贈り物







義兄から手紙が来た。

多摩の様子は相変わらず穏やかで皆が息災だと、

田畑の雪解けが待ち遠しいと書かれていた。

それから、先日姉に送った櫛について書かれてあった。

以前送った櫛と感じが異なり、お前の女の好みが変わったのではないかと、

女にうつつを抜かす為に京へ上ったのではあるまい、またいつぞやのように恋文を束にして 送ってくるのではないかと嗜める言葉が続いている。

それはまるで姉上から届いた文のようで、思わず笑ってしまった。

きっと、字の書けぬ姉上が義兄にしたためてもらったのだろう。



姉上の怒った懐かしい顔がふと浮かんできた。









※






降り積もった雪が溶けぬかるんだ道を二人は歩いている。

土方から数歩下がったところに小姓のセイが足袋の汚れを気にしながら足を進めていた。



「土方副長」

「あん?」

「これから、何処へ行かれるのですか?」



そういえば、行き先を告げていなかった。

特にどこかへ行こうと決まっているわけではなく、ただ姉の目に叶う様な品を送ってやろうと 妙な意地が出てきて、外へ出ただけだった。

女物のことならば、セイが詳しいだろう。

それでセイも連れ出したわけなのだが、「土方副長」と声を掛けたところから察すると、 セイは何か仕事で連れ出されたと思っているらしい。

仕事抜きの場合、セイは単に「副長」と呼びかけてくる。

何処へ行かれるのかと聞かれ答えに窮していると、尋ねてはいけなかったことと思ったのか、

「余計な事を失礼致しました」

と少し低く小さな声が耳に届いた。

セイは相変わらず土方より斜め後ろに歩いている。

決して、隣には歩かない。

普段は「鬼副長」だの何だのと口達者で生意気だが、隊務とのけじめはきちんとつける。

そういうところに土方は好感を抱いていた。





「頼み事があるんだが・・・・・・」

「はい、何でございましょう」

セイが一歩土方に近付く。





「ある物を見立てて欲しい」

「・・・・・・はい、どの様な物でございましょう」

真面目な口調でいう土方にセイは少し眉をひそめる。

土方はたっぷりと間を置いてから、にやりと口を開いた。





「女子の飾り物なんだか」

「・・・・・・」

真剣な顔つきだったセイが露骨に眉をひそめた。

その変わり様に土方は気付かれぬように笑いをこぼした。





「『土方副長』、それは副長命令でございますか?」

語調がとげとげしい。

「・・・・・・だとしたら、どうする」

「ならば、仕方がありません。どなたに差し上げるかは存じませんし、知りたいとも思いませんが、命令でしたら小姓としては服従するしかございません」

「・・・・・・ではなかったら?」

「命令でないとするならば、洗濯物もたまっておりますし布団も干したいので、屯所へ帰らせて頂きます。じっくりとゆるりと選ばれるのが宜しいでしょう。 その女子も副長が選ばれたと知ったら、さぞ喜びましょう」





