鬼ごっこ





四月の蝦夷に、未だ春の訪れる気配は無い。

時局の様を表したかのような厳しく冷たい風が時折吹く。

草木も眠る丑三つ時、館の一室だけ火が灯っていた。

その一室に二つの人影が見える。





「これで何度目だ?神谷。」





端正な顔立ちをしている男は眉に皺を寄せ,不機嫌さを隠さず問いかける。

神谷と呼ばれた隊士は、そんな男の様子をちらっと見て再び顔を下へ向けた。

「・・・・・・申し訳ございません。土方副長。」















  話は小半時に遡る。

報告書を仕上げ一段落ついた土方は、気分転換すべく外に出て、夜の空を見上げていた。

風が強く、月はぼんやりとかすんでいる。

朧月夜もまた一興。

懐の発句帳へと手を伸ばしたとき、音が耳に入ってきた。

ぱしゃ、ぱしゃと静かな夜に響く高い音。

音のする方に体を向けると、遠くの小屋に、かすかな明かりがついている。

瞬間、土方の脳裏を過ぎるものがあった。



まさか・・・・・・。



少し歩を早め、その小屋へ向かう。

辿り着くと同時にその戸が開いた。

手拭いで顔・首筋と順に拭きながら出てくる人影───神谷清三郎こと富永セイ。

戸を閉め振り返ったセイの目に両腕を組んだ土方の姿が映る。



「何してんだ、お前は。」



普段よりもドスのきいた低い声に、セイは肩をびくっとさせる。

逆光のためか、土方の表情が読み取れない。その事が更に冷や汗を出させる。

「え〜っと、あのぅ・・・・・・。」

「言い訳は俺の部屋で聞く。」

土方は、風呂上がりで温みのあるセイの腕を乱暴に引っ張り、足早に小屋───風呂場を後にした。















   「これで何度目だ?神谷?」





再度同じ言葉を口にし、指で机上を叩いて苛立ちを表す。

そんな土方の様子にセイはただただ頭を下げるしか術を知らない。

「もっ、申し訳ございません。」

「謝れって言ってんじゃねぇ。俺の見張り無しで、風呂に入ったのはこれで何度目かと訊いているんだ。」

机を荒々しく叩き怒鳴る様はどうみても訊いているようには見えない。

その声とは対称的に蚊の鳴くような声でセイは答えを口にする。



「・・・・・・二度目です。」



刹那、土方が両手で机を叩き立ち上がるのと、セイの目がギュッと閉じられたのは同時だった。

「馬鹿野郎!!お前はそれがどんなに危ねぇ橋を渡っていることなのか自覚しているのか?確かにお前は武士だ。お前の武士たらんとするその心意気は天晴れだと俺も認めている。だがな、それが真実であると同時にお前が二十歳の女子だということも事実なんだ。晒しと鎖帷子で今も騙しきれていると思っているのか?変声はしねぇ、背は小せぇ、肩幅は狭く腰は細ぇ。俺から見りゃぁ、成りは女子そのものだ。男という生き物はなぁ、そういうことに関してはお前が思っているよりずっと目聡いものなんだ。それを夜中とはいえ、一人で風呂になんか入りやがって。俺以外の奴に気付かれたらどうするつもりだ。戦況は芳しくねぇ。何時死ぬか分からねぇ。そんな状況の中、女がいてみろ。男の考える事なんざ一つしかねぇんだよ。何の為にお前を俺の小姓にしたと思っているんだ。」

口角泡を飛ばす土方にセイは慌てる。

「副長!声を落としてください。皆さんに聞こえてしまいます。」

「五月蝿ぇ。そんなにばれたくなけりゃぁ、はなから一人で風呂になんかはいるんじゃねぇ!」

湯飲みの茶をぐいっと飲み干す。



「それにな、二度目じゃねぇ。」



茶を飲んで少し落ち着いたのか、声の大きさが元に戻る。



「俺はお前の行水なら,、京に居るとき何回か見てる。」



土方は手の甲に顎を乗せ、セイを睨みあげる。

そこには、予想通り目を見開いている顔。

「俺が気付いてねぇとでも思っていたのか?お前が女子であることは、池田屋の前から知ってたぜ。だから、あの時近藤さんがお前を連れて行くと言わなければ、俺達と鴨川の東側へ行くはずだったんだ。九条河原で長州を討つ時も、何の為にお前を看護人として屯所に残していったと思っているんだ。それをわざわざ、ついてきやがって。」

