「大好きですよ、鬼副長!」
神谷はそう言って極上の笑みを浮かべる。
どうもその笑みが総司の奴とかぶる。
あいつもよくそう言って笑っていたからな。
屈託も裏もないその笑顔を見ると、何故か俺は顔を背けてしまう。
そうすると、あいつはいつも決まってこう言いやがるんだ。
「土方さんってば、本当にかわいいんだから!」
うるせぇーと一喝すると、いつまでもケラケラと笑っていやがった。
その総司も、もういねぇ・・・・・・。
あいつは俺の良き理解者だった。
普段冗談ばかり言っているくせに、何かあるといつもそばにいた。
俺が何も言わなくても先を読んで答えを返した。
だからだろうか。
上手く言えねぇが、あいつの前では俺は鬼副長から土方歳三へとなれた気がする。
幾分か、気が楽になった気がする。
もしかすると、そこで気持ちのつりあいを調整していたのかもしれねぇ。
歳三として総司と接することで、俺はより鬼副長になれ、より隊士からの疎まれ役になれた。
「副長が慕われて、組なんぞ仕切れるか!」
そう気張って今までやってきた。
いつだったか、勝っちゃんがいつになく優しい目をして言った。
「そこまで、悪ぶることもなかろうに。トシ。」
「けっ、何言ってやがる。適材適所さ。俺は鬼でいい。いや、鬼がいい・・・・・・。」
自分に言い聞かせるように言って、盃を傾けた俺を勝ちゃんは何も言わず、ただずっと見ていた。
「鬼副長になろうが、トシはトシだ。」
そう言われた気がして、妙にくすぐったかった。
勝ちゃんは、いつも俺をトシと呼んだ。
「近藤さん、あんたは局長なんだ。隊士の前で俺のことをトシというのは控えてくれ。しめしがつかねぇだろうが。」
俺は何度もそう言ったのに。
「だって、お前はトシだろ?トシをトシと呼んで何が悪い。」
「いや、だからな。そうじゃなくてだなぁ・・・・・・。」
「近藤先生、土方さんってば照れ屋さんだから、皆の前でそう呼ばれるの恥ずかしいんですよ。」
いつの間に俺たちの部屋に来たのか、総司が勝ちゃんの背中から、ひょいと顔を出す。
「何だ、そうだったのか、トシ。お前って本当に可愛いやつだなぁ。」
「違う!照れてなんかいねぇ!そうじゃなくて、俺たちは武士になったんだ。だか・・・。」
「土方さんってば、本当に意地っ張りで素直でひねくれ者で、優しいんだから。おまけに照れ屋さんだし。」
俺の言葉をさえぎって、総司が俺に抱きついてくる。
「離れろ〜!総司!」
「あっ、鬼副長が赤鬼になりましたよ、近藤先生。」
「やかましい!用が無いのなら、あっちに行きやがれ!」
「土方さん。」急に総司が真面目な顔をして言う。
「何だ?」つられて俺もつい真面目な顔をしてしまう。
少しの間。
「大好きですよ、鬼副長!」
満面の笑みをして総司は言った。
「んなっ!」
「わぁ〜、更に赤鬼になりましたよ、近藤先生。」
「総司、てめぇ待ちやがれ!」
「わぁ、鬼ごっこですか?鬼さんこちら、手のなるほうへ♪」
「いい加減にしろよ、総〜司!」
「あとはよろしくお願いしますね、近藤先生。」
そう言うや否や、あいつはものすごい勢いで走り去っていった。
ちっ、相変わらず、俊足な奴め。
「勝ちゃん、あいつをどうにかしてくれよ!・・・・・・って、あっ!!」
あわてて口を抑えるが、もう後の祭りだった。
「お前だって、俺のことを勝ちゃんと呼ぶじゃねぇか。しかし、トシから勝ちゃんと呼ばれるのは久しぶりだな。もっとも、俺はもう勝太ではないがな。」
「今のは、ついだ、つい。総司の奴が、変なこと言いやがるから・・・・・・。畜生!何でこうなるんだよ。ったく」
「まぁまぁ、落ち着け、トシ。」
「だ〜か〜ら〜、トシって言うなぁ!」
結局、勝ちゃんは正式な場や皆が集まるときは「土方君」と呼んだが、それ以外は「トシ」だった。
その勝ちゃんももういねぇ・・・・・・。
勝ちゃんも総司もいねぇ・・・・・・。
俺を分かってくれる奴がいねぇ・・・・・・。
勝ちゃんと総司が続けざまにいなくなった時、柄にも無く、そんなしけた思いを抱いていた。
その思いを酒で忘れたいと思った。
あの辛党の斎藤にすら、「副長、飲みすぎでは?」と言われたくらいだ。
あいつとは、会津で別れたが、元気でやっているだろうか。
呑めねぇ酒に呑まれたいと思った。
が、現実の戦況がそれを許さず、おれにもっと鬼になれといっている。
今の戦況に必要なのは、甘えや迷いではなく怜悧冷徹の鬼副長だと。
なら、ここから先、一生鬼副長として生きてやる。
そう意に決め、より自分に厳しくしようと思った。
鬼になったほうが感傷に浸ることも無く、むしろ楽かもしれねぇと思った。
そんな時だ。
そんな時、懐かしい言葉を耳にした。
「大好きですよ、鬼副長!」
総司かっ!?