セイは口調とは裏腹に涼しげな表情で土方を見上げる。

セイにはこういうところがある。

セイの素性を知った後、小姓にし二人が心を寄せ合うまでにそう時間はかからなかったが、男女のことに関しては意外なほどセイは消極的だった。

普段の生意気とさえ思えてくる活発な様子からは想像も出来ぬ程で、こういう一面もあったのかと思ったことがある。

どんなに遅く帰営してもセイは寝ずに待っている。

あからさまに白粉の匂いをさせ襟元に紅が移っていても、何も言わずただ小さく低い声で「お帰りなさいませ」と頭を下げる。

思っていることがすぐ出るその表情から悋気をしているのは良く分かるのだが、それを決して言葉には出さない。



「花街に行くのはやめて、少しは私の方を見て下さい」



そういつ口にするのか楽しみにしているのだが、その思惑を知ってか知らずかセイは最後には何事もなかったように涼しげな顔をするのだ。

土方はいつかそんなセイを崩したいと思っている。



「命令を言わないとついて来ぬのならば、命令せねばなるまい」

笑いながら言うと、くちびるをそっと噛み締めセイは溜息をついた。







行くあてもなく、ただぶらりぶらりと飾り物目当てに歩いていく。

「『副長』は、このために(女子の)私を連れ出したのですか?」

呼称が『土方副長』から何時の間にか『副長』へと変わっている。

仕事で小姓として自分が連れ出されたのではないと先程の会話で察したのだろう。



「さぁな。お前はどう思う?」

逆に問い返され、セイは悔しそうに俯いた。



今まで土方が接してきた女子は積極的に自分の方を見てくれと寄ってきた。

今日は新しいお香を炊いてみただの、新しい帯をしめてみただの。

そんな女子に慣れていたからか、そういうところがないセイが新鮮でまた、どうしてもそういう言葉を言わせたくなった。

武士としてここにいる以上、そのような感情を抱いてはならないと思っているのか、たとえ抱いたとしても決してセイは口には出さない。

それを言わさせるのが男の手腕だと方々で遊んできた土方は思っている。

まずは手始めに他の女子の飾り物を選べと言ったらどのような反応をしめすか、土方は内心楽しみだった。





「・・・・・・で、お相手の方は、お幾つぐらいの方で、どのようなお方なんですか?」

土方とは目を合わさず、真っ直ぐと前を見つめながらセイは問いかける。

ちょうど一軒の装飾を扱っている店に着いた。

「何故、そのような事を聞く」

「いえ、別におっしゃりたくないのならばかまいませんけれど。選ぶ方としてはどのぐらいのお歳の方で、どのような性格の方か 知っておいたほうが、よりその方にお似合いのお品を選ぶことができると思ったものですから」



「そうだな。歳は俺よりも四つばかり上だな」



そこまでいうとセイが予想通り度不思議そうな表情をする。

相手はどこかの若い妓だと思っていたのだろう。

「性格は、まぁ、大人しい方ではないな。言うべきことは言う。そんな感じだ。芯は強いほうだな」





おきゃんというのではないが、確かに大人しくはないだろう。

義兄に嫁いだ後も、譲れぬものは譲れぬと義兄と話し合っている姿を見かけたこともあった。

なよなよと夫の言いなりになっているだけの女子ではない。

自分がこの姉上が好きでよく嫁ぎ先に出入りしていたのも、叱られる事が多くても自分を思ってくれている姉上が好きだったからだ。

農民といえども生活は安定していたからか、義兄もまた何も言わなかった。

それも姉が義兄に頼んでくれていたからであろう。

家は次兄が継いでいるし、末の自分は好き勝手に今後の人生のなりふりを決めることが出来た。

京へと旅立つ日、心配はしていないからと見送りにこなかった姉が、本当は少し離れた所で自分の姿が見えなくなるまで、 じっと見ていたと後日義兄からの文で知った時は、不覚にも涙腺が緩んだ。



「では、このような櫛はどうでしょう」

セイの言葉に我に返る。

見ると、派手ではないが質の良いもので長く使えそうなものである。



「きっとお姉上様は、弟の副長が京でどのように過しているのか気になっているのでございましょう。このお品ならば、これだけの櫛を買えるだけのお金が余分にあるのならば生活にも困っていないだろうと思われるでしょうし、なんとなく副長とは違って派手なものは好まれなさそうな感じがしますから、色合いも落ち着いた感じがいいと思うのですが・・・・・・」



セイはにこりと櫛を土方に差し出した。



「姉だとどうして分かった」



「だって、副長よりも年上のお方なのでしょ。私の存じている中ではお姉上様しか思い浮かびません。もっとも、以前沖田先生から副長にお姉上様がいらっしゃると 伺ったぐらいのことしか存じませんけれども。それに、先程の副長のお顔が一瞬とても優しそうな懐かしそうなお顔になったから、きっと身内の方なんだろうなぁと推察したのです」

櫛の色合いは姉上がよく好んで身につけていたものと似ていた。

「きっと、副長ならばこちらの紅色のすこし明るい櫛を選ばれるかしらとも思ったのですが、あまりに派手すぎるものを選びますと、お姉上様に無用な心配をおかけ致します故、このように少し落ち着いた感じのものがよいのではと思います」

