しない男なのか」
「・・・・・・まぁ、考えてやらないことはないね」
女はぷいっとそっぽを向いてうっすらと頬を染める。
その仕草があまりにも可愛くて、原田は眩暈がした。
「お前さんもなかなか気が強ぇが、あれは言いすぎだ。もし、この場に俺がいなかったら、どうする気だったんだ」
「どこにいたって、あんたなら助けてくれんだろ?」
そっと女の腰を引き寄せたが、女の平手は飛んでこなかった。
※
「・・・・・・ということが、あったんですよ。巡察中に」
ここは大部屋。
隊士達は今日起こった武勇伝をセイから聞き終えた所だった。
輪の中心には原田がヘヘンと踏ん反りかえっている。
「見回りをしていて、休憩場所を探していたらいきなり店から怒声が聞こえてきたから何事かと思いましたよ。原田先生が新選組の名を隠していたようだったので、あえて傍観していましたけれど」
今回ばかりは原田先生を見直しました・・・・・・セイはにこりと微笑む。
「いつもはあんなにだらしなくて、いつも島原に行き過ぎて半月過ぎた辺りにもう給金を使い切ってしまったり、お酒を飲んだらすぐ自慢の『一文字』を着物を脱いで見せる原田先生ですけれど、格好いいところもあるんですね」
「おい、神谷。それ褒めているのか、けなしているのか」
原田の寂しそうな問いかけに隊士達は爆笑する。
「原田さん、格好良かったです。もう、惚れ直したって感じで」
セイの隣に座っている総司がウルウルした眼で頬を赤らめながら言う。
「おう、どんどん惚れ直してくれ」
「あ〜あ、今回ばかりは左之の男っぷりの勝ちだな。違いが分かる男の良さがくすんでしまう」
涙を流すふりをする永倉に
「ぱっつあん、そんなことねぇって。俺はぱっつあん一筋だし」
原田は抱きついた。
「でも、本当に原田先生格好良かったです。私もあぁいう武士(おとこ)になりたいなぁ・・・・・・」
「神谷ならきっとなれるさ」
「わぁ、嬉しい。本当ですか」
「あぁ、俺がオトコにしちゃる」
バチン!
「先程までの私の目は曇っていたようです!やっぱり原田先生は、原田先生なんですね!だいっきらい!!」
抱きつき口を吸おうとする原田の頬に平手をくらわし、セイは廊下に出て行った。
「あ〜あ、左之。せっかく、姉御さんからは平手をくらわずにすんだのに」
「神谷にたいしては、まだまだということかなぁ・・・・・・」
大部屋は笑いの渦にまきこまれた。
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