別れ




右に男二人と左に男二人。
背を向き合わせた男達は、何も語らない。
どれほどそうしていたのだろう。


悲しげな鳥の声が空に響き渡ると、
男たちは歩き出した。



・・・・・・別々の道を・・・・・・。













新選組の名はもはや公に口に出すことを躊躇われた。

「甲陽鎮撫隊」

それが今の名前だった。
近藤・土方もそれぞれ大久保・内藤と変名している。
隊の中味もがらりと変わった。
一時は屯所が手狭になるほどいた隊員もいまや寄せ集めの百人程度。
京から江戸、そして甲府へ向かうまでに多くの命が地に帰り、多くの隊士が脱走した。
誠衛館仲間であった藤堂や井上の顔はもうない。
気力だけで江戸へ帰ってきた沖田は床に伏せっている。


懐かしいはずの東の土地が何故だかとても肩身の狭いものに思われた。













もう何時間が経つのだろう。
男四人が口論をしている。
大木を背に近藤、そしてその隣に土方がいる。
それに向かい合うように、永倉と原田がいた。



「近藤さん、あんたは変わった。土方さんもだ」
今までの激しい口調とは打って変わって静かな物言いで永倉は口を開いた。
「いつだったか、あんたに直訴状を俺ぁ出した。あんたが変わるか俺が腹を掻っ捌いて斬るかだった。だが、あの時は会津公の采配で俺の謹慎だけで済んだ。俺はその謹慎を真摯に受け止めた。あんたのでかさを知らずに騒ぎを起しちまったことに思うところがあったからさ」



原田が永倉の肩に手を置く。
「だが、段々俺たちの間には昔のような関係はなくなっちまった。あんたは局長として土方さんは副長として、俺たちは組長として。いつからかそういう付き合いしかしなくなった。あんたはそのつもりはねぇというかもしれねぇ。だがな、俺や左之はずっとずっと思っていたんだ。いつあんた達とまた腹の底から笑いあえるのだろうかと。なぁ、いつからあんたらは俺達を名前で呼ばなくなった。いつも「永倉君」「原田君」。最初は隊士のいる前だけだった。でも、俺達仲間内のときだけは、こう呼んでくれていたじゃねぇか。「新八」「左之」って。なぁ、いつから俺たちの間にこんなにも深い溝ができた。山南さんのときからか。平助のときからか。なぁ。」





こういう場面では決まって大声を出す原田は珍しく口を結んでいる。
自分がいうより、相棒に任せた方が的確に自分の想いを口にしてくれるからだ。
それに対して、冷ややかとさえとれる表情で自分たちを見ている目前の男二人。



「永倉君、俺は会津で戦うまで隊の統率を『預けた』だけだ。指揮権まで『譲った』つもりはない。なぁ、土方君」



「あんたは、やっぱり変わっちまった。俺はそんなことだけの為に討論しているんじゃねぇ。あんたはやっぱり気付いていねぇ」
「何をだ。永倉君」
「あんた、いつから隊の中だけでなく俺達の間にまで主従関係で付き合うようになった」
「そんなつもりはない。俺達は同士だといっている。なぁ、土方君」
「ならよ、なら。何故・・・・・・」
そこで一端言葉を切った永倉は勢いよく立ち上がった。
拳をぎゅっと握り締める。
力を入れすぎて、わなわなと震えている。



「なら何故、今、俺たちのことを名で呼ばねぇ!今ここには俺達しかいねぇだろうが。局長としての威厳?そんなもの江戸から勝沼まで来る間になくなってらぁ。何故、こうして俺が心をぶつけているのに、あんたは理屈でしかかえさねぇ。それにな。俺達だけじゃねぇ。あんたは江戸に来てから義兄弟の中の土方さんにも名で呼んでいねぇ。『トシ』と江戸へ来てから、一度でも俺達の前で呼んだ事あったか。総司のことを一度でも『総司』と呼んだことあるか。なくなった局長の威厳をこんなことで補おうとしているのか。なぁ!」





「・・・・・・ぱっつあん・・・・・・」
原田は永倉に座るよう促す。
その手を払いのけ、永倉は目の前の二人を睨み付けた。



「俺と左之はあんたの家来になるもりもなったつもりもねぇ。あんたの意固地な矜持にこれ以上つきあってられっか。日が昇ると同時にここを出る。 お別れだ、近藤さん、土方さん。脱走と受け取って、追捕させようがさせまいがあんたらの自由だ。それを出来る余裕があったらの話だがな」
「いくぜ、左之」

「近藤さん。土方さん。俺もぱっつあんと同意だ。過去にすがる趣味はねぇが、それでもあんたらがこんなにも遠い存在になっちまうとは思わなかった。いつから手遅れだったんだろうな。こんなことになっちまうなんて、無性に山南さんや平助、それに源さんに申しわけねぇ。江戸の俺達は上手くやっていけた。それは皆そろっていたからだ。一人、また一人と欠けてゆくにつれ、歯の欠けた歯車は噛み合わなくなっちまった。残念だ」