「無用な心配?」

「はい。女子のことでございます。このような色合いはまだ嫁ぐ前か嫁いだばかりの女子が好みそうな明るいお色。そのようなお品をお姉上様にお渡ししては、 誰かそのような櫛が似合うような女子がいるのではと思われてしまいます」

「何故、そのようなことがいえる」

「男の方は正直でございますから、姉に送るつもりでも思い描いているのは、心の中に住まっている女子のこと。だから、どうしてもお姉上様ではなく、その女子 に似合うような櫛を選んでしまいます。それが妓ならなおのこと、派手な櫛になりましょう」

笑いながらいうセイに土方は女子のことは女子には叶わぬと内心苦笑した。

そして、先日送った櫛は姉が身につけるにしては少々若すぎたような気がしてきた。







主に代金を払い、店を後にする。

いつの間にかセイの顔には笑顔が浮かんでいた。

「副長のお姉上様ってどんなお方なのか、一度お会いしたくなってきました」

「仮に会ったところで、普通の女子だと思うが」

「いえ、沖田先生のお話によると副長はお姉上様には何かと頭が上がらなかったとか。一度、叱られている副長の姿を見てみたいものです」

想像しているのか背後からセイの忍び笑いが聴こえてくる。

それは最初土方が好いた女子に渡すと思っていたものがその実姉への贈り物だと知り安堵した気持ちもあるのだろう。







「お前は、あぁいうものには興味はないのか」

年頃である。

嫁いでもおかしくない年頃の娘が、自ら月代を剃り鏡の代わりに刀を握っている。

「もともと、女子らしい女子ではありませんでしたから」

セイは苦笑する。

確かに綺麗な髪飾りには興味はあったが、どうもそれはお転婆な自分には似合わないような気がして、身にはつけていなかった。

女子は女子らしくしなさいと兄に窘められていたことを思い出す。





「それでも、たまには恋しくなろう」

にやりと意地悪そうに尋ねてくる土方に、

「例え恋しくなったとしても、今の私には必要ございませんから」

とセイはそっと返す。



「それは本心か」

「・・・・・・副長もなかなか意地悪ですね。辛いことをお尋ねになされますな」





「だが、もういい加減髪を伸ばしたらどうだ。いつまでも前髪のままではかえっておかしかろう。総髪にしたらどうだ」

「しかし、それでは・・・・・・」

「どうせ、俺にはもう素性が露見しているんだ。それに日々俺の小姓として過すのだから、誰かに妙な勘繰りをいれられることも少ないだろう」

「それはそうですが・・・・・・」

「ここまで俺が言っているのだかなぁ。『命令』をせねば、お前は髪を伸ばしてくれないのか」

嫌になる程、良い笑顔を向けられセイは悔しそうに「考えておきます」と答えを返した。







※






それから三月後、また義兄から文が届いた。

内容はまた姉上から届いたといってもいいような内容で、息災にしているかと書いてあった。

櫛については最後に一言有難うと書いてあっただけだった。





更に一年後。

セイの頭にはもう月代はなかった。

さらりとした髪が風に揺れている。



副長室で干した布団を片付け、何もすることなしにボーっとしていると、何かが頭に当たった。

振り向くと、土方が笑んでいる。

頭には簪があった。

このようなもの頂いても困るという自分に、「まぁ、とっておけ」と土方は文机の前に座った。



せっかくなので、行李から鏡を取り出し見てみる。

簪を挿した己の顔を見るのは本当に久しい。

髪を切ったあの日、もうこのような格好はできぬと思っていた。





「私にはいささか質が良すぎませんか」と言うと、

「簪は人を選ぶから丁度良い。俺の見立てに文句あるか」 と返された。

まさかこの簪が後に忘れたくても忘れられない形見の品になるとは思わず、セイは風呂敷につつんで大事に行李に中に仕舞った。









バレンタインデーに乗じて、甘いお品を一つ書いてみようかしらと思って、仕上げてみましたが、如何でしょうか。

お砂糖、やっぱり少なかったでしょうか(どきどき)

甘甘風味のお品をそういえば、最近書いていないなぁと思って、久しぶりに書いてみたのですが、どうも匙加減が難しく このような感じになってしまいました。



そんなお品では御座いますが、皆様のお口に合えばこれ幸いですv