一人でおつかいできるかな?







セイは温かいお茶を急須に手を添えて、湯飲みに注ぐ。
そして目の前の上司に手渡す。


「有難う、神谷君」


そう言って、その男は人懐こい笑みを向けた。
この笑顔がセイは大好きだ。
心がほんわかしてくる。
温かくなる。
一番隊を離れ総司とは別々の生活だが、山南の小姓はとても心地良さを感じるものだった。


「やはり、君が淹れてくれるお茶は一番だよ。心がこもっているというのだろうか。私は幸せ者だ。毎日こんなお茶を飲めるのだからね」


にこりと返され、セイは赤くなった顔をお盆で隠して頭を下げた。
博学だが、それを鼻にかけるようなことはしない。
どこかの鬼副長とは異なり、怒鳴りつけられたりすることはない。
それでいて温和な人柄からは想像できないほどの剣の腕の持ち主である。
能ある鷹は爪を隠すとはこういうことをいうのだろう。



山南は文机に向かうと、再び筆を持った。
さらさらと流れるような筆使い。
いつみても惚れ惚れするような達筆な字。
屯所の看板の文字もこの秀逸な字で書かれている。


「神谷君。体のほうはどうだい?大丈夫かい?」
こうしていつも気遣ってくれるのだ。
正体を知りつつも、あえてその理由を聞こうとせず、黙って現状を受け入れてくれている。
「はい。まだ大丈夫です。お気にかけて頂き、有難うございます。神谷は嬉しく思います」
この人ならば、自然とお礼を口にし頭を下げる事ができる。


この日もいつもと同じようにゆっくりとした時間で昼間が過ぎていった。













「おい、山南さん。入るぜ。」
山南の返答を待たずに障子を開けてきた男にセイはあからさまに眉をひそめた。
「どうしたんだい、土方君。何か急用かい。」
セイにまぁまぁと落ち着くように言ってから、山南は障子のほうへ向く。
「いや、別に急ぐもんじゃねぇが・・・・・・。前に頼んだ例の書類もらってきたか」
腰を下ろした土方にセイはお茶を差し出す。
出て行けとは言われていないので、席をはずさなくても大丈夫だろう。
「・・・・・・あっ、すまない。すっかり失念していた。今の今まで・・・・・・。本当に私は不甲斐ない。この通りだ、土方君」
しげしげと頭を下げる山南。
総長が形式上部下である副長に頭を下げる。
セイは、新選組の内面を垣間見たようだった。
こういう場面は見たくない。
「・・・・・・よっよせやい。別にまだ間に合うからかまわねぇ。」
「でも、土方君。本当にすまない」
「だから、やめろって。あんたに頭を下げられる事ほど、落ち着かねぇことはねぇ。それに見てみろ。すっかり俺はあんたの小姓に悪者扱いされている。さっきからずっとこいつに睨まれている」
土方がセイを指差すと当然だとでもいうように
「私は総長の小姓ですから」
とセイは答えた。



「山南さん、俺はこいつのおかげでここに来づらくなった。いつもこいつは俺が山南さんに何かするんじゃないかと睨んでくる」
「ははは。そんな事はないよ、土方君。よく気がつくいい子だ。お陰で随分と助かっている」
「はん。あんたにかかるとどんな悪人でも善人にみえてくる」
「そうかい?」


土方がふっと軽く笑った。
そんな顔をするのをセイは初めてみた。
私がいないところの二人は本当はこんな関係なんだろうか。



「神谷君。すまないが、一つ頼まれてくれるかい」
遠くを見るような視線をしていたセイに山南は声をかけた。
「・・・・・・はっはい!何でございましょう」
「黒谷に行って、ある文を受け取ってきてほしい。なに、
私の小姓が行くからと文を書いてあげるから中に入れてくれるだろう。行ってきてくれるかい?」
「おいおい、山南さん。こんな童にまかせて大丈夫かよ」
胡散臭そうにセイをみる土方を無視し、
「はい、不肖神谷清三郎、引き受けさせて頂きます」
と山南に平伏した。












