旅路







遠くに見える陣。
櫓(やぐら)の上にいる見張りが二人。
門前の見張りもまた二人。
馬のいななきが、小さく聞こえる。
早まる胸の鼓動をぎゅっと両手で抑えた。
幾度も深呼吸する。
それでも心落ち着かず、「人、人、人」と手のひらに三回書いて飲み込む。
ふと、空を見上げると、優しい色をしていた。
小脇に抱えていた風呂敷をぎゅっと抱きしめ、男は真っ直ぐ前を見た。












「土方殿」
自室で小休憩していると声をかけられた。
「何ですか、大鳥殿」
横になっていた身体を起すと、大鳥は「どうぞ楽に」と手で押さえるような仕草をする。
「いや、起きます。一人だと誰も見ていないと思い、どうも行儀が悪くなる」
「会津で斎藤殿と別の道を歩まれた事でも考えておられていましたか」
土方は苦笑する。
「大鳥殿の目にはそんなふうに私が映りましたかな」
「さぁ、ただの勘ですが。どうやら、私は口が過ぎたみたいで・・・・・・」
「はははっ、もう、私も若くはないようですな。感傷深くなってしまう事が多くなってしまった」
あの土方殿でもそう思われるのか」
「あのとは?」
「いや、京の頃の土方殿のお噂はかねがね・・・・・・」
「ほう、どんな噂です?」
「そうそう、そのような挑戦的な表情をすることもあれば、怜悧冷徹な時もあると」
「皆、口をそろえてそのように言いますな。どうやら、私は好かれる性格をしていないらしい」
「おや、花街にその名を轟かせた貴方がそうおっしゃるとは」


お茶を含み、からかうようにいう大鳥に土方は
「そんな恥ずかしい噂まで大鳥殿のお耳に入っていたとは、驚きです」
とつられて笑うが、すぐに口を閉じた。



「いつでも、私は独りですよ。大鳥さん。随分と好きにやらせてもらいましたからな。最後には誰もついてこない。まぁ、孤独は京の頃からですから慣れていますがな」



・・・・・・失敬。



土方は片手を挙げて席を外した。
一瞬でもあのような表情を土方にさせてしまうとは・・・・・・。
大鳥は己の軽口が過ぎたかと頭を掻いた。












「何者だ!」
見張りの者が銃を向ける。
これがほんの少し前ならば、刀を向けただろう。
武士の世は終わりに近付いていた。

「どうぞ、そんな恐ろしいものをお納め下さい。私は、新政府軍ではありません」
「何者だ」
そう問いかけながらも男は戸惑いを抱いていた。
目の前の男はこちらに見えない何かを感じさせるものを持っていた。
これの名を覇気とでもいうのだろうか。
腰にある刀は飾りではなさそうだ。
射抜くような眼差しは、幾度も死線をくぐってきた証。
それにしても、それにしてもだ。
あまりにも体躯が華奢なのである。
背丈も自分と比べ頭一つ分低い。
童顔であり、肩幅も狭く頼りない印象を受ける。
しかし、その外見とは反対に有無を言わせぬ気がにじみ出ている



「まずは、名乗られよ」
「これはこれは、失礼いたしました。神谷清三郎と申します」
「何しに参った」
「こちらにいらっしゃるだろう土方副長にお目通りをしたいと思いまして」
にこりと神谷と名乗った男は笑みを向ける。
見張りの男はますます不信感を募らせ、銃を硬く握り締める。
「土方副長に伝言を御願いできますか?『童が大人になって帰ってまいりました』と。その伝言のお返事を聞くまで私はここから一歩も入りません。もし私が間者で暴れたとしても、こんなに見張りの者がいるのでは、勝ち目がないでしょう」


気付けばいつの間にか人の囲いが出来ていた。
「貴方様が、私を不審に思うのは当然です。逆に思わなければ困ります。でも、私としてもどうしても土方副長にお会いしなければならない用がある。 そうですね・・・・・、ではこうすれば少しは幕府側の人間だと信じて頂けますか?」
警戒の視線が刺さる中、セイは大事に抱えていた風呂敷を広げた。












「土方副長!土方副長!!」
今の役職は副長職ではないが、馴染みがあるのか今でも副長と呼ばれる。
「何かね。まずは落ち着きたまえ」
土方が嗜めると、男は「はっ!」と深く頭を下げた。
「土方殿に来訪者です」
「ほう?また新選組の名を騙る者でも来たのか」
土方は面白くなさそうに男に視線を注ぐ。
「土方殿にどうしても一度お目にかかりたいと。『童が大人になって帰ってまいりました』と伝言を頼まれました」



土方の表情が固まる。
「我々も間者かと思ったのですが、どうもそういうふうには見えないのです。怪しむ我らにその者は持っていた風呂敷を広げ、 一枚の羽織を着ました。」
「羽織?」
「はい。浅黄色にダンダラ模様。あの有名な隊服です。全体的に薄汚れていたのは、血痕の跡かと・・・・・・。土方殿に私が伝言を伝え返事をもらうまでは中に入らぬと言っていました。その者の名は・・・・・・」
男が口にするよりも早く、土方は言葉に出していた。
「・・・・・・神谷清三郎・・・・・・・」












