※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ややこしや、ややこしや。
「わたし」が「そなた」で
「そなた」が「わたし」
そも「わたし」とはなんじゃいな?
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ぷは〜食った。食った」
大きなお腹を満足そうにさすりながら、原田は楊枝を口に入れる。
「・・・・・・俺、いつも思うけどよ。ほんと、よく食うよな、お前。ここまで食べっぷりがいいと見ていて気持ちいいよ」
感嘆しているのか呆れているのか判別のつかない溜息を隣で永倉がもらした。
「ガキの頃、母親から教わらなかったか。『新八さん、好き嫌いしないでよく食べる子は早く大きくなって元気な子に育つのよ。たんとお食べなさい』って」
原田は永倉のお膳に残っているおかずを箸でつまみ食べさそうとするが、永倉は首を横に振り、「お前にやる」と視線を送る。
ちなみにこのおかずは永倉が唯一嫌いな物だった。
原田は待ってましたと大口あけて己の口にそれを運ぶ。
「・・・・・・これ以上大きく元気に育ってどうするよ」
「ぱっつあんらしくもねぇ。男はでかくなくちゃいけないんだぜ。でないと、男がすたるっちゅうもんだ」
「・・・・・・言っていることは間違ってないが、『でかい』の意味が違うだろうが」
「はっ、はっ、はっ。男が小さなことを気にしちゃいけねぇなぁ」
何を言っても無駄だと悟ったのか、永倉は口を閉じた。
「何だよ、暗れぇなお前。何か嫌なことあったか」
いつもふざけるこの男は親友想いの一面もある。
それを知っているから、多少の悪ふざけも憎めない。
「今日、昼過ぎに土方さんところに集まるように三日前言われただろ?」
「・・・・・・そうだったけ」
「やっぱり、忘れていたな、お前。土方さんが知ったら『切腹』させられるぞ」
からかうようにいう永倉に
「へん、俺は既に切腹した身だぜい。それにんなことで切腹なわけねぇだろ?あの人は俺の性格なんかお見通しさ」
と腹の傷を見せる原田。
「幹部集会があった後は大概仕事で非番がつぶれるからな。それを思うと・・・・・・。」
「何だ、何だ、ぱっつあん。もしかして夢中になっているこれでもいるのか」
永倉の目の前でピンと小指を立ててみせる。
「おおっ、その表情はもしかして、図星?」
目を輝かせ擦り寄ってくる原田に暗い表情で俯いていた永倉はにや〜とだらしない顔を上げた。
「器量良しは沢山いてもよ、こう性格の相性っていうの?やっぱり、心も自分と相性よくねぇとなぁと思うだろ?
この間の娘、俺的にはもろ好みでさ。初々しいところがまたいいんだ」
「・・・・・・ぱっあん、よだれ、よだれ」
「おおうっと。すまねぇ。そんでよ、俺も男だ『また逢えねぇか』と言ったわけよ」
「おう、それで、それで」
「そしたらさ、『今度の縁日の日に、またここの神社に来るつもりです』ってよ。頬染めて、声震えちゃってもう可愛いの何の」
「おおう!脈ありじゃねぇか。神社で知り合ったのか」
「あぁ、ある日ふらりと何気なしに立ち寄ったんだ。丁度縁日でよ」
「まさに神の思し召し!」
「だろ?お前もそう思うか?」
「で、どこの神社さ」
「教えな〜い」
「そりゃぁねぇだろうよ、ぱっつあん。ここまで話し盛り上げといて」
「嫌だね〜」
「・・・・・・ふ〜ん。いいぜ、お前がそういう態度とるんだったら。土方さんに『是非、二番隊の非番の日に策を実行してくれ』って提言するから」
にや。
原田の口元がゆるむ。
こういう悪ふざけが原田は一番好む。
そして、実際に実行することは長年の付き合いで永倉が一番分かっていた。
「ちょっ、左之!」
「早速行ってきましょうかね〜」
立ち上がった原田の裾を行かせまいとぎゅっとつかむ永倉。
双方の視線が絡まる。
しばらくの間
「あっ、あんなところに土方さんが」
「えっ?」
「隙あり」
一瞬永倉の力が緩まったのを逃さず、原田は副長室へとかけだす。
騙されたと知った永倉は、その後を猛烈な勢いで追いかけていった。
「いやだってばぁ、歳丸。くすぐったいって」
土方から頼まれた仕事を午前中に要領良く終わらせたセイは、昼食後、歳丸とじゃれ合っている。
「きゃぁ、もう」
ぺろぺろと舐める歳丸にセイは笑みをこぼす。
「歳丸。今日はゆっくり過せるんだ。何だか久しぶりこういうのって」
小姓には非番がない。
故に毎日が仕事。
それが実質隊を動かしている土方の小姓であれば尚更である。
「・・・・・・あれ?もしかしてちょっと大きくなった、歳丸?重くなった気がするよ」
歳丸はまだ子犬である。
