秋の風が木の葉を色づかせ、涼しさを感じられるようになったある日。
京都壬生寺では子供達の愛らしい声が響き渡っていた。
「ひとぉつ、ふたぁつ、みぃっつ、・・・・・・・・・ここのつ、とぉ」
小さな男の子が舌足らずな声で数を数え終わると、木に伏せていた顔を上げ、あたりをきょろきょろと見渡す。
「あぁ、みっちゃんみぃつけた。」
一人、また一人見つけるたびに満足そうな顔をし、逆に見つけられた子は「自信あったんやけどなぁ」とがっかりした顔を各々見せる。
そんな様子を遠くに見ながら、セイは境内のすみっこで丸くなり笑みをこぼしていた。
・ ・・かくれんぼなんてする歳ではもうないんだけれどな。
そう思いながらも不思議なもので、すっかり童心に戻り楽しんでいる。
いつもなら、総司と二人で子供たちと遊ぶのだが、今日は総司が出張中のため、セイ一人で子供たちを相手していた。
鬼ごっこや宝物探しなど、遊びの幅はとどまるところをしらず、どんなにはしゃいでも走り回っても、幼い子等は疲れを知らない様子で、セイのほうが幾分かばててしまっていた。
そこで、セイが提案したのがこのかくれんぼ。
かくれてさえいれば、無駄な体力は使わないし、ちょっとした休憩にもなる。
上がった息を静ませ、セイは一人身を隠していた。
「あとは、神谷はんだけや。」
鬼の子だけではなく、鬼につかまった子も一緒になってセイを探すがなかなかうまく見つからない。幼い子は小さいので自然と視野も狭くなる。あっちへ行ってみたり見当違いのところへ行ってみたり。ちょこまか動き回っている様子がとても可愛らしい。
・ ・・そういえば、こういう時、沖田先生はわざと音を出したり、手を出してみたりして見つけやすくしてあげていたなぁ。私もそろそろそうしようかな。
子供たちが最後の一人を見つけ出したときのあの嬉しそうな顔が大好きだ。申し合わ
せたように皆が皆、どこか得意げな顔をする。
まずはそっと音を出してみようかな。
そう思った瞬間、背後に気配が感じられた。
子供たちと遊んでいる途中とはいえ、いつ襲われてもおかしくないのが新撰組隊士である。
刀にそっと手を添え、勢い振り向いたセイだが・・・・
コツン
額に何かがあたりその反動で転びそうになる。
「なっ!?」
驚き視線を上げた先には、刀を腰に差しなおしている鬼の姿。
今自分を探し回っている小さくて可愛くてあどけない鬼とは異なり、大きくて、憎らしくてにやり顔をしている会いたくもないもう一人の鬼である。
「ったく、もう、この、鬼副長!!痛いじゃないですか!何も刀の柄で小突かなくてもいいでしょ?」
「ふん、柄で良かったじゃねぇか。何なら抜き身が良かったか。」
ぐっと詰まるセイにカラカラと土方は笑い出す。
「もう、あっちへ行ってください。今かくれんぼの途中なんですから」
「ほう、変な姿勢でいると思ったら童同士でかくれんぼをしていたのか」
「私は童じゃありませんってば。今の私を見たらかくれんぼをしていることぐらい一目瞭然でしょ」
セイはシッシッと手で追いやる仕草をする。
「そうか?俺は向こうからでもお前の姿が見えたがな」
「えっ?」
「刀の先が見ていたんだよ。まさに『頭隠して尻隠さず』だな」
にやりと笑う土方にセイは「もう、煩いです。見つかっちゃうでしょ」と人差し指をしぃっと口にあてる。しかし、土方はニヤニヤと笑うばかり。
「もう,手遅れだと思うぜ」
顎をしゃくる土方の視線の先を追うと、子供たちが揃ってこちらを見ていた。
「神谷は〜ん、見ぃつけた!」
全員が声を揃えて、セイの周りを囲む。
ふと、鬼だった子と土方が笑顔をかわしているのが視界に入った。
「あっ!副長!図りましたね!この子に私の居場所を教えたんでしょう?」
「なんのことだ?俺はただ、壬生寺に来たら遠くの木から、刀の柄がひょっこり見えていたから、こいつにあれは何だろうかと問いかけただけさ。まぁ、変な浪人だったら危ねぇから俺が見にきただけなんだが。なぁ、坊?」
「それを教えたというんです!」
声を張り上げる神谷を土方は笑顔でかわす。