目の前の男達は、何も言わない。
男達は互いに背を向け、距離を放った。













「おめぇともお別れだな。神谷」
水を差し出したセイに永倉は頭を撫でた。
原田は少し離れた所で、腰を下ろしている。



「・・・・・・永倉先生・・・・・・」



出て行くなとはいえない。
男が自分で己の歩むべき道を決めたのだ。



「お前もなかなか辛ぇ立場だな。副長の小姓なんてよ。」
「・・・・・・いいえ」



永倉達の討論する姿を斉藤と一緒に遠くから見ていた。
止めに入ろうとする自分を斉藤は止めた。
「俺たちに止める筋合いはない」
そういう斉藤の顔も固くこわばっていた。



「永倉先生」
何をいうのでもない。
そう名を呼びことだけしか出来ない。
それは永倉も分かっているのか、微笑返すだけ。



淡い月の光に映し出されるその微笑。
胸が締め付けられる。



自分はおせっかいだと自覚している。
それでも、それでも、確かめておきたい事がある。



「不躾な質問をしてもよろしいですか、永倉先生」
セイは立ち上がり直立不動の姿勢をとる。
「何だ、神谷」
永倉はまだ笑みを絶やさない。



「先生は、永倉先生は近藤局長のことをお嫌いになってしまわれたのですか?」



真っ直ぐに射るような眼差し。
自然と涙がこみ上げて来る。
雫がこぼれぬよう、セイはぎゅっと目に力を入れる。



「・・・・・・お前さんからその問いをされるのは二度目だな」
永倉の笑みが失われる事はなかった。












あの日、あの時。
永倉が近藤を直訴し、謹慎を解かれた時。
セイはそっと永倉に尋ねた。
一抹の不安を抱えながら。



「永倉先生は、局長の事をお嫌いになってしまわれたのですか?」



あの時の自分は涙を抑える事ができなかった。
近藤の肩を持つわけではない。
誠衛館の連携の良さ・本当に心の底からつながっている関係が崩れてしまうのではないかと思ったのだ。



「おめぇはどう思うか?」



逆に聞き返され、答えに窮した。
胸の前で両手をぎゅっと重ねる。



「そんな顔するな。俺は近藤さんを嫌いだと思ったことは一度もねぇ」



頭に乗せられる大きな手が暖かい。
「だがな、好きと馴れ合いは違うんだ。俺は俺の近藤さんは近藤さんの誰にも譲れぬ道がある。武士(おとこ)とはそういうもんだ。何に重きを置くかも 人それぞれだ。好きだからこそ、意見・・・・・・異見をいえるというのもある。好きだからこそ、別々の道を歩むということもある。まこと、武士とは不器用な生き物よ」
・・・・・・いい加減お前さんの泣き虫はいなくならねぇのかねぇ
からかうようにいうあの時の永倉の笑みが今の永倉と重なる。












「俺はお前さんのその問いに一度答えた。それは今も変わらねぇ。だから、俺は今のお前さんの問いには答えない。それが答えだ。これは土方さんに対してもだ」



・・・・・・あ〜あ、やっぱり泣いちまったな。お前は。泣き虫まで江戸につれてくるな。



永倉はあの日と同じように、セイが泣き止むまで頭を撫で続けた。
「心配するな。それに総司にもこのことは言わねぇから」
ハッとセイは顔を上げる。
「お前もな、律儀に副長の小姓役をしなくていいんだ。本来の姿に戻って、想い人の面倒でもみてやんな」
目を見開くセイ。
「悪ぃな。俺も左之も、随分前から気がついていた。お前が必死に隠している様子が可愛くて、ついぞ言わずじまいだった。 こういうとお前は怒るかも知れねぇがな、どうしたって女には分からねぇ男の世界ちゅうもんがあるんだ。何でも口にするだけが優しさじゃねぇ。 黙ってやることも一つの優しさなんだ。そんなもんだから男っていうのは不器用な生き物なんだ。一度へそを曲げたら引っ込みがつかねぇ。 ガキなんだな」



溢るる涙を抑える術をセイは知らなかった。
「そんなに泣くと、明日土方さんにからかわれるぜ。お前は土方さんについててやれ。俺には左之がいるから。あの人は随分ともろい。意外にな。 って、そんなこと俺が言わなくても小姓様の方が良く知っているな」
セイの背を優しく叩いていた、永倉が突然セイに抱きついた。



「京にいた頃、ずっと江戸が懐かしかった。でも俺が好きな江戸はこんな形じゃねぇ。もう本当に過去の事になっちまったんだなぁ」



背中に温かく濡れる感触がする。
驚き身をよじると、永倉はさらに強くセイを抱きしめた。
今の己の顔を見られたくないのだろう。
セイは力強く抱きしめられる痛みを受け入れた。
もう、この痛みを明日からは感じる事はできない。













右に男二人と左に男二人。
背を向き合わせた男達は、何も語らない。
どれほどそうしていたのだろう。



悲しげな鳥の声が空に響き渡ると、 男たちは歩き出した。



・・・・・・別々の道を・・・・・・。








企画NO.5は杜夜さんのリク「八セイ」でした。


ぱっつあんは大好きで、どういう話なら彼の格好よさが出るかしらと色々考えた結果、 お読みくだされたような話になりました。


武士って本当に不器用なところがあると想うんです。
思い込んだらこれ一筋というか・・・・・・。