6月5日 鬼天気(雨・雷・嵐)
ほっぺたがひりひりします。
まだ痛くてかないません。
そっと触るとじんじんします。
手鏡で見たら、みっともない顔をしていました。
ここのところ、雨が止まずむしむしした日が続き、屯所内はどんよりとした空気が流れていました。
どんよりというよりは、雨雲を見上げてうんざりという感じかもしれません。
だからでしょうか、副長も決して機嫌の良いほうではありませんでした。
でも、原因はそこにはありません。
昼間、副長と口論になりそして思い切り殴られました。
最初はいつも交わす様な軽い戯言をお互いに言い合っていたのですが、
いつの間にか話題は隊のこととなりました。
隊士の粛清のこと・未だに壬生狼と呼ばれよく思われていないこと・隊の規律のこと・・・・・・。
話をしているうちに段々内容が濃く深くなっていきました。
副長と喧嘩腰で話すような内容ではない、深みにはまりすぎだ。何とか矛先を転換しないと・・・・・・そう思っていた矢先のことでした。
「お前に偉そうに言われる筋合いはない」
気付いたら、部屋の隅まですっとんでいました。
一瞬何が起こったのか分からず、漸く理解した頃に痛みをじわじわ感じました。
右の頬が次第に痛さではなく熱さを伴い、まともに口を動かすことも話すこともできないぐらいでした。
立とうとしても頭がくらくらして起き上がれません。
ふらつきながらやっと立てたとき、涙がぽろぽろ流れてきました。
涙が頬にあたるとそれも刺激になって痛いのに、止まりません。
何だかとても悔しくて部屋を飛び出しました。
走って、走って、息が出来なくなるまで走って。
いつも泣きたいときに行く河原を越えて、木が茂り誰も人がいない場所に着くと思い切り泣き叫びました。
副長に言うべき内容ではなかったことも分かっている。
副長が何故自分を殴る程気を害したのかも分かっている。
一方で、
自分の思っていることを素直に言っただけなのに。
隊の誰もが感じていることなのに。
と弁解している自分がいました。
もう頭の中がぐちゃぐちゃであらん限りの声を出して、泣きました。
副長にあんなことを言ってしまう自分が嫌いだったし、
あんな顔をさせてしまった自分が嫌でした。
自分は悪くないのにと少しでも思ってしまう自分はもっと嫌でした。
ひとしきり泣いて幾らか落ち着くと、雨でびしょぬれになっていることに気がつきました。
段々雨が激しくなり、少し前の景色も白く濁ったようになります。
このまま、副長室に戻りたくないな・・・・・・。
帰らなくてはいけないのに、足は動かず、私はずっと足を組んで座っていました。
雨が止んだのは夕方でした。
風が吹くと、木の葉から雫が落ちてきました。
夕日が沈むのがここから見えます。
あともう少し。あともう少し日が沈んだら戻ろう。
そう思っているうちに、日は沈んでしまいました。
暗くなるとこの辺りは、右も左も分からなくなります。
重い腰を上げて、屯所へ向かいました。
全身びしょぬれで泣き顔。
みっともないので、人通りの少ない道を選びます。
すごく自分が惨めに感じました。
部屋に近付くといつもは閉まっている障子が開いたままでした。
副長は背を向けて、筆を動かしています。
ギシッ・・・・・・ギシッ・・・・・・。
濡れた足のせいで足音をがします。
副長はその音で私に気がついたようでしたが、まだ背中を向けたままでした。
「・・・・・・ごめんなさい」
その後、なんて切り出したらいいのか分からず、沈黙が流れます。
副長はまだ向こうをむいたままでした。
「・・・・・・神谷清三郎、帰営しました。・・・・・・先程は申し訳ございませんでした」
副長は何も言いません。
私はどうしたらよいのか分からなくなりました。
「泣くな。泣くな」とお腹に力を入れても、あれほど泣きつくしたはずなのに、また涙が出てきます。
それから、どのぐらい時が流れたのか分かりません。
とても長いように感じましたが、実際は短かったのかもしれません。
漸く、副長がこちらを向いてくれました。
一瞬眉をしかめてから、来いと手招きをしました。
おずおずと近付くと、手を挙げたので「また殴られる」と目をつぶりましたが、
その手は右の頬に軽く当てられただけでした。
「・・・・・・痛かったか」
「そうされるだけのことをしたので、痛くありません」
泣きそうになるのをぐっとこらえて副長の目を真っ直ぐ見て言いました。
「・・・・・・風邪ひくぞ」
懐から手ぬぐいを出し、頭を拭いてくれました。
私は頭の上を動く副長の大きな手を感じながら、また泣いてしまいました。
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