───ごろり。
今夜、何度目かの寝返りを打つ。
熱帯夜の日々は去り、寝過ごしやすくなったというのに、総司はなかなか寝付けなかった。
視線の先は隣の布団。
そこには主はおらず、ひんやりと冷たくなっている。
いつからだろう、隣で無邪気な顔をして眠るセイの姿が見られなくなったのは。
床に就く前は確かに隣にいた。
「おやすみなさい」と布団の中に己をすべりこませながら笑顔で交わされた言葉。
しかし半刻もすると、セイはキョロキョロと辺りを見回して、そろっと出てゆく。
そして一刻ほどして静かに障子を開けて帰ってくるのだ。
そんなことがここ最近繰り返されている。
お風呂に入っているのではなさそうだし、第一それなら自分に見張りを頼むはずである。
具合が悪く寝付けないというのでもなさそうだ。
どこへゆき何をしているのか・・・・・・
昼間、何回か尋ねようとしたが、何故かなかなか上手く口に出すことが出来なかった。
言い及ぶ自分にセイは小首をかしげる。
「変な沖田先生。何かあったのですか?」
───らしくないですよ───そう微笑む彼女に総司は心の中で問い返す。
(らしくないのは、変なのは神谷さんの方じゃないですか・・・)
しかし、屈託のない笑みを浮かべるセイにその言葉は投げかけられなかった。
・ ・・そして、今日も隣の布団は空。
先程セイが部屋を出るのを背中で感じ取っていた総司は、むくりと起き上がるとセイの出て行った方向へ歩んでいった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
シンと静まり返る西本願寺に明かりが灯っている部屋が一つ。
人影が二つ庭に映し出されている。
総司は音を立てぬようその部屋───副長室へ歩を進めた。
気を殺して近づくと予想通り、セイと土方の声が聞こえてくる。
何を話しているのかまでは分からないが、セイの声は甲高い為か、時折聞き取れた。
「・・・・そんなのはだめだって言っているでしょ」
「・・・・・・・だぜ」
「だから、・・・・・・・それはいけませんって」
「・・・・・だろ」
「・・・・・・だめったら、だめですよ」
夜中に何を話し合っているのか全く分からない。
ただ気になるのは、どうしてセイが今時分副長室へいるのかということ。
重要な隊務なら自分の方へ話が来るはずだし、そもそもセイと土方との接触点が見つからない。
(何を話しているのだろう)
会話の内容を知りたくて一歩足を踏み出した総司は、そのことに夢中となり、部屋の中の話し声がピタリと止んだことに気づかなかった。
ハッと気づいたときにはもう遅い。
ややしてから、土方の低い声が闇に響き渡った。
「誰だ」
どうやら、二人の話に夢中になり気を消し忘れてしまったらしい。
いつもの自分なら決してしないようなヘマを不思議に思いながらも、総司は観念して
副長室の障子を開けた。
「私です」
頭をかきながら入ってきた総司をセイは目をまんまるにして見上げる。
一方、土方は「だと思ったぜ」と腕を組みながら、視線をちらりと向けた。
「何、盗人みてぇに気まで消して立ち聞きしてやがる」
「すみません、ここ最近、夜中に神谷さんの姿が見えないなと思いまして。
何かあるのではと気になったのです」
「ほう。お前の保護者ぶりもてぇしたもんだ」
「話をそらさないでください。何かあったのですか?」
グィっと詰め寄る総司をフンッと土方は顔をそらす。
セイが女子であることを知っている総司としては、そのことが土方にばれたのではないか、又は、セイに何かあらぬ疑いでもかけられているのではないかと気が気でない。
「副長、沖田先生には本当の事をお話したほうが・・・・・・」
いつになく真剣な眼差しのセイの言葉に総司は冷や汗が背中を流れる。
「神谷さん、何があったのですか?」
自分の肩をつかむ総司に驚きながらもセイは土方の方へ視線を送り続ける。
しばらく土方はそっぽを向いていたが、はぁと大きく息をついた。
