素顔





こんな顔をする人だっただろうか。
セイは遠巻きに男を見ながらそう思った。







寒さ厳しき北の大地。
暦の上ではとうに夏ではあるが、夜は未だ冷える。
しかし、寒さは感じなかった。
銃を連射し、新政府軍を一人また一人と葬る。
すぐさま銃身は持てぬ程の熱を帯び、川から汲んだ水で冷やしては撃ち、冷やしては撃ちの繰り返しだった。


手が火傷をしたように真っ赤になり、もはや感覚は無いに等しい。
極度の緊張と高揚感。
何も考える事なく、ただひたすらに引き金に指をかける。
ほんの数年前まで物を言わしていた武士の魂は、今では隊士達の腰で揺れているに過ぎなかった。


闇夜の中頼りになるのは、月の光と銃口の火花。
基本的に一対一で戦う刀とは異なり、質より量が物をいう銃撃戦。
移りゆく時代の変わり目に対する希望と戸惑いがない交ぜになった感情が銃口から撃ち放たれていた。


 


「御苦労」





しばし小休止しているところに、聞き慣れた声が響いた。
月の逆光となって表情までは読み取れぬが、声の主が誰であるか皆即座に理解し、姿勢を正す。



「御苦労」
肩に担いできた何かを地に下ろしながら、男は再度ねぎらいの言葉をかけた。
「よくやってくれている。流石ここまでついてきた者たちだ。性根が違う。そんなお前らに褒美を持ってきた」
男は傍にいた小柄な隊士にあごで何かを合図した。
隊士は心得たように、男が担いできたものを硬い物で幾度か叩き、ふたを開ける。


じわじわと広がる良い香り。
懐かしささえ感じてしまうこの香り。
銃の匂いに慣れきった鼻に芳しい香りが届いた。
中味が何であるかをすぐさま悟った一同はざわめく。





「一人一杯だけだぞ」





途端に歓声が鳴り響いた。





「久々の酒だ。酔いが回って、銃が撃てなくなったら困るからな」





どっと笑いが起こる。
先程の小柄な隊士と男が隊士一人ずつに柄杓で汲んで手渡した。





「今のお前らの胃には、大した酒でなくても極上酒に思えるだろ」





またもや笑いが起こる。


「しかし、土方副長この酒、一体どこから・・・・・・」
おずおずと問いかけたまだ青年の隊士に
「野暮なことは聞かぬことだ。遠慮はいらん」
土方が青年をからかうように言うと、青年は深くお辞儀をした。
そんな様子に隊士一同笑みが浮かぶ。


「さぁ、皆さん行き渡りましたか?まだもらっていない人はいませんか? いつもは鬼の副長が今だけは仏となっています。この機を逃したら、二度とないかもしれませんよ」
小柄な隊士が良くとおる声で問いかけると、
「神谷、てめぇ、余計な事いうんじゃねぇ」
と土方は神谷と呼んだ隊士の頭を小突いた。



腹に含まれた酒は心地よい気持ちと懐かしい想い出を心に満たす。
皆思い思いに生まれ育った故郷のことや、今までの戦況振りを語り合い始めた。
そんな様子を見ながら、土方はそっとその場を離れた。












「副長はお飲みになられないのですか?」
大木にもたれて座り込んだ土方にセイは隊士一同が談笑している様子を見ながら問いかけた。


「俺は酒が飲めねぇと知っていての問いかけか?」
土方もセイと同じようにこちらには気付いていない隊士たちを見ながら返した。
「せっかくですから、飲まれては如何です?」
「お前は?」
「生憎、私も飲めない性質で。一杯でも酔ってしまうので飲めません」
「ははは、確かにな」
「ねぇ、副長」
「あん?」
セイの顔を見た土方に「何でもありません」とセイは顔を振った。


この人はこんな顔をする人だっただろうか。
京にいる頃とは違い随分と柔らかくなった。
どこまでも鬼であり続けようとした昔と違って、今は人間臭さが感じられる。
いや、本来の土方の姿に戻ったのだろうか。
江戸にいた頃の土方に。
烏合の衆の集まりであった京時代の新選組では鬼は必要だったが、自分の意思で土方に 北の大地までついてきた者たちの前で、鬼の仮面は必要ない。
近藤が義兄弟といい、沖田が慕った土方がそこにはいた。


セイは自分の髪をそっと撫でてみる。
京を離れた時から、髪を伸ばし始めた。
つまり、髪の長さがそれからの時間の長さ。
月代はもうなかった。


「ねぇ、副長?」
「・・・・・・なんだ?」
いぶかしむ様に問いかけた土方に


「今の副長にこれは似合いませんよ」


そう言って、セイは笑いながら土方の額の皺を指で伸ばした。












酒は心と身体を癒し、疲れがとれた隊士達は、再び銃を手にした。
先程よりも威勢の良い銃声が鳴り響く。


その様子をしばらく眺めていた土方は踵を返した。
その後ろをセイがついてゆく。




「鉄君は、今どのあたりでしょうね」




セイは何気ない調子で尋ねた。
先日、土方は十六歳で年少の市村鉄之助に形見の品を持たせ、日野へ向かわせた。
こういうことは、土方に顔を合わせて改まってきくものではない。
今のような互いの顔が見えない時に、そっと尋ねるのが目前の男にはよい。




