人は誰でも初対面の人と会ったとき、目の前にいる相手がどんな人なのか、あらゆるところを見て判断するだろう。
眼光の強さ・身だしなみ・言葉遣い・姿勢・態度・・・・・・。
「人は外見では判断してはいけない」
そう教わったが、矢張り初対面では外見が気になる。そしてある程度付き合いだしてから、
「人は見かけによらない」
という言葉が頭をかすめたりするのである。
私の場合、上記のほかに人様の筆箱が気になってしまう。
初対面でその人の筆箱を拝見できる場合は多くはないだろうが、筆箱にも密かに人となりが沢山詰まっているのではないかと思っている。
まずは、外見。派手なもの・地味なもの・矢鱈飾りがついているもの・・・・・・。それだけで、その人の好みが分かりそうな気がする。派手な筆箱を持っている人が、控えめで大人しい人というのにはあまり出会ったことがない。また、うすら汚れていて長年使用しているのが一目見て分かる筆箱を目にすると、物を大事にする人なのかしらと思ったりもする。
そして、中身。鉛筆がきちんと削られていて、シャーペンやボールペンなどがきちんと同じ方向でビシッと並んでいるのを見ると、これまた几帳面な人なのかしらとついつい推測してしまうのである。
いつから、こんなにも人様の筆箱が気になりだしたのだろう。
初めて筆箱をもらったのは、幼稚園の年長の時と記憶している。
クマの可愛い缶ケースで、幼稚園からお誕生日プレゼントで頂いたものだった。
中には鉛筆や消しゴムなどがセットになっており、それが気に入った私は、小学校に上がったら持ってゆこうと大切にしていたのだが、缶ケースは落とすと五月蝿いから一年生は使用禁止といわれ、代わりにプラスチックとビニールで出来ているキティーちゃんの赤い筆箱をランドセルの中に入れていった。
今思うと、小学校一年生の筆箱は十中八九が「筆箱」だった。布製・皮製・ビニール製いずれにしろ、両面が磁石で開くタイプの箱型だった。文房具店でも四月になると、「御入学おめでとう」という垂れ幕の下にそれら筆箱が所狭しと並んでいる。今ではずいぶんとキャラクターものが増え、その種類も富んでいるが、私のクラスでは、男子はドラゴンボール・ガンダム又は黒一色、女子は、キキララやケロッピなどのサンリオ系,又は赤一色の皮製だった。
そういえば、クラスの中に一人、皆から注目された筆箱を持っている子がいた。
友里恵ちゃんの筆箱は、多機能だった。
五つボタンがついており、押すとそれぞれ、消しゴム・鉛筆削り・定規・カッター・小さな虫眼鏡が出てくる仕掛けになっている。私のキティーちゃんの筆箱にも鉛筆削りはついていたが、到底彼女のには及ばない。
皆が友里恵ちゃんの机に集まり、順番にボタンを押し合い、物が出てくるのを楽しんでいた。
その時の友里恵ちゃんの顔が満面の笑みだったのを覚えている。
彼女とは三,四年生の頃、交換日記をしていたが、使用するノート・ペンが香りつきだったり、面白いねりけしつきだったりと周りの友達よりも変わっていた物を持っていた。
小学校卒業後、彼女とは一度も会っていないが、きっとあのときの満足げな笑みを浮かべつつ人とは違った個性的な生き方を歩んでいることだろう。
思えば、あの友里恵ちゃんの筆箱を見た時から、私の筆箱観察癖は始まったのかもしれない。
昔は,絵柄は異なれど,大体皆同じような筆箱を持っていたが、最近は質も大きさも値段も随分と多様化している。
それだけ個を重んじる社会になったのかしらとあの友里恵ちゃんの五つボタンのついた筆箱を頭に浮かべながら、ふと思ったりもするのである。
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