鬼と花




それは、ひどく緩慢な動きに見えた。
上段から振り落とされる刀と、下段からすくい上げる刀。
力の重さは下段の刀に分があったが、速さと技は上段の方が数段勝っていた。
双方の刀がすれ違い、一瞬のうちに雌雄を決する。



聞き慣れた斬殺音。
嗅ぎ慣れた鉄の匂い。



鮮血にまみれながら倒れた男には、まだ言葉をつぶやけるほどの息があった。
声にならない言葉を血と共にはきだす。



「・・・・・俺は、・・・・・・長男だ。ここで・・・・・・死ぬわけには・・・・・・いかない・・・・」



そう聞こえたような気がした。
男が、ぐっと腹に力を入れたとき、月夜に輝いた白刃が舞う。
先程の一撃で吹きつくしたはずの血が、軽く吹き出て、闇を更に紅く染めた。
そんな様子を勝者は返り血をよけずにただじっと見下ろす。


「御苦労」
何の感情も乗せられずに放たれた言葉にその者は懐紙で刀をぬぐった。
「検分、御疲れ様です。土方副長」


ゆらりと振り返ったセイの表情を土方は初めて見た。
命を奪った瞬間の人の瞳というのは、一種独特である。
だが、セイは何処までも澄んだ眼差しをしており、不自然なほど透き通った瞳は 返って恐さを感じた。


「土方副長、どうされました?私が人を殺める所を初めて見ましたか?」

土方は顔をしかめる。


「この神谷清三郎、今まで局長親衛の一番隊にいたんですよ」


・・・・クスクス・・・・・




「貴方の知らない所で、ずっと前に鬼になっていたんです」



頬に付いた返り血をぬぐいながら、セイは微笑みを向ける。
白い月、白い顔、白い刃に紅い鮮血。
闇に浮かび上がったそれらはこの場には似つかわしくない程の美しさを醸し出していた。











室内には特有の気だるさが漂っている。
人知れず秘め事を繰り返す男女に細い月は見て見ぬふりをしていた。
先程まで乱れていた息も今は落ち着き、双方無言で互いに寄り合う。
しばらく二人は何も言葉を発せず、ただ静かに余韻を味わっていた。




「血の匂いがする女子はお嫌いですか」




ポツリと零された言葉に身体を向けると、小柄な白い体が己の方をじっと見ていた。
腕からぬくもりがすっと消えてゆく。




「違う」




逃さぬよう手を伸ばすも女はするりと交わし、寝巻きを身につけようとする。
再度手を差し出したがやんわりと握り返され、拒まれた。
「普通の殿方なら、誰しも思うことです。ましてや、いつも血にまみれる御仕事を貴方はなさっているんです。束の間の安らぎくらい、血とは無縁となりたいと思うことに何も不思議はありません」
女は乱れた髪を直す。


「違う。そうじゃねぇ」
「すみませんでした。念入りに行水をしたのですが、匂いまでは矢張り落ちませんでしたね。不快な思いをさせてごめんなさい」
「違うと言っている」



「・・・・・・では、今宵は何を思いながら私を抱いたのですか?」



土方はぐっと言葉に詰まった。


「いくら武士だの男だの口では言っていても、貴方の腕の中にいるときは女子ですから。何となく分かってしまうものなのです。」


すくっと立ち上がりセイは障子に手をかけた。
「何処へ行く」
「・・・・・・ちょっと水を飲みに」
「なら、すぐに戻ってくるのだろうな」

その問いに答えは返ってこなかった。











あの日以来、男の腕に女が宿ることはない。
あれから、もう幾日たったのだろう。
土方は部屋を見やる。
鼻には芳しい良き香りが始終届く。
床の間にそっと小さく活けられた花々。
セイが小姓となってから、その香りは途切れる事は無かった。



「豊宝宗匠が良い発句出来ますように」



と、笑いながら何日か置きに様々な草花をセイはこまめに替えていた。
そんなことはしないでもよいと言ったが、セイはただ笑うだけ。
何度もそんなやり取りを重ねたある日、セイは観念したように苦笑しながらこう言った。




