女は嬉しそうな笑みを浮かべ、両手を広げて、男から引導を渡されるのを待っていた。
男はしばらくした後、刀をきれいに正眼に構えた。
手を握りなおしたのかカチャリと音がする。
今、男がどんな表情をしているのか女には分からない。
それでいい。
自分の心の中にはいつも勝気な慣れ親しんだ笑みをした男がそこにはいた。
気が動く。
男が足を少し広げた。
土の音が女の耳に届く。
強い風が吹いた。
キン!
女はそっと目を開ける。
自身の振り落とされる刀は寸でのところで、止められていた。
間に入って土方の刀をやや低い姿勢で受けているのは斉藤だった。
セイは驚愕する。
「・・・・・・斉藤。何の真似だ」
「先程、監察方から聞きましたところ、神谷は情報をもらすようなことはせず、小姓としての行動そのものだったと。永倉さんに言ってあったとはいえ、
許しもえず外出し伊東参謀と会っていたのは問題ではございますが、局中法度には背いていないものと思われます」
「俺が一度出した刀を納めると思っているのか」
「・・・・・・いいえ、ただ事態を知った近藤局長が二、三、神谷と話がしたいとのことですので、その命に従い刀を受け止めただけです」
斉藤は土方に強い視線を送る。
「局長命令では仕方あるまい」
チンと土方は刀を鞘に戻した。
再度斉藤を見た土方は、ポンと肩を叩き足早に屯所の方へと戻ってゆく。
屯所に戻ってすぐ永倉から夕刻の話を聞かされた斉藤は、いつの間にかいなくなっていた土方の跡を追った。
自分の勘ははずれることがない。
嫌な勘がした。
人が通らないような空き地で、二人は立っていた。
目をこらすとセイの刀は地へと放り出されており、土方が刃を向けてゆっくりと歩いていた。
死を覚悟しているのか両手を広げたセイは微動だにせず、一方土方の刀は振るえているように感じた。
土方が正眼に構えなおした際、ちらりとこちらを見、そして再度かまえた。
カチャリとした刀の音が斉藤には「止めてくれ」と聴こえた。
斉藤が走り出した時、セイに真っ直ぐ刀は振り落とされる。
斉藤は知っていた。
いくら相手がセイだとはいえ、土方は其の手を止めないことを。
現に、ぎりぎりのところで受け止めた土方の刀には力が込められており、寸止めをするような
振り方ではなかった。
「・・・・・斉藤・・・先生・・・・?」
斉藤は地に放られた大小をセイに渡す。
「あんたの『誠』は副長の生き様を傍で見て支えることだろう。まだ死ぬには早すぎはしないか」
「あんたにあそこまでされてしまえば、副長は決して妥協はしない。それは分かっただろう。あの人がもう登りつめたのだったら、あんたの『誠』は終わりかもしれない。
だが、そうではない。むしろ、これからだ。これからというときにあんたがいなくてどうする」
セイは俯く。
「山南総長と同じことをあんたはさせる気か・・・・・・」
斉藤はつぶやく。
まだ、まだ間に合うかもしれない。
藤堂の件、まだ、何とかなるかもしれない。
あの時の二の舞は御免だ。
月の明りが届かない闇夜は雲に覆われて、まるで先のことを知っているかのような嫌な風が吹いた。
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