セイは驚くばかりで、開いた口がふさがらない。

いつもの様子からは考えられぬ程、饒舌な土方に。

随分前から女子だと知られていたことに。

そして、自分をさりげなく気にかけてくれていたことに。

あの頃、女子だと知られたら、身分詐称の儀で即切腹だと覚悟していた。

水浴びだって、誰もいないことを何度も確認したのに。

池田屋の前から知られていたなんて、ほとんど最初からばれていたようなものだ。

そうか、討ち入る際人数の多い方が、一人にかかる負担が軽くなり難を逃れやすい。

九条河原で追い着いた時、言われた言葉。

「わざわざ死に来るなんざ、お前もそうとう馬鹿野郎だな。神谷」

あの時は、ただからかいの言葉にしか聞こえなかった。

けれども、今なら分かる。

その裏に隠された言葉が。

さりげない優しさが。

そんなに前から知られていたのか・・・・・・。



自分が女子だと知られたのはあの時からだと思っていたのに・・・・・・。

















あの時・・・・・・沖田先生を看取り、隊に戻った時・・・・・・。

副長の開口一番が「ここから先は男の戦いだ。それでも、ついてくるか?」だった。

「男の戦い」───その言葉の裏は「女子の居る所ではない。」

その時の心の中は、ばれたことを恐れる気持ちより、組に置いてもらえないかもしれないという不安感でいっぱいだった。

帰るべき場所も居場所も自分にはない。

そして守るべきものもいない。

それにこの戦いを遠くから見守っているのなんて嫌だ。

皆と一緒に戦いたい。彼の人の分まで。

良い返事が返ってこないことを承知で頷くと「お前のことは総司から聞いている。」といつになく静かな声。

副長は私と目をじっと合わす。

返された言葉の真意を量りかねた。

副長の言葉には必ずといって良いほど、真意が隠されている。

「沖田先生から聞いている事」───それはとりもなおさず、自分が女子である事。

けれども私が知りたいのは、その先。ここに居ても良いのか否か。

「目は口程に物を言う」と云う。

副長の目から、その答えを見つけようとした。

途端、副長の目が厳しいものへ変わった気がした。

思わず目をそらす。

その眼差しが「俺が言わんとしていることが、分かるだろ?」そう言っているように思えたから。

矢張り、女子の私は居てはいけないのだろうか。追い出されるのだろうか。

もし脱隊を命ぜられるのなら、いっそ切腹の方が良い。

そうしたら、沖田先生に早くお会いできる。

生前、追い腹をせぬよう固く約束させられたけれど、隊命による切腹なら追い腹ではない。

それに脱隊なんて中途半端なこと性に合わない。

残るか死ぬか二つに一つ。

そう思うと、気が楽になった。

この私の想い、鋭い副長なら何も言わなくても分かってくれるだろう。

顔を上げて、想いを己の瞳にのせる。

けれども、副長はいつの間にか背を向けていた。



少しの間。





「今日から、お前は俺の小姓だ。」





少し溜息が混じった声。

呆れさ半分、あきらめ半分といった感。

小姓・・・・・・私ここに居て良いの?

