「副長はつらいよ」




 新撰組副長、土方歳三。
 彼の受難は、目覚めと共に訪れる。
 天敵、伊東が起こしに来るからだ。
 無論、土方とて何の対策もしていないわけではない。
 全ての障子につっかえ棒で外から開けられぬようにし,その周りには鳴子を仕掛けている。他にも、粘着力を増強した特製鳥もちや、痺れ薬を塗った釘をばら撒くなど,涙ぐましい自己防衛策を至る所にはりめぐらせている。
 が、伊東は、それらを掻い潜り,毎朝副長室へ訪れるのだった。
 曰く「僕は土方君の為なら、如何なる障害も越えてみせるよ〜。愛に障害はつきものだからねぇ〜。」
 そうして、今日も文字通り障害物を乗り越え、愛しの君を起こしにきた伊東。
 夜遅く島原から帰ってきた土方は、未だスヤスヤ夢の中。
 寝返りを打ち自分のほうへ向いた土方の寝顔を、でれ〜っとしばし見つめていた伊東は、布団をバサッとはねのけた。
 「おっはよう〜♪あぁ、土方君、君は寝起きの顔もまた美しい。少し乱れた髪が僕好みの男の色気を醸し出していて、ますます良いねぇ〜。ささっ、早く起きて土方君。何なら、着替えも手伝うよ!!」
 土方の上へかぶさり、帯をはずそうとする伊東に、あわれ捕らわれの姫・・・ならぬトシが助けを求める。
 「ふぎゃぁ〜!!!!総〜司!!勇さ〜ん!!」
 毎朝恒例のこのお叫びが、隊士達の目覚まし時計代わりになって重宝されているとは、つゆ知らず。
 こうして、彼の一日は、幕を開けるのだった。



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   伊東を井戸に放り込み、「開けるべからず」と書いた紙と漬物石をふたの上にのせた土方は、身支度を整え、朝食をとる。
 自分専用のお櫃をかきこむ原田や、何やら騒いでいる永倉と藤堂を止める井上。「沖田先生!!お菓子は、きちんとご飯を食べてからって約束したでしょ!それまで、お預けです!」「むぅ〜、・・・分かりました。」とまるで母子のような会話をするセイと総司に、二人を射抜くがごとく睨み付けている斉藤。そんな様子を微笑みながら談笑している近藤と山南。
・ ・・これで良いのか、新撰組。俺はこいつらを信用して本当に良いのか・・・・?
溜息一つもらして、土方は箸を進めてゆく。
好物の焼き魚をみても、今一つ食欲がわかない。
それでも何か胃に入れないと体に毒だと、器用に骨をとってゆく。
「おい、神谷、・・・・・・。」
「はい、お醤油。」
 自分が言う前に、手渡された醤油をしばし見つめ、魚にかける。
 こういう所が、セイの気がきくと言われる所以だろうが、何だか意思が通じたようで嬉しい。
「神谷さん、よくお醤油だって分かりましたね。」
 「えっ、だって、そういうのって何となく分かりません?」
 「そうですか?私はお茶だと思ったんですけど。」
 そんな会話を聞いていないふりをしつつ、土方は魚を食べていた。何だか、今日の焼き魚が美味しく感じられる。こんな些細なことに自然と笑みがこぼれてきそうな自分が恥ずかしくて、無理やりしかめっ面をする所が、何とも彼らしい。
 しかし・・・同じ事が斉藤にも起こった。
 「清三郎。」
 「はい、兄上。お茶ですね。」
 「すごいですねぇ。今度はお醤油だと思ったのに。」
 「ふふっ、兄上のことは清三郎が一番分かっていますから。ねっ、兄上!」
 「あぁ。逆に清三郎の事は兄が一番分かっておるぞ。」
 「わぁ〜、嬉しいなぁ。」
 にっこりと笑顔で茶を注ぐセイに、土方は先程までの優越感にも似た気持ちが萎えてゆくことに気付き、そんな自分に自嘲めいた笑いをもらす。ふと視線を感じて顔を上げると斉藤と目が合った。いつもと変わらぬ斉藤の顔が、今の土方には勝ち誇ったようにみえ、又、自分の気持ちを見透かされたようで、一瞬にして不愉快になる。
 実際、斉藤としても、目の前で繰り広げられているセイと総司のいちゃいちゃぶりに嫌気がさしたのと、副長に醤油を渡したセイの所作に悋気して、「兄上」としての自分を最大限発揮したのだった。「清三郎の事は兄が一番分かっておるぞ。」は、総司と土方に対する嫌味なのだが、懐に「清三郎日誌」と題された手帳をいつも潜ませているあたり、あながち嘘でもないだろう。
・ ・・ちっ、飯がちっとも美味しくなくなっちまった。・・・
土方は、一人不機嫌そうに味噌汁をズズーッとすすった。



