「ねぇねぇ、聞いて聞いて明里さん」
うつぶせになり足をばたばたさせるセイを明里は優しく笑み返す。
月に一度の「大切な」お客さんは、相変らず元気いっぱいなまだ幼さが残る少年である。
青年というにはまだ早い気がする風貌だ。
「もう、ひどいんだよ。副長ったら。あっ、副長っていっても、鬼の方ね。この間もね・・・・・・」
ぷうと頬を膨らましながら、一月分の本人には言えなかったであろう悪口を多少脚色を交えながら話す様子を明里は専ら聞き役に回る一方で、ここのところ少し不思議に思っていることがあった。
以前ならば悪口の対象がセイの直接の上司である総司だったのだが、ここのところ
その対象が土方なのである。
総司のことは話にも上らない。
かといって、何か喧嘩をしたふうにも見えず、どうしたのかしらとふと気になった。
「へぇ。副長はんもなかなか意地悪なお人なんやねぇ。ところで、おセイちゃん。沖田はんとは上手くいっとるの?」
「えっ?沖田先生?うん、別に喧嘩もしていないし、普通だよ。・・・・・・どうしたの急に」
「おセイちゃんここのところ副長はんの話ばかりするから、沖田はんとは上手くいきよるんかなぁとふと思ったんやけど・・・・・・」
「あれ?言ってなかったけ。私ね、副長の小姓になったんだよ」
「・・・・・・え?」
「少し前配置換えでそうなったの。だから沖田先生ともなかなか会えなくて、たまに廊下に擦れ違う時か、先生が副長室に遊びに来る時しか話せていないの。それに、沖田先生が副長室に来る時は副長と込み入った話をするときが多いから、私は席を外すし」
布団の上に座り込み、後ろ手で頭をぽりぽり掻きながら話すセイは、極普通に連絡事項を話すような口調で、総司と別れて寂しいとか悲しいとかそういうことは聞かれなかった。
そして、ここのところセイの話しに副長の話題がのぼることが多いのはそのためかと
得心がいく。
「せやけど、副長はんの小姓いうたら、一日中一緒におるんやろ。その・・・・・・大丈夫なん?女子やと露見せんの?」
「うん・・・・・・そのことなんだけれどね・・・・・・」
セイは明里から表情を隠すように少し背を向けた。
「副長が私を小姓にしたきっかけは、正体がばれちゃったからなの。露見したときは、もう駄目だ、ここは潔く罰を受けようと腹をくくってね、副長が神妙な顔して明日お前の処分をどうするか言い渡すというものだから、あぁ、これは一日やるから身辺整理をしろということなのかなと思って、行李の中の整理とか貯金していたお金全てを明里さんのところへ届けるように文を書いたりとかしたのだけれど、翌日張り出された紙をみたら『神谷清三郎、右の者本日付けで土方副長付き小姓とす』と書かれていてね。正直拍子抜けしちゃった。私、露見したときの覚悟だけは出来ていたから・・・・・・」
ぽりぽりと頬を掻くセイに明里は詰め寄る。
「ほな、おセイちゃんがここに来る理由も今まで沖田はんが協力してくれていたことも、全部副長はんは承知で?」
「・・・・・・うん。今日も、朝起きた時から少しだるくてお腹が痛かったから、無意識のうちに手をお腹の上に当てていたみたいで、それに気付いた
副長が『おいおい。お前は童のくせに月に一度女の元へ行かないと元気がでねぇのかよ。情けねぇな』って、居続けしてこいと副長から言われて・・・・・・。
どう対応していいものか戸惑っていたら、ぽいっと部屋から追い出されちゃって。副長は多分何もかも知ったんだと思うの。沖田先生が協力してくれたことも」
「・・・・・・そう・・・・・・」
明里は目の前の妹とも思っている少女が罪により命を落とさずに済んだことにまずは安堵を覚えたのと同時に、総司に比べて女子の事に何かと詳しい土方が後ろについてくれるのならば心配はないのだろうと思った。
「せやけど、あれやね。沖田はんに加え、副長はんも知らぬふりをしてくれることになって、良かったね」
「うん・・・・・・」
不思議とセイの歯切れが悪い。
「でも、沖田先生には副長にばれたことを言っていないの。何だか言えなくて・・・・・・」
「どうしてなん?副長はんにも知られてしもうたけれど、大丈夫やって言えばいいやない」
「うん・・・・・・。そうなんだけれどね。理由は分からないけれど、どうしてだか言ってはいけない気がするの。いけないというのはおかしいかもしれないけれど、
私が小姓になった理由を先生に話すのは何故だか憚れて・・・・・・。先生はそういうことには鋭いから、うすうす気がついているかもしれないけれど・・・・・・」
「沖田はんに言うなって副長はんに言われたん?」
「ううん、それについては何も・・・・・・。沖田先生の『お』の字も出なかった。けれど、副長が口に出さず黙認する以上、沖田先生の名前を出し