それが土方の許可の合図と感じたセイはおずおずと事のあらましを話し出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「・・・・・・はい?」
それが、セイから説明を受けた総司があげた第一声だった。
「だから、何度も言わせないでくださいってば。彼の人の事を口にするのもおぞましいんですから」
「・・・え〜っと、つまり、土方さんと神谷さんはあの人を何とかしたくて連日夜中にこっそりと二人で策を練っていたと・・・」
「えぇ。でも、煮詰まってしまって。副長ってば短気だから、『こういう事態になった大本を消し去れば万事上手くゆく』って鯉口きる始末だし。」
はぁ〜と深いため息をついたセイを見ながら、総司もほっと息をつく。
自分が思っていたような展開にはなっていないことに安堵したのだ。
「なぁんだ、そういうことだったんですか。私はてっきり・・・・」
「てっきり何だ、総司」
にらみつける土方をいつもの笑顔でうまく交わし、大きなあくびを一つもらす。
「ふわぁ〜・・・。私はまだ寝たりないので,寝直してきます。お二人ともほどほどにして夜更かしなんかしちゃだめですよ」
そう言って、退室せんとする総司の裾をセイがキュッとつかんだ。
「お見捨てになるのですか?」
「えっ?」
「某人に執拗に追い掛け回されている私たちをお見捨てになるのですか?」
すがるような顔で言うセイに総司は「そうは言われても・・・」と頭をかく。
「『三人寄れば文殊の知恵』と申すではないですか。お力を貸してください」
「そうだ、総司。お前もこの状況を何とかしたいと思わんのか」
「でも傍から見ていると面白いんですけれどね。しかし、頭の切れる土方さんが考えつかないんだもの。私には到底伊東さんを何とかできるような策なんて思い浮かびませんよ」
「「奴の名前を口にするな!」」
土方とセイは二人仲良く声をはもらせ、鳥肌がたった体をさすっている。
「私、お上の為に命を落とすのならば本望ですけれども、このような精神的苦痛により朽ちてゆくのは我慢なりません・・・」
「俺も奴のためにどれほど健康を害されていることか・・・。あの野郎。毎朝起こしにきやがって。風呂に入ろうとするときも気配を消して後ろにいやがるし・・・」
「そうそう。すぐに抱きついてくるし、頬ずりしてくるし、この間の夕餉のとき、私のお膳だけ一品多いから不思議だなと思っていると、あの人が作ったほれ薬入りの煮物だったし。内海先生がそのことを教えてくれなかったら,私、今頃・・・・・・」
「お前なんかまだいいぜ。俺なんか、先日・・・・・・」
伊東から受けまくった被害をここぞとばかりに吐き出してゆく土方とセイ。
話し出される被害経験はとどまる事を知らない。
「あぁ、もう。分かった。分かりましたよ。お二人の為に一緒に策を考えますよ」
総司はハァ〜とため息をもらした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
策 其ノ一 正当作戦
「あの人も悪い人ではないのですから、一度じっくり話し合ってみては如何ですか。」
という総司により立てられたこの策。
「話し合いで解決するようなものならとっくに解決してる!!」という土方を、事を荒立てないほうが良いでしょうと総司は押さえ込んだ。
「いいですか、ただ逃げるのではなく話し合ってみてください」
しぶしぶながら総司の意見に頷いたセイはおそるおそる伊東の部屋へ近づく。
後ろからは総司と土方がそっと様子を伺っている。
いつもの威厳はどこへやら、総司の背中に隠れるようにしている土方の姿を見て、平隊士達は「あの人も色々と大変だなぁ。ここは見て見ぬふりをするのが武士の情けというもの」と各々言い聞かせ、さりげなくその場を去ってゆく。
セイが後もう少しで伊東の部屋へ着く時、いきなりその部屋の障子がバンと開け放たれた。
「せっ清三郎〜!!」
目をハートマークにして飛び出してきた伊東にセイは驚きのあまり立ちすくんでしまう。
「あぁ、やっぱり清三郎だ。何だか清三郎の香りがしたからそうではないかと思っていたんだ。予想が当たって嬉しいよ。僕の勘に間違いなければ、土方君も近くにいるはずなんだ。彼の香りもするからねぇ」
