背中




ふと思い立って、黒い着物を羽織ってみた。
副長はいつもこんな格好。


そっと副長の文机の前に座ってみる。
いつも副長はこんな感じでお仕事をしているのだと。
いつも副長はこんな感じで障子から庭を眺め、お茶を飲んで一服しているのだと。
副長になりきってみた。


副長が墨を擦る時は、これぐらいの規則的な速さ。
筆をすずりに入れるときは、こんな感じ。
こうして紙にこんな感じの姿勢でさらさらとしたためる。


いつも後姿の副長しかしらない。
背中からみる副長は威厳漂う鬼副長だけれども、たまにはこうして頬杖をついているのだろうか。
私がお茶をくみにいっている間に、そっと懐に手を入れて発句帖を出し、私の足音が聞こえてくると急ぎこうして座布団の下に隠しているのだろうか。

書状を書いていて、なかなか思い出せない字があったときは、どんな表情をしているのだろう。

嗚呼、ここからだと屯所内の様子がよく分かる。
原田先生の笑い声も永倉先生のちゃちゃを入れる声も藤堂先生の盛り上げる声も。
ここでこうして仕事をしながら、屯所の様子を体で感じでいるのだろうか。

嗚呼、ここからだと背後の様子がとても気になる。
私がお茶を入れたり、掃除をしたり、繕い物をしたりしている時、どんな音が副長の耳に入ってくるのだろう。

今までただ厳格な怖い鬼の背中にしか見えなかったけれど、その実前から見ると色々な副長が分かるかもしれない。




そろそろ、副長がお風呂から上がられる頃かしら。
ぬるめのお茶を用意しておこう。

くるりと振り返ると、髪を下ろした本物の副長があぐらに頬杖ついて面白そうにこちらを見ていた。


「鬼副長の気分はどんな感じだ?」

にやにやしながら面白そうに尋ねて来るので、私はわざと眉間に皺を寄せながら

「なかなかいい感じだ」
と副長の声色を変えて応えた。


副長に一礼をし、座布団からおり場を副長に渡す。
副長はいつもと同じように私に背を向けて、座った。
私がぬるめのお茶を手渡しながら、


「でも・・・・・・少し背中がスースー致します」


と言うと、


「『鬼副長』っていうのはそんなもんだ」


と副長は自嘲めいた笑みを向けた。




こちらは、以前日記にてUPしたものです。

バイト帰りに自転車を漕いでいたらふと浮かんできたお話です。

セイちゃんが黒い衣に着替え、己の机の前に座っている様子を見たとき、 一体歳がどのような感情を抱いたのか、なかなか気になるところです(^^ゞ



初出:2003年12月24日