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ややこしや、ややこしや。
「わたし」が「そなた」で
「そなた」が「わたし」
そも「わたし」とはなんじゃいな?
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旬な秋の茄子を漬け終わった井上はぬか味噌の匂いが取れない手を気にしながら副長室へ向かっていた。
「源さん。江戸の頃とは違うんだ。隊長らしくしてくれ」
そう何度言われたことか。
土方の言い分は分かるが、それを演じられるほど自分は器用ではない。
土方は京に上ってから、見事に変わった。
それは演じているのか、はたまた真になりきっているのか、時折旧知の仲の己でも分からなくなることがある。
器用だと思う反面、逆に不器用だとも思う。
「隊長が賄い方みてぇなことするな」と声を荒げながらも、沢庵を持っていくと嬉しそうな顔をする。
その顔がのぞけるうちは土方は変わっていないと思うことにしようと井上は野菜を漬け続けることにした。
だから、このことだけはいくら土方から言われようとやめるつもりはない。
幹部集会の為副長室へ向かう足を止める。
・・・・・・また小言言われるかもしれんな・・・・・・。
両の手を鼻に近づけ、くんと嗅いだ後井上は苦笑した。
※
井上が副長室に近付くと、原田と永倉が庭をぼんやりと見ていた。
何故部屋に入らないのだろうか。
土方がいないのだろうか。
首をかしげながら、井上は二人に近付く。
「どうした、左之、新八。中に入らんのか」
二人はぴくりと肩を震わし、こちらを向いた。
「源さん・・・・・・」
「幹部集会は今日だったじゃろ。そこで何をしておる。もしかして、土方さんがおらんのか」
(・・・・・・いや、確かに土方さんはいるんだけどよ・・・・・・)
(・・・・・・ただ何というか、俺達の知っている土方さんはいないよな・・・・・・)
(どうするよ、ぱっつあん)
(どうするって?)
(ここはいっそさ、土方さんが部屋から出てくるまで入らないでいてやろうぜ)
(そっそうだな。自尊心の高い人だ、あんな姿は誰にも見せたくはあるまい)
(あの少女チックな土方さんは見なかったことにしてやろうぜ)
(あぁ、俺達二人の胸の中だけに納めておいて、墓場まで持っていってやろう)
(というわけで、源さんの注意をそらすんだ、ぱっつあん!)
(よっしゃ、任せておけ。左之!)
五秒ほど秘密会議を行った二人がぐるりんと井上の方へ向き直る。
「よう、源さん。ちょっと聞きてぇことがあるんだけどよ」
「なんじゃ、新八。それより早く部屋に入らねぇと・・・・・・」
「俺よ、いつも思っていたんだけどよ。源さんの漬けたやつって懐かしい味がするんだよな。江戸とこっちじゃ味噌が違うだろうに、何故あの味が出せるのか
前から気になっていてよ」
井上の肩を組みつつ、永倉は井上の視線を副長室から庭先へと移す。
「あっ、俺も気になってた。下手な店より源さんの方が、うめぇし」
食べ物の話題だったからか、永倉の話合わせる為か、永倉の反対側から井上の肩を組む原田。
「あぁ、それはな。わしが京に来てから改良に改良を重ねてだな・・・・・・」
「聞きてぇな、其の話、教えてくれよ、源さん」
ぐいっと肩に力を入れると井上はここぞとばかりに漬け方を熱く語りだす。
(・・・・・・左之。作戦成功)
(流石だ、ぱっつあん。)
二人は目を合わせ頷いた。
※
雀が小さく飛びながら土をつついている。
縁側では男三人組が漬物について語り合っていた。
・・・・・・否、正確には真ん中のやや老けた男だけだが。
「・・・・・・が秘策というわけじゃ。だがあと一つ大事なことがあってな、これを忘れるといくら良い材料が揃っても美味しいものはできん。何だか分かるか?それは真心じゃよ。真心。これを忘れては何事も良くはならん。このことを強く実感したときがあってな、あれはまだ江戸の頃の話じゃが・・・・・・」
と井上が拳を硬く握り、熱く語りだした其の時であった。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!
地響きのようなもの凄い音に三人が何事かと音のするほうへ顔を向けた途端、
「てめぇら、邪魔だぁ!!!!」
バシ!
ビシ!
ドカ!
リズムよく庭先に落とされる。
それに驚き雀は遠くへ飛んで行ってしまった。
バン!
