心地良い風が屯所内を駆け抜け、庭では雀達が戯れている。
新撰組を恐れている京の人達がこののどかな風景を目にしたら、少し見方を変えてくれるかもしれない。
碁や将棋を打つ者、剣の稽古に励む者、談笑している者・・・等々。非番の者は皆思い思いに過ごしていた。
「ねっ、このお茶、とっても美味しいでしょ?」
「まぁな。」
ここは副長室。珍しくこの部屋にものどかな雰囲気が漂っていた。
「何てたって、駿河の国のお茶ですから。特産品はやはり味が違いますものね。」
──────今朝、山南の文机を整理整頓していたセイは良い香りのする袋を見つけた。
山南にその中身を尋ねると駿河の国のお茶だと答えが返ってきた。
馴染みにしている古本屋の主からもらったとのこと。
「早速、そのお茶を入れてきますね。」とセイが炊事場へ向かおうとすると、「神谷君、せっかくだから、皆にも入れてあげるといいよ。すまないが、私はこれから出かけなくてはならないから,後で頂くよ。」と山南は少し申し訳なさそうに言う。そして、セイの耳元でこういった。「土方君が一番喜ぶと思うよ。彼はちょっとしたお茶通だから。」と──────
「駿河の国の茶は、さすが良い香りがする。駿河かぁ・・・。富士の山に登ってみたいもんだなぁ。」
「富士の山にですか?」
「富士の山は日の本一の山だぜ。頂上からこの日本を一望してみてぇんだよ。そうしたら、この国のあるべき姿ちゅうもんが見えてきそうな気がする・・・。」
湯のみに映る自分の姿をしばし見つめ、茶を一気に飲み干し一息つく。
そんな土方をセイはおだやかな笑顔を浮かべて見ていた。
(眉を吊り上げている副長も副長らしいけれど、くつろいでいる副長を見ると何かホッとしちゃうなぁ。たまには、副長もゆっくりしなきゃ、いつもお疲れだもんね。)
お茶のお替りをすべくセイは急須を傾けるが、一滴の雫しか落ちてこない。
「あらっ、もうない。ちょっと待ってて下さいね。今お湯を入れてきますから。」
そう言って立ち上がろうとするセイを土方は引き寄せる。
「なっ何ですか?副長!」
「しっ」手で口を抑えられる。
「いいから、気配を消せ。」
そう静かに言うと土方は障子から離れるように、座りながら音も立てずに壁の方に移動する。
一方セイは、突然の事で何がなんだか分からない。一瞬、「刺客か?」とも思ったが、どうやら違うらしい。気配を消せと言われても、役者張りの顔立ちの良い男が後ろから自分の口を抑えているのである。気配を消すどころか心臓がばくばくしてしまう。そっと、視線を横に移すとその男前の顔が幾分か青ざめてみえた。そして、セイも何故か悪寒がしだした。
シ〜ンと静まった副長室に遠くから嬉々とした声と足音が聞こえてくる。
「ひっじかた君。愛しの甲子太郎が、今からあっそびに行くよ〜ん♪」
「甲子太郎さん!大声で誤解を招くようなことはおやめください!!」
「え〜い、内海。はなせ!僕の優雅な昼の一時を邪魔する気か!」
先程の土方の行動の意図するところをやっとセイは理解したが、今はそれどころではない。魔の足音は段々近づいてくる。
「副長、どうしましょう。この部屋に伊東先生が来たら!!」
「きっ決まってるじゃねぇか。お前を人身御供にして俺は近藤さんのところに逃げる・・・もとい、今後の新撰組のあり方について熱く論じ合う。」
「ひっど〜い。伊東先生が呼んでいるのは副長じゃないですか。伊東先生と今後の新撰組のあり方について論じられたら如何です?」
おでこをくっつけあいヒソヒソと口論し合ううちにも、廊下の喧騒の声が大きくなる 。
「土方君がだめなら、清三郎ならいいだろう?」
「そういう問題ではありません。甲子太郎先生っ!!お二人とも御迷惑なさっていますよ。」
内海の意見に大きく首を縦に振る副長室の二人。
「いやいや、二人とも照れ屋さんだからね。こうして、僕のほうから会いに行かないと気持ちを打ち明けてくれないんだよ。さぁ。内海いい加減離せ。着物が破れるではないか。」
「いやなら、甲子太郎先生こそ、そのようなことをおやめください。」
「ふっふっふっ、破れたら愛しの清三郎に繕ってもらうさ。」
「ほら、参謀がお前を呼んでいるぞ。さっさと繕いでも何でもしてやれ。」
「なっ!・・・いえいえ小姓の私が参謀の着物を縫うなど恐れ多い。手先の器用な副長がなさってあげたらどうです。その間句の話題でもすると、意気投合するんじゃないんですか?」
「てめぇ〜・・・。」
ムムム〜とにらめっこをする土方とセイ。
そうこうするうちに魔の足音は迫ってくる。
口論している暇があるのだったら、早く逃げれば良かったという思いが二人の頭の上をよぎるがもう遅い。
スー。パタン。スー。パタン。スー。パタン。スー。パタン。スー。パタン。
「ここにもいない。」
「あれっ、ここでもない。」
そういいながら、一つ一つ部屋を空けて確かめる伊東。あと3つ程で副長室である。
「ふっ副長〜。」セイは土方の着物をガシッとつかみ、涙目のうるうる顔で土方を見る。
まるで、捨て猫のようなその眼差しにドキッとなるが、そんな場合ではない。