その笑顔がいつものような嫌味タラタラなものではなく、あまりにもさっぱりしていたものだったので、セイは何だか毒気を抜かれた思いをした。
「さぁ、みんな、向こうで遊ぼうね。こんな鬼と一緒にいたら、鬼の子になっちゃうからね。明日の朝起きたら、頭に角が生えていたなぁんていうのは嫌でしょ。さぁさぁ、鬼の菌がうつらないうちにあっちへ行こうね」
先程までの仕返しというふうに子供たちの肩を支えながら遠ざかろうとするセイの背中に
「おい、てめぇ。鬼の菌てぇいうのは何だ!俺はばい菌扱いか!?」
と抗議の声が届くが、無視をしズンズンと歩を進めるセイを心配そうに見上げる子供たち。
そんな子供達にセイは心配ないよと軽く笑う。
子供たちは知らない。
今、自分たちに極上の笑みを向けている人物が隊の一部では、鬼副長よりも怖いという説が持ち上がっているのを。
唯一,そこら辺の事情に詳しい勇坊と為坊だけがくすくすとしのび笑いをしていた。
「なぁ、神谷はん。あの人って、土方はんやろ」
最近、一緒に遊ぶようになった割と新入りの子が後ろを振り返えりつつ尋ねる。
「うん。昼間は、あぁして人の姿をしているけれども、夜になるとね、こうやって角とか牙が生えてきて、それはそれはとても恐ろしい鬼に変身するんだよ」
両の人差し指を頭の上から出し、セイはいたって真面目に答える。
「でも、うち、その土方はんに用があるんや」
「えっ、どんな?」
目を大きくするセイに子供は何やら懐をごそごそしだす。
「もし、私でよければ、その用を承るよ。あぁんな怖くて、嫌味たらたらで、女の人にだらしなくて、怒鳴ってばかりで、自分勝手な鬼なんかに間違っても近づいちゃだめだよ」
人差し指を立たせ鬼の怖さを説くセイは、背後に暗雲が立ち込めているのに気づかなかった。
「・・・ほぅ。俺は、お前にそういうふうに思われていたわけか。平隊士の身分でありながら、上司の俺をここまでいうとは大した奴じゃねぇか」
「いやぁ〜、誉めていただくことでも・・・・・って、副長!!」
後ろを振り向くと、腕を組み、睨み付けている鬼の姿。
鬼の頭上だけに雷雲が集まって雷を鳴らしているように見えるのは幻覚だろうか。
「イツカラ後ロニイラッシャタノデスカ?」
冷や汗をかきながら、腹話術の人形みたいに問い掛けるセイに
「さっきから、怖い顔してずっとついてきよった」
と先程後ろを振り返った新入りの子が当事者の代わりに答える。
「よぉ、坊。人は見かけによらないって言葉知っているか。実はな、俺なんかより、こいつの方がよっぽど怖いぜ。新撰組の中で一番恐れられているんだぜ、こいつは」
「ちょっと、副長!変なこと言わないで下さいよ!この子が信じちゃったらどうするんですか?」
「人は誰でも真実を知る権利がある」
「どこが、真実なんですか!!」
ギャーギャーと言い合う、二人を見ながら勇坊がボソッと「どっちもどっちやなぁ」とつぶやく。
二人の言い合いが終焉に近づいた頃、先程土方に用があるとった子が土方の裾を引っ張った。
「あん?どうした。」
「・・・これ。」
そうして、差し出されたのは竹とんぼ。
「・・・あぁ、お前か。総司の言っていたガキは。ほら、ちょいとそいつを貸せ」
そういって、境内に腰を下ろす。
わけがわからず、狐につつまれたような顔をしているセイにため息混じりに土方は説明し出した。
「今回の出張前に総司の奴がだだをこねたんだよ。あるガキの竹とんぼがなかなか上手く飛ばねぇから、直してやってくれって」
「・・・ぷっ。副長、それで、わざわざ、直しにここまで来られたのですか?」
らしくないとお腹を抱えるセイに
「仕方がねぇだろ!俺が承諾しねぇと総司が出張へ行かねぇっていうんだから!!」
そういう真っ赤になった赤鬼の顔はセイが好きな土方の一面でもあった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
・ ・・シュッ ・・・シュル・・・シュッ・・シュル・・・
子供達が注目しているなか、土方は淡々と竹とんぼを修正してゆく。
その手さばきの鮮やかなこと。
時折、削りかすを息を吹きかけて飛ばし、仕上げてゆく。
