小学生の頃、腕相撲が流行った事があった。
台さえあればどこでもできる手軽な遊びだったし、誰が強いかということに興味を持つ年頃でもあった。
小学校高学年といえばちらほらと第二次性徴を迎え始め、男の子は男らしく、女の子は女らしくなりはじめる頃で、
互いに気になる存在として捉えだす頃だが、それでもまだまだ幼く、昼休みや放課後は男女仲良く遊んでいた。
梅雨だったように思う。
雨が降り続くばかりで、私達は外で遊べずハンカチ落としやフルーツバスケット、お絵かきやすごろくなどしていつもは楽しい休憩時間を
窓を見やりながら過していた。
ある日、男の子たちが腕相撲をしだし、その日から教室中で腕相撲が流行ったことがあった。
男の子たちは勿論誰が一番強いのかということを争い、負けた子は矢張り悔しいのか何度も勝った子に挑んでいる。
そして、私たち女子も男子の楽しそうな腕相撲を見てしてみたくなった。
男の子たちに比べ、誰が強いかということをそこまで競うということはなかったが、それでも勝つと良い気分になる。
まだまだ元気盛りで「女の子はか弱い方がいい」と意識しだすのは中学へ上がってからのことであり、小学生のうちは男子と一緒に
勝つか負けるかに焦点があてられていた。
私は強い方だった。
今でさえ小柄で男子から見下ろされるような低身長であるが、当時は女子の方が体格が良い歳頃である。
当然男子の中でも女子に負ける子も多く、むきになって女子に勝とうとする子もいた。
私は女子の中でも腕相撲が強い方であり、度々男子の強い組と挑戦したりした。
勝敗がどうだったのかはもう覚えていないが、何度も腕相撲をした記憶があることから勝負は五分五分だったのだろう。
左手では断然弱いのだが、利き手の右手だと割りと強かった気がする。
家で父・母と腕相撲しても勝てるはずがなく、まだ幼稚園生だった妹とは力の差がありすぎてする気にもなれなかった。
だから、学校でも腕相撲にとても楽しさを感じていたのかもしれない。
歳の近い兄弟のいる子は、「昨日、お兄ちゃんと勝った」と翌日自慢話が披露された。
もしかしたら、その子の兄はあまりに勝ちたがるその子のためにわざと負けてくれたのかもしれないと今ではそう思うのだが、
当時の私達は素直にすごいねと感心していた。
同時に担任の先生対生徒という戦いも行われた。
男の先生だったので、やすやすとは勝たせてくれなかったが、何回も勝負を持ち込まれた先生は
最後には必ず「あぁ、疲れた。先生の負けだ。○○君は強いなぁ」と勝ちを譲ってくれた。
どうしてあの時あんなにもクラスじゅうで腕相撲が流行ったのか、正直なところわからない。
一つのことに関心を持つと、あっという間にクラスじゅうに広がる・・・・・・それが小学校のクラスだった。
※
中学校に上がり制服に袖を通すと、何だかとても大人に近付いた気分になった。
今まで背負っていたランドセルがなく寂しい自分と大人びたい自分がいた。
校庭にはブランコもシーソーもジャングルジムもなく、
小学生の頃までとは異なり、男女仲良く遊ぶ事はなくなった。
中学三年生のある日、何かの賭けでふと男子と腕相撲をしてみた。
その子は小学生の頃からの腐れ縁で、割とクラスが一緒になる事が多く仲が良かった。
昔を懐かしみながら、その子と腕相撲をしてみた。
小学生の頃、その子に一度も負けた事がなく、今回も勝つだろうと思いながら・・・・・・。
結果は、あっけなく負けた。
本当にあっさりと。
手を合わせ、勝負が始まった途端、私の手が机にコテンと軽く音を立ててついた。
信じられず、何度も何度もその子に挑んだが、結果が変わることはない。
逆に何回もすることで腕が痺れ、ますます形勢不利になるばかり。
いつのまにか、数年前私に負けて何度も勝負を挑んできたその子と丁度逆の立場になっていた。
「もう、俺には勝てないよ」
笑いながらその子は言った。
「三年間でこんなに差がついたんだ」
その子が私と手のひらをあわせてそう言った。
私の手の大きさは相手の第二関節のところまでしかなかった。
ふと、その子をじっくり見てみた。
気がつけば、背もいつの間にか抜かされていた。
あの日、私が見下ろしてい男子が、今では逆に見下ろす立場になっていた。
