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ややこしや、ややこしや。
「わたし」が「そなた」で
「そなた」が「わたし」
そも「わたし」とはなんじゃいな?
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「う〜ん・・・・・・」
ごろりと体の向きをかえる。
耳には雀の鳴き声が聞こえてくる。
起きなければいけないが、まだ寝ていたい。
再び寝返り、今度はうつ伏せになる。
幾度もぐずついた後、寝ぼけ眼でセイは顔を上げた。
「ふくちょぉ・・・・・・。朝ですよ・・・・・・」
体から眠気が抜け切らないセイは己の発した声で一気に目が覚めた。
想像していたよりも低い声。
いつもと異なる感覚に思わず布団を抱きしめる。
悪い夢だと思っていたのに。
一晩寝たらこの夢から醒めると思っていたのに。
慌てて蛇腹の外を見ると、そこにはあられもない姿で寝ている自分の姿。
こちらを向いて寝ているその姿は襟元はこの上もなく緩みまくり、足は布団とからまり下帯が見え隠れしている。
あまりのはしたない己の姿にセイは思わず悲鳴をあげた。
「いや〜!!!!!!!」
部屋が揺れるほどの男の太い大声で、土方は枕元にある刀をつかみ起き上がる。
「何事だ!」
部屋をぐるりと見渡し最後に自分の足元をみやると自分ががわなわなと肩を震わせながら泣いていた。
その姿にぎょっとする。
何故自分が目の前で泣いているのだ。
数秒ほど寝起きの頭で考え、そしてその答えに行き着いた。
大騒がせな奴だと頭をぽりぽり掻くとドカッと座り込んだ。
「ったく。あんだよ」
「何ていう格好で寝ているんです!足を揃えて寝て下さいと申したでしょ。一晩中あんな格好で寝ていたと思うと恥ずかしくて恥ずかしくて、
もう嫌・・・・・・嫌です・・・・・・」
ふと自分の姿を確認するとさらしは見え放題、帯は緩み放題。
それが女子のセイにはたまらないらしい。
今の土方がセイの形をしているのものだから、それは尚更だろう。
・・・・・・しかし、しかしだ。
正座をして両手を顔に当て、肩を揺らせてさめざめと泣く男の姿は絵にならない。
むしろ・・・・・・少々見苦しいものがある。
「いつものお前なら尚知らず、俺の姿でそんなことしても、・・・・・・正直目に余るものがだなぁ・・・・・・」
「うるさいです!」
あまりの勢いに土方は副長の威厳もどこへやらたじたじとなる。
「仕方がねえだろ?起きている時ならいざしらず、寝ているときまで責任は持てねぇよ。恨むなら俺じゃねぇ。奴を恨みな」
いつまでも泣いていると勝手に着替えるぞとつぶやくと漸くセイは顔を上げた。
乱暴に涙を拭き取り、キッと睨みつける。
「今晩までこの形でしたら、手足を縛らせていただきます」
そういうと、昨夜と同じように手ぬぐいで目を隠し、着替えを行ってゆくセイ。
土方はされるがままになりつつも、
(・・・・・・まぁ夜のうちに触るとこは触ったし、堪能したし・・・・・・いいっか。同じ縛るのなら昨夜縛れば良かったのにな、神谷。悪いがそういう意味では手遅れだ・・・・・・)
と内心セイに謝る。
目隠しをはずされると新しい手ぬぐいを手渡された。
「洗面してきてください」
バン!
