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ややこしや、ややこしや。
「わたし」が「そなた」で
「そなた」が「わたし」
そも「わたし」とはなんじゃいな?
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土方とセイの中身が入れ替わって一日。
たった一日というべきがまだ一日というべきか。
最初は面白半分にこの状況を楽しむ気持ちで一杯だった土方は、難しい顔をしていた。
己の体を拭いてもらい、ついでセイの体を拭いた。
もっともセイの体を拭くといっても入れかわっているので、自分で自分の背中を見ながら拭くというなんとも奇妙な経験だったが。
己がセイに拭いてもらった時は、理性が飛びそうに成る程だったというのに、セイはというと頬を可愛らしく染めつつも至って普通に拭かれている。
結局「副長に拭いてもらうなんて、なんだか悪いですから、私の方で拭きますよ」
と手早く上半身と足を拭くと、湯を捨てに行くと言って部屋を後にした。
土方はもうこの座興は早く終わらないかとそればかりを思っていた。
身が持たないのだ。
否、心が持たないとでもいうべきか。
まだ一線を越えるには時期尚早と思い定めているその枷がはずれそうになる。
阿呆らしいと思いつつも、女に夢中になっているのは男の自分の方なのだ。
そして、それは逆の立場しか経験した事の無い土方にとっては悔しさでもあった。
「副長。湯を捨ててきました。先程は疲れてお夕飯を食べる気にはならないとおっしゃられていましたが、どうされますか?お持ちしましょうか?
それともやはり今日はもう横になられますか?」
ちょこんと前に座り可愛らしく首を傾げる。
先程セイに体を拭かれた時にやはり枷がはずれかかったのだろうか。
いつもは自制できるはずの心がざわめく。
目前の花を手折りたくて仕方が無い。
「・・・・・・・副長?どこか具合が悪いのですか?」
俯く男にその内面も知らずに近付いてくる女。
「秋だというのに、汗、かかれていますよ」と懐から手ぬぐいを取り出し拭くその白い手を土方は掴んだ。
しばし、交錯する視線。
「差し出がましいことを・・・・・・。ごめんなさい」
女は済まなそうに謝り手を仕舞おうとするが男は手を離さない。
ようやく女は男の視線に気付く。
その揺れ動く瞳に。
「・・・・・・ふく・・・・・・ちょう?」
静寂な副長室に少し怯えのこもった声が響いた。
この手を
早くこの手を離さなければならない。
たとえ今一線を越えようとしても入れ替わった体では少しも面白くないではないか。
そう必死に言い聞かせるが、目の前の自分の顔をした男がどうしてもいつものセイに見えて仕方が無い。
「・・・・・・神谷」
男を押し倒したのは初めてだった。
セイは突然のことで目を見開く。
男はどこか冷静な頭で、呆けてる己の顔は滑稽だなと思っていた。
「副長?」
女は何事かと思いつつも、本能からかそれともいつもかすかにこうなるのではなかろうかと感じていた予感からか
胸の高鳴りとそして恐怖感を怯える。
上になっている自分の顔が男の顔にしか見えない。
目をそらしたくともそらせない。
そして、ふっと最初に笑んだのは男の方。
「・・・・・・悪いな」
そういうと、土方はセイの耳元に口を近づける。
己の耳を吸うなどおかしなことだと思いつつもはずれかけた枷がもとに戻らないのだ。
せきとめていた水は枷がはずれたことで一気に流れ出そうだった。
耳元で男の息づかいを感じ、セイは体をこわばらせる。
いったい土方が何をしようとしているのか十分に分かるほど大人ではなかったが、全く分からないほど子供でもない。
男に襲われそうになった時の対処法を総司からくどいほど教わっていたというのに、いざとなると体が動かない。
それは己の鍛錬不足だからなのだろうか。
それとも、相手が土方だからなのだろうか・・・・・・。
経験のないセイにはこういうときにどうかわしたらよいのか分からない。
泣きそうな声で「副長」と声をかけることしか出来ない自分が、男の形をしているというのにこういうことには無力な己が悲しかった。
女のこわばった感触を感じながら、土方は何もせずただずっと耳元からうなじにかけて口を近づける。
まだ吸うてはいない。
枷が完全にはずれてはいないのか、どこかでもうこれ以上はだめだと警鐘をならす自分がいる。
いまならまだ笑ってすませられる。
吸うたら。一度吸うたら、もう後にはもどれなくなる。
その瀬戸際で、男は心を乱れさせていた。
そっと視線をずらすとセイは瞳を閉じ、唇をかみ、そしてその唇は僅かに震えていた。
土方の目には押し倒している自分の顔がセイそのものの顔にしかみえない。