「良いではありませんか。花は見るものすべてを癒してくれるのですから」




・・・・・・時には鬼から人へと戻る時間も必要ですよ。


肩をすくめながらそう言われたのは、何時の日だったか。
セイは勘がするどい。
席を外す様口で言わなくても名を呼びかけただけで、察して退出してゆく。
隊内の粛清、会津から内密に始末するよう言われた裏の仕事。
小姓に聞かせる内容ではなかったのも事実だが、これ以上闇に触れさせたくなかった気持ちも正直あった。
セイは笑顔が良い。
多少生意気だか、それでも朗らかで、元気で、いつも笑顔で。
そんなセイを壊させたくは無かった。
今から思えば、そう思う自分はそんな普段のセイしか知らなかったのかもしれない。












「土方副長、お耳に入れたき儀がございます」



いつになく、真剣な表情でセイは静かに障子を閉めて、そっとしかし力強く言い放った。
「賄いの山之上さん、様子が変です」
そう切り出したセイは土方の眼をしっかりと見ながら、自分が見知った事を全て話し出す。
その話の詳しさに何時の間にそこまで調べたのかと土方は正直舌を巻いた。
セイに自由時間と称して休み時間を与えているのは昼の一刻だけ。
あとは、席を外す様言ったときだけである。
その短時間に山之上が何時、何処へどんな容姿の者と接触をしていたかこんなにも把握しているとは。


「お前は単に俺の小姓だ。そこまでする必要はない。それは監察方の仕事だ」


危ない事にすぐ首をつっこむセイを戒めると、反論するかと思いきや以外にもセイは素直に謝罪し引き下がった。



そして、あの日。
セイは山之上の処分を自らさせてくれと言い寄った。
「土方副長は、私が刀を振るう所を間近で御覧になられたことがないでしょ?御自分の小姓の腕がどれほどか知る良い機会ではありませんか?」
返答に躊躇うと、「私は神谷清三郎、武士です」と詰め寄られる。
言外に女子だからさせないとは言ってくれるなと秘められたその言葉に土方は承諾せざるを得なかった。



セイの腕は思っていた以上に成長していた。
隊が発足して間もない頃は、隊士達の指南役として自ら竹刀を振り回していたが、今では事務的仕事や会合やらが多く竹刀すら手にしていない。
その間に、セイはこんなにも成長していた。
そして、人を殺める事に非常に慣れていた。
人を斬る場面に慣れていない者は、腰が引け、手が振るえ、刀がずれ、構えが崩れる。
が、セイにはそれが見受けられなかった。
静かに息を吸い込み、狙いを定める。
例え、それが昨日まで同じ釜の飯を食べてきた同士だろうと、容赦はなかった。


「矢張り、まだまだ未熟ですね。」

全てが終わり帰途へついたとき、セイが放った言葉だ。
「一度で仕留められなかった。まだ私の鬼の中に人が住まっている証拠です」
「童にしては、まぁまぁだった」
「土方副長から褒め言葉が頂けるとは思いもしませんでした。でも、未熟には変わりありません。一撃で仕留められる技が私には欠けています。もし、一度で仕留められれば、山之上さんは苦しまずにすぐに逝くことができたのですから」
「それは、情けか」
「・・・・・・単なる沖田先生からの受け売りです」
ふわりと笑みを向けたセイがその凛とした眼差しとは裏腹に今にも消えてゆきそうだった。



そう、消えてゆきそうだった。
だからこの腕に抱いた。
消えてゆかぬよう、離れてゆかぬよう。
女はただ静かに男を受け入れた。
その間、土方はセイの言う血の匂いなど気にならなかった。
血の匂いなど、もう十二分に己の身体に染み付いており、意識するほどのものではなくなっていた。
奪った人の命と将来とそして想いと。
それらの象徴が血としてとして随分前から自分には染み付いている。

洗って取れるようなそんな生易しいものではない。
こすって取れるようなそんな軽いものではない。

血を吸った刀は重さを増す。
それは奪ったものの重みが蓄積するからだと土方は考えている。
その重みが感じられぬようになった時、奈落の底に落ちてゆくのだ。








「血の匂いがする女子はお嫌いですか」








そんな事を思っていたのではない。
むしろ、白い肌と同じくらい白い透明な心を持っていただろうセイを女と見抜けず入隊を許可し、今日まで刃を舞わせ鬼にさせたのは当の自分である。







「・・・・・・では、今宵は何を思いながら私を抱いたのですか?」







お前はいつの間にか泣かなくなった。
以前は随分な泣き虫で、またそれが幼子のような泣き方をするから微笑ましかった。
それが、何時からだろう。
お前はいつの間にか泣かなくなった。
無邪気な笑みも最近はとんと見られず、妙に大人びた表情をする。