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 副長職とは、なかなかに忙しい。
 特にここ最近、倒幕派も活発になってきており、それに伴い書状や報告書も数が増えてきている。
 会津藩や他の藩邸で会合があったり、あくまで情報収集の為に(本人談)島原へ行ったりと、自分が屯所に居ないときの事は、時間節約の為、報告書を提出するように各幹部達に伝えてある。
 急ぎの仕事を片付けた土方は、たまったそれらの報告書に目を通す。
・ ・・山南さんの字は、いつ見ても達筆で読みやすい。
・ ・・斉藤のは、やたら漢語調の文だな。
・ ・・今度、良い店を教えて下さいだと!!左之の野郎、公私混合すんじゃねぇ!
報告書をもとに、捕縛者の数を週毎にまとめてゆく。
・ ・・、また、総司は誤字を書きやがって。俺はきちんと奴に字を教えたぞ!
と、内心怒りながらも、まぁ読めて意味が通じれば良いやと苦笑する。
そんな土方に当事者が、枕を持って現れた。
「土方さ〜ん。お昼寝させて下さ〜い。」
コロンと横になる総司を睨み付けるが、「そんな顔したって、優しい土方さんは追い出さないって知ってるもん。」と言われ、何も言えなくなる。
 「邪魔すんじゃねぇぞ。」
それだけ言って土方は、再び総司の報告書に目を移した。
さすが、一番隊。捕縛者の数が多い。
弟分の働きを再認識する土方は、次の文を見た瞬間がっくりと肩を落とした。
「昼に七人、夜に九人、よって、計十四人捕縛したり。」
・ ・・足し算もまともに出来んのか!!
土方は、総司に思わず文鎮を投げつけた。
「痛っ、もう何ですか?」
「総司、七に九を加えると幾つだ!!」
「えっ、難しいですね〜。」
 起き上がり、手の指で懸命に数えてゆく姿に、土方は頭を抱える。
「・・・総司、七つの団子に九つの団子。合わせりゃ幾つだ・・・。」
「もう、嫌だなぁ。十六個ですよ。」
 同じ内容の質問に、先程とは打って変わって即座に答える。
「・・・十三に八を加えると幾つだ・・・。」
「う〜む、これまた厄介ですねぇ。ひぃ・・ふぅ・・みぃ・・・・。」
「・・・十三個の饅頭に八つの饅頭。合わせりゃ幾つだ。」
「簡単ですよ、二十一個です。」
 この後、二、三問似たような事を繰り返した土方だが、いずれの場合もお菓子が絡むと瞬く間に答える弟分に怒りを通り越して呆れた眼差しで見やる。
 「問題の出しっこですか?じゃぁ、私も。上は大洪水、下は大火事。これなぁんだ?」
 「・・・・・・知るか、そんなもん。」
 「お風呂ですよ。為坊も勇坊もすぐに分かりましたよ。意外と土方さんって、ば・・・。」
 「馬鹿はてめぇだ!!」
 怒号が響き渡った副長室に、トタトタと可愛らしい足音をさせてセイがやってきた。
 「失礼します、神谷です。沖田先・・・。あっ、いた!!兄上、沖田先生を発見しました!!」
 廊下に顔を出し、手を振るセイ。
 「何の騒ぎだ。」
 「沖田先生ったら、押入れにお菓子を沢山隠していたんですよ!油虫よけのホウ酸団子だと思ったら、かびた団子だったんです。そのほか、練り飴とかおせんべいとか。道理で、蟻が来るわけですよ。」
 「ぐ〜。ぐ〜。」
 「もう、起きて下さいよ。先生」
 そこへ、セイと共に総司を捜していた斎藤が副長室へ顔を出した。
 総司と同室の斎藤。