「何ぼやっとしている。小姓なら上司に茶ぐれぇ持って来い。」

背を向けたまま怒鳴るその声に限りない優しさが含まれていることをこの男は自覚していない。

隊に残っても良いと言う事・・・・・・それは、女子としての自分より武士たらんとする自分を認めてくれたという事。

少し複雑な気持ちだけれど、嬉しさの方が何倍も強い。

あの鬼副長に武士だと認められたのだから。

ここに居られるのだから。

「はい!只今持ってきます!」

一礼して戸を開けたとき、小さな声が私の背中に届いた。

「これからは、俺が風呂の見張りに立ってやる。困った事があったら、遠慮なく言え。」

振り返ると、未だ背を向けたままの副長の姿。でも良く見ると、耳が真っ赤だった。

こんな時不謹慎だけれども、この不器用で優しい鬼をとても愛しいと思った。

とびきり美味しいお茶を入れて差し上げよう。

不器用な鬼に感謝の意を表すには、この方法が一番。

礼を口にすると、あの真っ赤な耳がもっと赤くなってしまう。

背中に届いた温かい声を聞こえぬ振りして私は部屋を後にした。















いつもいつもさりげなく助けてくれて、いつもいつも御礼を言うと照れる。

いつもいつも気付かぬ振りして、いつもいつも見守ってくれる。

まるで、鬼ごっこみたいに。

私が隠れていても、必ず鬼は見つけてくれる。

にやりとした笑みとからかい文句とともに。

何時の間にかそんな鬼の傍が一番落ち着く場所となっていた。

でも、私はいつも見つけられるばかり。

私だって、苦しみや悲しみの闇の中にいる鬼を捜して捕まえたいのに。

私だって、鬼の心を捕まえたいのに。

「嬉しい事は二倍。悲しいことは半分。」・・・・・・昔、兄上が教えてくれた言葉。

鬼は私の心を独り占め。自分の心も独り占め。欲張りで、意地っ張りで不器用で。

悲しい事も独り占め。少しも分けてはくれない。

「俺が知らねぇと思っているのか?」そう言って、鬼は私を捕まえる。







でも、私も同じですよ。

「私が知らないと思っているのですか?」

毎夜,寝る間も惜しんで机に向かい、朝は誰よりも早い。

仲間の戦死報告を聞く度、一人空を見上げている。

京に居た頃より、幾分かやせているのに気付いていますか?

一人のとき寂しそうな背中をしていることに気付いていますか?

自分一人で責を負うように、己に鞭を打っている。

「私が知らないと思っているのですか?」







けれども、やっぱり鬼は意地悪です。

京に居た頃からは考えられぬ程のその気遣い。

ぶつぶつ文句を言いながら差し出す手は、とてもとても温かい。

そんな鬼に私は迷わされています。

沖田先生が亡くなったと同時に女子の自分も無くなったはずなのに。

武士としての自分を評価してくれたから、今ここに居られるのに。

鬼が不器用であればある程、それが愛しく思えて。

いつからか、また心の中にセイが現れていました。

いつからか、また私はセイと清三郎の間でふよふよと浮かんでいました。

封印していたセイを鍵で開けたのは、貴方なのに。

何故、この鬼ごっこだけ捕まえてくれないのですか?