それは時に妖艶で、心を乱させる。
それは時に儚く、心をざわめかせる。

だが、それはお前であってお前ではないのではないか。
そして、そうさせたのは・・・・・・俺だ。


闇夜に白く浮かび上がるお前の細い腰を抱きながら、俺はそんな事を考えていた。












「副長、見て下さい。今日も良い香りがするお花を持ってきました」



セイは手馴れた仕草で花を活け直す。
「あぁ、いいにおいだ。素朴な色がまた良いな」
「お気に召しましたか」
にこりと笑うと、セイはもうとうに空になっていた湯のみにお茶を注いだ。
湯飲みを受け取る際、そっとセイの手を握った。
否、掴んだという表現が的確かもしれない。
「どうされました?」
セイはあくまでも平然と事務的に答える。
あの日からずっとこうだ。
何度も夜抱こうとしたが、セイの有無を言わせぬ表情と気によって拒まれた。
腕づくで抱こうと思えば、いくらでも抱ける。
ただ、そうさせない何かがセイの周りに漂っていた。







・・・・・・トンッ






硬い音を立てて、湯のみが落ちた。
周りに茶がこぼれ、染みが出来る。
「大変。雑巾を持ってこないと・・・・・・」
掴まれた手をそっと放し立ち上がるセイを土方は抱きすくめた。
セイは、表情で土方を責める。
何も言わず、目だけで土方を怒る。

交差する視線。






「・・・・・・時には鬼から人へと戻る時間も必要・・・・・・じゃなかったか」







セイはその言葉に目を見開き、そして顔を背けた。
「お前は、今何を思っている」
セイは相変わらず視線を合わせない。
「血の匂いを気にする程、俺は血に慣れていないわけではない。むしろ嗅ぎ尽くした。」
ゆっくりセイは顔を土方に向ける。
「無理に鬼になろうとしなくても良い。花を愛でる気持ちが残っているうちはまだ鬼ではない証拠だ。 完全な鬼っていうのはな、殺めても何も思わぬようになった奈落の底に落ちてしまった者のことだ」








「・・・・・・花は見るものすべてを癒してくれるのですから」








そう言いながら花を替えていたセイの方こそ、鬼と人との狭間に悩んで癒されたかったのではないだろうか。


「たまには弱みを見せる事も大切だと常日頃俺に言ってきてた奴は、どこのどいつだったかな」
男は女を横抱きに抱えなおす。
「お前一人が鬼にならなくてもいいんだ」
自身に言い含めるように言う土方にセイはそっと手を回した。












人は人ゆえに完全な鬼になる事は出来ない。。
それでも、鬼にならざるを得ない事がある。
心を殺し、悲しみを殺し、そして人を殺す。



人は人ゆえに完全な鬼になる事は出来ない。
完全な鬼になれたら、どんなに楽だろう。
苦しみも悩みももがくこともすべてのことから解放される。



人は人ゆえに完全な鬼になる事は出来ない。
鬼と人との狭間で揺れ動く。
ほんの束の間の一時だけでも人に戻る事くらい、許されてもよかろう。



男女は芳しい花の香りが漂う一室で、互いに苦しみを寄せ合った。
ここでは、生臭い血の匂いから開放される。
鬼になる為にはまず人でなくてはいけない。
花はそのことを暗示しているかのように二人を遠くから見守っていた。




キリ番「2604」番を踏んでくださったハチ様への贈り物です。

リクエスト内容は、「歳とセイちゃんのシリアスラブ」でした。

ど・・・・・どうでしょうかねぇ・・・・・・?(どきどき)
シリアス=ダークではないということは重々承知なのですが、どうしても暗甘に走ってしまいまして、申し訳ないです(><)
そして、文脈がない文章。本当にごめんなさいです。
こう、思いがあるのに書くとなるとうまくいかないんです。
書いているうちにどんどん脱線していってしまうような・・・・・・


それにしてもまたもや小姓ネタ。
自作品の半数以上が小姓ネタじゃないかなと思う今日この頃。
そして、本誌ではありえない話の展開。
二次創作だからということで、許して下さい(笑)

つまらないものですが、ハチさんがお気に召されたら、嬉しく思います。