※このお話は歳セイベースの八セイです※
・・・・・・女になったな。
男は無精髭を撫ぜた。
セイが土方の小姓となって、まだ一月も経っていない。
まさかとは思ったが、明らかにセイの艶が増した。
女の勘ならぬ男の勘というものである。
もともと色が白く愛らしい男心をくすぐる顔立ちの持ち主だったが、艶やかというには幼すぎていた。
表情も仕草も考え方も行動も。
実際、隊の年少者ということもあり、隊の誰もが弟のように可愛がっていたし、セイの方も沢山の兄上が出来たようだと嬉しそうにいつだったか話していた。
いつでも隊士達と距離の近い存在だったが、土方の小姓となってから、セイが隊士の前に現れることは少なくなった。
だからだろうか。
久しぶりにみるセイは、正体を知っている永倉にはとても「男」には見えなかった。
井戸から重そうに桶をくみ上げると水を注ぎ込み、雑巾を洗うと再び桶を持ち副長室へと向かう。
小姓としての姿が、今の永倉にはまるで妻のように見えた。
「よぉ。ご精が出ますなぁ」
ひょいと手を上げると、それに気付いた女がにこりと笑んだ。
「永倉先生!おはようございます」
「掃除か?副長の部屋は毎日するほど汚れとらんだろ。あの人は意外と几帳面なところがあるから」
「えぇ。でも、几帳面だからこそ日々掃除しないと気になるみたいで・・・・・・。私としては原田先生や永倉先生のお部屋のほうが気になるんですけれどね」
「ならよぉ・・・・・・。掃除しにきてくれよ。お前が掃除してくれなくなってから、一気に住みにくくなってよぉ・・・・・・」
いつもの調子でふざけながら肩に手を回すと
「ちょっちょっと。お水がこぼれますって」
と声を上げる。
そんな様子がやはり可愛らしい。
「鬼副長の小姓はそんなに忙しいのかい」
「御覧のとおり。それに小姓には『非番』がないもの」
「毎日とは言わねぇ。五日に一度は掃除しにきてくれよ」
「・・・・・・御自分でされたら如何ですか」
「昼間無理なら、夜でもかまわねぇからさ」
女の肩がぴくりと揺れる。
その理由を知っていながらも永倉はふざけ続ける。
「そうだ。それがいい。夜、寝る前ならかまわねえだろ?」
セイの首筋の奥に紅い花が咲いている。
上手く襟元で隠れているが、こうして近付くと見えるその花は、一つではなかった。
「夜は・・・・・・だめです。夜も何かと忙しいので・・・・・・。大体、夜にお掃除なんて変ですよ」
濡れた手を振り、ぴしゃっと永倉の顔に冷たい水しぶきを浴びせる。
思わず離れた永倉にセイは
「それでは、私は鬼部屋のお掃除がありますので」
とにこりと笑って去っていった。
こういうかわし方も大人になったと思う。
今までならば、からかえばむきになってきていたのに。
それにしても、去る前にみせた笑みは何だったのだろう。
悲しげな笑みに見えたのは気のせいだろうか。
セイが小姓となることを一番に喜んだのは、総司だった。
「神谷さんは毎日が死番のように、後先考えずすぐ突っ込む。危なっかしいたらありゃしませんから」
そう笑いながらいう総司とは対照的にセイは小さく苦笑していた。
総司の言い分も分かるが、一方でセイが苦笑していた理由も分かる。
何とかしてやれないものかと思っているうちに、セイの方が先に女になった。
他人の色恋にあまり口をはさむつもりはないが、それでも先程のセイの表情が忘れられそうになかった。
※
今でもあの表情が忘れられない。
それはあれ以後そのような表情をセイが見せることはなかったからだ。
否、唯自分が見ていないだけなのかもしれない。
セイはあの日からすっかりと大人びた表情をするようになり、泣くことも楽しげに笑うことも隊士達と一緒に他愛もない悪巧みをすることもなくなった。
それは寂しくもあったが、セイがセイなりに今の環境に慣れ受け入れたのだろう・・・・・・そう思っていた。
だが、それはセイができる精一杯の強がりだったのかもしれない。
総司が病に倒れ、隊長としても動けなくなり、一番隊も一緒に面倒をみてくれと言われた日。
総司の看病人をセイにさせたらどうか。
セイなら医学の知識が多少ある、適役ではないか・・・・・・そう土方に申し出た。
土方は腕を組んだまま何も言わない。
セイは一瞬嬉しそうな顔をし、伺うように上司をそっと見上げる。
あぁ、こいつはまだ総司のことが好きなのだ。
そしてそれに土方は気が付いている。
気が付いているからこそ・・・・・・
手放すつもりは・・・・・・ないな。
結局、セイが看病人になることはなかった。
そのことが決まったとき、セイはあの日と同じ表情を永倉だけにそっと見せた。
※
最後にセイを見たのは、土方と袂を別つ時。
「総司の元へ行きたいのなら、これが機会だぜ」
一瞬後、女は困った顔をしてそして笑った。
「私にも隊を抜けろと?」
「そうだ。そして、総司の元へ行け。それがずっとお前の望みだったのだろ?」
それはあまりにも遅すぎたし、先のことを考えると短すぎる時なのかもしれない。
けれど、少しでいい。少しの時でいいから、セイに女としての幸せを味わってほしかった。
「永倉先生は・・・・・・お優しすぎる」
女は唇を振るわせる。
「土方さんには、俺から話しつけといてやる。なっ、総司にもおまえが必要だし、お前も総司の元へ行きたい。何も問題はねぇじゃねぇか」
「でも・・・・・・」
「でももへったくれもねぇ。こんなぼろぼろの埃まみれの袴や邪魔な鎖帷子はもう要らねぇんだ。髪も思う存分伸ばしていいんだ」
女としてはあまりにも髪が短い。
不憫で仕方がなかった。
「・・・・・・でも・・・・・・・だめ・・・・・・だめです」
声を震わせながら、女は言葉をつむぐ。
「私は土方副長の小姓ですし、副長をお助けするのが務めです。今の副長を一人にはできません。沖田先生のことは、叶わぬと思いながらもそれでもいつかは・・・・・・と淡い期待を抱いていたことも確かにありましたが、それは幼さ故のことです。思い出すと恥ずかしい限りです」
「それは、本心か。本当にそう思っているのか」
「・・・・・・もう、女には戻れません・・・・・・戻れないんです・・・・・・」
振り向きざまにふわりと寂しそうに笑って、そしてその場を去っていった。
※
あれから、もう何年が経ったのか。
今自分はこの北の空の下にいる。
この大地のどこかで土方が眠っているというが、その場所は分からない。
遠い風の便りで、セイも土方の半年後、後を追ったらしい。
半年・・・・・・。
赤子を宿していないことを確認してからの後追いだったのだろうか。
真実はこれもまた分からない。
豊かな白髭を撫ぜながら男は思う。
女は微笑みながら逝ったのだろうかと。
決して幸多くなかった彼女が最後に選んだのは初恋の男ではなく、抱かれた男だった。
足元に連れ添うように咲いている名もない花を二輪摘み取り、男と女が命を落としたという一本木関門にそっと添えた。
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