だが、犬の成長は人間のそれに比べて早い。
前足を脇からもち、高い高いをしてあやすようにセイは歳丸を持ち上げた。
「左之!待て!」
肩を大きく揺らし、ぜぇぜぇと息をして漸く追いついた永倉は、不思議な光景を目にした。
副長室の前で呆然と佇んでいる相棒の姿。
目の焦点が合っていないようにみえるのは気のせいだろうか。
「おい、左之!左之!」
顔面で手を振ってやるとようやく原田が返事をした。
「はは〜ん、さては。土方さんに言ったら、逆に『それはいい考えだ。ならば十番隊の非番の日に策を行おう』とか言われたんだろ?」
にやっと笑って永倉は原田の肩をポンポンと叩くが、反応しない。
様子がおかしい原田にどうしたのかと尋ねると、原田はただ黙って副長室を指さした。
「なんだよ。本当の鬼でもいたか?」
そう笑いながら、永倉は障子をそっと開けた。
「・・・・・・ねぇ、歳丸。鬼副長って辛いよね」
歳丸と一緒に寝そべりながら、セイはつぶやく。
「お昼御飯を取りに行く時ね、皆私を見て廊下の端や部屋に逃げてゆくの」
くぅんと歳丸は相槌を打つかのように鳴いた。
「きっといつもあぁなんだろうね。知ってはいたけどさ。やっぱり、居た堪れないくて。本当はそんなに怖くないよ優しいところもあるよって言いたくなっちゃった」
セイは柔らかい毛並みを撫でてやりながら、畳を見つめる。
小姓をしてから分かった土方の不器用な優しさ。
不器用故に近くにいて漸く気付くことが沢山ある。
今のままでは、土方と隊士との間は離れる一方だ。
土方が鬼になることで作り出したその隙間を自分が埋めるわけにはいかないが、
それでもあんな目で見られるとやるせない。
セイは起き上がると歳丸を抱き上げて、そっと抱えた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
静かに障子を閉めた永倉は、ギギギっとぎごちない動作で原田を見る。
「・・・・・・左之・・・・・・」
「・・・・・・ぱっつあん・・・・・・」
原田の方はすでに涙目である。
「俺の目がおかしいんじゃねぇよな。俺は普通だよな」
「あぁ、左之。お前は何も悪くねぇ、悪くねぇ」
たち崩れそうになる原田にしっかりしろと永倉は支える。
「・・・・・・土方さんがあんな少女ちっくだったとは・・・・・・」
「犬に自分の名前付けて『・・・・・・ねぇ、歳丸。鬼副長って辛いよね』って・・・・・・」
「俺は京に来て、土方さんは昔の土方さんとは変わっちまったと思ってた。けどよ、どこかでまだつながっていると思っていたんだ」
「おう、俺もだ。それなのに、鬼副長になることがあんな風になっちまうぐらいにしんどく苦痛だったなんて、思いもしなかった」
「女でなく、犬に慰めてもらっている土方さんなんて・・・・・・」
「・・・・・・きっとよ、誰にも知られずに一人でいられるときは、いつもこうなんだぜ。変だと思っていたんだ。副長室はいつも締め切っているの」
「俺たち、同士だと思いながら今の今まで、土方さんの苦しみに気付いてやれなかったんだな」
「左之。俺、女に浮かれていた自分がすごく恥ずかしくなってきた」
「俺もだよ、ぱっつあん。飯のことしか考えていない自分がすごく苛立たしい」
二人の男達が大粒の涙を流す傍ではすずめが可愛らしく鳴いていた。
「あっ!!」
あまりに大きな声を出した総司に土方はびくんと肩をゆらす。
「なっ、何だよ」
「いっけない!忘れていました!ごめんなさい神谷さん。私、先帰りますね」
結局団子を21本食べた総司は天気がいいですねぇと嫌がる土方の手を無理矢理握りながらゆっくりと屯所へ帰っていたところだった。
総司の方は至って普通どおりにセイの手をつないだに過ぎないのだが、土方の方はさぶいぼができつつある。
「今日のお昼、土方さんに呼ばれていたんですよ」
「俺に?」
「いえ、貴女じゃなくて、土方さんに。臨時幹部集会だって」
「・・・・・・あっ!!」
今の今になって土方は思い出した。
普段しないような日程を過していたからか、すっかり失念していた。
「神谷さんも土方さんから聞いてました?幹部の中でも誠衛館の人たちだけ呼ばれているので、込み入った話になるかもしれないですけど・・・・・・。
あぁ、それならば余計に早く行かなくちゃ」
ごめんなさいと頭を下げて、猛スピードで走り出す総司。
しかし、その隣を同じく猛スピードで屯所へ向かうセイの姿に首を傾げる。
「あなたはゆっくりしてらっしゃい。お茶とかの準備は大丈夫ですよ」
が、一向にセイのスピードは衰えない。更に加速する一方である。
「それどころじゃねぇ〜!!!!!」
ものすごい土煙を立てて去ってゆくセイに
総司は呆然と見送った。
|