副長室に訪れる客は多い。
だが、中には招かれざる客も残念ながらいる。
春の訪れが近い今日この頃。
鶯の声を遠くに聞きながら、土方とセイはお茶を飲んでのどかに過していた。
少し湿った春の風が気持ちよい。
二人でお茶菓子を頬張りながら、午後の休憩をとっていたときにそれは訪れた。
湯飲みを差し出し、おかわりを求める土方に笑顔で頷いていたセイの顔が突然曇る。
「副長!この足音は!!」
突如気を張り詰めた声を出したセイに土方は、急ぎ筆を置く。
廊下からは、やや浮かれた足音が聴こえる。
「臨戦態勢用意!」
土方の命に従い、小姓であるセイが
押入れから行李を一つ取り出した。
楔を障子の前に散らせ、鳴り子をはらせる。
ちなみに、この鳴り子の音が鳴ると総司か近藤かが副長室に来てくれる事となっている。
壬生寺で買ったお守りを二人は急ぎ身につけ、大刀を腰に差す。
土方は押入れの中に二人分の場所を開ける為に行李を放り出す。
足音が部屋の前で止まり、コホンと空咳が聞こえてくる。
二人は早く早くと押し合いへしあい押入れに我先にと入ろうとしていた。
スパーン!!
「ひっじかたくん!清三郎!!」
両手で元気よく障子を開けた伊東の目に映ったのは、押入れに片足入れている何とも奇妙な二人組みだった。
「土方君、清三郎、二人とも何しているんだい?」
背後から聞こえてきた声に土方とセイ、二人同時にギギギッとからくり人形のようにゆっくりと後ろを振り向く。
「あは、はははははははははは。ちょっと、押入れの中の片づけを。なっ、かっ神谷」
「はっ、はい。そうです。そうそう、お片づけを。うふふふふふふふふ」
ぎくしゃくとした二人の笑いも伊東の目には自分が部屋に訪れたのを喜んで笑ってくれているようにしか見えない。
「ははっ、はははは。とっところで、何用ですかな。伊東参謀」
「う〜ん。特に用はないんだけれどね。急に君達の顔が見たくなったんだ」
扇子で口元を隠し、流し目を送ってくる伊東に二人はぞわぞわっと鳥肌を立たせる。
『おい、そういえばあいつ入ってきたのに、鳴り子鳴らなかったじゃねぇか』
『えっ、あっ、そういえば。どうして?』
二人がひそひそと話していると、
「ややっ、こんなところに鳴り子が。危ない、危ない、もう少しで引っかかるところだったよ」
と伊東がひょいっと床に張った鳴り子をまたいでいる姿があった。
『この馬鹿が!低すぎるんだよ、鳴り子の位置が!』
『だって、いつもと同じ場所じゃかわされるかなぁと思ったんだもの』
『どうするんだよ。これじゃ、近藤さんも総司も来ねぇじゃねぇか』
『ふっ、ふん。例え鳴り子が鳴った所で、局長は会合、沖田先生は巡察中ですから助けてくださいません。結果は同じことです』
『馬鹿、それが威張っていうようなことか!楔だって意味無ぇじぇねぇか。だからいったろ。畳と同じ色に楔を塗っておけって。黒だからいつも見破られるんだ』
『ふんだ。すみませんでした』
『謝って済む事か!大体なお前がちんたらしているから押入れにも入りそびれたんだ』
『何よ、それも私のせいだとおっしゃるの?私を押しのけて入ろうとするなんて、全く大人気ない』
『何を言う!お前には上司をかばおうという小姓としての忠誠心はないのか』
『他の事ならばともかく、この非常時だけは別です。こっちは露見する可能性が高いんですから』
「二人とも何、内緒話しているんだい」
『うわ!!』
気がつけば、目の前に伊東が来ていた。
文字通り目の前に。
すぐ前に。
鳥肌と悪寒が一気に体内を駆け巡る。
顔色も心なしか青ざめているように感じる。
「いえ、いえ別に。そっ、そうだ。伊東参謀にお茶をご用意しますね」
しゅたっ。
ものすごい速さで廊下へ走り出したセイの首根っこを土方はひょいと摘み上げる。
『てめぇ。自分ひとり逃げようたって、そうは問屋がおろさねぇ』
『何わけわからないことを。私は純粋に小姓として幹部の先生にお茶をお持ちしようと思っただけでございます』
「あぁ、お茶ならおかまいなく。気を遣わないでくれ。僕と君達との仲じゃねぇか」
「っと、参謀もおっしゃっている」
青ざめた顔でにやりとする土方にぐぬぬぬぬとセイは睨みつける。
会話は伊東主導。
二人は専ら聞き役である。
普段は喧嘩が絶えぬ二人がこのときばかりは、ぴたりと寄り添っている。
がちがちと互いの震えが肌を通して伝わってくる。
ほんの少し、会話が途切れた。
「それでは、参謀。ちょっと失礼してもよろしいかな。そろそろ近藤さんが帰って来る頃合なので、出迎えにと思いまして」
そそくさと立ち上がる土方をすかさず裾払いを仕掛けたセイは
「そういうことならば、小姓の私が御様子を伺って参ります」と伊東に一礼して障子に手をかける。
『てめぇ。ぬけがけする気か』
『何です。そういう副長だって』
『俺は、近藤さんに一刻も早く伝えたいことがあるんだ』
『嘘つき』
『何だとぉ!』
『何です?』
にらみあいっこしている二人にポンポンと伊東は背中を叩いた。
刹那、土方、セイは数メートルザザザザザーっと、後ろに移動する。
それは見事な足捌きだった。
「二人とも、喧嘩しないでおくれよ。喧嘩するのなら、僕が見に行ってこようか。近藤局長に今日はご挨拶をまだしていなかったんだ」
パチンと扇子を閉じると、「また、すぐ来るよ〜」と言葉を残し、玄関へと向かった。
『はぁ〜』
二人、同時にへなへなと座り込む。
セイが小姓となってからというもの、副長室が狙いやすくなったのか、ここのところ毎日訪れるのである。
その度に、押入れに逃げ込み、伊東から逃げていたのだが今日は失敗し、結果寿命が三年縮んでもおかしくないある意味恐さを体験するはめになった。
だが、その敵もすでにいない。
二人緊張から解かれ笑みを浮かべたが、すぐにハッと表情がこわばった。
「そういえば・・・・・・」
「また、すぐ来るよ〜っていうことは・・・・・・」
「臨戦態勢、再び!」
土方の声にわたわたと押入れに駆け込むセイ。
それを押しのけ、我先に入ろうとする土方。
そんな二人に「局長はまだお帰りじゃなかったようだよ〜」と廊下から声が聴こえてきた。
「沖田先生、そんなところで何をなさっているのですか?」
柱にしがみつくようにして副長室を覗いている総司に巡察帰りの同じく一番隊隊士が素朴な疑問を投げかけた。
「えへへ、秘密です。とっても楽しい事なので、秘密です」
そういいながら、総司は土方とセイが押入れに逃げ込む様子を遠くから腹を抱えて見ていた。
味方だと思っている総司が高みの見物をしているとはつゆ知らず。
今日も副長室に来客が訪れる。
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