 恋敵というただでさえ、精神的に苦痛なのにこの上、部屋の中を漂うかびたお菓子の異臭やそれに群がる蟻という物理的な苦痛は御免蒙りたい。
 この間も、作りかけの竹とんぼを踏んで痛い思いをしたばかりである。
 「清三郎、沖田さんは昼寝中なのか?」
 「はい、いくら揺らしても起きません」
 「ぐ〜。ぐ〜。」
 「なら、仕方がない。兄と二人で一緒に片付けをしてくれるか?」
 「二人で一緒に」を心持ち強調する斎藤。
 ・・・ふっ、これで清三郎と水入らずの時が過ごせる・・・。
 『兄上って、さすが片付け上手ですね。』『何、たいした事はない。』片付けていた二人の手が偶然触れ合う。『あっ、兄上・・・』『清三郎・・・!』見詰め合う二人・・・。
以上、斎藤の思考時間、約一秒。
 しかし、そんな斎藤の至福な妄想・・・、もとい想像もそう長くは続かなかった。
 「心配せんでも、こいつは狸寝入りしているだけだ。」
 その声の主に斎藤は、鋭い視線をセイに気付かれぬよう放つ。
 「本当なんですか?副長?」
 「あぁ、今の今まで、起きていたぜ。これから寝ようとしたところにお前等が現れたんだ。」
 「ぐっぐ〜。ぐ〜。」
 「おらっ総司。いつまで寝た振りしてやがる。」
 土方は総司の脇腹を軽く蹴った。
 「・・・もう。ひどいなぁ、土方さん。調子合わせてくれても良いじゃないですかぁ〜」
 セイに起こされている総司を目の端に入れつつ、土方は斎藤にここぞとばかり今朝の仕返しをする。
 「斎藤君、俺の弟分がいつも迷惑をかけてすまない。煮るなり焼くなりしてくれ。」
 「いやいや、沖田さんはせっかく寝ようとしていたのだから、清三郎と二人で片付けます。」
 「それじゃ、こいつのためにならねぇ。斎藤君が片付けの見本を見せて、総司に片付けさせてくれ。神谷は山南さんの小姓だからな。」
 「清三郎は、今日は非番といっていましたが。」
 「なら、俺の仕事を手伝ってもらうとしよう。」
 どうしてもセイと二人になりたい斎藤とそれを阻止せんとする土方の争いが水面下で密かに交わされる。
 せっかく、非番になって総司と共に過ごせると思っていたのに鬼副長から仕事を手伝えと言われたセイは、その鬼をねめつけるが、いつもより鬼の顔色が思わしくない事に気付いた。
 「副長、顔色良くないですよ。どこか、お加減でも・・・?」
 「・・・・・・実は、多忙なのと伊東のせいで、すっかり不眠症でな。」
 「それは、いけません。目の下に隈もうっすらとあるし、私、仕事手伝いますから、今日はゆっくり休んでくださいね。」
 思いもかけぬことにセイが自分の思惑にのってきた土方は、斎藤に最後通牒を言い渡す。
 「ということで、神谷には俺の仕事をしてもらう。斎藤君は総司と二人で片付けてくれ。幹部の二人の部屋がそんなのでは、隊士達に示しがつかねぇからな。これは、副長命令だ。」
 「総司と二人で」を強めて、にやりとした笑みとともに言い渡された言葉に総司はともかく、斎藤もこれ以上成す術がない。
 副長と三番隊組長の悲しきかな縦社会。
 しょんぼりした斎藤が総司と共に退室するのを見て、土方はすっきりした気持ちになる。
 何事にも、負けず嫌いなこの性格。別称、子供じみた性格ともいう。
 副長職って便利だと土方が思ったか否かはさておき。
 邪魔者を追い出した副長室には、心配そうに自分を見上げているセイだけが残った。