目にも留まらぬ速さで障子を開け部屋に入ってきた来訪者にセイは歳丸を抱えたまま固まる。
「ふっ、副長?」
ようやく声を絞り出し何事かと問うたが、当の土方はものすごく肩を上下にさせて、手をさしのばしている。
「?」
土方の手が向いている方向には、お盆の上にのせられた急須。
「お茶ですか?でも、これはすっかり冷めてしまっているので・・・・・・」
沸かしなおしてきましょうと急須を手にしたセイからそれをぶんどり、土方はラッパのみをする。
そして、ようやく一息ついたのか、まだなお息が切れている状態でずいっとセイに近付いた。
「はぁ、はぁ、今から幹部集会が、はぁ、あること、っかり、はぁ、忘れていた」
「幹部集会・・・・・・・あっ!!」
そういえば、三日前に土方から今日の昼に幹部が集うから一刻程自由時間をやるといわれていたのをセイは思い出した。
「どっ、どうするんですか。私、そんな『副長職』は出来ませんよ」
「日延べすることも、はぁ、走りながら考えたが、ぜぇぜぇ、それでは、はぁ、間に合わん」
「どうしましょう。こうなったら、皆さんに本当のことを言わないと・・・・・・」
すっかり慌てるセイに土方は待てと肩をぎゅっとつかむ。
「いいか、ここに策の内容が箇条書きに書いてある。はぁ、それを言え。」
文机の引き出しからガサコソと文を取り出し、セイに渡す。
「でっ、でも、そんな急に」
「いいから、やれ」
「・・・・・・宜しいのですか。私がこの策の内容を知ってしまっても」
「あぁ、かまわねぇ。小姓のお前は実戦にでねぇし、もし間者なら俺が責任持って斬ってやる」
漸く息が落ち着いた土方は、セイが握り締めている歳丸を畳みに下ろした。
のそりと歩き出した歳丸は自分がいては邪魔だと悟ったのか文机の後ろに隠れるように伏せた。
「いや、斬ってやるといわれましても・・・・・・」
「いいから、やれ。後は俺が何とかする。いいな、これは『副長命令』だ」
ものすごい怖い自分の顔に睨まれ、セイはかすれた声で返事を返した。
「俺は小姓らしく茶を汲んでくる。其の間、お前は犬なんか抱いてねぇで、ここにドンと座って総司達が来るのを待ってろ。
俺が戻ってきたら話をはじめるんだ、いいな。話に詰まったら、俺が話すから」
そういうと土方はお盆を持って部屋を出て行った。
ドンと座って来るのを待っていろといわれても、そんなこと礼儀上できない。
「・・・・・・とっ、とにかく、先生方をお部屋にお通ししなくちゃ」
セイは立ち上った。
※
「はぁはぁ、神谷さんってあんなに足が速いだなんて・・・・・・。神谷さんぐらい身が軽いと速さが出るんでしょうか」
ようやく屯所に辿り着いた総司は、ふらふらと副長室へ向かう。
「・・・・・・あれ?原田さんに永倉さんに源さん、そんなところでお昼寝ですか?」
副長室の庭先で、仰向けに倒れている三人組にどこか能天気な声が掛けられた。
「・・・・・・さっきのは何だったんだろうな、ぱっつあん」
「・・・・・・嵐みてぇな土煙しか見えなかったぜ、左之」
「・・・・・・これからが大事な話じゃったというのに・・・・・・」
よたよたと起き上がる三人に「会議が始まりますよ〜」と何も知らない総司は笑って声を掛けた。
「沖田先生」
セイのつぶやきに
「あぁ、土方さん。会議にきました。ところで、あの、ちょっといいですか?」
あたりをきょろきょろと見渡すと総司はセイを柱に押し付けた。
「あの、昨夜は本当にごめんなさい。私の一人勘違いでした。あの、あの今朝謝りに部屋に行ったのですが、お取り込み中みたいだったので、
その・・・・・・謝るのが遅くなったんですけれど、本当にごめんなさい」
頭を下げるセイに何事かと目を白黒させる。
・・・・・・勘違い?・・・・・・あぁ、あの時の・・・・・。
漸く、昨夜土方がさらしをはずそうとしたのに怒って刀を抜いた所をタイミング悪く総司に見られたのを思い出した。
「土方さん?」
恐る恐る顔を上げる総司にセイはにこりと笑う。
・・・・・・あの時は副長許すまじと思ったけど、よく考えたら副長自身が自分で自分の格を下げたのよね。
「大丈夫ですよ、沖田先生。もう怒ってはいませんから」
セイとしてはこれ以上気にしないで下さい、悪いのは全部鬼副長なのですからと言う意味も込めて笑って言ったのだが、総司はぷるぷると震えている。
「うわぁ〜ん、そのやけに丁寧な土方さんらしくないしゃべりかた。やっぱりまだ怒っているんだぁ〜ごめんなさい、土方さん。宗次郎、もうしません〜」
「ちょっ、ちょっと先生」
大粒の涙をこぼしながらセイに抱きつき、わんわん泣き叫ぶ総司。
茶を汲みなおして戻った土方は、何故か庭先から立ち上がり互いに土を払い落としている三人組と
泣きながら自分に・・・・・セイに・・・・・しがみついている総司という奇妙な光景に思わずお盆を落としそうになった。
三人組にしても泣きついている総司にしても其の原因は自分にあるのだということをまだ土方は気がついていない。
ただ、何となくセイに・・・・・・といっても自分の姿なのだが、しがみ付いている総司がしゃくに障った。
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