この鬼ごっこ程、辛いものはないのに。

この鬼ごっこ程、捕まえて欲しいものはないのに。







随分前に、発句帳をこっそり拝見しました。

「しればまよひ しなければまよはぬ 恋の道」

鬼ごっこをしているうちに私は貴方のいうその恋の道に迷ってしまいました。

いつもなら、すぐ捜しに来てくれるのに。

この道にだけ、鬼は追ってこない。

鬼が必要としているのは、清三郎であることは分かっています。

ですが、鬼に必要とされたいのは、セイなのです。

清三郎を欲している鬼にセイ故の頼み事など、言えるわけないではありませんか。

お風呂の見張りを頼むなどそう気安く出来るわけないではありませんか。

ここ最近の鬼といったら、睡眠時間は無いに等しく、色白の顔が更に白くなっているのに。







清三郎を求める鬼とセイを求められたい私。

また波の狭間が強くなりました。

早くいつものように捕まえてください。





「俺が知らねぇと思っているのか?」・・・・・・そう言って。

















「・・・や。・・・みや。神谷!」

セイの耳に一気に音が入ってくる。

「てめぇ、聞いているのか?」

「はい。聞いています。」

本当は他事を考えていたセイの耳に、土方の声は届いていなかったが、何を言われたかは見当がつく。

たぶん最初に見つかった時と同じ様な事だろう。







最初に一人で入浴したのが見つかったのは、会津で土方が足に負傷した時だった。

幸いにして、命は取り留めたものも、安心はできない。

不衛生な戦場ではいつ二次感染するか分からないからだ。それにまともな薬も布もない。

「こんなのへでもねぇ。」そう強がる土方をセイはなだめて、出来るだけの手当てと看病をした。が、菌が入ってしまったのだろうか、土方は高熱を出してしまった。不養生な日々の生活が祟ったのかもしれない。そんな状態になっても無理矢理体を起こそうとする土方を安静にさせるのは一苦労だった。

しばらく後、漸く土方の様態が落ち着いてきた。まだ、歩くまではいかないが、熱はおさまり足のほうもだいぶ膿みがとれた。ここまでくれば、まずは一安心である。ほっと胸を撫で下ろしたセイはふとここ一週間あまり行水すらしていないことに気付いた。



さすがに、少し気持ちが悪い。



セイは土方が眠っていることを確認して、そっと風呂場へ向かった。

京に居た頃と異なり、いつでも風呂に入れるというわけではない。時々、農家の風呂を借りる程度だ。今は、幸いにして負傷した土方を安静にさせるため陣から少し離れているある民家を貸りている。この家の持ち主は、自分がいては密談等しにくかろうと村長の所にわざわざ移ってくれた。故にこの家には副長とセイの二人である。

一人で入ったとしても誰かに見つかる恐れはないだろう。

何よりも、副長に余計な気遣いをさせるようなことはしたくない。

そう思い、一人で風呂に入ったのだが、この事が逆に土方の逆鱗に触れることとなった。

「あれ程、寝ていられることを確認したのに・・・・・・何故、起きているのですか?」

と、口に出したいのはヤマヤマだが、到底そんな事を訊けるわけない。

結局、その日は空に明かりが差すまでお説教が続いた。















そろっと顔を上げると土方と目が合ってしまい、セイはすぐ様視線をそらす。

そんなセイの様子に土方は更に苛立ちが増す。こんなに言ってもまたセイは一人で入りそうである。何よりも目を真っ直ぐに見られないのがその証拠である。

ここは、もう少し、お灸をすえてやるか。





「そういや、あの時お前誓ったよな。」





土方は懐からごそごそと一枚の紙を取り出し、セイの前で広げた。

その所作に初めてセイは土方を凝視する。

それは、会津でもう二度と一人で風呂に入らないと誓ったいわば誓約書。

「俺の話が分かったのなら、ここに約束してもらおうか。そうしたら、俺の話は終わりだ。」

あの時、くどくどと繰り返される説教にも飽き、長いこと正座をしていて足が痛く心身ともに疲れていたので軽い気持ちで誓約書を書いた。

これを書くことにより、この長いお説教から逃れられるのなら万万歳と浮かれていたあの日の自分が思い出される。

その誓約書をまだ、持っていたとは。

そこにしたためられている文字は、まぎれもなくセイ自身のもの。







「もう二度と土方副長の見張りなしで風呂に入りません。この約束を守らなかった場合、私神谷清三郎は土方副長の言う事を何でも聴き、それに従います。」





セイの顔に青白い縦皺が浮かぶ。



「これは、確かにお前が書いたものだよな?」



土方は椅子から立ち上がり、ゆったりとした足取りでセイに近付く。



「俺のどんな命令にも逆らわず、受け入れるんだよな?」



にやりとした笑みを浮かべながら、セイの正面に立つ。



「俺が今言っていることに、間違いはないよな?」



「まさか、お前この誓約書の事忘れていたなんて言うんじゃねぇだろうな?」



土方は言葉を発すると同時に一歩ずつ踏み出す。それに合わせて、セイは逃げるように一歩ずつ下がる。

「武士に二言はないよな?」



後ずさりしていたセイの背中に壁があたり、逃げ道を閉ざす。



「再度問う。武士に二言は?」



「・・・・・・ありません。」

セイは鬼から逃げるべく、右に移動しようとするが、鬼は左手を壁につき、それを許さない。

(うぅ・・・・・・、やばいなぁ。本格的に怒らせちゃった。副長、笑みは浮かべているけれど、目が真剣だよ〜。)

