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ややこしや、ややこしや。
「わたし」が「そなた」で
「そなた」が「わたし」
そも「わたし」とはなんじゃいな?
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ごくりと唾をのむ。
総司・永倉・原田・井上、幹部の中でも初期からの同士、つまり誠衛館派の者たちが座している。
そして、こともあろうことか、その上座に自分は位置している。
セイは背中を流れるいやな汗が止まらなかった。
「土方副長、お茶です」
一度肝が据わるとここぞという時には失敗をおかさない土方はどこからどうみても「小姓のセイ」を演じていた。
「どっ、どうも有り難うございます・・・・・・」
周りに聞こえない小さな声でセイは差し出された茶を見る。
(・・・・・・副長、お茶を湯飲みに注いでから茶たくに載せると茶たくにこぼれないですみます。それに、茶たくは相手に対して木目が横になるように差し出すものなのですよ・・・・・・)
といつもの小姓癖からかついついそういうことに目がいってしまう。
「副長、そろそろお話されませんと、先生方もお忙しい身」
にこりと笑いつつも「とっとと話して終わらせてしまえ」と肘でつんつく突っついてくる土方に、「分かっていますよ」とセイも突っつき返す。
「えっと、それではこれから会議を始めます。お忙しいところ、お集まり下さりどうも有難うございます」
大きく息を吸い込み、ハラリと懐から土方から渡された会議の内容を箇条書きに認められた紙を取り出すセイ。
(いつもこんな感じで、副長は懐から紙を出すよね・・・・・・ふっ、決まったわ)
けれど総司たちが自分を見る目がどうもおかしい。
目が点になっているのはどうしたことか。
(あれ?懐から紙を取り出す角度と速さはこれで完璧のはずなのに)
首を傾げるセイに
スコーン!
お盆が飛んできた。
「すみません。手がすべってしまって」
張り付いた笑顔を総司達に向けると、「副長、大丈夫ですか?」といいつつもぐいっとセイの襟元をつかんだ。
(おい、お前、何だよそれは)
(えっ、副長が懐から紙を取り出す様は我ながら上手く演じられたと思うのですが)
(何わけのわからねぇこと言ってやがる。俺はそんな腑抜けた話し方はしてねぇだろうが。いつものお前のですます調でしゃべったら、明らかにおかしいだろうが)
(・・・・・・あっ!)
漸くここにきてセイは普段の言葉遣いを改め、土方らしい口調をせねばならないことを気付いた。
(しっ、しかし、先生方に副長のような物言いは出来ませぬ)
(かといって仕様がねぇだろうが。俺が許す。いいか、身も心も俺になりきるんだ)
「あの・・・・・・」
眉をひそめながらこちらを見ている総司の言葉に二人はぎくっと肩を揺らす。
「申し訳御座いません」
にこりと笑みを向けた土方はゴホンと咳払いをする。
(え〜い、ままよ!!)
セイは目をつぶり、大きく息を吸った。
「おう、悪ぃな。みっともねぇところみせちまってよぉ」
傍にあった脇息にだらしなくもたれかかり、正座していた足をあぐらに崩し、そして背を丸める。
「会議とは他でもねぇ、長州っぽの奴らのことよ。あいつら懲りもせずまたオイタをしてやがる。言うことをきかねぇガキにはお仕置きをして分からせなくてはなるめぇ」
扇子をパチリと閉じ、神経質そうに脇息をたたく。
〔副長っていつもこんな感じだよね。)
セイは箇条書きに目を通しながら、セイなりに土方を演じたのだが・・・・・・。
(・・・・・・やっといつもの土方さんにもどったな、ぱっつあん)
(・・・・・・あぁ、さすがに俺たちの前に少女ちっくな一面は見せられんだろう、でもなぁ・・・・・・)
(なぁ、総司。土方さんはあんなに・・・・・・)
(えぇ、いくらなんでもあそこまでガラは悪くなかったと思うんですけれど・・・・・・)
(・・・・・・今日の土方さん、何か変・・・・・・)
総司・永倉・原田・井上は同じことを思ったが、
(でもまぁ、機嫌悪い時の土方さんってこんな感じだし、今日は虫の居所が悪いのだろう)
と四人ともあっさりとセイの演じる土方像を受け入れた。
受け入れられなかったのは、当の本人土方である。
ズバコーン!!