が、そこにいたのは神谷だった。
振り向いた瞬間、神谷の後ろに総司が見えた気がした。
否、確かに見えた。
神谷と一緒にあの人懐っこい笑みを浮かべていた。
幻覚が見えるようになるほど、俺は疲れているのだろうか。
「副長?どうなさいました?どこが、具合でも・・・・・・。」
俺の顔を覗き込むように神谷が顔を寄せている。
そこに,総司の姿はなかった。
ということは、さっきの声は神谷のものだったのか・・・・・・。
だが、俺には総司の声のような気がしたのだが・・・・・・。
しかし、そこに総司の姿は見えない。
何、驚いてやがるんだ、俺は。
総司がここにいるわけねぇじゃねぇか・・・・・・。総司はもう・・・・・・。
それにしても、幻覚にしてはやけにはっきりしていた。
やっぱり、さっきのは総司じゃないのか?
そんなことをぼんやりと考えていた。
「何だか、顔色が優れないみたいですよ?」
神谷が小せぇ手を額にのせてきた。
その感触に俺は我に返る。
気付けば、神谷の顔が目の前にある。
段々と視線がからまってくる。
「わっ童に好かれても嬉しくもなんともねぇ!」
我に返った俺は思わず、大声を出してしまった。
そんなに顔を近づけたら、驚くじゃねぇか。
神谷は、一瞬びくっとし、大きな目を見開いていたが、だんだん眉をつり上げる。
「もう童ではありませんってば!」
頬をふくらまして、顔をぷいっと背ける。
ったく、そういうところが、童だと云うんだ。
「小せぇ」「危なっかしい」「すぐむきになる」・・・・・・見事に童の三拍子揃っているじゃねぇか。
そんなお前がいくつになろうが、俺から見りゃぁ、童は童にしか見えねぇ。
「気落ちなさっているように見えたから、励まそうと思ったのに・・・・・・。」
相変わらず、頬をふくらませ、ぶつぶついっている。
そうそう、「すぐすねる」っていうのも、童の条件だぜ、神谷。
内心可笑しくてしょうがねぇ。
「励ます?お前が?俺を?」
「ええ。副長の元気が無いとき、ある言葉を言うと、元気になるって、以前沖田先生に伝授してもらったんです。」
「総司から?」
「ええ。」
「けっ、俺は落ち込むことなんかねぇよ。お前と違って、人間が出来ているからな。余計なお世話だ。」
「このある言葉は、副長が強がっているときに最も効果的に作用するという沖田先生による研究結果が出ていますよ。」
さっきまで、むくれていたくせに、今度はニヤニヤ笑いをしていやがる。
「考えていることがすぐ顔に出る」これも童の特徴だぜ、神谷。
見ていて本当に飽きない奴だな。
「何なんだ、そのある言葉っていうのは?」
「聞きたいですか?」
「聞きたいというより、知りたいだな。」
総司の奴、一体何をこいつに伝授しやがったんだ?
俺を励ます言葉?どうせ、くだらねぇことだろうよ。
まさか、十一の時の件や十七の時のあの事じゃぁねぇだろうな。
いや、別にそれは俺を励ますことにつながらねぇ。
いやいや、あいつのことだ。その可能性は大だ。
・ ・・・・・だとしたら、そんな事まで、あいつは神谷に教えていたのかよ。
ん?待てよ。神谷だけではなく平隊士全員に知れわたっているのかもしれねぇ。
良からぬ思いが頭の中をぐるぐる回る。
「では・・・・・・。」
神谷が背を伸ばして俺の耳に口を持ってくる。
まるで、内緒話をするように。
・ ・・・・ということは、やっぱり人前で言えないようなことなのか?
