おぶさりながら見たお月様はいつか見た事のある懐かしいものでした。
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セイは明里のもとへの三日居続けの帰り、歳三はこれから一夜の夢を見にゆくところだった。
丁度柳の門で二人擦れ違い、からかい喧嘩の一つや二つしているところに、長人に囲まれた。
門より向こうで刀をふりまわすのは無粋の極み。
互いに門から離れて対峙す。
副長を守らんとセイが土方の背中合わせに位置した。
「おい、てめぇ。何のつもりだ」
「副長をお守りするに、決まっているじゃないですか」
「ヘン。童のお前に守ってもらうほど、おちぶれていねぇや」
「ほほう。もうすぐ三十路のくせに。この間、腰に貼り薬をしていたのはどこのどなただったでしょうか」
「・・・・っ!なんでてめえがそれを」
「あら、私が医者の息子だったことをお忘れになりましたか?先日副長と廊下ですれ違ったとき、かすかに貼り薬のにおいがしたんですよ」
軽口をたたきながらも、セイは襲ってきた浪人を一人倒す。
手練れの者ではない。
案外楽にのりきれそうである。
「あっ、てめぇ。御指名は俺だろうが。勝手に俺の分までやりあうな」
土方も久々に刀をふるうことになったからか、楽しそうに次々と切倒してゆく。
これでおしまいかと思えた時、ドンっと背中にぶつかる感触。
体格の大きい男にセイが力で押されている。
「手出し無用ですからね!」
しかしあきらかにセイの方が劣勢だった。
土方はいつでも斬り合える位置に立つ。
セイのような軽量では、押しに弱い。
一度つばぜり合いになると刀を互いに離し次の太刀が決め手となるが、押される一方でその機会をなかなかとれずにいるようだった。
セイはその機会をはかるばかりに夢中になり周りがみえていない。
「おい!神谷!後ろ!!」
声を張り上げるやいなや、セイは背後に止めてあった大八車にぶつかり、倒れる。
その一瞬の隙をみて、刀を振り上げる浪人に、すかさず土方は横に刀を薙いだ。
「ったく、何が手出し無用だ」
土方はセイに刀を向ける。
「お前は本当ならたった今お陀仏だ」
悔しそうに唇をかんでいるセイを横目で見ながら土方は、懐紙で血をぬぐいとる。
「ごめんなさい。もっと修行致します」
斬り合いでは一人の失態が周りへ影響する。
それを日々肌で感じているだけにセイは素直に頭を下げた。
小さくなるセイに土方は溜息をついた。
「じゃあな」
土方は踵を返し、華やかな明りが灯っている遊郭へ足を向ける。
その背中を見ながら、セイは刀を杖代わりにして立ち上がる。
どうやら足をひどく挫いたらしい。
ここから屯所まではかなりある。
籠でも呼ぼうか。
しかし、手持ちのお金がない。
こんなとき、誰かに襲われでもすればひとたまりもない。
刀を振るう前に殺られるだろう。
挫いた右足をかばうように左足に力を入れた瞬間、トンと前を歩いていた人にぶつかる。
「ごめんなさい」
顔を上げると見慣れた鬼の顔。
「ったく、馬鹿が。よけいなことをするから、捻挫なんぞするんだ」
頭上でどなりつける土方にセイは肩をすくめる。
いつの間にもどってきたのだろう。
こんな惨めな姿を見られて悔しいのに、何故かほっとしたような安心した気持ちが胸を満たす。
張り詰めていた気持ちが緩み、涙腺までも緩む。
うるんだ視界を元に戻そうと瞬き一つすると、そこには土方がかがみこんでいた。
「おい、なにモタモタしてやがる」
おずおずと土方の背に手を乗せると強い力で背負われた。
「あの・・・・・・土方副長。有難うございます・・・・・・」
「女子が傷を増やしてどうするんだ」
つぶやくように言われた一言にセイは体を固くする。
「ふっ副長!!なっ、何のことでしょう。私は武士です。女子では・・・・・・」
「お前のせいで妓のところへ行けなくなっちまったじゃねぇか。何ならこの詫びは、この先の俺の馴染みに茶屋でしてもらってもいいんだぜ」
意地悪そうにいう土方にセイは一層身を硬くして、四肢をばたばたさせる。
それでも、土方の思いもよらぬ優しさに頬染める自分に戸惑いを隠せない。
この広い背中は、とても温かくそしてどこか懐かしい。
「・・・・・・副長?」
「・・・・・・あん?」
「・・・・・・副長の背中は無防備ですね」
「?」
「だって、表は鬼なのに、背中は優しい香しかしてきません」
「・・・・・・!!てめぇ。ぐだぐだぬかすと振り落とすぞ」
「えへへへ」
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これが、私が初めて知った鬼の優しさでした。
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