ややこしや〜其の十五〜




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ややこしや、ややこしや。



「わたし」が「そなた」で

「そなた」が「わたし」



そも「わたし」とはなんじゃいな?



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風呂場から部屋に戻ってきた二人。



土方は残念そうな表情をしているが、セイはそれに気付かない。



男はこういうことに関してはしたたかな一面があることを女はまだ知らない。



土方は苦笑する。



その幼さに。



その無邪気さに。



穢れなきこの可愛らしい花をいつかは手折りたいと思っている男がすぐ傍にいることにまるで気付いていないのだ。



今はまだ時期尚早と思っている。



でも、いつかは・・・・・・。



花手折りし時、女はどんな顔をするのだろう。



花びらはどのように散りゆくのだろう。





・・・・・・いつまで我慢できるかな。





男はそっと顔をゆがめた。







「副長。あの・・・・・・今日どうしてもお体を拭きたいですか?」





部屋に着き、セイが恥ずかしそうに問いかける。



形は己の姿をしているというのに、仕草はセイそのもので、セイが重なってみえる。



「いえ、あの・・・・・・。先程お湯をもらってきてお拭きしますと言ったのですが・・・・・・、もし明日元に戻れたとしたら、その・・・・・・今日だけ我慢すればその・・・・・・」



「俺に目隠しするんだろ?俺にはどうせ見えねぇじゃねぇか」



女の言わんとしていることを知りつつもそう返す。



我ながら意地が悪いと思いつつも。



「でも、冷静に考えたらすごく恥ずかしいなぁって・・・・・・」



「俺は毎日風呂に入らねぇと気がすまねぇ性質なんだ。戦場(いくさば)に来ているわけでもあるめぇし、風呂に入らないっていうのはなぁ。昼に総司に連れまわされたし、屯所には会議の為に走って帰って来たから汗で気持ち悪い」



セイは俯く。



「逆に言えば、俺の体が風呂に入らないというのも嫌だな。お前、せっかく男の形しているんだから、湯を浴びて来いよ。いつも風呂には苦労しているんだろ」



追い討ちをかけるように付け加えると、セイははっと顔を上げ、それが次第に赤く染まる。



「いえ、あの・・・・・・。体は副長でも、心は私です。他の方が入ってこられたら、男の方とお風呂に入ることになるわけで・・・・・・。それはすごく・・・・・・。

それに体を洗うときはどうすればよいのでしょう。いくら日々隊士達に囲まれて男の人の裸を普通の女子よりも見慣れているとはいえ、その・・・・・・」



泣きそうな顔に少し苛めすぎたかと土方は苦笑する。



「しょうがねぇな。ならお前もお湯で拭くだけ拭いてくれ」



女はその言葉に少しだけほっとした。



では、お湯を用意してきます。



そういうとセイは静かに部屋を去っていった。



















隊士達は広間で夕飯を食べているので、副長室に訪れる者は誰もいない。



露見したら困るからという理由で、先にセイの体を拭くことになった。



最も中味は土方だが。





「では・・・・・・」



そういうとセイは手ぬぐいを土方の目隠し用に二本、手を縛るように一本、形三本を取り出す。



「・・・・・・お前、目隠し二重にしなくてもいいじゃねぇか。それに何故手まで縛る。俺がじっとしていればいいだけの話だ」



「私は副長を信じておりますが、万が一ということがありますので。哀しいことに万が一の可能性がこと副長の場合千が一否、百が一、十が一と確率が高くなりますのでお互いの信頼関係を崩さないためにも前もって、手の方も封じさせていただきましたが、何かご質問でも?」



「そこまでせんでも俺はお前を困らせるようなことはしない」



土方はやや弱気にそう反論した。



昨夜と先程の風呂場であらぬところについつい触れてしまった己に対する良心の呵責があるのか語尾は聞き取れないほど小さくなる。



「ならば尚のこと、手を縛られても不都合はございませんでしょう。私も副長の事を信じてはおりますが、昨夜『さらしきつくねぇか。息しづれぇ』と勝手にさらしに手をかけた前科がございますので、些か不安なので御座います」