「何だ、その顔は。俺の言うことに何か不服があるのか?」



(ある!あります!大体、副長は私のことを心配しすぎなんですってば。それに大体なんで、その誓約書を今も持っているのですか?そんな後生大事に懐になんか入れて。)



「何か言いたいことがあれば、聴いてやるぞ。」

土方は、右手も壁につきセイの逃げ道を完全に塞ぐ。

セイの耳に「文句があるなら、言ってみろ。ほら、言えるものなら、言ってみろ。は〜はっはっはっはっ。」という幻聴が届く。

「だっだから、あのですね。確かに私は約束を破りましたけれど、結果的には誰にも気付かれなかったのだから、もう良いではありませんか。副長だって、ここ最近お疲れなんですから、私のことより、御自愛してくださいよ。そっそれに、短髪のこの私の頭を見て私のことを男と思う人はいませんよ。私のようにようやく後ろ髪が首に届くような頭をしていたら、誰も女子だとは思わないから大丈夫ですってば。もう、嫌だなぁ。副長ってば考えすぎですよ。」

セイは鬼の威圧に押されぬように、陽気に言葉を紡ぐ。

しかし、鬼には逆効果だったようだ。鬼の背中に炎が見える。

「いや、あの、だからですね。やっ約束はきちんと守りますってば。約束通り、何でも副長の言うことを聴きます。清三郎は何をすればよろしいでしょうか?どんなに大変で辛いことでも、何でもしますので、何なりとお申し付けください。」