「おい、坊。この竹とんぼ、総司の作だろう」
手を休めることなく言われた問いかけに子供はコクンと首を振る。
「えっ、沖田先生が作ったって分かるんですか?誰が作っても同じようなもんじゃないですか?」
「ふん、奴に竹とんぼの作り方を教えたのは俺だぜ。見りゃぁわかる。大体、あいつは変なところで不器用なんだよ」
何気ないその言葉にセイはふと懐かしさを覚えた。
不思議なもので、自分が幼い頃の総司や土方を知っているわけでもないのに、竹とんぼの作り方を総司に伝授している土方の姿が浮かんでくる。
総司は自分から進んで幼い頃の話はしないが、近藤や土方がからんだ話となると別で、
「昔、こういうことがあったんですよ〜」
とお菓子をほお張りながら話しだすことが多かった。
それは、こういうふうに子供達と遊んだ帰りが一番多かったように思う。
幼い総司が土方に竹とんぼを作ってくれるよう頼むが、土方は面倒くさいと無下に断る。泣き出した総司を慌てて静めるために仕方がないと言いながら優しい目をして竹とんぼを仕上げてゆく。そうして出来上がった竹とんぼを近藤に見せに行く幼い総司の姿。
近藤に「良かったな」と頭を撫でられている総司をそっと後ろから見ている土方。
そんなワンシーンがセイの中に浮かんできた。
自分の想像から出てきたものだが、本当にこういうことがあったのではないかと思えて知らずうちに口の端が上がってきた。
「何へらへらしてやがる。気色悪い」と隣で土方は怒鳴るが、いつもの自分のように一言二言言い返す気分には何故かならない。
拍子抜けしたような顔をする土方にセイは軽く笑みを浮かべる。
「竹とんぼかぁ・・・。私も昔兄上に作ってもらったことがあります。竹馬も
水鉄砲も思えば兄上が作ってくれました。いや、竹馬は父上が作った兄上のお下がりだったかな。そういえば、いつから、玩具で遊ばなくなったんだろう」
遠く空を見つめて話すセイに土方は何も言わない。
いや、本当はからかってやろうと思っていた。
「神谷、童のお前にはまだまだそういう玩具が必要だろ?」と。
セイが兄の話をするときは決まって空を見ながら言う。
いつだったか、セイがあまりにも兄の話ばかりするのでからかったことがあった。普段のようにむきになって言い返してくるセイの姿の想像に反して、ただただ笑みを向けたセイ。
何故だか知らぬが、その時そっと見せた寂しそうな顔が忘れられない。
自分が抱いているセイのイメージからはあまりにもそぐわないものだったからだろうか。
「神谷はん、いつものあれを見せてや」
赤子を背負った女の子の高い声で土方は我に返った。
「いいよ。」
そう言い、セイはお手玉を子供達に披露する。
最初は二つ。続いて三つ、四つと可愛らしい布切れで作られたお手玉が高く舞い,その度に中の小豆が音を鳴らす。
「神谷はん、いつ見ても上手やなぁ」
「えへへ。有難う。昔、よくこれで遊んだもの。少しずつ出来るようになる度にすごく嬉しかったんだ。」
セイの歌声に合わせて舞うお手玉に土方はしばし心を奪われていた。
白く細い手から飛び出す赤い布地のお手玉と雲一つない青空。
そのコントラストがとても美しかったからかもしれない。
ふと視線を感じ見遣ると、竹とんぼを作ってくれるよう頼んできた子が、小刀を持ったまま停止している土方の手をじっと見ている。
気まずさを感じフンと鼻をならして作業を再開しだす土方に
「副長は、子供の頃何をして遊んでいたのですか?」
相変わらずお手玉をしながらセイが問い掛けた。
「結構、やんちゃな子供だったのではないかと推察するのですけれども。毎日悪さして近所中のおじちゃんやおばちゃんに怒られていたのではないですか?」
くるりと顔をこちらに向けたセイに先程の気まずさもあり,土方はそっぽを向く。
「おや、図星ですか?」
にやにやとするセイ。
「へん、お前とは違げぇんだよ。俺は幼い頃から、それはそれは利発で顔立ちもよく、武州中の女共から恋文の嵐よ。」
得意げにいう土方に
「要するにその頃から,異性関係にだらしがなかったと・・・・。はぁ・・・三つ子の魂百までとはよく言ったものですね・・・。みんな、いい?絶対こういう汚れた大人になっちゃだめだからね。」