「・・・ちっ、仕方が無ぇ。あれを使うか。」
そういって、土方はセイの手を取り壁の方へ歩き出した。
「ここかなぁ〜。あっはずれだ。あと残るはここかぁ。」
副長室の前に一つの大きな影。
余談だが庭では、伊東に蹴られたのかぴくぴくしながら倒れている内海がすずめに突っつかれていた。
「やっぱり、ここだよね。土方君の居場所は。最初からここにくれば良かった♪」
内海に引っ張られたことにより乱れている着崩れを直し、コホンと咳をする。
「土方君。京の現状について君と話がしたいんだが。」
そういって、スパーンと障子を開ける。が、そこはもぬけの空。
「あれ〜、土方君がいない。どこに隠れたんだろう。この押入れの中かな。」
が、布団や行李があるばかり。しょんぼりと足元を見る。
「こっこれは土方君の湯のみではないか。ふふふ、間接接吻」
ぶっちゅと湯飲みに口付け、頬擦りをする。
「ん!?今確かに殺気が・・・。これは土方君の殺気?」
部屋をぐるぐる見回すが、そこは依然誰もいない。
あれ〜?伊東は気を読むべく集中した。
一方、こちら土方とセイ。
「副長、こんなところに抜け道をつくっていたんですか?」
「あぁ。まだ完成はしていないがな。」
ここは、副長室部屋の掛け軸の裏の空間。ここに二人は身を潜めていた。
「もしかして、この掛け軸の裏道から局長室へ繋ごうとしていたんですか。」
空間の開かれた方向から推測してセイがいうと、問われた本人はそっぽをむいて真っ赤になっている。
「やかましい。文句いうなら、ここから追い出すぞ。」
「そんな事したら、伊東先生にここの抜け道ばらすようなものですよ。」
にらみ合っている二人に伊東の声が届く。
「こっこれは土方君の湯のみではないか。ふふふ、間接接吻」
ぶっちゅという音までご丁寧に聞こえてくる。
この行為に土方は殺気をむきだしにして、脇差に手をかける。
「ん!?今確かに殺気が・・・。これは土方君の殺気?」
あわてて、気を消す土方。ああ見えても伊東は剣の腕は立つ。
「おいっ、神谷。お前もう少し気を消せねぇか。これじゃ,奴に感づかれてしまう。」
セイは何とか、気を消そうとするがうまく行かない。逆に消そうとして気張ってしまい、気が出てしまう。深呼吸すべく思い切り息を吸い込み、ふと天井を見た瞬間、セイの目は点になる。
「ふっ、副長〜!!」
土方にぎゅとすがりつく。
セイに抱きつかれ、ふとここが暗闇であったことを思い出す。掛け軸の隙間から漏れてくる光があるとはいえ、相手の顔がようやく見える程度の明るさである。そんな中、セイに抱きつかれ、先程の捨て猫のような顔をしていたセイを思い出し、土方は柄にも無く顔を赤らめる。
「なっ何だよ、神谷。」
「ひっく、ひっく、ねずみが、ねずみが、ひっく。」
上を見上げると梁の上でトコトコと走っている小さな物体。
「お前な、ねずみくらいで泣くんじゃねぇ。」
土方はどうにかしてセイをなだめようとするが、わたわたするばかり。
「あれ、これは確か清三郎の気。かすかだが、土方君のも。二人そろって、どこに隠れているのかな?天井かな。」
伊東は、脇差で天井を突っつく。
「この辺にいるのは確かなんだけれど〜。」
そうして、伊東の目にとまったのは床の間の掛け軸。
「まっさかねぇ〜。」
伊東は首を傾げながら、掛け軸に近づく。
「げっ、本格的にやばい。」
冷や汗をかく土方。未だ泣き止まぬセイ。
(こうなったら、いちかばちかだ。)
土方はセイの顔を自分のほうへ向けさせる。
伊藤の手が掛け軸をめくろうとした時、二人の気が完全に消えた。
「やっぱり、掛け軸の裏に抜け道があるなんていう古典的な展開はないよね。別の部屋を探しにいこうっと。」
こうして、魔の男伊東参謀は去っていった。
土方のとった手・・・それは、セイの口に己の口を合わすこと。
(男の俺から口付けすりゃぁ、いくら何でも神谷も驚いて泣き止むだろう。ついでに驚いて気も無くなるだろうぜ。)
そうして、突発的にとった行動だったが、その唇のやわらかさに、何とも言えぬ感触に伊東が去った後も唇を離せずにいた。
(何だ,こいつは本当に男か?)
大きく目を見開いていたセイが息苦しさの為か、眉を寄せ目を閉じる。
次第に、土方は己の腕に重さを感じるようになった。
セイは、無意識のうちにか土方の襟元を両手でぎゅとつかむ。
(なぜ、副長が・・・?)そんな思いが頭に回るが、しびれたように体が動かない。
「・・・んっ。」
苦しいのか、逃げようとする唇を土方は執拗に追いかける。
目をかたくつむって必死のセイとは裏腹に余裕の眼差しでそんなセイを見下ろすように見つめる。
「・・・んっ。・・・んんっ。」
セイが、土方の胸元を力の入らぬ手で叩き、苦しさを訴える。その様子にようやく土方は唇をはなす。」
荒い息をつきながら、ぺたんと座り込むセイを見ながら、土方は「こいつとの衆道なら良いかも・・・」と思っていた。
後日、掛け軸の裏を通じて、副長室と局長室は見事に開通したらしい。
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