そんな表情をみせるな。
もっと違う顔を見たくなるではないか。
お前は俺が必死に枷をはめ直そうとしてやっているのに、自分からその枷をはずそうとするか。
セイの瞳から一筋光るものが落ちた。
・・・・・・枷は・・・・・・重い音を立てて・・・・・・はずれた。
男がどこか自嘲めいた笑みで女を組み敷しき直そうとした時。
かすかに気を感じ、ハッと我に戻る。
確かに感じるもう一人、いや、二人の気配。
気配は・・・・・そう・・・・・・上から感じる。
土方は一瞬ありえない考えが浮かんだが、でもその考えが当たっていそうだった。
そして、その考えに確信を持ったとき、はずれた枷が戻った。
残念さを抱いたが、だが、やはりまだその時期ではなかったということだろうと土方は一人苦笑した。
急に顔を離した土方にセイはまだ怖さを感じながらも、どうしたのだろうかと首を傾げる。
だが、すぐにまた土方は体勢を直し、組み敷いたままセイの耳元に口を近づけた。
「・・・・・・神谷」
つぶやきが耳に届く。
「・・・・・・分かったぜ」
何が?と問いたくてもこわばった口が動かなかった。
「・・・・・・確かに京中捜しても見つからねぇはずだよ」
くすっと笑うその息づかいが耳をくすぐり、セイは身じろぎする。
「山崎は京中捜したといったが、それは正しくない。京の中で唯一捜していない場所がある」
「え」
「・・・・・ここだ。俺の部屋だ」
にこりと笑うと刀掛けから素早く長刀をつかむと天井に向かって突き出す。
突然の土方の行動にまだ寝たままになっているセイ。
「神谷。左之から獲物借りて来い。早く!」
そういいながらもドンドンと天井を突き出す土方の姿に従った。
「副長、原田先生の槍、借りてきました」
差し出すと
「おう、お前も天井を突け!元凶がいるぞ!」
「・・・・・・えっ」
「俺の勘に間違いは無い。いいから、突け!全力でつけ!天井をぶちやぶれ!!」
背丈が足りないのか、ぴょんぴょこ飛んで大刀を天井に繰り出していた土方は、
原田の槍を手にするとダダダダダダダダとものすごい形相で突き出した。
「天然理心流、乱れ突き!!」
・・・・・・自己流の間違いではないですかと冷静に突っ込みを入れつつも、セイも土方から受け取った大刀で
半信半疑になりながらも懸命につく。
ガタガタタタタ バリバリリリリリリ ドガシャーン
天井の一部がものすごい埃と共に落ちてきた。
埃で前の前が何も見えない
「ケホ・ゴホッ」
とむせながらも土方は目を凝らす。
その中でそそくさと逃げ出そうとした人影を見つけ、ムンズとその首根っこを掴んだ。
「やぁ、伊東参謀。妙なところでお会いしましたなぁ」
にこりと笑う土方に
「ひっ、久しぶりだね。土方君」
と青い筋を立てる伊東。
隣では同じく捜索願いを監察方に頼んだ内海が畳みに頭を擦り付けて平伏している
「えぇ、一日ぶりでしたかな。まぁ、色々と話し合いたいことはたくさんあるのですが、まずは取り急ぎこの珍妙な事態になっている解毒薬を手渡して頂けますかな」
先程の天井が落ちてきた音に驚き、屯所中から副長室にざわざわと集まり始めたその人垣の中で、
伊東は土方の顔は笑っているのに今にも首を絞めそうな瞳に怯えながらコクコクと頷いた。
「あぁ、やっと元に戻りましたね」
うん、やっぱり自分の姿が一番と体を動かすセイ。
「それにしても、副長。先程は驚きました」
その言葉に土方はぴくりと眉を動かす。
「いきなりあんなことされるから・・・・・・。でも伊東先生をおびき出す為の作戦だったのですね。それならそうと最初からおっしゃってくださらないと・・・」
ふうとお茶を飲むセイに土方は苦笑し、そしてにやりと笑んだ。
「何なら、これからさっきの続きでもするか。もう天井から覗く奴もいねぇし」
ズズイと近付く土方にセイは「えっ」と湯飲みを口から離す。
「先程はお前、俺の形だったが、元に戻った今は正真正銘女子。やっぱり抱くのは女子に限るよな」
ガシッと湯飲みを持っている手を掴み、そして最高の笑顔で微笑む土方。
「・・・・じょう、冗談ですよね。だって、そんな・・・・・・」
再び怯えだすセイの顔に、やっぱり「本物」がいいと土方は思う。
「冗談かそうでないか試してみるか」
コトリ。
湯飲みを手放させ、そしてセイを横に倒す。
「お楽しみはこれからだぜ、神谷」
土方はにやりと笑った。
当然今この場でどうこうしようという気はないのだが、
怯えるセイを見ているとついついこういう悪さをしたくなる。
そして、悪さをしたくなる一方で本気になりそうな自分もいる。
ややこしいものだと男は自嘲めいた笑みを浮かべた
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