ため息をつきながらセイは子供達に諭す。
「っとうに、お前は口が減らねぇな。あぁいえば、こういう。お前の兄上もこんな弟を持ってほとほと苦労したことだろう」
「なっ!そんなことはありません。相手にもよるんです。私の兄上は誰よりも優しくて、格好よくて、意思が強くて、小さい頃は本気で兄上のお嫁さんに・・・!」
「嫁?」
セイの言葉にかぶせて放たれた土方の言葉にぽとりと手からお手玉が落ちる。
「・・・だっ、だから、そう、兄上のお嫁さんになりたいと妹がよく言っていたなぁと。ははははは」
頭を掻きながら乾いた笑いをするセイ。
(まずい、まずいよね。つい、お嫁さんになりたかったって言おうとしちゃった。私男だもんね。そうそう、私は男、男)
じっとこちらを見つめる土方の視線に冷や汗が流れる。
(え〜と、ばれて・・・・・・いないよね。うん、月代がある女子がいるなんて普通は思わないよね・・・)
「・・・そういや、さっき、お前、昔お手玉でよく遊んだと言っていたが・・・」
「えっ、そっそんなこと言いましたっけ?あぁ、あれは、その・・・ほらあれですよ。双子の妹によく遊び相手をさせられたものですから・・・」
「・・・双子の妹?」
「えぇ、まぁ双子は不吉ということで、別々に育てられたのですが、まぁ色々と事情がありまして、京でまた一緒に過ごしていた時期があったんですよ」
(確か、斉藤先生に対して、沖田先生と口裏あわせした内容ってこうだったよね・・・)
セイは入隊した当初、斉藤に話した内容と食い違っては後々面倒なことになるかもしれないと必死に記憶の糸をたぐりよせる。
「今、その妹は?」
「父や兄と火事で・・・」
裾を目頭に当てしゅんと鼻をならす演技をするセイの姿に土方は罰が悪そうに視線をそらす。
(信じてくれたかな?副長には騙して悪いけれども、こればかりは仕方がないもんね)
「お前は兄の話しかせぬから、兄弟は兄しかいないのかと思っていた」
「えっ、そうですか。まぁ、兄は私の憧れですから。」
「お前の兄上は果報者だな。弟のお前や妹からも慕われていて」
「えぇ、同じ男でも副長なんかよりもずっと良い男ですよ。だから、妹も憧れていたのでしょうね。・・・大きくなって,兄妹では結婚できないと分かったとき、とても残念だったし、兄上に好きな女子が出来た時はとても衝撃だったもの・・・っと私ではなく妹が言っていました。」
「妹が」の部分を強調する。正直早く違う話題に移りたい。
ちょっと気を許すとぼろが出てしまう。自分は嘘をついたり芝居をしたりするのがどうも苦手のようである。しかしそれは、相手が土方だからかもしれない。視線の中に含まれている何ともいえぬ威圧感が平常心を失わせる。
「俺は末に生まれた子だからな、思えば随分と可愛がってもらった」
「えっ、副長って、兄弟いらっしゃったのですか?しかも、末っ子?」
「・・・何故笑う」
「えっ、すみません。でも、副長が末っ子と言われれば何か妙にしっくりくるなぁって。確かに副長って、失礼ですけれども兄上というガラではないですよね。沖田先生が末っ子と知ったときも妙に納得がいったけれども・・・。そうですか、末っ子なんですか」
「・・・だから、何故そこで笑うんだ!お前は!」
「そういうところが、きっと末っ子なんですよ。私も末っ子ですから、馬が合うのはそのせいかもしれません」
「馬が合う?」
「ほら、沖田先生がよくおっしゃるではないですか。私たち、似た者どおしだって。不思議なもので他人に言われたら腹が立つけれども、後々よく考えてみると妙にしっくりいくんですよ。」
「それをいうなら、あいつも末だぞ」
「そうですけれども、私達は割と強がってみたり、心にもないことを言ってしまって後で後悔することって多くありませんか?山南先生の小姓をやらせて頂くようになってそう思うことが多くなったんです。一番隊として沖田先生にいたときと、今、総長の小姓をしているときと、副長の見方が変わった気がします。・・・上手に言えませんが」