その言葉に総司が止めるまもなく、土方はどぴゅ〜と己の副長室へと走り去ってしまう。
一方、セイは思考回路ショート寸前の頭を必死に維持させ、伊東になんとか会話をしようと試みる。
「イトウセンセイ・・・」
「ん?何だい?」
扇子を口元に当て,流し目をしてくるその姿をなるべく視界に入れぬようにしながらセイは必死に言葉をつむぐ。
「アノデスネ、先生ガ私ニ好意ヲ持ッテクダサッテイルコトハ、トテモ嬉シイノデスガ、ソノ、イササカ、表現ノ仕方ガ度ヲ越エテイルノデハナカロウカト・・・・・・」
「君っていう子はつれない事を言う子だね。全く、内海と同じ事をいって。」
「イヤ、ダカラデスネ、私トシマシテハ、モウ少シ穏ヤカナ日常生活ヲ送リタイナァ・・・ト思ッテイルノデスガ・・・」
「照れることないじゃないか。僕は君が大好きなんだ。僕は素直だからね。それを少しも偽らずに表現をしているだけなんだ」
そして、頬ずりをしはじめた伊東により、セイはかろうじて保っていた意識を手放してしまった。
抜け殻のようになってしまったセイには気づかず、なおも頬ずりを繰り返す伊東に突如突風が吹く。その後にはセイの姿はそこになかった。風のような速さでセイを連れ出していったのが総司であることは言わずもがなである。
・・・策 其ノ一 正当作戦 失敗・・・
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
策 其ノ二 引き込み作戦
「あの人は誰の言うことだったら、耳を傾けてくれるのでしょうか」
先程伊東に抱きしめられたことにより意識が消失したセイは、目がさめても肌に残っている鳥肌をさすりながら総司と土方に尋ねた。
「近藤さんも何かと奴に言ってくれているみたいなんだが・・・」
「近藤先生、人が良いですからね。土方さんが困っているとは知りつつもなかなか強固に伊東先生に言えないのでしょう」
「局長がだめということは、会津藩の方々に訴えるしかもう手立ては・・・」
「馬鹿野郎、神谷、てめぇ、こんなこと外に漏らせるかっちゅうんだ」
「・・・ねぇ、土方さん。助けになるような人、一人いますよ」
総司の言葉に土方・神谷はえっ!と顔を勢いよくそちらに向ける。
その様子を忍び笑いしつつも総司は人差し指を立てて、其の人物の名を口にした。
「内海先生ですよ。内海次郎さん。彼はいつも伊東先生の傍らにいますし、常識的な人ですし、頼りになるかもしれません」
「「成程」」
「沖田先生、素晴らしき思い付きです」
「でかした、総司。おまえの脳みそはとっくに甘味にやられて死んでいたと思っていたが、そうでもなかったみたいだ。」
「沖田先生ってまともな考えが思いつく事ができるのですね。さっすが!」
「・・・・・・お二人とも誉めてます?それともけなしています?・・・」
ジロ〜っと睨み付ける総司をよそ目に土方は水を得た魚のように次々と指示を出す。
「よし、善は急げだ。総司、至急内海をここに呼んで来い。神谷、お前はとびっきり美味しいお茶を入れてここに持って来い。茶菓子も忘れずにな」
その手があったかと目を輝かせている土方に今は逆らわぬほうが得策と総司は軽いため息をついて、内海を呼びに出た。
しばらくして・・・
副長室に内海が座っていた。
彼を囲むようにして土方・総司・セイの三人が座する。
目の前には良き香りがするお茶と目に鮮やかな京菓子。
お茶を飲み終えると、すかさずセイがとびっきりの笑顔で継ぎ足してくれる。
傍から見れば好待遇だが、内海は背中にびっしょりと冷や汗をかいていた。
いつもはにこりともせぬ土方が菓子を食べろと笑みを浮かべている。
総司はいつもどおりニコニコしているが、感情をあまり表に出したところを見たことがないせいか、その笑顔が今はとても怖く感じる。
お茶を注ぐセイも伊東の傍にいれば、決して見ることのできない笑顔を絶やさずにいる。
(何だ、何だ、これは。何かの処罰なのか?罰なのか?罠なのか?)