にこりと笑った気配がした。



目隠しに使用された手ぬぐいは紺色に染められたもので、しかも二重になっているので、「灯りで透けて見える」という最後の希望も潰えて、土方はガクリと首を落とした。





「まずは上半身だけ脱ぎますね」



襟元をそっと割られ肩口から衣がすべり落つ。



「じっとしていて下さいね」



セイはためらいつつも、ゆるりとさらしをほどいてゆく。



土方は頭に思い描く。



見た目の土方がセイを目隠しし、手を縛り、さらしを解いている図を。

もし第三者がこの部屋に入ってきたら何と思うだろう。





「・・・・・・ん?」





セイの手が止まった。



「どうかしたか」



「・・・・・・副長、まさかとは思いますが、さらし、ほどきました?」



低く怖い声が耳のすぐ傍から聞こえてくる。



「なっ、何いってやがる。そんなことするはずねぇじゃねぇか」



声が震えているのは単にセイの声が怖いからだけではない。



「・・・・・・おかしいですねぇ。私、さらしはいつも下から上へ巻き上げるのですが、いまのさらしは上から下へ巻き上げられているのです」



じぃ〜と見られている視線を感じる。



土方は昨夜セイが寝た後こっそりとさらしをほどいたことを思い出す。



結局、その日は新月からまだ日が浅く、月明かりもわずかで満足に見ることはできなかったので、触れるだけにとどめたのだが・・・・・・。



「・・・・・・俺を疑うのか」



「・・・・・・何故声が裏返っておられます」



ひやりと背中に嫌な汗が流れる。



「違うといっている。しつこいぞ。はっ、まさか。お前俺にほどいてほしかったのか。それならそうと遠慮なく言ってくれば、俺も・・・・・・」



逃げるようにからかいながらいうと、



「違います!」



セイは声を荒げた。



「まぁ、いいです。偶然ということもあるでしょうから。しかし、副長。もしそのようなことをなされていたのでしたら、昨夜も申しましたように私恥ずかしさのあまりで自刃致します。今の体で自刃すると死ぬのはどちらか、お分かりになりますよね」





スラリ。





鞘走りの音をさせたセイ刀身を抜き出す。



目は見えなくとも、気配は感じられる。

今どのようなことが目隠しの向こうで起こっているのか。



土方はコクコクと首を激しく縦に振った。





カチャリ。



「お分かりになられているのならば、宜しいのです」



鞘に閉まった時になる鍔の音に土方は安堵の息をもらす。





しゅるしゅるしゅる。



再びさらしがほどかれ肌寒さを感じた。



ぶる。





不随に体が震える。



「あぁ、御免なさい。寒いですよね。早く拭きますね」



ぴちゃ。



手ぬぐいが桶に浸される音がする。



目が使えない分、耳で仕草を探る。



それがとても心を騒がせる。



「熱かったらおっしゃってくださいね」



背中にあたたかい手ぬぐいが触れ、そしてそれは上下する。



セイが土方の背中を拭くなどもう今後ないであろう状況。

その状況に男は胸が否応なしに高まる。



「では、次に前を拭きますね」



再び湯の音がする。



音だけの世界は予想外に甘美で艶やかだった。



「う〜んこのままだと拭きにくいですね・・・・・・。副長、万歳して下さいませんか」



セイは土方の結ばれた手首をくいっと頭上にあげる。



先程からずっと第三者視点で今の様子を想像している土方はたまらなくなった。



見た目は己がセイの目を隠し、手を縛りそれを頭上に上げ、そして胸元を拭いている。



それが酷く卑猥な構図に思えて仕方がない。



如何に女慣れしている自分でも理性が飛びそうになる。



「・・・・・・早く・・・・・・してくれ・・・・・・」



力ない声が口からもらされる。



これまでに己が秘めていた想いを解き放ってしまいそうなのだ。



この想いを形にしてしまえばきっとセイは泣くだろう。



そんな顔はまだ見たくない。



「あっ、ごめんなさい。お寒いですよね。すぐ拭きますので」



男の想いなど知らない女は、優しく拭きあげてゆく。



その感触がまるでそっと肌に触れられているようで、おかしくなってしまいそうだ。



今まで男の自分には感じることの出来なかった女ならではの感じ方。



いつも与えるばかりの男が初めて与えられる感触。



頭がおかしくなりそうだ。



乾いた喉にむりやり唾を飲み込んだ。



「拭き終わりましたので、さらしを巻きますね」



漸くさらしを巻きつけられる感触に、土方は荒く息を吐いた。



「腕や手は副長に拭いてもらうとして・・・・・・。う〜ん、足はどうしましょう。あまり裾をめくりあげられても困りますし、膝から上はこちらで拭きますね」





ぽちゃん





手ぬぐいが桶に入れられる音。



もう、これ以上はもちそうになかった。



これ以上・・・・・・。









「いい!もういい!!」











男は手首を勢いよく離し手ぬぐいをちぎるとそのまま目隠しも乱暴にとる。



視界には驚いた顔の女。





「なっ、何されるんですか!」



「うるせぇ!もういい!!・・・・・・ちんたら拭かれちゃぁ、風邪引いちまうんだよ!!」



甲高い声が室内を轟かせた。



女はビクッと肩を揺らす。



「手際が悪くて申し訳御座いません」



肩を震わせながらセイは頭を下げる。



己の顔が余程怖い表情をしているのか、それとも先程の怒声に驚いたからなのか、女の瞳から涙がこぼれる。



・・・・・・最も見た目は土方が泣いているのだが。



「ごめんなさい。ごめんなさい」



その光景に土方は頭をくしゃりと掻きむしった。



「・・・・・・お前に拭かれている間・・・・・・伊東の野郎のこと考えてたらちょっとむしゃくしゃしてきてな・・・・・・怒鳴って悪かった」



頭を撫でてやろうとしてその手が止まる。



自分で自分の頭を撫でるという奇妙な光景に戸惑うが、そっと撫でた。



そこには目を晴らした己の姿。



それが何故だかセイに見えるのだから、これもまた奇妙さを感じる。









「・・・・・・今度は俺がお前を拭いてやる。湯も少し冷えてきただろう。もらいにいってきてやる」





セイをぽつんと部屋に残し土方は慌てて部屋を出た。



今の自分には頭を冷やす必要があった。







歳、本能に耐えてよく頑張った。感動した(笑) 小心者なので石投げるのはやめてください<(_ _)>



(初出:2004年10月16日)