 

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 自分に、衆道の気はさらさらないと常日頃思っているが、どうも最近ふと気が付くと、神谷を目で追っている自分がいる。
 神谷が、男らしくないというのではない。
 小さな体で懸命に隊務に励むその姿は自分も天晴れだと認めている。
 が、それとは裏腹に女子のような容姿が自分の心を引き付けるのである。
 透き通るような白い肌に大きな目が愛くるしい。後れ毛のある項が何とも艶かしい。ちょっとした所作が、どこか武家の女を彷彿させる。
 今も、こうして会津からの文、四、五通を写文するように頼んでいるのだが、きちんと正座して、巻紙にさらっと筆をしたためるその姿に、気品ある美しさがある。
 しばらく、横目で盗み見ていたのだが、そうした自分に気付いたのかセイが自分の方を向いてきた。
 あわてて、視線を元に戻す。
 「副長・・・?」
 「何だ。」
 内心焦りつつも、普通に尋ねる。
 「本当に、これ写文するのですか?」
 そうして、渡されたのは一通の文。
 セイに見られてはまずいような極秘事項の文は渡していないはずだが、おずおずと自分を見るセイの様子に何か重要な文を渡したかと焦る。
 「あの・・・・・・、何でしたら・・・・・・、私、見なかったことにします・・・。」
 うつむきながらいうセイに土方は文をバッと広げる。
 そこに書かれていたのは・・・・・
「嗚呼、愛しい愛しい土方君。いつになったら、この切ない思いが君に届くのだろうか。こうして、毎日文を差し出すのに、君からの返事は一向に来ない。返歌でも良いよ。どうか、僕のこの思いを受け止めてくれ。さっき、お風呂場で出会った時、恥ずかしがり屋さんの君は、そっと姿を隠してしまったね。その仕草が僕の燃ゆる心に更に火をつけたよ。夕餉のときも・・・。」
 ある意味、セイに見られてはまずい文を土方は、ぐしゃっと丸めて火鉢の中に放り込む。
 「写さなくていいんですか?」
 「あったりめぇだ!!こんな所に紛れていやがったとはっ!!」
 ぞくぞくさせながら言う土方に、似たような境遇にあるセイは同情する。
 「副長、心中お察し申し上げます。そういえば、さっき伊東先生、井戸の前で内海さんに人工呼吸されていましたよ。」
・ ・・・ちっ、あのまま井戸の中におればよいものを・・・。
   朝食前に伊東を井戸に投げ込んだ事を思い出しながら、土方は毒気付く。
 「フン、お前は良いよな。山南さんがついているから。」
 「えぇ、沖田先生や兄上も何かと守ってくださいますし。」
 セイは何の意味もなくそういったのだが、土方には何故かその言葉にいらつきを感じる。
 「そうだ、副長。今日は総長室でお休みになられては如何ですか?山南先生は、明日まで帰ってきませんし。総長室なら、伊東先生が朝起こしに来るということもないですよ。山南先生の事だから、事後承諾でお部屋を借りても全然大丈夫だと思います。何なら、私、その旨を文で総長へ伝えましょうか?総長の居場所は見当がついていますし。」
 嬉しそうに包みを隠し持って行った山南の朝の態度からすると、十中八九、明里のところだろう。
 「そうだ、そうしましょう。副長が参謀の執拗な求愛によって倒れたなんてことになったら、内外の恥ですからね。私、早速、支度してきます。」
 土方の返事を待たずして、セイは総長室へと向かう。
 山南に迷惑をかけるのは憚られるが、正直このままでは体がもたない。
 色街へ遊ぶに行く・・・もとい、逃げると言う手もあるのだが、自分の事だ、一晩を明かしそうで、睡眠はとれないだろう。
 山南さんには悪いが、今夜はゆっくりと総長部屋で寝るとするか・・・・
山積みになっている仕事にけりをつけるべく土方は、筆を進ませた。