神谷は、目一杯爪先立ちをしても俺の耳に口が届かないらしい。
仕方が無ぇな。
俺は、少し腰を落とし、文字通り耳を傾けてやる。
そして、内心何を言われるのかびくびくしていた俺の心に届いた言葉は・・・・・・
「大好きですよ、鬼副長!」
「!?」「あっ赤鬼になった!今度は成功ですね!」
「はぁ?」
「沖田先生曰く、この言葉を言って、副長が赤鬼になれば成功だと。先程は無反応でしたので、やはり私が言ったのでは効果がないのかもしれないと思っていましたけれど。」
「だれが、赤鬼だよ、誰が!」
「土方副長、可愛い!」
「何だと?」
「赤鬼になった後、更に赤鬼にするにはこの文句が一番だとも教わりました。こちらも大成功ですね。」
「てめぇ、いいかげんにしやがれ!」
首根っこをつかもうとした俺の手をするりとかわし、神谷は「大好きですよ、鬼副長!」と言いながら、駆けて行った。
それから、神谷が、所謂俺を励ます言葉とやらを口にするのをよく耳にするようになった。
何が、「大好きですよ、鬼副長!」だ。からかうのもたいがいにしやがれ。
しかし・・・・・・だ。
認めたくは無いが、この言葉により、心が楽になるのも事実だ。
そして、いつの間にか、あいつといるとほっとするようになった。
気付けば、あいつは総司の役割をつとめていた。
それが、あいつなりの誠なんだろうか。
ふぅ・・・・・・。一息ついて、俺は夜空を見上げる。
こう振り返ってみると、どうも感傷深くなってしまってならねぇ。
人は死ぬと星になると誰かが言っていたのをふいに思い出す。伊東さんだったかな。
勝ちゃんや総司たちはどこにいるんだろう?
満天の星空を見上げ、ふと思った。
あそこから、俺のことを見ているのだろうか。
けっ、どうせ総司なんか、こんな俺を「土方さんらしくない。」とかいって、笑っているに違いねぇ。
勝ちゃんも、「お前は不器用だからなぁ」とか言っているんだろうぜ。
蝦夷の夜は寒いが、気を引き締めるのにはちょうど良い。
ふっ、こんなしけた気持ちはやめだ、やめだ。
久しぶりに句でもひねるか。
北の空・・・・・・星空に・・・・・・ちっ続かねぇ。
山南さんよ、あんたならどう詠む?
博識なあんたのことだ。味わい深い句を詠むんだろうよ。
俺はあんたに言えなかったことが、沢山あるんだ。
多分、あんたもそうだろ?
いつか、酒でも飲みながら語り明かそうじゃねぇか。
平助、そっちへいっても、お前はまだ総司から一本も取れねぇのか。
そう怒るな。怒るな。
俺は、これでもお前の性格はさっぱりしていて好きなんだ。
そういや、お前とはあまり共に酒を呑んだことがねぇな。
自称、伊勢津藩藤堂和泉守の御落胤のお前と郭で呑むのも、また一興だろうよ。
いけねぇ、いけねぇ。
またしけた気分に戻っていやがる。
俺はこんなに弱い奴だったのか。
「一、 士道ニ背ク間敷事」
士道に一番背いているのは、他の誰でもねぇ。自分に弱い俺じゃねぇか。
畜生!鬼になりてぇ!頼むから本当の鬼にならせてくれ!頼むから・・・・・・!