身体を硬くさせる内海に土方はゆっくりと口を開いた。「折り入って頼みがある」と。
(土方副長は合理的で無駄なことを口にしない。会議のときでも単刀直入に物を言う。しかし、「話」があるではなく、「頼み」があるとはどういうことなのだろう。隊士の粛清だろうか。しかし、それなら幹部ではない神谷君がいるはずはない・・・)
心中色々と交錯させる内海の目を端正な顔立ちの男にどこか期待がこもった熱い眼差しで見つめられ、内海は気が変になりそうだった。
さっぱりわけがわからず混乱し始めた内海だが、次の一言ではっと現実に戻らされる。
「参謀の執拗な行為を、共に江戸から上ってきた旧知の仲の者として何とかしてほしい」
気づけば、土方そしてセイが何かを訴えるような視線を送っている。
「詳細は不要のはずだ。貴方も既知の通り、参謀の変体ともいえる行為に我々は不都合と不快感と嫌悪感を抱いている。最初のうちは黙っていたが、近頃は頓にひどいし収まるところをしらない。このままでは、新撰組隊士として神谷も任務が果たせないし私も副長職が満足にできない。新撰組の存亡にかかわることだ。賢明な貴方なら何も言わなくてもわかることと思う」
「・・・・・・そのことでしたか。」
いつかは言われるだろうと覚悟していた伊東の世話係り内海は、深く深くため息をついた。ここだけの話、誰かを処する話のほうが幾分か気が楽である。
内海は、京に上る前のことを思い出していた。
近藤と伊東が膝を合わせて、国事を話している。
その横で自分は座していた。
近藤の国を憂う熱い心とその眼差し。そして何よりも近藤という人そのものに伊東は共感を抱いている様子だった。普段あまり熱くはならない伊東が近藤の話に耳をじっと傾けている様子からもそのことが感じられる。
しかし、伊東は京に上ることにはとまどっていた。
当然といえばそうだろう。家庭もあるし、道場のこともある。
近藤も似たような境遇で上京しているとはいえ、伊東は今一つ乗り気ではなかったようだ。
そんな伊東が近藤が土方の話をしだした途端、目が光りだしたのだ。
その異様な輝きに嫌な予感をひしひしと抱かずにはいられなかった。
国事の話はどこへやらその日は土方の話でもちきりだった。
「土方は頭が切れ、とても頼りがいのある男です。私の義兄弟の仲ともいえる彼のことをそんなに買ってくださるとは、私としても嬉しい限りです」
そう喜びを表す近藤だが、実のところ伊東は土方の力量もさることながら、近藤から聞かされた容姿にひかれていたのは、いつもそばにいる内海には一目瞭然だった。
その日から何か嫌な予感はしていたのだが、入隊してからその予感は現実のものへとなった。最初は彼の逸脱した行動が故意になのかとも思っていたが、最近その姿が素に思えてきた。彼のせいで目前のかたや切れ長の目で端整な顔立ちの男、かたや愛くるしい眼差しで愛嬌のある顔立ちの男の両名に何度頭を下げたことだろう。
「内海先生、頼るべくはもう先生しかいません。今朝、伊東先生に迷惑の旨を言ったのですが何を言おうともあの方はご自分の都合のよいように解釈されてしまいます。どうか、内海先生。武士の情けをかけてくださりますよう」
平伏するセイの姿に内海は申し訳なさそうな視線を投げた。
「お二人の気持ちは痛い程わかりますが、私もあの方の奇天烈ぶりはお手上げでして・・・。
これでも良くなったほうなんです、実は。江戸にいた頃はもっとすごかったのです」
「しかし、しつこすぎるというのは武士らしくありませんね、ねぇ土方さん」
にっこりと笑う総司の指している意図が読めた内海はため息混じりにつぶやく。