(そして、怖いので壁から離れて下さい。)と心の中で付け加える。







「神谷清三郎!」







土方はそのままの姿勢で、声を張り上げる。

「はい!」思わず、背筋をしゃんとさせるセイ。









「隊を脱することを命じる。」









「!!」

「俺の言う事は何でも聴くんだろう?どんなに辛いことでも何でもするんだろう?ついさっき、お前自身の口から言った言葉だ。勿論武士に二言はねぇよな?」







一瞬にしてセイの顔が青みを帯びる。

頭を垂れ、手を口に当てガタガタと肩を震わせる。

大きく開かれたセイの目から、大粒の雫がこぼれる。





・ ・・タイヲダッスルコトヲメイジル。・・・





頭の中に低い声が繰り返される。

そんな様子を土方はただ静かに見ていた。

セイが何かを発しようとした瞬間、土方はセイを胸に押し付けそれを拒む。

そして、小さく溜息をつきぼそっとこう付け加えた。





「・・・・・・って言ったら、どうする?」と。





恐る恐る顔を見上げたセイの目にいつもの土方特有のにやり顔が映る。

セイは、あまりの展開の早さについてゆけない。

頭の中は真っ白と化するが、涙は止まらず次々と溢れてくる。

流れ落ちるそれは、土方の着物に染みをつくる。

「しかしな、他の奴にお前の事がばれたら、俺はこう命令せざるを得ないんだ。」

いつものそれと変わらぬ口調を発しているが、内心は落ち着かない。

・ ・・女を泣かすのは苦手だ・・・特にこいつの涙は・・・

「うぅ、うっ・・・ごめんなさい。もうしません。もうっ、しませんから、どうかここに居させてください。・・・」

まるで、親に叱られた幼子のようなその姿に土方はフッと優しい笑みを浮かべる。

「まったくよう。お前は武士だろ?もう泣くんじゃねぇ。」

背中をぽんぽんとあやすように叩く。

土方の着物をギュッと握り締め未だ泣きじゃくるセイは、自分に何とも言えぬ優しい眼差しが注がれていることに気が付かない。







泣き虫で無鉄砲で度胸がありすぎで危なっかしい。

「守ってやらねば。」と思わせられる反面、その小さな器にあり余るほどの強い意志、逆境に立ち向かう力。

その相反するものに、目が離せない。

少ししか伸びぬ背、相も変わらぬ細い体つき、

しかし、凛とした大きな目、可愛らしい小さな口元、黒髪が映える白い項。

立派な武士としての神谷清三郎と、比類なき娘の富永セイ。

同一人物なのに、その差は大きくて。

大きいからこそ、不思議で。

不思議だからこそ、目が離せなくて。

そして・・・・・・そういうこいつがとても愛しい。

そんなこいつを誰にも触れさせたくない。見せたくない。

こいつは俺だけのもの。







・・・・・・コイツノスベテヲテニイレタイ・・・・・・。・ ・・・・・ソレハ、ドクセンヨクトイフナノアイノカタチ。・・・・・・





















「ふっ、副長?」

消え入りそうな声に土方は我に返る。

胸元には何時の間にか泣き止んでいた愛しい人

「他の事なら何でも言うことを聴きますから、どうかここに居させてください。」

震える声で必死に想いを言葉にのせる。

潤んだ瞳に、赤みを帯びた頬。

その頬には幾筋ものの涙の跡。

それをなぞるように土方は親指で未だ乾ききらぬ涙を拭う。

「馬〜鹿。俺がお前を手放すと思っているのか。」

「えっ?」

そう発したセイに土方の口が合わさる。







・ ・・ここから先、交わされるのは言の葉ではなく、魂・・・





「副長?」

「あぁ?」

「あの・・・。」

「五月蝿ぇ。わざわざお前を捕まえに来てやったんだ。大人しく捕まれ。」

「でも、私は神谷清三郎で、・・・・・・。セイではなくて・・・・・・。だから、」

「阿呆か、お前は。もともと一人であるものをお前が勝手に引き離そうとするから、道に迷い込むんだろうが。」

「あっ、阿呆っていうことないではありませんか!、私は真剣にですね・・・。」

「そういう気の強いところも含めてお前はお前なんだよ。まっ、気の強い女は嫌いじゃねぇがな。」

「・・・・・・。」

「神谷清三郎と富永セイ、どちらが欠けてもお前じゃねぇんだよ。ったく、そんなくだらねぇ事で悩むからこの道に迷い込むんだ。」

「何で、それを。」

「俺がお前のこと知らねぇと思っているのか?」















鬼はやっと捕まえに来てくれました。

顔をそっぽに向けた赤鬼が、手を差し出して来ました。

鬼が私をつかんだ瞬間、清三郎とセイが一つになりました。

「ぐずぐずするな。」そう言って、私の腕を乱暴に引いて歩き出します。

腕が少し痛いけれど、それはこの鬼の愛すべき不器用さ。







この鬼ごっこ程、見つけてもらって嬉しいものはありません。

この鬼ごっこ程、捕まえてもらって嬉しいものはありません。







鬼は私を片時も離そうとしません。

「また、道に迷うと面倒だろうが。」

そういって、握り締める力を強めます。

私が逃げると思っているのでしょうか?そんな事絶対にあり得ないのに。

この鬼は意外と心配性なようです。







そんな鬼からこんな命令を下されました。









「神谷セイ、一生俺から離れないことを命じる。」







こちらは、以前某同盟様に投稿したものです。

というわけで、蝦夷地でのお二人でした。
鬼副長の「鬼」と揺れるセイちゃんの心を捕まえてくれる鬼ごっこの「鬼」とかけてみました。
箱館編を前作に引き続き書いてみたかったのもあるけれども、「セイちゃんの無防備さに焦る歳」というのも合わせて書いてみたい気持ちがあったのを覚えています。

実はこの続きと言いますか、歳とセイちゃんの最期というのを考えていたのですが、あまりの暗甘だったので、お蔵入りしました。(^^ゞ
それはともかく、鬼ごっこは鬼が相手をつかまえなければ終わりにはなりません。
セイちゃんを歳がつかまえてくれて良かったです。


初出:2001年12月頃