一度分かってしまえば、こんなにも分かりやすい人はいないのではないだろうか。
不器用で意地っ張りで妙なところで我を通すところがある人だから、分かるまでには少々の時が必要だけれども、
それでも一度あぁそうかと思ってしまえば、何てことはない。
本当は素直な人なのだなぁと思う。
近藤先生が優しい目をして「歳」と呼びかける気持ちも、沖田先生が「土方さんってば本当に可愛いんだから」とからかう気持ちも、
山南先生が苦笑しながら「あぁして面と向かって意見を言ってくれる土方君が実はとても好きなんだ」と言う気持ちも、今はとてもよく分かる。
時折、鬼の仮面をかぶる前の江戸の頃はどんな人だったのかしらと思うけれど、想像するに難くない。
それでもやっぱり本当のこの人を見てみたい。
私の前で見せる副長は、近藤先生や沖田先生、それから試衛館の仲間たちに見せるものとは違っていた。
上手に言えないけれど、ありのままを受けれ入れてくれるそんな者が欲しかったのだと思う。
弱いところのある人だから、自分が一生懸命考えたことに対して否定や批判を受けると落ち込んでしまう。
でもそんな面を見せるのを殊更嫌う人だから、怒ってどなってしまいにはへそをまげてしまう。
近藤先生とお話される時は、お互いに意見を言い合うけれど最終的には局長の意見に副長が従う形になる。そこは私が入隊した時から変わることがなかった。副長は自分の意見は言うだけ言って、それでも近藤局長が異を唱えたらそれに従う。本当に近藤先生のことが好きなのだと思う。近藤先生もそれが分かっているのか、細かい所は副長の意見を通すし、余程のことがないかぎりは副長の言うことに首を振る。
そんな二人の間には信頼関係がある。
沖田先生と話される時は、いつもふざける沖田先生に話にならんと言いつつも隊の内情を話される。頭を使うのは好きではないからと副長の言うことには口をはさまずに従う沖田先生だけれども、それでもたまに意見する時がある。それがなかなか的を射た意見だったりするから副長としては、カチンとくるらしく沖田先生が何かを意見した後はいつも機嫌が悪い。沖田先生は「まったくもう。そういうところは『鬼副長』になっても変わらないのだから」と苦笑する。副長も本気で怒っているわけではないけれど、一度機嫌を損ねた手前自分から元の鞘に戻るのは悔しいらしい。だから、いつも沖田先生の方から折れる。それも副長に気付かれぬようにさりげなく。最初はそのやり取りは沖田先生にとって負担なのではないかしらと思っていたけれど、副長は口と態度には出さないけれど沖田先生のことを弟のように大事に思っているのを沖田先生はとてもよく分かっている。
そんな二人の間には兄弟仲がある。
山南先生と話される時は、副長はいつもどこかぷりぷり怒っていて、嫌味三昧のにやり顔三昧。山南先生はあの通り、お優しい方だからそんな副長の態度に苦笑はしつつも決して心から怒らない。ここの面しか知らないと副長は山南先生のことが嫌いなのだと思ってしまうけれども、嫌いな相手に隊の行く末を腹を割って話すことはしない。相手が総長だから話すというのではない。相手が山南先生だから話しているのだ。きっと副長は自分の意見に対して、これで本当にいいのだろうかという確証が欲しいのだと思う。副長のやる事は時に合理的すぎて人情論をはさまない。そこが鬼と言われる所以だけれども、山南先生はどうして副長がこういう策をとるのか分かった上で苦言を呈する。それを聞くことによって、副長は鬼になることへの代償を確認しているようにも思えた。たまに山南先生と意見が一致することがある。
すごく驚いた顔をして山南先生を見た後、パッと目をそらす。副長の顔にはいつものごとく眉間に皺がよっているのだけれど、でもどこか嬉しそうで、耳はほんのり赤く染まる。
そんな二人の間には同士仲がある。
では、私と副長の間はどういう仲なのだろう。
男女の仲・・・・・・。
確かにそれもある。
けれどいうなれば私と副長は水の仲なんだと思う。
副長が私に求めているのは、きっと自分に意見することもなくありのままを受け入れてくれる者。
そっと弱音を吐いても受け入れてくれる者。
男の人というのは女から見たら子供っぽいところがあって、どんなに真の置ける人でもどんなに頼りにしている人でも、心の弱いところをさらけだすには抵抗があるらしい。
だから、きっとこの役を同姓ではない私に求めてきたのだと思う。
水と水は交じり合う。
私が透明な水だとしたら、副長の水は色がついた水。
色のついた水と透明の水が混ざったら、そのまま色のついた水になる。
私が、副長の色に染まる。
副長が私の色に染まることはない。
副長は時折私の顔を覗き込むように見る。
本当はどう思っているのだと言っているかのように。
私は笑って答える。
「副長と同じことを考えていました」と。