「えぇ。局中法度の士道不覚悟と言えばそうでしょうね、私も傍にいながらいつもひやひやしています。時折、いっそ処罰されたほうが世のため人のため日本のためとなるのではと悪しき思いがよぎります。しかし、あの方をどうにか出来るのはお母上様とお内儀様のお二人しかございません」
「だが、何とかしてくれないとこちらとしても困るのだが・・・。一月猶予を与える。その間に奴を何とか公正してみせろ。こんなこと、内外の恥だ。これは副長命令だ、いいな」
「そっそんな、土方副長、殺生な。一月で何とか出来るものなら、もう何とかなっています。お二人のご苦労も分かりますけれども、私も苦労しているんです。あの方の奇態のせいで隊士からの視線は時折冷たいし、京に上ってから胃が不調だし、お内儀からあの人の面倒を頼まれましたけれども、まさに「面倒」のほかないですよ・・・」
そういって、江戸の頃からの伊東の奇態ぶりやお世話役の自分の役務の辛さなどを堰を切ったように夜中まで話し出した内海に三人はかける言葉さえ失ったのだった。
・・・策 其ノ二 引き込み作戦 失敗・・・
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
策 其ノ三 いちゃいちゃ作戦
内海の苦労話を聞いた翌日。
「奴なんか入る隙間がないくらい、俺たちが誰かとデキテいればあきらめがつくんじゃねぇか」
そう、口にしたのは恋の酸いも甘いも経験豊富な土方。
しつこい女に言い寄られた時、他の女と仲良くしているところを見せると自然とあきらめるからなと少し自慢気に言い放つ土方に「さすが、土方さんですね」と賞賛する総司の傍らでセイは口を大きく開けて呆けていた。
「おい、神谷、何ぽか〜んとしてやがる」
「・・・・・・いいえ、別に土方副長らしいご発案だと思いまして」
その言葉に土方がセイをどやそうとするのを総司がなだめて、話を先に進ませる。
「で、具体的にどなたと良い人の関係になるのですか。妓の人じゃ伊東さんには通じないでしょうし」
「だな。仕方がねぇ。近藤さんに協力を得るか。神谷はどうせ相手は総司が良いんだろう?」
からかうような言葉にセイは何かを言い返そうとするが、図星の為上手く言葉にできない。
総司に恋心を抱いてからどのくらいたったのだろう。
いつも一方通行で、時々期待させられては野暮なゆえに裏切られて。
でも、例え作戦中だけであっても、いつもは心に秘めた言葉を口にすることができるかもしれない。いつも以上に一緒に行動できるかもしれない。もっとお互いの事を知る事ができるかもしれない。
数秒間、淡い乙女心と期待を抱いていたセイを裏切ったのは、やっぱりこの人だった。
「え〜。それはやめたほうが良いんじゃないですかね〜。例え策のうちとはいえ、局長と副長がそういう関係だというのは外聞的にもいかがでしょう。うちには原田さん,永倉さん、藤堂さんという噂のねたを拾い集めて皆さんにばらまく事がお得意な方々がいるのをお忘れですか?伊東さんを何とか出来たとしても、新撰組の統率が乱れたら困るのは土方さん、貴方でしょ?」
「総司、てめぇ、たまにはましな意見を言うと思ったが、お前は単に近藤さんと俺が仲良くするのが気に入らねぇだけだろうが」
睨み付ける土方に総司はばれちゃいましたかと舌をペロリと出す。
「近藤先生は私の一番ですから」とへらへらと笑っている総司の傍らにはがっくりと肩を落としているセイの姿。反論しようにも総司の言っている事は一応正論である。
確かに大幹部二人が念友の新撰組など、たまったもんじゃない。
というか、そんなの嫌だ。
「でも、土方さんの目の付け所は良いと思います。だから、土方さんは近藤さんとではなく、神谷さんとそういう関係であると伊東さんに言えば如何でしょう。二人が伊東さんが入れる隙間もないぐらいアツアツでしたら、伊東さんもあきらめるかもしれません」