再び盆が室内を飛んだ。
「あら、ごめんなさい。ついつい手がすべってしまって」
どこかこわばった笑顔を四人に向けると、
盆が当たり頭を抱えているセイにぐいっと近付く。
(てめぇ、何度言えば分かる。身も心も俺になりきれといっただろうが。俺はお前になりきってやっているのに、何故お前はできねぇ)
(いったぁい、もう。乱暴者ですね。だから、なりきったじゃありませんか)
(俺はあんなにガラ悪くねぇ!)
(私がいつも感じている副長はこんな感じです)
(お前の目は節穴か!これでは俺の品位が下がるじゃねぇか)
(品位ですって。もともと副長にそのようなものあるとお思いですか?)
(・・・・・・ぬわぁに〜)
眉を吊り上げる自分の顔を間近に見て、セイは深呼吸をする。
「おい、神谷。そこにいては、話がすすまんだろうが。童は大人しくしていろ」
(なっ!三十路過ぎたこの俺に童と言うのか、お前は)
(ふん、今は何をおっしゃっても無駄です。『副長』は私ですから)
「神谷、下がれ」
セイは言い放つ。
何だか自分に自分で下がれというのはおかしいと思いつつも。
土方は仕方なく下座につく。
(ふふ、何だか副長より偉くなったみたいで面白〜い。どんどん副長になりきろうっと)
セイは息を小さく吐くと部屋に集まった四人をぐるりと見渡す。
「悪かったな。童が話の邪魔をしてよ。俺の小姓でありながら躾けがなってなくてすまなかった。後でよく言っておくから。さて、本題だ」
脇息から身を乗り出し、セイは意地悪げににやりと笑む。
「いい加減、長州を追い掛け回すのも飽きた。ここらで一度大捕り物をしようと思うんだが、各々方、異存あるまいな」
まるで悪大名のような土方に四人は恐怖からコクコクと首肯するしかなかった。
※
「・・・・・・では、そういうことだ。万が一ということもある。情報が漏れぬよう、他の隊士達には当日まで黙っておけ。いいな」
「「「「承知!」」」」
そうして無事会議が終わり、四人が去った後。
部屋には伸びをするセイと俯いた土方が残った。
「あぁ〜慣れないことをするのって肩が凝るものですね。無理に猫背で演じていたら、腰も痛くなっちゃいました」
う〜んと背伸びするセイに、土方は満面の笑みを貼り付けて振り向く。
「あぁ、無事に会議が終わったことには礼をいうよ、『土方副長』」
「いえいえ・・・・・・って、何だかその笑顔が非常に怖いんですけれど・・・・・・・」
「よくもお前、この俺をこけにしやがったな。挙句の果てになんだあのガラの悪い俺は。ん?じっくりと話し合おうじゃないか。お前の中では俺はあぁいうふうに
映っているんだな」
「いや〜、私もちょっと調子に乗りすぎたかしらとは思っているんですが・・・・・・」
ずるりずるりと後ろずさるセイに、ゆっくりと近付く土方。
「元に戻ったら、覚えておけよ」
ビクンとセイの肩が揺れる。
「俺を怒らせると怖いぜ、神谷」
ごくり。
セイの乾いた喉が鳴った。
「そろそろ、優秀な監察方が戻る頃だ。伊東をとっちめた後は、お前だ。神谷」
身長差を感じさせないほどの威力。眼力。
セイのなりをしていてもやはり土方は土方。
ねめつける土方に怯えるセイ。
しばらくこの態勢が続いた後。
「失礼致します。副長、山崎です」
廊下から監察方の声が聞こえてきた。
「ほうら、来た。神谷、覚悟しとけよ。まぁ、気休め代わりに詫びの言葉でも考えておくんだな」
はっはっはっと呵呵大笑し、山崎を室内に招き入れた土方。
しかし、悲しき哉、山崎の口から出た言葉は土方の望んだものではなく。
「伊東参謀、内海先生、両先生とも足取りがつかめません」
わなわなと平伏する山崎に土方は思わず座り込んだ。
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