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呼びかけ



副長は、あまり多くを話さない。
それは寡黙だということではなく、要点のみしか口にしないのだ。



「神谷」



この一言と仕草で、小姓の私は全てをを判断する。







「神谷」
朝、まだ眠たそうにかけられる言葉は、「そろそろ起きるぞ」ということ。
障子を開けて今日も天気が良い事を伝えると、副長は背伸びをして、首をコキンと鳴らした。



「神谷」
帯を解く衣擦れの音が聞こえたら、「着替えを手伝え」ということ。
寝巻きを受け取り、いつもと同じ黒い衣を手渡す。
見慣れた鬼副長が顔を現わした。



「神谷」
局長室を目線で合図されたら、「朝食は局長室へ運べ」ということ。
近藤局長のと一緒に二人分、局長室へお持ちする。
副長のお膳にこっそり好物の沢庵を多めに盛ってあげたら、副長はそれに気が付いたらしく、私を見てにやっと笑った。



「神谷」
座るよう手を下に下ろしたら、「これからの予定を話すぞ」ということ。
今日は、ずっと屯所にいるとの事。
お昼過ぎに休憩時間を一刻程くれるらしい。



「神谷」
しっしっと手を振られたら、「とっとと、稽古へ行って来い」ということ。
衝立に隠れるようにして稽古着に着替える。
副長は、その間どうしてだか落ち着かない様子で部屋の中を行ったり来たりしていた。
・・・・・・・変なの。



「神谷」
副長が振り向いたら、「お茶をくれ」ということ。
熱めのお茶を注ぐ。
喉が渇いていたみたいで、お替りをしたので、今度は少しぬるめのお茶を渡した。
副長はいつもお気に入りの湯のみを文机の上に置いてある。
墨絵で梅が描かれたそれは、持ち主の好みをよく現している思う。



「神谷」
空の太陽を見上げるような仕草をしたら「そろそろ昼飯の時間じゃねぇのか」ということ。
副長室にお持ちしたら、副長は急いで何かを座布団に隠したようだった。
何を隠したのかなんて、私にはもう分かっている。
だって、いつものことだもん。
豊宝宗匠と呼んだら、真っ赤な顔をしていた。



「神谷」
眉をぴくんとさせて廊下を顎でしゃくったら、「総司を呼んで来い」とういうこと。
沖田先生を呼びにお部屋へ行こうかと思ったけれども、そのまま壬生寺へ直行した。
案の定、幼子たちに囲まれて背の高い男の人が一人いる。
その笑顔は子供たちよりも楽しそうで、こういうときの先生は誰よりも子供っぽい。
沖田先生をお連れするのが遅くなってしまい、恐る恐る副長室に二人で戻ったら、遅いと怒られた。
・・・・・・そんなに、目くじら立てなくてもいいじゃない。私のせいじゃないもん。鬼の怒りんぼ。



「神谷」
低い声で鋭く言われたら、「席を外せ」ということ。
部屋にはいつの間にか監察の山崎さんもいた。
沖田先生は相変わらずへらへらしているけれど、何かあったのかな?
副長と顔を合わすと「童には関係ねぇ」と今にも言われそうだったので、急いで部屋を退出した。



「神谷」
間延びするような声で呼ばれたら、「部屋に戻ってもいいぞ」ということ。
暇だから御庭の木の下で寝転んでいたら、わざわざ副長が呼びに来てくれた。
珍しいこともあるものだ。



「神谷」
肩をぐるぐると回したら、「肩が凝った」ということ。
肩を揉むけれど、副長はいつも肩が凝っている。
もう三十路なんですから、無理しないで下さいって言ったら、まだ二十九だと怒られた。
・・・・・・全く、気だけは若いんだから。



「神谷~!!」
ドタドタと足音が聞こえてきたら、「奴を何とかしろ」ということ。
伊東先生が副長に言い寄る姿がここから見える。
伊東先生は私にとっても苦手な人。
加えて、この間、副長は私を人身御供にして自分はとっとと安全な場所へ避難した。
・・・・・・だから、今日は助けてあげないっと。
・・・・・・あっ、副長ったら伊東先生に抱きつかれちゃった。
あんなに青い顔をして、倒れなきゃいいけれど。



「か~み~や~!」
一言一言区切って呼ばれたら、「さっきはよくも」ということ。
何やら嫌味を愚痴愚痴言っているけれども、体中鳥肌だらけのその姿ではちっとも恐くない。
暖かいお茶を差し出して「お疲れ様」と笑顔で言うと、副長はボソボソと何かをつぶやいてそれ以上何も言わなくなった。
気が向いたら、今度は助け舟を出してあげようかな。



「神谷」
硯に筆を置いたら、「夕飯だ」ということ。
副長が御飯を食べている間、私は繕い物をして、時々お茶を注ぐ。
副長に「繕い物ぐらい自分でなさって下さい」って言ったら、そんな暇はないと即座に言われた。
・・・・・・そりゃそうだろうけれどさ。何か、こうしていると何だか・・・・・・そのぅ・・・・・・・あのぅ・・・・・・だから、何ていうのかな、 ほら、だからね・・・・・・夫婦・・・・・・みたいですごく恥ずかしいんだもん。
確かに繕い物なら山南先生の小姓をしていたときもしていたんだけれども、何か感じが違うのよね。
でも、やっぱりこれって、単なる小姓としての勤めだよね。変なこと考えちゃた。
・・・・・・まぁ、いいけれど。



「神谷」
高めな声で意地悪げに言われたら、「お前今なに考えているんだ」ということ。
顔が赤いと言われて、ますます赤くなってしまう。
にやりとした顔を近づけてくるから、思いっきり舌を出した。



「神谷」
振り向かず怒ったような声で言われたら、「先に休んでいいぞ」ということ。
副長の仕事を手伝いたいのはやまやまだけれども、小姓の私には大したことはできない。
私に出来るのは、せいぜい美味しいお茶を淹れてあげること。
副長は、ごくりごくりと喉を鳴らす。
少しは気分転換になったかな?



「神谷」
ふぅと深呼吸したら、「仕事が終わったぞ」ということ。
布団を敷いて、寝床を整える。
副長が寝巻きに着替えるのを手伝って、衣を衝立にかける。
副長は欠伸を一つ漏らした。



「神谷」
行灯を消してしばらくして声をかけられたら、「起きているか」ということ。
私は寝たふりをして返事をしない。
少ししたら、衝立の向こうで副長が起き上がる気配がした。
布団をぎゅっと握り締めて、頭からかぶったら、小さく笑う声が聞こえた。






「セイ」
この呼びかけにどういう意味が込められているのか、本当の所は私には分からない。
女癖の悪い副長の事だからなおさらである。
それでも、どこか安心する自分がいて、くすぐったい気持ちとちょっと悔しい気持ちを抱いた。






またまた小姓のお話です。
えぇ、もうネタを考える時点で既に「セイちゃんは歳の小姓vv」ということが確定していて、 どうやらもう小姓を頭から引き離す事は難しいようです。(笑)

今回のサブタイトルは「以心伝心」です。
名前を呼んだだけで、何を言わんとしているか理解できるみたいな感じで書いてみました。
久しぶりにセイちゃんの一人称で書いた気がします。
書き方も何だか新鮮な感じで書くことができました。

お読みくださり、どうも有難うございました。