応接間のような広い整った一室にセイは案内された。
そこに畳みは敷かれておらず、慣れぬ椅子に腰掛けるよう言われた。
時計や棚や机など、全てが洋風で、どうも落ち着かない。
否、落ち着かないのはそれが原因ではない。
足音が聞こえてくる。
ふと棚を見やると、懐かしい物を見つけた。
ぼろぼろの紙袋。
表面には「石田散薬」と書かれていた。



次第に大きくなった足音が部屋の前でぴたりと止まった。
ドアが開く音がする。

「お久しぶりですね。土方副長」

セイは背を向けたまま声を掛け、ドアが閉まると同時に振り向いた。



「俺はお前など知らぬ」
不機嫌にいう土方にセイは苦笑する。
「あらっ、忘れられてしまったのですか、昔の小姓を」
「確かに俺には小姓がいたが、そいつは江戸で死んだ」
「それはひどい。勝手に殺さないで下さい」
セイは土方に近付く。
「俺が殺したんだ。その神谷清三郎という小姓を」
「そして女子として生まれ変われと命じた・・・・・・」
「ここは、お前の場所じゃない」
「何をおっしゃる。私の場所ですよ。土方副長。漸く死に場所を見つけました」
「・・・・・・何のために、俺がお前を殺したと思っているんだ」
「沖田先生と約束したんです。『神谷さん、貴女にとって悔いのない人生を歩きなさい』って」
「で、その結果がこれか」
「えぇ」



セイは窓に近付き、外を見遣る。
「ようやく、副長に追いつく事が出来ました」
土方は無言で責める。
「江戸で独りになったあと、三日考えたんです。そして出た答えが、鬼に会いに行こうと。私の心の中の沖田先生にそう御報告すると、苦笑しておられました。でも私が選んだ道ならば歩きなさいと背中を押してくれました」



セイの言葉とセイがこの蝦夷に来ている事から、もう総司はこの世にはいないことを土方は知った。
「道中、ずっと考えていました。副長会ってくださるかしら。その前に副長生きていらっしゃるかしら。お会いしたら、何て言われるだろう。やっぱり出て行けと怒鳴られるかなって」

笑いながらセイは言う。



「私の命を副長に捧げます。一度は貴方に殺された神谷清三郎ですから、再度殺すのも副長の自由です」



「お前はいいんだ。この道に来なくて。俺だけで十分だ」
「副長は何も分かっていらっしゃらない」
「あぁ、お前の考えることにはついてゆけない」
「皆、私のことをこういいます。『神谷は、強いな』って。でも、本当の私を誰も知らない。存外私は寂しがり屋なのです。死んだ者の魂を背負いながら、生の道を歩むほど心根は強くありません。 幼い頃に母が死に、事件で父と兄が死んだ。山南先生も藤堂先生も井上先生も近藤先生も、そして沖田先生も・・・・・・。 もう、置いていかれたくはありません。どうか、この神谷に死に場所を与えてやって下さい。私は土方副長と一緒に誠を貫きたい。私は、私なりに戦って、悔いを残すことなく花を散らせたい。そして、あの世にいる兄上にこう御報告するのです。『兄上、清三郎は兄上の分も誠を貫き、精一杯己の道に信ずるがままに生きてきました。どうか、この清三郎を褒めてやって下さい』と」
頭をすりつけるように平伏するセイ。
長い時間のあと、小さな溜息が聞こえてきた。



「ったく、勝手にしろ」



呆れたように言う土方にセイは大きく目を見開いた後、笑顔を見せた。
「その代わり、地獄まで道連れだぞ。文句いうなよ」
「はい。一緒に逝きましょう。漸く、私は貴方の傍を歩けるようになりました。これ以上の喜びがありましょうか」
涙を流すセイを土方は抱き寄せた。



「馬鹿野郎。この物好きが」
「仕方がないでしょう。貴方の武士(おとこ)っぷりに惚れてしまったのですから」
「同じ惚れるのなら、もっとましな男に惚れろ」
「貴方以上の男が見つかったら、考えます」
くすっと小さな笑いがセイの口から漏れた。






その後、土方の傍を片ときも離れない一人の男の姿がみられた。
いつ、いかなる時も離れない。
「ったく。何でこんな女に惚れたんだか」
土方がやけっぱちに言うと
「きっと貴方も物好きなんですよ。それにお互い似た者同士。 ずっと想いを抱いていても漸く口に出せた不器用者。 いつ朽ちるか分からぬ二人ですが、その日が来るまでは、 心地良い夢でも見ましょ?」
セイが微笑むと、抱き寄せた腕を土方は強めた。






企画最後のリクはハチさんによる、「歳とセイちゃんが恋人になる瞬間」でした。

恋人になる瞬間と言うことで色々な設定を考えたのですが、やはりここは最後のリクということも あるし、歳セイの聖地「五稜郭」にしてみました。

歳もセイちゃんも随分前からお互いに意識しあっていたけれど、意地や不器用さなどからなかなか想いを口に出して言えず、 漸く最後の最後の段階で引き寄せあったといった感じで書いてみました。
本誌のセイちゃんはとっても強い子ですが、この話のように弱い一面もあるんじゃないかなぁと妄想を膨らませて描いてみました。
生と死はいろいろな捉え方がありますが、場合によっては死よりも生への道を選ぶほうが心が強くないとできないこともあります。
生を放棄することはいつでもできますし。

恋人になる瞬間というリクでしたが、なかなか難しかったです。
だって、普段私が書くものは、すでに出来ている設定ですから(笑)
でも、色々と考える事ができてとても楽しかったです(^^♪




初出:2003年8月7日