今まで私の詐称を手伝っていたと公にしてしまえば、副長は沖田先生に罰を下さないといけない立場だから・・・・・・。結局は、私のことを黙認したのと
同じように沖田先生についても黙認する立場を副長が取った以上、私が沖田先生から話すことはそれは黙認をしてくれている副長の優しさを仇で返すことになると
思うから・・・・・・。副長も沖田先生も私も三人とも何も口では言わないけれど、暗黙の了解みたいなかんじかな・・・・・・」
セイは言葉を選びながら話す。
漸く話の全体像が見え始めてきた明里は、「そう」と相槌をうつことしかできなかった。
確かにセイの言うとおりである。
本来ならば、罪を問われて切腹か斬首になるところを副長である土方の一存でこうした立場をとった。
ならば、その立場が不利になるようなことをすれば、土方の立つ瀬がない。
セイから聞く「鬼副長」と「土方」とでは少し異なる印象を明里は受けたが、それを目前の少女に言うと口を尖らせて反論してくるのは火をみるよりも明らかなので
胸にしまった。
「明里さん。私、明里さんだから全てを打ち明けたの。だから・・・・・・、だからね・・・・・・その・・・・・・」
言いよどむセイに明里は
「心配せんでも誰にも言わんし」
と肩を寄せた。
※
明里は、土方の名はそれこそあちらこちらで耳にしたことがあるものの、実際に会った事はなかった。
何でも整った顔立ちのなかなかの美丈夫で、この花街にでもその様は響き渡っている。
けれど、セイの話を聞いているとその顔立ちとは裏腹で、性格は鬼そのものだという。
怒鳴ってばかりで怖いし、仕事の鬼でもあるので何でも自分で納得しないとすまないと。
一体、どんな人なのか一度目にしてみたいと思っていた・・・・・・ら、翌月、早くも目にすることができた。
その日、明里はそろそろセイが来る頃かしらと思いながら部屋の中でぼんやりとしていた。
しばらくして、にわかに表が騒がしくなり、何か事件かと窓の下からそっと覗くとその人物はいた。
黄色い声に囲まれて男が何を言っているのかは分からないが、浮いた言葉の一つでもいっているのか、
男が何か仕草をするたびに、周りの妓達が甲高い声をあげていた。
・・・・・・噂どおりだと思った。
怜悧な顔立ちで、黒い羽織が良く似合っている。
確かにあの様ではもてるだろうなぁと思った。
刹那、
土方が視線を感じたのかふいと上を向いた。
反射的に明里はサッと身を隠す。
その瞬間に感じた視線は、女たちを虜にする視線とは異なる鋭い眼差しで、何かを射抜くようでもあった。
土方が店の中に入ってきたのか、声が近くなった。
もし、先程のことを聴かれたらどうしようか。
セイの不利になるようなことは言ってはならない。
そう気を引き締めた時、外から聞き覚えのある「恋人」の声が聴こえてきた。
※
「きゃ〜、土方はん。今夜はうちがお相手しますよって」
しだれかかる妓達に土方はまんざらでもない表情をする。
「お前、名は何と言う」
「へぇ。染野いいます」
「染野か・・・・・・。いい名だ」
「へぇ。おおきに」
「それで、今宵はどんな色に染めてくれるのだ?」
「土方はんのご要望のままに。けれど、染野は土方様のお色に染まってみとうございます」
「俺色か・・・・・・。けれど、染野ほどの女であれば、もう他の色に染まってしまっているのだろう」
「男はんの色にも色々ございますから、うちの色と合わなければ自然消えてしまうものでございます。
けれども土方はんの色ならば、永久のものとなりそうでございます」
「はっ、はっ、はっ、染野とやら、そなたは口がうまい。例え俺が今宵お前を染めても、
その口で次の日には違う色に染まっているのであろう」
「それは、心外でございます。土方はんの色はその羽織のような黒色。黒の上に何を混ぜても黒で御座います。
一度黒に染まったが最後、染野は一生黒のままでございます」
染野が上目遣いで土方を見上げた。
男心をくすぐる仕草。
扱いに慣れている。
「ならば、染まってみるか」
「はい。この帯のような白色の染野、明日にはその羽織の様に貴方様の色一色でございましょう」
「あぁ、もうお染ちゃんには負けた」
「土方はん、今度はうちが必ずお相手しますよって・・・・・・」
店の者に金を渡す土方に、幾人もの女が惜しむように群がった。
土方はこれ以上ない優越感に浸る。
そして、浸った土方は聞きなれた声が耳に入らなかった。
「こんばんは〜、あっけさとさん。愛しの清三郎が来ましたよ〜」
セイが入った瞬間、土方の周りに群がっていた女たちはそちらへザザザザーっと移動する。
しかし、まだ余韻に浸っている土方はそれにも気がつかない。