「お前の性格からして俺がわざと負けて喜ぶとは思わなかったから、本気でやってみた。痛かった?」
今更のようにじんじんと痺れてきた手を背中に隠し、首を横に振った。
その手の痛みをどうあがいても越せられない性差に悔しさを抱いていることを知られたくないという最後の抵抗だった。
※
小学生の頃は男女平等だった。
係りも先生から頼まれる仕事も男女混合だった。
中学に上がると、自然と重たい荷物は男子が運ぶようになった。
体力をつかう仕事は男子がするようになった。
女子は手作業や細かい仕事を頼まれた。
何だか女子が男子に負けたようで、当時の自分には悔しく思われた。
意地になってノート提出のときクラス全員分を一人で持って職員室へ行ったりした自分が今から思えば、
どうしてだかとても可愛く思えてしまう。
生物学的に致し方がないことだったけれども、今までおてんば娘で男子と一緒に遊んできた自分には
女子扱いされる事が照れくさかったのかもしれない。
※
それからさらに数年後。
お互い高校生になっていた。
小学生の頃からの腐れ縁ということもあり、同性の友達のように仲が良かった。
宿題の答えを教えあったり、ジュースを奢りあったり。
そして、何かの折に賭けをするときは腕相撲するということも変わらずにやっていた。
勿論、ハンデをつけて片手対両手なのだが、小学生の時とはまた異なる楽しみを感じていた。
その子がある日、私と腕相撲して勝った時ぽつりともらした。
「昨日お父さんと腕相撲をして、俺、・・・・・・勝っちゃった」
夕飯後テレビのチャンネル争いで腕相撲で決着をつけようということになったらしい。
勝負は五分と五分に思えたが、最終的に勝ってしまったと。
「勝負に勝って何だか嬉しく思えないのは、あの時お前に勝って以来だった」
背丈も体のつくりもいつの間にか親を越していた。
いつも助けてもらっていた立場が逆転していた。
その子の父親はこういったとのことだった。
「いつかこんな日が来るとは思っていたが、やっぱりショックだな。二十歳になったら酒でも一緒に飲もうや」
勝つことは嬉しい事としか思えなかった幼い頃には抱かなかった想いが胸の内を満たした。
「今日は私の奢り。何飲む?」
お互い何も言わなくても寂しいような残念なようなそんな気持ちは痛いほど分かった。
二人でジュースを飲みながら見上げた夕空はとても悲しく見えた。
※
小さい頃は早く大きくなりたいと思っていた。
幼い頃は早く大人になりたいと思っていた。
でも、気づかなかった。
大きくなると同時に寂しさを感じる事を。
大人になると同時にむなしさを感じる事を。
大学へ進学し下宿するようになり、親元を離れた。
下宿したのは社会勉強してみたいという気持ちと、親元を離れたいという気持ちがあったからだ。
年に数回、実家に戻る。
会うたびに両親の頭に白いものが増え、時の流れを否でも感じさせる。
六歳離れた妹もどんどん大きくなり、何でも手助けが必要だった幼さはとうに消えていた。
大人になることが、ちょっぴり寂しさを味わうことだとは知らなかった。
大人になることが、ちょっぴり悲しさを味わう事だとは知らなかった。
この前の冬、久々に父親と腕相撲をしてみた。
結果は父親の圧勝だった。
勝つことに夢中になっていた幼い頃とは異なり、負けても何だか嬉しさを感じた。
傍にいた妹とも腕相撲をしてみた。
結果は、妹の勝ちだった。
歳の差が離れすぎて勝負にならないと思っていた幼い頃とは異なり、負けても妹の成長に何だか嬉しさを感じた。
※
高校の卒業式の日。
あの幼馴染の男の子と高校生最後の腕相撲をした。
ハンデ無しの真っ向勝負。
負けると分かっていても、何故だか真剣にしてみたくなった。
結果は言わずもがな。
それでも、もう悔しさは抱かなかった。
その子も、もう嬉しさは抱かなかった。
互いに純粋に高校生活最後の腕相撲を楽しめ、そして笑った。
二人とも地方へ下宿しているので、卒業後一度も会っていない。
今度あったら、腕相撲をもう一回してみたい。
卒業アルバムを眺めながらふとそう思った。
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