そうすると副長はほっとしたようなそれでいて嬉しそうないつもの鬼副長とは違う顔をみせる。
その顔は、決して近藤局長にも沖田先生にも他の誰にも見せる事の無い表情で、私だけに見せてくれる。
その表情が見れるのならば、私は何色に染まってもいいと近頃ではそう思うようになった。
これは沖田先生を想っていた頃とは異なる想いで、恋にも色々な想いがあるのだと知った。
最も、副長に対するこの想いが恋かどうかは分からないけれど、それでも副長にとっても少しでも心の拠り所になれたらと
小姓の私はそう思っていた。
※
闇夜に重なる二つの影。
私はいつものように副長になされるがまま。
しばらくすると副長は一つ大きく息を吐いて、ごろりと隣に横になった。
私もまだ息が苦しい。
少し落ち着いて目を開けると副長がいた。
暗くてお顔はよく分からないけれど、副長の荒い息が肌にかかってくすぐったい。
「・・・・・・良かったか?」
額に張り付いた髪を撫でながら問いかけられた言葉に私は何が「良かった」なのか主語は何なのだろうと頭をめぐらす。
それに気付いたのか、副長が
「もうだいぶ痛みを感ずることはなくなったか?」
と再び問いかけてきて、私は漸く先程の問いかけの意味が分かった。
髪を撫でる指が優しい。
どう答えていいか迷っていると副長は苦笑したようにみえた。
私は慌てて
「以前よりは大分楽になりました」
と答える。
本当は今でも初めての時のように痛くて、下腹部感じる異様感が未だ馴染めなくて、最初のうちは名前を呼んでくれるのに
最後の方では背中が布で擦り切れるように揺らされるからそれも痛くて、良いなんて思ったことはないけれど、きっとそういうと副長が悲しむ気がしたので、私は嘘をつく。
初めて抱かれたのは、副長がべらんぼうに酔って帰って来た日でまだ桜の花びらが舞っていた夜。
あまりのことで驚いて嫌だと言ったけれど、どんなに叫んでも酔った副長の耳に届くことはなく。
恐怖のあまり体がすくむとはあぁいうことを指すのだろうと思う。
翌日、目を覚ました副長は自身の下に気を失っている裸の私を見てひどく狼狽しただろう。
以来、副長は私を腕に寄せる時はこわごわと抱く。
あのような事があったのだから、もう二度と副長に抱かれることはあるまいと思っていたのに、今ではこうして
契っているのだから、男と女は不思議なものだと思う。
私はあの時の恐怖感がどうしても未だに拭えない。
副長に抱かれるのは嫌ではないのに、気持ちが言うことをきいてくれない。
副長がこのことを知ったら、きっと自分を責められるだろうから、私は嘘をつく。
「・・・・・・慣れたか?」
「はい」
私は笑顔で答える。
暗くて見えないけれど、副長が嬉しそうな顔をしたのが気配で分かった。
その夜はそれから三度抱かれた。
三回とも怖くて痛かったけれど、私は副長と目が合うたびに笑顔を見せた。
この日を境にして、副長は一晩に幾度も私を抱くようになった。
※
副長はあれから私がいる前ではお酒を飲もうとなさらない。
「もうすんだことですから、どうぞお気になさらずに」と言ったけれど、盃を持とうとしない。
私は副長があの夜のことで自分を責められているのが私が傷を負わせたようですごく嫌だった。
副長が傷つくぐらいなら、私が耐えればいい。
どうしてだろう。副長にならそう素直に思えてしまう自分がいる。
一年後の同じく桜舞う夜。
「花見酒は如何ですか?」と私から誘ってみた。
副長は手を横に振って私と距離を置こうとする。
無理矢理盃を持たせてお酒を注ぐと、漸く傍に寄ってきてくださった。
それでも私と副長の間には二人分以上の隙間が空いている。
「きれいな夜桜ですね」
盆屋の窓からははらはらとちりゆく桜が月の光に照られている。
副長は何も言わない。
「豊宝宗匠、折角です。一句如何です?」
からかってみるけれど、何も言わない。
副長は口につけたままの盃をじっと見ている。
「お前の真意が分からぬ」
低い声が部屋に響いた
「真意?」
「あぁ。お前は俺の言うこと全てを受け入れ、決して異は唱えない。俺の前ではいつも笑って怒りもしなければどなりもしない。
昔のお前は俺が右と言うたらすぐさま左だと反論してきたのに。お前がいつからそうなったのかと振り返ったとき、桜の花びらが頭に浮かんだ。あの晩、俺がお前を手篭めにしてから、お前は変わってしまったのだと今更ながら気付いた」
副長はじっと私を見る。
「それだけ大人になったということでございましょう。もう童ではございませんから」
くすりと笑いながら言うと、副長は悲しそうな顔で私を見てくる。
どうして分かってくださらないのだろう。
私は副長がそのようなお顔をされるのが嫌なだけなのに。
「もういいんだ、神谷」
コトリと盃を副長は盆の上に置く。
