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ややこしや、ややこしや。
「わたし」が「そなた」で
「そなた」が「わたし」
そも「わたし」とはなんじゃいな?
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総司と斉藤にあてがわれている部屋に着くと、頭上から再び声をかけられた。
否、かけられたというよりは、つぶやいたという表現が正しいだろうか。
「土方さんって、例えあなたの正体を知っていたとしても、あんなことする人ではないんですけれど・・・・・・」
あそこまで行き過ぎることはないだろうが、近いうちに腕に寄せたいとやましい気持ちを抱いている当の本人は胸がちくりと痛む。
しかし、手の悪い自分のことを知っていながら、何故このような事を言ってくれるのだろう。
いつもは目の前にある総司の顔をセイの形をした土方は見上げながら考える。
それを訝しげな表情と捉えた総司は、
「あんなことがあった後だから、納得しづらいでしょうけれど。土方さんは、確かに遊び人ですが、遊ぶ相手はそれなりに考えているようですよ。
束縛されるのを嫌う人ですから、相手にするのも本気にならないそれこそ『大人のつきあい』が出来る女子。明日になればきっと不器用な詫びの言葉が
聞けますよ」
くしゃりと土方の頭をなでた。
「・・・・・・見透かされている・・・・・・」
「そりゃぁ、私はあなたがお小姓さんになる前からずーっと土方さんを知っていますからね。どんなことでも知っていますよ。でも、一番よく知っているのは、近藤先生かな」
妙に居心地が悪い。
今、こういう言葉を聞くのは何だか盗み聞きしているようで、背中がむずむずする。
そこまで考えて、ふと土方は思った。
このままだと、総司はこのまま自分がセイを襲おうとしていたと勘違いしたままではないか。
その誤解だけは解いておかねば。
「あの、そ・・・・・じゃない、沖田先生。さっきのは、違う。神・・・わっ私の着物の中に、油虫が入ってきたから、副長も驚いてああなったんだ。断じて襲ったわけではねぇ・・・・・・・ないと思います」
「・・・・・・気を遣わなくてもいいんですよ」
「だから、あれは違うといっている。本当に油虫が・・・・・・」
「・・・・・・えっ、だったら私の勘違いですか?もしかして、早とちりしちゃいました?」
カァ・・・・・・と瞬時に顔を赤らめる総司。
「どっどうしましょう。絶対、土方さん気を悪くしましたよね。でも、あの場はそうとしか見えなかったものだから・・・・・・・。本当にその・・・・・・何にもなかったんですか」
実際は何にもなかったどころではない。
伊東の餅のせいで、中身が入れ替わってしまうという摩訶不思議な事態が起きているのである。
だが、総司が想像しているようなことは何にもない。
「あぁ、お前・・・・・・沖田先生がすごい勢いで連れてゆくので真実を言えずじまいだったが・・・・・・」
総司の顔がムンクの叫びになる。
「どうしよう。どうしましょう。私ったら、絶対明日土方さんに怒られそう。というか、殴られそう・・・・・・」
「・・・・・・殴る?」
「神谷さんは知らないでしょうけれど、土方さん一度怒らすと怖いんですよ。しかも、こういうことで・・・・・・。私の一方的な間違いだったので非は私にあるのですが、
どうしよう。明日は私だけ一日巡察かもしれない。いやいや、大阪出張に飛ばされるかしら。それとも一月御菓子抜きの計かしら。殴られるだけなら慣れていますから別にいいんですけれど・・・・・・。剣術師範の仕事を増やされるのならばまだいいのですが、本当に土方さんが怒っている時は頭を使わせる仕事をさせるんですよ。しかも町ごとの捕縛者数とか月ごとの出納とか。他に適役はいくらでもいるのにもったいぶって『これは、秘密裏のことだからお前に頼むんだ』って言うんです。
あぁ、もうどうしましょう、本当に。今から謝ってこようかしら」
目の前で急におろおろし出した総司に土方は驚く間もなく、発せられた言葉のないように眉をピクピクと動かす。
確かに、事実である。
部屋に来て昼寝をした総司に羽織をかけてやったら、よだれをつけられたので翌日一日巡察を命じた。
門外不出の発句帖を勝手に持ち出し笑っていたので、意味もなく大阪出張を命じた。
菓子の食べすぎで腹を壊し隊務に支障がでたので、一月菓子抜きの計を命じた。
時間になっても道場に来ないと平隊士が総司の姿を探し回っている姿をみかけたので、三倍の剣術師範の仕事を命じた。
以前、あまりにもセイと自分が似ている似ているとうるさく言ってきて頭に来たので、計算仕事を命じた。
・・・・・・が、すべて非は総司の方にある。