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 そして、深夜・・・・・・。
平隊士達や噂好きな原田・永倉・藤堂の三人組に見つからぬよう、土方はこそっと総長室へ向かう。
 別に、何も悪い事はしていないのだが、どこか落ち着かない。
 総長室へ行くというよりも、セイの部屋に忍びにいくような気持ちなのだ。
・ ・・いいか、あいつは男なんだ。俺は衆道に興味はねぇんだ!!・・・
 自分を言い聞かせるようにぶつぶつと言いながら、障子を開ける。
 そこには、寝巻きをきたセイが、土方の布団を敷いて待っていた。
「お疲れ様です、副長。総長にはきちんとお話しておきましたから。これを預かってきました。」
 差し出された文には、これまた達筆な字で「遠慮なく自室を使ってくれ。そんな事情なら、少し長く外泊してくるよ。ゆっくりと体を休めてくれ。」というような内容が書かれてあった。
「ささっ、早くお休みになってくださいね。私は後ろへ控えていますから。御用のおありの際には、お気軽にお呼びくださいね。」
 セイは、半ば強制的に土方を布団に寝かせ、行灯を衝立の向こうへと持ってゆく。
 しばらくの間、目を閉じ寝ようとした土方だが、どうも衝立のおくのセイの気配が気になって仕方がない。
 山南が以前、「自分には早く寝るように勧めるのに、神谷君は遅くまで医学書を読んでいるんだ。たいした看護人だよ。」と言っていたのを思い出す。
 「神谷。」
 呼びかけるが、返答は無い。
 しかし、明かりはうっすらと灯ったままである。
 起き上がり、衝立の向こうをみると、そこには正座したセイが医学書を手に抱え、こっくりこっくりと舟を漕いでいた。
 「神谷。風邪引くぞ。」
 揺らしてみるが、「・・むにゃ、父上・・・、処方の・・・仕方が・・・分かりません。」と寝ぼけ眼で目をこすり、再び眠りの世界へと帰ってゆく。
 「ったく、世話がやける奴だ。」
 困ったような物言いをしつつも、笑みを浮かべながら土方は、布団の中にセイを寝かせ医学書を枕元に置いてやる。
 次いで行灯の明かりを消そうとするが、ふと考え込んだように土方はセイの寝顔を眺めた。
 穏やかな寝息を立てて無邪気に眠っているセイの手は、きゅっと軽く握られている。
 その可愛らしいセイの手を優しく広げながら、土方は優しい顔つきでセイの前髪を撫でる。
・・・一回りも異なるこの童がこの上もなく愛しいと感じてしまうのは何故だろう。
それは、弟分の総司に対する愛しさとはまた別のものである。今まで、男にこういう感情を持った事は無いが、こいつにだけはそう思ってしまう自分がいる。そんな自分を素直に認めると男はクッと忍び笑いをもらした。
・ ・・男とか、女とか、性別ではなく神谷という人物に存在に自分が惚れているのか・・・
斎藤や総司に悋気してしまう自分がどこか幼くて、でもそれが自分らしくて・・・・・。
 それは、恋なのか、愛なのか、自身では分からないけれども、神谷の存在が張り詰めた日々の生活を解しているのは確かだった。
 日々、総司を慕うこの者の瞳に己の姿はどう映っているのだろう。・・・否、移ってさえいないのだろう。それは、とても残念な気持ちになる事だが、それで良いともう一人の自分が囁く。
   淡い光によって闇に映し出された愛しい存在の口に優しく口付けると、土方は明かりを消して自分の布団へと戻っていた。



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    新撰組副長、土方歳三。
    時に非情に、時に残酷にその敏腕を振るうその姿についた呼び名は鬼副長。
    しかし、鬼の仮面の下に隠された素顔は、照れ屋で不器用なとても愛すべきもの。
    鬼と呼ばれても、人の子。
    悩みもするし、恋もする。
    セイの安らかな寝息を背後に聞きながら、「副長はつらいよ」と男は寝返りを打った。




こちらは、以前某同盟様に投稿したものです。

確かテレビで「○はつらいよ」の再放送をしていまして、ふとこのような題名が思いついてしまった次第です。
先に題名が決まり、後からお話が出来上がるという私にとっては珍しいパターンの書き方となりました。
カッシーもさることながら、今回は兄上(斎藤先生)でも遊んでしまった気がします・・・・・・(^^ゞ
きりっとした斎藤先生も大好きなのですが、どうしても「不憫な兄上」というイメージが強くて・・・・・。
そういえば、雪弥さんとはあの後どうなっているのでしょうか?(笑)

副長の誰にも見せない本当の優しい顔というのを一度はこっそりと見てみたいです。


初出:2002年4月頃