「「却下」」
見事に土方とセイの言葉がはもった。
「「何でこんな奴と」」
またまたはもる。
「俺だって選ぶ権利はある」
「私だって選ぶ権利はありますよ」
再度見事に調和する二人に総司は腹をかかえて笑い出す。
「そんなに息の合っているお二人なら大丈夫ですよ。」
その後何やかんや言う二人を上手くなだめ、ついに実行するときがやってきた。
近藤に協力を得て、局長室に話があるといって伊東を呼び出す。
その後土方が訪れ話し出そうとするが、すぐにセイがお茶を持って現れ、そのまま土方のそばを離れない。
重要な話があると聞いてきた伊東は,平隊士のセイのいる前では流石に話題を持ち出さずセイが去るのを待つしかないだろう。その間、たっぷり土方とセイのいちゃいちゃ姿を見せてあきらめさせようという計画だ。
「いいか、お前が相手とはものすごく、この上なく、際限なく、不服だが仕方がねぇ。
へまやらかすなよ」
局長室の前でぶつぶつつぶやく土方にこめかみをピクピクさせながら「それはこっちの台詞です」とセイはお茶を乗せたお盆を持ったままやり返す。 「この野郎。あとで覚えておけよ」
そう捨て台詞を残して、一呼吸した土方は局長室に入っていった。
そこには、事情を知り苦笑をしている近藤と流し目を送りつづける伊東の姿。
土方は出来るだけ伊東を視界に入れぬようにしつつ話を切り出そうとする。
「実は、折り入って話がある」
「なんだい、土方君。」
間髪いれずに相槌をうつ伊東の言葉にかぶさるようにして甲高い声が廊下から聞こえてきた。
「失礼いたします。土方副長からお茶を持ってくるように言われましたので」
そういって、障子を開けて入室したのはセイ。
「ご苦労さん」
と色々な意味がこもった言葉を近藤はセイに投げかけ、暖かい茶を受け取る。
「清三郎♪これで今日清三郎の姿を見たのは十三回目だ。今日はついているなぁ」
という伊東にセイは精一杯の愛想笑いをし土方の方へ向き直る。
ゆっくりと目を閉じ、大きく深呼吸した後。
セイは土方の目を覗き見るように近づいていった。
「はい、土方副長。副長の好きなお茶ですよ」
愛くるしい笑顔を全開にしてセイは土方に丁寧にお茶を渡す。
「熱いですからお気をつけくださいね」
「お前の煎れてくれた茶は一番だからな。早く口にしたい」
土方もこれまた精一杯の笑顔でセイに返す。
そんな二人の様子を近藤はただハラハラと見ていた。
固まった笑顔を貼り付けただけの二人はお世辞に良い関係とはいえず、アハハウフフといった乾いた笑いだけがこの場を支配する。
(トシ・神谷君・・・・・・これでは伊東さんには効果が期待できないよ・・・・・)
しかし、幸運なのかどうなのか近藤の心配は無用だった。
「アッ!」
セイからお茶を受け取ろうとした土方が手をすべらせ、お茶をこぼしてしまった。
予想外の事でただただセイは慌てるばかり。
渡されたときのセイの笑顔が土方の男心をくすぐった結果だとはつゆ知らず。
懐から手ぬぐいを出すと少し濡れた土方の膝付近を急いで拭いた。
「申し訳ございません。火傷していませんか。すぐに冷やしたほうが・・・」
すっかり素に戻っているセイを土方はそっと抱き寄せた。
「たいしたことはないさ。お前こそ手に火傷をおわなかったか」
目をぱちくりするセイには気づかぬ振りをして,土方はセイの手を取り上げる。
「ほら、赤くなっているじゃねぇか」
今度は土方が己の手ぬぐいを懐から取り出し、セイの手に巻いていった。
白く細い手に土方の藍色の手ぬぐいは良く映える。