背後に気配がする。降り向かねぇでも、誰だか分かる。
「良い句が詠めましたか?豊宝宗匠。」
お茶を差出す神谷の手は真っ赤。鼻の頭もだ。
「風邪、引かれますよ。」
「いつから、そこに居やがった。」
「先程ここに来たばかりです。」
嘘をつけ。お前の茶にしては、ずいぶんとぬるいじゃねぇか。
大方、俺に茶を持ってきたのは良いが、差出す機会がなくそこの木の後ろにでも居たんだろうよ。
童が一丁前に気なんか配りやがって。
寒いのだろう。小さくて赤い手に息を吹きかけ、こすり合わせている。
お前こそ、風邪を引いてしまうだろうが。
ったく、世話の焼ける奴だ。
「ほらよ。」
「えっ?」
「俺は、茶を飲んだから体が温まったんだよ。」
「ですが・・・・・・。」
分からねぇ奴だな。こうなりゃ、実力行使だ。
俺は、自分の襟巻きを神谷の首にかけてやる。
その冷たさにぎょっとする。
俺の手より冷たいじゃねぇか。
ふと、神谷と目が合う。
神谷は照れているのか、すぐ下を向いた。
おかげで、こっちまで何か照れくさくなる。
「お気遣い有難うございます。とても暖かいです。副長。」
白い息をはきながら礼を言うと、また下を向く。
何故だろう、こいつの笑みは見た者の心をほぐす。
「神谷?」
「はい?」
「お前はいつまで俺を副長と呼ぶつもりだ。俺はもう副長じゃねぇぞ。」
「そんなことは、分かっていますよ。土方陸軍奉行並箱館市中取締役裁判局頭取。でも私、この役所名言うだけで,息が上がるんですけれど・・・・・・。」
「略せば良いだろう?全部言う必要ねぇじゃねぇか。」
「どう略せば良いのですか?」
「例えばだなぁ、陸軍奉行並箱館市中取締役裁判局頭取だから・・・・・・って、あぁもう面倒くせぇ。とにかく略せば良いんだよ。」
「では、『土方副長』で。」
「どこをどう略せばそうなるんだよ!」
神谷は眉をつりあげ、頬をふくらませ、かみついてくる・・・・・・と思った。
俺と口論するときいつもする顔を予想していた。
が、それに反し、神谷は微笑し大きな目で真っ直ぐ見てくる。
いつもと異なる反応に俺は正直とまどった。
「私にとって、土方副長は陸軍云々ではなく、新撰組の副長なんです。そして、泣く子も黙る新撰組を更に黙らせる鬼副長。しかし、その鬼は本当は優しくて、照れ屋で、不器用で・・・・・・。知れば知るほど人間味あふれる鬼なんです。一見、怜悧冷徹の非情な鬼に見えるけれども決してそうではない。とても心優しい鬼なんです。おまけに、人知れず句を詠む趣深い珍しい鬼なんです。私は、そんな鬼が大好きです。あっ、別にこれは励ましで言っているのではありませんよ。本心からそう思うんです。昔から居る新撰組隊士は気が付けば極少数になってしまいました。けれど、皆そんな鬼副長のこと大好きですよ。だから、内輪では土方副長のこと親しみの意を込めて鬼副長といっているんです。御存知ないでしょうけれど。・・・・・・鬼副長は、新撰組がお嫌いですか?そんな鬼がお嫌いですか?」
顔を少し傾け、凛とした眼差しで、真っ直ぐ真っ直ぐ俺を見る。
寒さのためだろうか、少し目がうるんでいるようにも見える。
「・・・・・・それとも本当の鬼になりたいのですか?」
視線をそらさず、さみしそうな、今にも泣き出しそうな顔で尋ねてくる。
・・・・・・そんな顔をするんじゃねぇ。俺はこの手の顔に弱いんだ。
「俺は・・・・・・、俺らしい鬼が良い・・・・・・。」
「そうですか。その言葉を聞けて嬉しいです。あっ、今星が流れましたよ。見ましたか?」
こぼれんばかりの笑みを浮かべた神谷はきゃっきゃっと星空を見上げる。
その横顔を見ながら思う。
お前はいつの間にこんなに成長していたんだと。
いつの間に俺の心の拠り所になったのだと。
・ ・・・・・「その言葉が聞けて嬉しいです。」・・・・・・
馬鹿野郎。嬉しいのはこっちだ。
何か、くすぐったいじゃねぇか。
俺のことを分かってくれる奴がこんなに近くにいやがった。
しかしそれが、一回り下っていうのが、ちょっと引っかかる。
俺って、実は分かりやすい性格なのか?
まぁ、良いや。
俺はお前に会えて良かった。
素直にそう思った。
空を仰ぐと心なしか先程より星がまたたいてみえた。
「くしゅん。くしゅん。」
懐紙で鼻をかむ姿が目に入る。
ほらみろ。お前のほうが風邪を引いてるじゃねぇか。
「神谷。明日は早いんだ。とっとと寝ろ。」
「副長こそ、早朝会議があるのでは・・・・・・?」
「あぁ、だから俺ももう寝る。」
これ以上ここに居ると、お前が本当に風邪を引いちまう。
そんな俺の声が聞こえちまったのだろうか?
「大好きですよ、鬼副長!」
神谷は極上の笑みを浮かべた。
「さっ、早く部屋に戻りましょ?」
俺の手を引き足早に館のほうへと歩き出す。
・・・・・・今夜は久しぶりに良い夢が見られそうだ。・・・・・・
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