先程のまるで自分を持ち上げるような発言とは打って変わって、この言い様。
何なのだ、一体。
フツフツと怒りが湧いてきた。
この形では何も出来ないが、もとの姿に戻った時に覚えておけとまだおろおろしている総司に土方が睨みつけているところで、
斉藤が入ってきた。
何やら慌てている総司とそれを睨みつけているここにはいるはずもないセイの姿をみて、いつもの無表情のまま首を傾げる。
「清三郎。どうした?」
首で総司の方向をしゃくりながら問う斉藤に土方は答えに詰まる。
「あぁ、斉藤さん。巡察お疲れ様です。それはともかく、私、明日殺される運命なんです、土方さんに!!」
泣きながらすがりついてくる総司に再びセイを見、説明するよう促したが、土方は首を左右に振り相手にするなと返した。
「副長といえば、様子が変だったぞ」
総司の肩がぴくりと揺れる。
土方も今頃になって置き去りにしてきたセイのことを思い出した。
「巡察の報告をしてきたんだが、いつもの明瞭さがない。何を聞いても答えが返ってこない。俺の報告を全て筆記していたのもおかしい」
後で自分に斉藤からの報告をもらさず伝えられるよう苦肉の策として全部速記しているセイの姿を想像する土方。
「そして、おかしいといえば、清三郎もおかしい」
「・・・・・・あん?」
「いつもなら、俺の顔を見たら『兄上』と呼んでくれるのにそれがない。今みたいに久々に会えたときは、抱きついてくるのに」
じーっと己の顔をみてくる無表情な斉藤に土方は目をそらす。
斉藤の太い眉毛の間に皺ができる。
しばらくの間。
「兄上!」
内心泣きながら言われたとおり、斉藤の体に抱きつき、兄と呼ぶ。
鍛えられてごつごつした男の体に抱きついても何も感動はない。
斉藤のほうも、頭を手でなぜなぜしてすっかり兄上気分に浸っている。
・・・・・・もう、戻ろう。
くだらぬ策を弄した俺が間違いだった。
早く、元の体に戻ろう・・・・・・。
「兄上。そろそろ副長室に戻ります」
抱きしめる斉藤からベリっと体を離すと土方は一目散にこの場を後にした。
やれやれと部屋に戻ると、黒い羽織の男が何やらうずくまっている。
セイの視野から見る自分の姿というのは、随分と大きいのだとふと思った。
「よう」
何と声をかければいいか、分からない。
無言で部屋に入るのも憚れるので、小さく声をかけてからセイに近付いた。
セイは振り向かない。
何をしているのだろうかと覗き込んだ瞬間、土方は固まった。
餅を食べてセイと目が合った後、奇妙なめまいがして中身が入れ替わってしまった。
もし、この餅が食べた後目の前の者と中身を交換してしまう代物ならば、解決策は一つ。
もう一度、今の状態でどちらかがこの餅を食べ目を合わせればいいのである。
そうすれば、裏が表になるように、この馬鹿げた現象が元の鞘に納まるのである。
それを・・・・・・。
それなのに・・・・・・。
「お前、なに犬に食わしているんだ!!」
あろうことか、セイは犬にその餅を食べさせているではないか。
「あぁ、濡れ衣きせ屋さん。お帰りなさい」
言葉に含まれている毒に引っかかりを覚えたが今はそれどころではない。
「だから、犬に何をさせているんだ、お前は!!」
「歳丸が食べたいというからあげたのです」
「は?歳丸?」
「ここ半月前から副長室の床下を寝床としている犬の歳丸です。目つきの悪さが誰かさんを彷彿させるので、歳丸とこっそり命名しました。
歳丸は性分は誰かさんと異なり大人しく優しい、誰かさんにいじめられたとき歳丸に愚痴をこぼすとぺろりと頬を舐めてくれます。今ではすっかり仲良しこよしです。ちなみに、雄です」
「そんなこと聞いてんじゃねぇ!その餅は俺たちが元に戻る唯一の方法だったんだと言っているんだ!」
「・・・・・・え」
「・・・・・・え、じゃねぇ!その餅食ってからおかしくなっちまったんだから、もう一度その餅を食えば元に戻るだろうが」
土方はセイに餅についての推察を述べる。
「そっそれじゃぁ、何ですか。再度私たちがお餅を食べれば・・・・・・」
「そうだ。元通りになるんだ。それをお前は!!」
真っ青になったセイは歳丸に駆け寄る。
「歳丸。さっきのお餅。ペッって。ぺっしなさい。御願いだから!」
「・・・・・・どうみてももう遅いだろうがよ・・・・・・」
歳丸は満足そうに舌をぺろりと舐めるとすりすりとセイに寄り添った。
犬は外見だけで飼い主を判断しないようである。
実際、セイの姿をした土方には様子を伺うように睨み付けている。
そして、くぅんと鳴くと外へ出て寝床である床下に戻っていった。
「・・・・・・どうしましょう・・・・・・」
「・・・・・・知らねぇよ・・・・・・」
座り込む二人に満ちた月が頭上から照らしていた。
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