「俺が抱く時お前はいつも苦しそうで怯えた顔をする。畳の目をむしるほどの痛みなのに、お前はいつも笑って『慣れた』『楽になった』『良かった』という。けど、躰は正直だ。本当にそうか否か女を幾度か抱いた事のある男ならすぐ分かる」
私は言葉が出ない。
「それでも男は馬鹿だから女が笑って『良かった』と言やぁ、嬉しくなる。けど、抱けば抱くほどお前が嘘をついているのが分かる。
俺は何度もお前に尋ねたのにお前からの答えはいつも同じだった。すぐに感情を表に出すお前に芝居は出来まいと思いなおし、まだ躰が未熟なだけなのだろうと思っていた。だが、漸く俺は気付いた。お前はただ俺を受け入れてくれていただけにすぎねえのだと」
「・・・・・・受け入れて何が悪いのです。私は心から副長をこうして・・・・・・」
「お前が今夜俺を花見酒に誘って確信を抱いた。あぁ、心と体が別々になっちまっているのだと。そして、そうさせたのは俺だと」
「何を・・・・・・おっしゃっているのです?私はただ貴方と散りゆく桜に私達を重ねながらお酒を交わしたかった。そして、あの晩のことはもう気にして欲しくなかった。今夜二人で桜を愛でられたのならば、二人にとっての桜舞う夜の想い出は今晩の夜になる。貴方からあの晩がなくなると思った。ただそれだけなのに」
「なら・・・・・・。お前なんでさっきから・・・・・・体震わせてやがる。何に怯えてやがる」
私は改めて自分の体を見てみたけれど、少しも震えてはいない。
「何だ同情か。俺への蔑みか。それとも笑顔で笑いながら心の奥では憎悪の念を抱いているのか。昔のお前は心で思っていたことがすぐ顔に出ていたもんだが、今のお前は掴みきれぬ」
「違います。違う・・・・・・。どうして、どうして分かってくださらないのです。私は貴方がそんな顔をするのが嫌なだけなのに・・・・・・。どうしたら、私の真意を分かってくださるのです」
久しぶりに涙が出てきました。
感情が高ぶると出てくる涙は久しぶりで、いつものように上手く笑えません。
私が笑わないと副長が悲しい顔をなさるから、早く笑わなくちゃ。笑わなくちゃ。
副長のお気持ちが分かりません。
私は、今までずっと副長の気持ちは副長よりも存じているという自負がありました。
こういう応え方をしたら、次にはこう返ってきて。
こういう言い回しをしたら、次はこういう表情をされて。
でも、今の副長のお気持ちは分かりません。
苦しそうなお顔。
私はそのような副長を見るのが嫌なのに。
「副長は私が実のところ副長には良い念を抱いていないと無理をしているとそう思われているのですか」
「あぁ、俺を傷つけぬようにと己を押し殺して俺に同化しているとさえ思えてしまう」
「ならば、こうしたら、私の真実が分かって下さいますか」
副長の盃に酒を注ぎ、一度私の口に含んでから、そのまま副長の口に注ぎました。
副長の口端から酒がこぼれます。
透明な水が滴り落ちる。
私と副長は水と水の関係
私は透明な水。
副長は色のついた水。
色のついた水に透明な水を注ぎ込んでも色が薄れることはあっても変わることはない。
私は副長が口を開けて受けれいれて下さるまで幾度もお酒を口移しで注ぎ込む。
副長は暴れるけれど、近くに私がいては殴ることもできないのか鋭い眼光で睨む。
酒瓶が軽くなった。
最後の酒を口に含み、私はそのまま副長を押し倒す。
「今宵は一年前のあの日とお互いに入れ替わりましょう。私が副長を腕に寄せます。私はあの日の事をもう苦にはしていないのだと
躰で証明しましょう。そうすれば、私の真意、感じて下さいますか?」
副長は目をまんまるにあけて、私を見上げています。
副長が抱く時の私はこういう顔をしているのかしら。
副長はいつも左首筋から口を吸われるので、私も同じように副長の首に口を近づけます。
吸うたら紅花が咲くかと思ったけれど、なかなか上手く咲けません。
思い切り吸うたら、ようやく一つ花が咲きました。
「よせ、神谷」
「止めませぬ」
「お前、自分の躰がガクガク震えているのが分からねぇのか」
おかしな副長。私の躰なぞ震えていないのに。
「初めて私主導で男の人を抱くのです。武者ぶるいでしょうか」
「もういいんだ。お前の『本当』の気持ちに気付いてやれず悪かった」
「何をおっしゃられているのです。貴方が謝られることはございませんよ」
少し恥ずかしいけれど、袷からそっと手を差し伸べます。
副長はぴくりと身体を揺らしました。
まるで、本当に私と副長が入れ替わったみたい。
「やめろと言っている。お前、・・・・・・が壊れるぞ」
「何が壊れるのです?最も私は貴方の為ならば壊れてもかまいません」
どうして今宵は悲しそうな顔で私を見上げてくるのでしょうか。
私の真意、上手く伝わらないのかしら
いつもの副長の顔を見せて下さい
はらはら舞う桜は私達を見てみぬふりして、散ってゆきました。
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