「だいたい、お前はいつもそそっかしいんだ。この間も俺の羽織を繕ってくれたとき指を針で刺しただろう。」
「えっ、そんなことがあったのかい。それじゃぁ今度は僕のも清三郎につくろってもらおうかな」
何とか話題に入ろうとする伊東を無視し土方はさらに言葉を続ける。
「だが、そんなお前だからほっとけねぇんだよな。全く」
「・・・土方副長・・・・・・。そのように思って下されていたなんて嬉しいです。私も貴方から目が離せません。いつも遅くまで起きているのに朝は早い。無理なされているのではなかろうかといつも心配しております。貴方は自分に厳しいお方だから。弱音をはかないお方だから。それは貴方の魅力の一つでもあるけれども、私にだけはそっと心の中を見せて頂きとう存じます。」
土方のとても優しい態度になされるがままだったセイはそっと自分から身を寄せて演じることに集中する。
いつもの土方からは想像も出来ない優しい眼差しと物腰。なまじっか整った顔立ちなだけに胸の鼓動が否応にも高鳴る。どおりで妓にもてるはずである。
セイはそんな土方に心を捕らわれぬようにするので必死だった。
「心の中ならいつも見せているじゃねぇか。毎夜褥で。」
セイの頬を優しくなでる土方に
「・・・そのような事、面前でおっしゃらないで下さい。二人の大事な大事な秘め事なのに」
と赤らめた顔をそっと反らす。
その様子は女慣れしていた土方も眩む程の艶だった。
「それは悪かった。詫びは今夜たっぷり返そう」
「もう・・・副長。全然詫びておりません。今宵はどうぞお一人でお休みになって下さい」
「どうやら本当に怒らせてしまったようだ。どうしたら俺を許す?」
顔を反らせたセイの顔をこちらに向けさせ、おでこをちょんと突っつく土方。
「・・・この私との秘め事を永遠のものにして下されば・・・」
「簡単な事だ」
土方はセイとの距離をぐっと狭め抱き寄せる。 衆道は大嫌いだが、セイが相手だと不快に思わない。
むしろ・・・。
その先にある答えに行き着いてはいけないような気がして、土方は畳へと視線を移した。
こんな二人の様子を近藤は「二人とも名演技だ」と些か顔を赤らめながら、伊東はぶるぶると肩を震わせながら見ていた。
「ひっ、土方君。これはどういうことなんだい・・・・・・」
すっかりと顔の色を無くしている伊東に土方は内心ほくそえみながら、「見ての通りだ」とそっけなく返す。
「だって、君は普段衆道は大嫌いだって公言してるし」
「嫌いだぜ。ただこいつは特別だ。それにこいつが焼餅を妬くんだよ。俺が誰か他の男に取られやしまいかってな。だから,そう言っているんだ」
「清三郎も、普段あんなに土方君とは言い合っているではないか」
「それは、副長の名誉をお守りするためです。副長が私みたいな男と念友だと知られたら、不利益が生じるでしょうから。この人の重荷になるようなことはしたくありません。それに、それは愛情表現の裏返しです。本心は、ほら、この通りです」
そういって、セイは土方と手を合わす。
「じっ、実はね伊東さん。重要な話とはこのことだったんだ」
近藤がすこしどもりながら繰り出す言葉に伊東の目が大きく開かれ
「トシと神谷君がそのような仲だったと知った時は、流石の私も驚いたがね。まぁ、二人の恋路を邪魔する権利は私にはないから見守ってきたんだ。だが、伊東さんがこの二人を必要以上に追い掛け回すものだから、二人の間がこう何というか、ぎくしゃくしてしまってね。トシが体面を気にするものだから、貴方にこのことをなかなか言えなかったのだが、貴方なら真の武士だし、他者にこの二人の関係を話すこともなかろうということで打ち明けることにしたんだ。どうか二人の仲を裂くようなことは遠慮していただけないだろうか」