壬生の屯所から黒谷まではかなりの距離があるが、京都の地形の性質上迷っても現在地が分かりやすいのが助かった。
「なんかどきどきするなぁ・・・・・・。一人でこんな大役を仰せつかったの始めてじゃないかしら。でも、大きな仕事を任せてくれたということは、私を信用してくださったということだもんね。えへへ。やっぱり・・・・・・・・・って、あれ?」



キョロキョロと周りを見渡すセイ。
一度はきたことのある道だが、季節が変わり周囲の風景がかわるとこんなにも印象が異なるとは。
とにかく、店の人に今が何処の通りかを尋ねなくては。



打ち水をしているあの人ならば、優しそうだし答えてくれるかしら。
京の人には一種の抵抗感がセイにはある。
それは幼い頃の経験もそうだし、池田屋のあとに知った、
京の人の裏と表を知ったからだ。
総司はそれは優しさだといったが、どうもまだ自分にはそう解釈できない。



声をかけるかかけまいか迷っていると、頭上から聞き慣れた声がした。
「や〜ぱり、道に迷ったな」
思わず振り向くと、にやり顔をした土方が腕を組んでのけぞるように立っていた。
「ったく、まだまだ曲がる所じゃねぇだろうが。もっと先だ。曲がるのは」
猫をつまみあげるようにセイの襟元をひょいとあげた土方は、
来た道を戻る。
「って、いつから副長いたんですか。道間違えたなら教えてくれったていいじゃないですか。副長も何かこちら方面に御用事ですか」


暴れて足をばたばたするセイに


「用事といえば、用事だな。童が無事にお遣いできるか見守りだ」
「っそんなの結構です。もう道なんか間違えません!!」
「じゃぁ、ここからさき、どっちに行く。右か左か」
十字路で土方から乱暴に下ろされ、乱れた襟元を調えた。



「そんなの決まっているじゃないですか」
スゥーと思い切り息を吸い込むと、セイはビシっと左を指差した。



「馬鹿か。お前は。こっち行ったら、屯所に戻っちまうだろうが!!」
「・・・・・・ほえ?」
「・・・・・・ほえ?じゃない!!てめぇ、筋金入りの方向音痴か。
そういや、よくいうよなぁ。女は道に迷いやすいって」



にやにやした顔で見下す男にセイは手が滑っただけですと 右をびしっと指しなおす。



「おい。てめぇ。遣いもいっちょ前にできねぇのか?」
呆れるようにいう土方に
「何よ。あのおじさんに道を尋ねようとしていたところに誰かさんが現れたんだもん。」
「はぁ・・・・・・。跡をつけてきて正解だったな」
「・・・・・・えっ」
お前、巡回する場所から少し離れると途端にお前地図見出しただろ。そのころから、何か嫌な予感はしていたんだけれどよ」
「って、だから、いつから後ろにいたんです?」
「さぁな。気配で気がつかないお前が悪い」
「ぐぬぬぬぬぬ・・・・・・」
「ほら、日が暮れるぜ。黒谷まではまだまだなんだから」
スタスタと進む土方に呆気に取られたセイだが、一呼吸あと走りよっていった。



「副長、礼ぐらい言わせて下さいよ」


小さな小さな声が土方に聞こえたが、そっと聴こえぬふりをした。






企画NO.6は神酒さんのリクによる「セイちゃんのおつかいを歳が見守る」でした。


はじめてのおつかいのような可愛らしい雰囲気をセイちゃんに纏わせてみましたが、如何でしょうか。
セイちゃんのおつかいを後ろからこっそりと歳が見守っているのですが、歳の性格上
きっと最後まで見守らないで「あぁ、もうじれったい」とかいって、飛び出してゆきそうだなぁと思ったので、そうしてみました。


そして、そんな二人と同じぐらい力を入れてしまったのが、山南さんと歳との会話。
久々に山南さんを書いてみました。
今まで山南さんと歳との会話って、そう書いたことがなかったので、とても楽しかったです。




初出:2003年8月2日