総司の傍にいると、総司の視点から土方を見ていたような気がする。
最初は、怒鳴ってばっかりで嫌な人だと思っていた土方が実はとても優しい一面もあることを知った。
それは、副長部屋で昼寝をしている総司の上にかぶせられていた三つ巴の紋がかかれた衣を見たときだっただろうか。
それとも、昼間まとわりつく総司を邪険に接しながらもその瞳はとても穏やかで優しいものであることを知ったときだろうか。
そして、今山南の傍にいるわけだが、今度は山南視点から土方を見ているような気になってきている。
土方の日頃の態度に文句を言う自分の話を笑いながら、
「そういう土方君が、とても好きだ」
と山南は言う。
「山南先生はお優しいから、どんな鬼でも好きになってしまうんですよ」と声を荒げると
「土方君は照れ屋だから、中々本当の姿を見せないんだ。加えて今は『鬼副長』だからね。でもね、考えてごらん。平隊士達はともかく、江戸からの仲間で彼のことを嫌っている人は一人もいないだろ?皆,彼が好きなんだ。それは長年付き合うことで素の土方君が徐々にわかってきたからさ。照れ屋で素直で・・・。私は彼より年嵩が上だからだろうか、とても可愛い弟のように思えるときもあるんだ。なんていったら、『鬼副長』から怒られるかな。いいかい、優しさや人の良さというものは表面に現れているものが全てじゃないんだよ」
江戸の頃の土方君を出来る事なら、見せてあげたいなぁ・・・そういいながら、お茶をすする山南の姿が浮かんでくる。
いつだったか、「大好きですよ、鬼副長」という総司の言葉がとても胸にきたときがあった。その理由が最近、少しずつ霧が晴れるように分かる気がしてきていた。
「俺は,童のお前と一緒にされるのは心外だ。」
土方は腰を上げる。
修復された竹とんぼを空に放ち、子供に渡す。
礼を言う子供に
「今度総司にいっておけ。竹とんぼぐらいまともに作れるようになれとどこかの鬼が怒鳴ってたってな」
と耳を赤くしながら照れ隠しをする土方。
子供達はよく飛び上がる竹とんぼに夢中になり、皆が変わりばんこに空高く放っている。誰が一番良く飛ばすことができるか競っているようだ。
「その童から、お願いがあります。」
用が済み、去ろうとした土方をセイは引きとめた。
「お暇なとき、私にも一つ竹とんぼを作って下さいませんか」
「あん?」
「ふふふ。あんなに良く飛ぶ竹とんぼ、私も欲しくなりました」
「俺が作るよりも、総司に作ってもらったほうがお前は嬉しいんじゃねぇか」
からかうように言う土方に
「沖田先生のは頼めばきっといつでも作ってくれるもの。でも、副長のはこういうときでもないと作って頂けそうにないから。童のお願い聞き届けて頂きますか?」
セイの大きな瞳に吸い込まれそうになる。
「俺にはそんな暇はない」
振り切るようにいう土方にセイは意味深ににやりと笑う。先程の素直な笑みとは対照的な表情だ。
「そうですか。それは残念です。ところでこの文は副長のですか?」
セイの手には手紙が三通扇状に広げられている。表にはそれぞれ土方の字で「おあき殿」
「おえり殿」「おつづ殿」と書かれていて,明らかに恋文だった。
「おっお前!それを何処で!」
取り返そうとする土方の手をするりと交わし、「先程,副長が立ち上がられた時落とされたんですよ。お三人とはどこでお知り合いになられたのですか?そういえば、最近沖田先生と町を歩いていたら、三人の可愛い女子から文を頂いたことがあったんですって?もしかしてこの方々ですか?副長も隅に置けませんねぇ」
にんまりとするセイ。勝ち誇ったような笑みである。
「それを誰から・・・」
と土方の口から唸ったような言葉が吐き出されるが、答えは当に分かっている。頭上にいつもお菓子をほおばり、さんざんに自分をからかう弟分の顔が浮かぶ。
「返せ!」
「竹とんぼを作って下さるなら」
「なっ!」
声を張り上げる土方をセイはふっと笑みをもらした。それは、邪気のない笑み。
「冗談ですよ。はい。お返しします。でも、だめじゃないですか。こんな大事なものを落とされたら。恋文は大切にしないと。それから、竹とんぼの件も冗談ですよ。副長が竹とんぼをつくる姿を見ていたら、ふと懐かしさを覚えたものですから。ちょっと言ってみただけです」
