10月25日 鬼天気(晴れ)
月に一度の逢瀬はあっという間に終わってしまいます。 明里さんは本当の姉のようにいつも優しくしてくれるし、大好きです。 兄上が生きている時に意地を張らずにいたら本当の姉(義姉)上になっていたかもしれないと思うと、 まだ幼かった自分とそしてあの日我が家に起こったことがとても悔やまれます。 明里さんが丁寧に髪を梳いてくれる度に、嬉しさとほんの少しの切なさを感じます。 屯所に戻る日は、明里さんが着替えを手伝ってくれるのがいつからか私たちの習慣となりました。 香にたきしめられた着物を明里さんが手際よく身につけさせてくれます。 その間、私は立っているだけ。 一見、馴染みの男の世話をする女のように見えますが、これは明里さんなりの心遣いなのです。 次に会う日まで怪我もせずどうか無事にという想いをこめて屯所に戻る身づくろいをしてくれるのです。 来月また明里さんに会える保障もない日々を過ごしている私にとって、明里さんの想いはときに痛ましささえ感じてしまって、 その度に明里さんのようにただ次会えるのを待つだけの女らしい女子にはなれないなぁとそっと思うのです。 またこういう女の想いに囲まれている時が、男が唯一安らげる場所でもあり、刀を握る手に力が入るのだろうなぁとも思うのです。 ・・・・・・こういうふうに思ってしまうなんて、心も「セイ」より「清三郎」になりきっているのでしょうか。 羽織を着させてくれて、あとは刀を腰に差すだけとなりました。 この行為だけは、明里さんは手伝いません。 所作に従って、腰のものを私に手渡します。 これは武士の魂でもあり、私にとっては「清三郎」へとなるものです。 刀は自分の意思で腰に差します。 これでもう幾人も殺めました。 長人だけではなく、罪を犯した隊士をも殺めました。 それでも今ではこれが腰にないと何とも落ち着かない。 明里さんがどんなに望んでいても、私はもう「女子」には戻れないのだと思う瞬間でもあります。 「それじゃぁね、明里さん。三日間御世話になりました」 「しつこいようやけど、気ぃつけるんよ」 また今度とはお互いに言いません。心でそっと付け加えます。 その言葉が武士にとって似つかわしくないのを知っているからです。 店先で明里さんはいつまでも見送ってくれていました。 屯所に戻ると、いつものごとく副長がにやにやしながら尋ねてきました。 「よう。久々の女はどうだった?」 私が何故明里さんの所へ行くのか知っている上でからかってくるのです。 副長室には巡察の報告をしにきていた原田先生がいました。 「土方さんよ、あんただけではなくその小姓も色男とはな」 「何を言う。俺よりも上だぜ、こいつは。月に一度必ず通うっていうくらいの惚れっぷりだ。こいつが離さないのか女の方が離さないのかは知らねぇが 上司の世話をほっといて女の世話を受けているんだ、一度その女の顔を拝みたいもんだ」 「はっ、はっ、はっ、違いねぇ。でもよ、せっかくの花を取ってやるなよ。あんたには沢山の花があるんだ。一本ぐれぇ、神谷の為に放っておきな」 「そうはいくめぇ。花が女なら男はそれに集う虫だ。花は動かぬが、虫は動ける。好きな花のところへな」 「成程、それで『悪い虫がつかないように』という言葉があるんだな」 「然り」 呵呵大笑する副長と原田先生を睨みつけると、 「おっ、あんまり怒らすと後が怖ぇや。何と言っても阿修羅様だもんな。というわけで、土方さん俺は退散するよ。 報告はさっき言ったとおりだ。策は練っといてくれ」 と原田先生はすたこらさっさと部屋を出て行きました。 室内に残されたのは、副長と私。 尚も睨みつけていると、 「お前は『花』だろうが」 またにやりと言われました。 「私は女子ではありません」 ほほうと手で顎をさすりながら見てくるその目つき。 意地悪副長の本領発揮です。 「そうだな。悪かった。お前は『虫』だな。『泣き虫』だ」 「なっ!・・・・・・『悪い虫』に言われたくありません」 「お前は本当に童だなぁ。程よい『悪い虫』は『花』を魅了させるんだぜ」 「・・・・・・どなたが程よいですって?」 「さぁな」 ふふんという顔で副長は机に向かい、墨を磨り始めました。 今回の勝負は私が負けのようです。 ・・・・・・悔しい。 副長の背中に舌を出してから蛇腹の奥で荷物を片付けます。 ・・・・・・ん? 座ったときに違和感を感じた腰をみると、袴の帯の所に小さな巾着袋がつけられていました。 気付きませんでしたが明里さんがつけたのでしょうか。 紐をゆるめると、中には匂い袋と紅入れが入っていました。 久しぶりに手にする紅入れ。 貝をあしらった中身には柔らかい色の紅が入っています。 明里さんの気持ちが痛いほど伝わってきました。 蛇腹からそっと副長の様子を伺うと、熱心に筆を動かしています。 今なら大丈夫でしょうか。 ちょっとだけ・・・・・・。 行李から鏡を取り出し、紅差し指をを口に這わせます。 久々に薬指の先が紅く染まりました。 口元もうっすらと染まりました。 もうしばらくこんな自分の顔は見ていません。 もうこんな自分には会えないと思っていました。 「清三郎」になったことに後悔もしていませんし、これからもそうでありたいと思っていますが、心の中ではどうしても女子の部分が捨てきれないようで、 今の自分に似つかわしくないと思いながらも紅を差して嬉しい自分がいるのです。 懐紙を口ではさみ整えます。 女子には戻れない自分が紅を差している。 思わず苦笑してしまいました。 副長に仕事を言いつけられる前に紅を落とさなくちゃ。 行李の奥に鏡とそして紅入れをしまい、口を押さえて井戸端へ行こうと振り返えると、蛇腹の上から面白そうにこちらを見ている副長がいました。 確かにさっきは仕事をしていたのに。 全部見られたのだと思うと顔にも紅が差します。 「すっ、すみません。あの、すぐに落としてきます」 この場を今すぐに去りたくて廊下へ走ると手をつかまれました。 ぐいっと引き寄せられます。 「俺はお前に言わせると『悪い虫』らしいからな」 あっという間の出来事でした。 手を離された時には副長の口にもうっすらと紅がのっていました。 私が女子を捨てきれない理由が分かったような気がしました。
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