ややこしや〜其の四〜




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ややこしや、ややこしや。



「わたし」が「そなた」で

「そなた」が「わたし」



そも「わたし」とはなんじゃいな?



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しんと静まり返った室内に庭から秋の音色が聞こえてくる。



最初に口を開いたのは、土方の方だった。



「とにかくだ。元凶の当人に何としてでも責任をもって、俺達を元に戻してもらう」



すくっと立ち上がり障子に手をかける姿を横目にセイは深い溜息をつく。



「・・・・・・無駄ですよ」



「ここは副長という職務を最大限に活かして、あの野郎に何とかしてもらう。格は参謀より副長の方が上だ」



「そうではなく。伊東先生は、今晩外泊されるそうです」



セイは二度目の溜息をついた。

話そうとすると土方の声が出てくるという感覚の奇妙さに未だ慣れない。

そして、土方の声で出される溜息というのも何だか慣れない。



目を見開く土方に尚も言葉を続けた。



「先程、加納先生がいらっしゃいました。伊東先生からの言伝とのことです。外泊先は遊興の場とおっしゃっていました」



「何が、遊興だ!祇園か?島原か?こうなったら、隊士をつれて片っ端から捜索だ」



「・・・・・・と口では言えても、そのような無粋なことはできまいとの魂胆からでしょう。実際はどこかの宿屋にでも泊まられているんじゃないんですか。明日ならいざ知らず、今日のうちに何とかしようとしても打つ手なしですよ」



セイは首を横に振って見せた。





「とにかく、もう今日は悪い夢を見たと思って、もう寝ましょう。案外明日の朝起きたら、元に戻っているかもしれませんよ」

傍にある脇息を隅に寄せ、押入れへと向かうセイ。



「お前、何悠長なこと言ってやがるんだ。一生、このままだったらどうするんだよ」



「それは多分ないと思いますよ」



あら、この姿だと一番上の布団が取り易い、やっぱり背丈はもう少し欲しいなあとつぶやきながらセイは布団を敷き始める。



「今までのしびれ薬や惚れ薬や媚薬も同じように大慌てしたけれども、結局は後に元通りになったではありませんか。きっと今回も成分が消化されて体内から抜けきれば元に戻ると思います」



ふむ・・・・・・。

薬売りの経験を持つ土方は腕を抱え込む。

確かに言われてみれば、そうかもしれない。



「仮に、もし数日経っても変化なしだとしても、伊東先生がいつまでも逃げ回れるわけありません。隊からの脱走が切腹と定まっている以上、ずっと外泊というわけにはいかないでしょう。少なくとも五日後、黒谷へ局長と副長と三人来るよう言われているわけですから、必ず姿を現す。その時に、責任をとって頂ければよいのです」





手馴れた様子で布団を敷くセイを土方は見る。

こういうときは、男よりも女の方がしっかりしているらしい。



「さぁ、もう寝ましょう。・・・・・・ちょっと失礼」



そういうとセイは手ぬぐいで土方の・・・・・・正しくはセイの形をした土方を目隠しした。



「何するんだよ」



「寝巻きに着替えるんですよ。副長はじっとしててくださいね。着替えは私が行いますので。またあらぬところを触られたんじゃたまりませんから」



「わざわざそこまですることねぇだろ。俺が目を閉じてればすむ話だ」



「残念ながら信用できませんから・・・・・・はい、袖を通して下さい。・・・・・・こっちも。・・・・・・帯締めますよ」



女に着替えさせてもらうという余韻に浸る間もなく、あっという間に着替えは終了した。

もっとも、端から見ると、男が女の目を隠し、手取り足取り着替えさせているという何とも怪しげな構図になっているのだが、本人たちは気づいていない。



「副長の寝巻きへの着替えはどうしますか?同じように私を目隠ししてしますか?」

手ぬぐいを差し出すセイに

勝手にしろと土方は布団に背を向けて横になる。



それではとこちらも背を向けて着替え始めるセイの様子を土方はごろりと体の向きを変え、横目でちろちろ見遣る。

どうみても目の前には自分の体があって「男が着替えている」のだが、着物の脱ぎ方、着方に艶がある。

セイが着替え終わるのと同時にまたごろりと背を向け、そして目を閉じる。

瞼にはセイが先程と同じように着替えている姿が映る。

いつもセイは蛇腹の奥で着替えているので、実際にその様子を見たことは土方にはない。





「副長。お行儀良く寝て下さいね。足をばっと広げたり、とにかくはしたない事はしないで下さいね」



土方とセイの布団の間には蛇腹がある。

セイが小姓としてここに住まうようになってから、いつからかできた習慣である。

これがあると朝着替える時に都合がよい・・・・・・そうセイは思っているようだが、土方にしてみればこれがあることで

自分の想いを外に出さずに済んでいた。

蛇腹は自分とセイとの間の一線なのである。

それを超えることは、まだ時期尚早だと自分に言い聞かせてずっと夜を迎えてきた。



「明日、朝起きたら元に戻っているといいですね。お休みなさいませ」



蛇腹の奥から聞こえてきた声に「おう」と答える。



ふうと息を吹きかける音が聞こえる。

途端に室内が暗くなった。







室内に聞こえてくるのは、虫たちの奏でる音色とセイの寝息。



土方は瞼を閉じ、そして思い描く。

先程と同じように着替えるセイの姿を。

白い絹のような肌、柳腰、細いうなじ・・・・・・。

しばらくは、眠れそうになかった。







歳、妄想中です(笑)





(初出:2004年9月17日)