気まずそうにセイから文を受け取る土方の顔をそっと盗み見て、セイは声を張り上げた。
「ねぇ、みんな〜!!そろそろ自由時間終わるから,私、屯所にかえるからね〜。日が暮れないうちに帰るんだよ〜」
手を振り交わしながらセイは「それじゃ、総長のお世話がありますのでこれで」と走り去ってゆく。カランコロンと下駄の音を響かせて、屯所へ向かうが、途中こけそうになりふらつく。そんなセイの後姿が見えなくなるまで土方は目を細めてずっと見ていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
数ヶ月後。
セイは副長室に呼ばれた。
何の用だろうかと思いながらも土方の好きな銘柄の茶を入れて声をかける。
「入って来い」といつもと同じように命令口調。
「失礼いたします」と障子を開け、礼をした時、頭に何かがコツンと当たった。
頭をさすりながら、前を見るとそこには一つの竹とんぼ。
セイは先だっての竹とんぼのことはすっかり忘れていた。
呆けるセイに寒いから早く戸を閉めるように土方は促した。
「えっ、もしかして、副長!本当に作ってくださったのですか?」
竹とんぼを手に取り、指でくるくる回してしげしげと見るセイに
「神谷、童のお前にはまだまだそういう玩具が必要だろ?」とあの日言いそびれたからかいの言葉を投げかけた。
案の定、頬を膨らませにらみ付けるセイ。売り言葉に買い言葉で「要りません」と言いたげにしているのがこちらからはよく分かるが、まさか自分が本当に竹とんぼを作るとは思ってもみなかったらしく、また作ってもらったものを要らないというのは礼に反すると思っているのか、唇を悔しそうにかみしめている。
「それをやるから、俺の命令を一つ聞け」
きょとんと小首をかしげるセイが可愛らしい。
「今日から、お前は俺の小姓に配属移転だ」
見る見るうちに瞳が大きくなる。
「えっ、何でですか?せっかく、一番隊に戻って沖田先生と一緒に働けると意気込んでいたのに。」
「沖田先生と一緒に甘味処へ行けると意気込んでいたのに・・・の間違いじゃないか?」
「違います。えっ、どうして、何故ですか?剣の腕がまだまだなのは承知ですけれども、稽古は今まで以上に頑張りますから」
しがみつくように言うセイに土方は声を落として言う。
「お前は、俺に隠し事をしているだろ?」
サーと青ざめるセイを視界に入れながら
「何故、お前を俺の小姓にするかって?それは、その隠し事のせいだ。まぁ、正直言っちまえば、その内容は前々から感じていたんだが、あの日寺でお前と会話して確信した。
お前は、嘘のつけない馬鹿正直な奴だよ。全部、態度に出やがる。」
「・・・覚悟は出来ていますから、どうかご処分を。女子だからという情けは無用です。どうか隊規に照らし合わせ、一新撰組隊士神谷清三郎として処罰をなさって下さい」
落ち着き払った声の調子でセイは淡々と答える。
「その処罰が俺の小姓さ。お前に極力刀を握らせない。それが、武士神谷清三郎への処罰だ。武士としてこれほど辛いものはないだろ?」
土方は、セイが入隊してきたときのことを思い出していた。
身分ではなく、心意気で評じてくれるようと凛とした眼差しで声を張り上げたセイの姿を。
その言葉に従い、心意気で入隊を許したのだ。性別は関係ないと思えた。
また、セイが女子とうすうす感付いてから、誰にもいえぬ気持ちが日々濃くなってきているのも事実だった。
何故,俺がこんな奴に・・・と腹立たしい気持ちもあるが、本当の恋とはそういうものかもしれない。
「それでは、この隠し事の件は不問にしてくださるということですか?」
「まぁ、そういうことだ。・・・、おい、そんなに大粒の涙を流す武士がどこにいる?」
「・・・・有難く、この竹とんぼ、頂戴致します。そして、土方副長の小姓、不肖この神谷清三郎が務めさせて頂きます」
畳に落つる涙を拭くことなく、竹とんぼを胸に大事そうに抱くセイの姿を土方はとても優しい眼差しで見ていた。
|