思い切り障子を締め切られ、廊下に出された土方は、鼻の頭を掻く。
今日一日セイの機嫌は悪そうだ・・・・・・。
こんなときは逆らわない方がいいことを土方は知っている。
言われたとおり、洗面を済まし歯を磨き、そしていつものように、ある場所へ行こうと足先を向けたが、さすがにこれは一言いっておいたほうが
よいと思われた。
その足で部屋に戻ると、セイは着替えをすませ、布団を閉まっている所だった。
「神谷よ・・・・・・」
「・・・・・・何ですか」
その目が怖い。でも、これから思っていることを口にしたらもっと怖くなりそうだった。
「人の体は普通に過していれば健康に過せるよう出来ている」
「唐突に何です?」
「だから普通にしていることが出来なくなると不健康になるということだ」
「はぁ・・・・・・」
「というわけで、俺はこれから厠へ行って来る」
伺うようにセイを見ると、みるみるうちにその顔に朱が走った。
「嫌!それだけは絶対嫌!!御願いですから、我慢して下さい!!」
再び半狂乱になるセイ。
「我慢できるものならしてやるが、こればっかりはそうもいかねぇだろうよ」
「嫌・嫌!絶対に嫌です!」
「いずれにしろずっと行かねぇわけにはいかねぇだろうが。それはお前にも言えることだ」
ハッ!と顔を上げるセイ。
「いいか。これはおあいこだ。お互い理不尽な想いをするんだ。怒りの矛先を向ける相手を間違えるなよ」
「嫌です!そっちも嫌!!」
「とにかくだ!俺は断ったからな。お前が男なら勝手に済ませてくるが、嫁入り前の女子だから気をつかったんじゃねぇか」
「昨日俺は茶を結構飲んだから、お前だってそのうち行きたくなるぜ」
「・・・・・・もう行きたくなってます」
「あん?」
「さっきから行きたいんです。でも行けるはずないじゃないですか」
「かといって行かないわけにはいかねぇだろうが。こういうときは腹をくくるんだ。間違っても粗相すんじゃねぇぞ。そんなことしてみろ、副長の威厳が地を越えて奈落の底より更に深いところまで落ちる!お前だってそうだ。厠へ行くのを我慢して俺が失態してもいいのか」
「よくありません!」
「だろ?くれぐれもいうが、これはお互い様だ。文句は・・・・・・」
「伊東先生に言えばいいんでしょ!」
そういうとぐいっと土方の手を引き、周りに注意しながらセイは厠へ向かう。
副長部屋の起床は屯所内で一番早い。
幸い、まだ誰も起きておらず周囲に人影はなかった。
「では、これを・・・・・・」
セイは例の手ぬぐいを取り出し、土方にまきつける。
「おい!これじゃあ用が足せねぇだろうが」
「何のための誠衛館目録ですか。これぐらい気と勘と根性を使って乗り越えて下さい」
「間違って厠の穴に落ちたらどうするんだよ。お前の体が汚れるんだぞ。いいのか!」
「うっ・・・・・・・」
「もう観念しろ。男は諦めが肝心だ」
「私は!」
「『武士です』だろ?いつもそう言っているじゃねぇか」
「こんなことの為に使うとは思いもしませんでした」
「お前も行きてぇんだろ。もうさっさと済ませてしまおうぜ。お互い痛みわけなんだ」
土方は厠へ入り、この場を強制的に終了させた。
厠の前で長いこと言い合っていたくはない。
しばらくすると隣の厠の戸が閉まる音がしたから、セイも現状を打開する策はないと諦めたのだろう。
用を済ませ外に出ると、セイが先に出てきていた。
見れば真っ赤な顔をしている。
無理もないことだが、自分も泣けるものなら泣きたい。
抵抗がないわけではない。大いにあるのだから。
「部屋に戻るぞ」
歩を進めると、くいっと肩に手を置かれた。
振り返ると、セイがこれ以上にないぐらい顔を赤くしている。
しばらく躊躇していたセイはそっと自分の耳に口を近づけた。
いささかしゃがまないと自身の耳に口が届かない。
土方との身長差を思い知らされたが、今はそれどころではない。
ぼそぼそぼそ・・・・・・。
小さな声でそっとつぶやく。
セイのその言葉に土方はぐるりんとすごい勢いで振り向く。
「なっ!」
先程までの冷静な態度とは異なり土方もものすごい勢いで顔を赤らめた。
(・・・・・・副長・・・・・・。男の人って、どうやって・・・・・・その・・・・・・厠・・・・・・するんですか)
恥ずかしさのあまりか涙目になっている己の姿を目の前にして、土方は絶句した。
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