近藤は汗をぬぐいながら伊東にそう説明する。
芝居が下手な近藤なりの精一杯の演技である。
伊東はただ呆然と目前の畳をみていた。
(副長、この作戦ならうまくいきそうですよ。ご覧ください。伊東先生のあの様子を。あともう一押しです)
(おう。もうすこし見せ付けてやってどん底に落としてやっか)
二人は目で会話をした後、いちゃいちゃぶりを披露しだす。
「ねぇ、副長」
しだれかかるセイに
「副長はよせ。いつものように名で呼んでみろ」
とぷっくりとした可愛い唇をつまみながら土方は返した。
「しかし・・・、伊東先生がいらっしゃいます」
「かまわねぇじゃねぇか。先程の近藤さんの話で知れたことだ」
「貴方がそうおっしゃるのでしたら・・・。歳三様・・・。嗚呼、やはり貴方様をお呼びするのはお名前が一番です」
「そうだろ?」
「あれ、歳三様?いささか顔が赤いですよ。お熱でもあるのでは?」
そういって、小さな手を土方の額に乗せようとする。
「心配無用だ。草津の湯でも治せぬ病だ。お前を見ていたらこうなった」
「まぁ」
「治せるのはこの世でただ一人。神谷、おまえだけだぜ」
「神谷だなんて・・・。私も名前で呼ばれとうございます」
「今夜二人きりになったときに、何度でも読んでやる・・・」
・ ・・土方とセイの間には桜色というか桃色というかそのような淡い恋のオーラーが途切れることなく放出されており、こんな状態が半刻ほど続いた。
二人の様子が気になり、巡察後すぐに局長室に駆けつけてた総司は、部屋の前でおろおろとしている近藤の姿が目に入った。
「近藤先生、策はうまくいきましたか?」
そう尋ねながら障子に手をかける総司を近藤はとどめる。
「いや。なんと言うか。あまりの良い感じに伊東さんは泣きながら走り去っていったんだが・・・あの・・・その・・・トシと神谷君の様子を見ていると本当に演技なのか分からないほどの熱演で。伊東さんが退出したのにも気づかないでいちゃいちゃしていて、どうも居づらくなってしまって。今の二人の邪魔をしてはいけないような気がして。自分の部屋なのに入りづらいなんて、なんでだろうな,総司」
その言葉にそっと障子を開ける総司の視界に映ったものは、手を取り合って仲睦まじげな二人だった。
結局、伊東はしばらくの間はショックが大きかったのか放心状態で極めて普通に日を送っていたが、次第にもとの状態に戻ってきた。
いや、パワーワップされている気がする。
「何でだ!!普通、あそこまでされたら身を引くだろうが!俺の経験からいくと大概女は身を引くぞ!」
「しかし、副長。身を引くのはしつこい女だとは思われたくないからですよ。心の中ではつれなくされる程、燃える人もいるものです。女心を扱うのは難しいですよ」
「何だ、神谷。妙に悟っているじゃねぇか」
からかいを含んだその言葉をセイは受け流した。
そう、相手からつれなくされるほど、野暮なほど、自分の事を想って欲しい。気持ちに気づいて欲しいと心が募る。そんなこと嫌というほど実感しているセイにとっては、今後の伊東の展開が予想できて、今回の策にそもそも乗り気ではなかった。
伊東は、やれ怪我しただの、やれ衣が綻んだだの、やれ美味しそうな茶が手に入っただの二人の気を引こうとして前よりもさらにまとわりつくようになった。
同情とも受け取れる内海の眼差しを受けつつ、土方は「何故だ〜!!」と頭を抱えていた。
・・・策 其ノ三 いちゃいちゃ作戦 失敗・・・
その後、いくつかの策が展開されたが、どれも失敗に終わった。
伊藤参謀恐るべし・・・。
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