目を閉じ、陶酔しながら、
「まぁまて。そなた達のような綺麗どころを一度にお相手しては、これからの楽しみがなくなるというもの。
またふらりと立ち寄る事があった際には、是非その美しい躰でお相手してほしいもの」
(ふっ・・・・・・、決まった・・・・・・)
無意識のうちに口角が上がる。
しかしそっと、目を開けてみるとそこには誰もいなかった。
染野すらも。
いたのは、先程のセイの声を聴いて出迎えた禿の志津だけ。
固まる土方に、
「そないに言われてもうち、まだお客とれへんもん」
とそっけなく言う志津。
更に
「あんさんの周りにいた姉さん達は、清三郎さんを囲んでおりますえ」
と小さな指をセイに向けた。
そこには、
「いややわ、清三郎はん。明里姉さんばっかり。たまにはうちも・・・・・ね?」
「いや、わ、私は女の人は明里さんだけと・・・・・・」
「ああん、もう清三郎はんったら、いつまでも初々しいんやから」
しだれかかる妓に
「えっ、いや、あの・・・・・・」
とまどうセイ。
「心配せんでも、明里ねえさんの前ではそんなことせんし。姉さんずっと清三郎さん来るの
楽しみにしよったよ。はよ、行ってあげて」
ポンと背を叩かれたセイは「あ、有り難うございます」
と軽く頭を下げ、上げた瞬間黒い羽織が目に入った。
「げっ」
思わず出てしまった言葉を慌てて、押し込むように口を手で当てる。
「上司に向かって、その態度はなんだ」
「ごっごめんなさい。・・・・・・って、何か怒っています?目が恐ろしく怖いんですけれども・・・・・」
「何でもねぇ!」
「清三郎はん、この人な、姉さん達を清三郎はんにとられて悔しいねん。清三郎はんが来るまで
この人の周りにいた姉さんたちが、清三郎はんが来た瞬間、さざなみのように移動したから」
志津の言葉に、土方は顔は笑いつつも、こめかみをぴくぴくいわす。
気のせいか青筋も見える。
「お志津ちゃん・・・・・・、そういうことは、本当のことでも黙ってあげなきゃ」
諌めるようにいうセイに
「せやね。お客はんの心証を悪くしたらあかんもんね。うちが悪かったわ」
と合わせるように志津が応えた。
「・・・・・・もうとっくに心証悪くしとるわ!!」
・・・・・・とこの場で口にするのは大人気ないし、美丈夫らしからぬ言動なので、
土方はここが正念場だと笑って耐えた。
とにかく耐えた。
居続けから帰って来たセイをどうこらしめようか頭で考えながら耐えた。
すこし、間の悪い空気が流れる。
その流れを解消したのは明里の声だった。
「・・・・・・清三郎はん?」
その声にセイがくるりと振り向く。
「明里さん!」
嬉しそうな表情を見せるセイと階段を下りながらこちらを伺うように見てくる
明里を土方はじっと見ていた。
先程自分を観察するように上から眺めていたのは、確かこの女である。
明里が軽く頭を下げた。
「清三郎はん、この方は?」
「あっ、えっとね」
セイが答えを言う前に土方が口を挟む。
「新選組副長土方歳三です。私の部下がいつも御世話になっております」
「ここの天神の明里です。清三郎はんにはいつもよくしてもらっています」
「えぇ、そのようですな。月に必ずあなたのもとへ居続けする程の仲だと隊でも知れ渡っております。神谷の夢中になる人がどの様な人が私も男ですから
興味がありましたが、これほどまでとは・・・・・・。神谷の貴方に対する盲目ぶりはなるほどと思ったところです」
「まぁ、お上手を・・・・・・」
土方と明里との距離をぐいっと話すようにセイが間に入る。
「副長、明里さんだけは、駄目ですからね。私の明里さんです。私の大切な人です」
明里を守るように両手を広げるセイに、土方はにやりと笑う。
「お前の気持ちは分かった。だが、肝心の明里の気持ちはどうかな?果たしてお前と同じほど想っているのだろうか」
「えっ」
「先程、貴女は私の名を神谷に尋ねましたが、本当はとっくに御存知だったのでしょう。先程、門のそばにいたとき、
貴女からの視線を感じました。姿を見たのは一瞬でしたが、私はすっかり虜になってしまいましたよ」
「副長!!」
先程の仕返しとばかり、言い寄る土方にセイはぐぬぬぬと詰め寄る。
明里はそのセイを落ち着かせるように肩に手をやると、
「気のせいで御座いましょう。それにうちはすでに清三郎はんの虜でございます。お気を悪くされたら堪忍え」
「・・・・・・明里さん?」
満面の笑みを浮かべ、明里は驚いた表情をしたままのセイを自分の部屋へと案内する。
「どうしたの?明里さん」
小声で尋ねるセイに
「つかみどころのないお人やねぇ」と思案顔で答えた。
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