「・・・・・・さぁな」




「鉄君。船に乗ってからも泣いていましたよ。僕だけ仲間はずれにされるのは嫌だって」
「男が涙なんか見せるもんじゃねぇ」
「副長をとても慕っていましたものね。立派なお小姓さんでしたのに」
「あぁ、今から思えば惜しい事をした。また生意気小姓を従えなければならんようになった」
「あら、随分な言い草」
「なに、褒め言葉だ」
「ふふふ、有難き幸せです」



「・・・・・・お前も京にいるときに、手放せば良かった」



「そんなこと、今更遅いですよ」
セイは鉄之助と同じように土方がこの場を去るように言い出すのではないかと口調を強くして言う。
「副長が何といおうと、私はここに残りますからね。追い出されても、蹴飛ばされてもここに居残ります」
前を歩いていた土方が歩を止める。
「・・・・・・あぁ、一度言い出したらきかねぇからな。お前は」
「えぇ」


「酒、残ってるか」
ふらりと土方が振り返った。
黒い軍服に身を包み、豊かな黒い短髪が風にそよいでいる。
セイは柄杓に酒を酌んで、手渡した。
「何故、先程皆さんと飲まれなかったんです?」
「俺は酒は一人でしみじみ飲む方が性に合っている」
土方の喉がこくりと動く。
「なんか、兄上みたい」
「斉藤か」
「えぇ。原田先生や永倉先生は大勢で飲む方が楽しいと言われていましたけれど」


土方は柄杓を口から離した。
原田と永倉とはまだ近藤がいた頃に歩む道を別にした。
斉藤とは会津で別れた。
近藤や沖田はもうこの世にはいない。
土方は無言で柄杓をセイに手渡す。
何も言わずにセイは酒を酌んで渡した。


「いつだったか、原田先生達おっしゃっていました。京に来てから副長とお酒を飲み交わした事がないって。江戸にいた頃は、 道場で車座になってよく飲んだものなのにと。副長は酔うと白い肌が赤らんで何とも妖艶な雰囲気を醸し出して好きなのにって」



ぷはっ



思わず噴出した土方にセイはにやにやした笑みを向ける。
「あ〜あ、今が昼だったらいいのに。こんな暗闇じゃ、せっかくの妖艶な色男が拝めません。至極、残念、無念」
「やかましい。この減らず口が。てめぇも酒を飲みやがれ」
「っちょ、ちょっと嫌ですってば。私、弱いんですから。副長だってご存知でしょ」
「忘れた」
「んなっ。嫌ですってば・・・・・・!!」
暴れるセイに土方は無理矢理柄杓を押し付けた。
細いあごから飲み込めきれぬ酒が喉をつたってこぼれる。



「・・・・げほっ、げほっ」
むせながらセイは土方を睨み付ける。
「何するんですか!」
「いいじゃねぇか。一人で飲む酒もいいが、二人で飲むのもまた味があって」
「だからって、無理矢理飲ませることないでしょ!・・・・・・けほっ」



「・・・・・・しいな」
「えっ」



「こういう馬鹿騒ぎ、懐かしいな」
「それは京の頃ですか」


しかし、土方はそれよりも前を見ていた。
京より前、江戸の頃を。
上座には近藤がどっしりと据わっていて、横には総司が御菓子を頬張りながら近藤に擦り寄っている。
原田と永倉が藤堂をからかい、それを井上や山南が笑いながら見ている。
「静かにおし」とおかみさんに怒られても、笑いがとまらなかったあの日。


セイは遠くを見つめたままの土方をじっと見ていた。
こんな表情を土方は最近よくする。
土方は気がついていないが、とても朗らかな表情をするのだ。
それは京の頃、小姓でいつも傍にいたセイでさえ見たことが無かった土方の素顔だった。



セイはそっと顔を土方の背中に押し付けた。







以前、日記でちょろっと書いたものを書き加えて見ました。

蝦夷地での二人を久々に書きました。
このお酒を配るシーンは割と本に出てきますが、とても大好きなワンシーンだったりします。
京の頃の鬼副長とは異なった彼を表しているようで。
勿論、それは彼自身歳を重ねたということや多くのことを経験してきたことも多分に関係していると思いますが、それと同時に素の自分を出せるように なったのではないかなぁと。

北まで共についてきた者たちは、脱走すると切腹させられるという恐怖心から歳についてきているわけではありません。
武士(おとこ)として己の信ずるが道を歩むという強い想いと土方副長にどこまでもついてゆくという気持ちがあったのではないかなぁと思っています。
勿論、歳はもう新選組副長ではありませんが、本人もそして周りも彼を「副長」と認識していたと思うのですが、どうでしょう。

近藤さんが亡くなったということで、歳を「局長」と呼ぶ人はいなかったと思います。
やっぱり、局長は近藤さんであり、副長は歳でなければならない。
そう思います。