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ややこしや、ややこしや。
「わたし」が「そなた」で
「そなた」が「わたし」
そも「わたし」とはなんじゃいな?
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夕焼けが広がる京の町。
往来には長い影法師があちこち動いている。
夏の暑さも峠を越え過しやすくなったことで人々の活気が増したような気がする。
そんな中、夕日差す副長室では、まるでそこだけ時がとまったようであった。
ちゅんちゅんと可愛らしい雀の鳴き声にも耳をかさず、柱に寄りかかり口をぽかんと開けて呆けている男が二人。
双方目の焦点は合っておらず、ただ室内に秋の風が通り抜けてゆく。
雀が室内を飛び回り、そしてふと羽を休める。
黒い羽織をまとった男の指先をツンツンと口ばしでつっつくが反応がない。
ぴっ?
小さな首をかしげて雀は少し離れた所で同じように呆けている小柄な男の指先を同じようにつっつく。
ツンツン
・・・・・・反応がない。
ツンツン
・・・・・・人間の指先が少し動いたような気がした。
しばらく雀はそうしていたが、反応がないのがつまらず、再び庭へと飛んでいった。
室内にはまた静寂が広がる。
しばらくしてどちらからともなく口を開いた。
「・・・・・・なぁ」
「・・・・・・はい?」
覇気のない口調。
「・・・・・・俺達は、無事に元に戻れるんだろうか」
「・・・・・・そう願ってやまない気持ちでいっぱいなのですが、現実とは厳しいものですね」
「・・・・・・正直まだ今朝のうちまでは希望を持っていたんだ。かすかだけどな」
「・・・・・・同じく。一晩寝れば悪夢は醒めると思っていましたし、今日のうちに元凶をつかまえれば何とかなると淡い期待を抱いていました」
「・・・・・・その元凶もそのしつけ親も京から姿を消しやがった」
「・・・・・・恥を忍んで監察方の皆さんにだけ決死の思いで真実を話したというのに、残酷な話です」
「・・・・・・俺の監察方は腕が落ちたのだろうか。これまでも数々の手柄を立てたというのに・・・・・・」
「・・・・・・否、彼等に非はございませんでしょう。・・・・・・ただ・・・・・・」
「・・・・・・ただ?・・・・・・」
「・・・・・・彼らの能力よりも元凶の方が勝っていたというだけでございましょう」
「・・・・・・それを予想できなかった俺の負けか」
「・・・・・・気落ちされることはございません。誰にも想像できぬことですから」
ずるずるずる・・・・・・。
柱を背にしていた小柄な男の態勢が崩れ落ちる。
「・・・・・・それにしても俺は今日ほどお前に敬意を感じたことはない」
「・・・・・・何をおっしゃいます。私の方こそ。これほどまでに副長が日々激務をこなされていたとは存じませんでした。小姓として恥ずかしい限りです」
「・・・・・・気にするな。しかし、俺もお前がこれほどまでに小姓兼雑用をこなしていたとは知らなかった。上司として把握不足だった」
カクン。
土方は首を重力の生ずるままに下ろした。
今朝の厠騒動の後、こんな馬鹿げたことになっているなんて隊士に知られてたまるかと声を荒げる自分に「一時の恥が何です。はやいところどなたかに力を貸していただきましょう。今はこの状態を何とかすることが先決です」とセイに諭され、信頼できる監察方を極秘に徴収。
監察方には古い同士を当てている。
隊にいる月日が信頼できるか否かの一つの目安でもある。
その論でいくと、監察方よりももっと古い付き合いの同士・・・・・・江戸からの同士が一番信頼できるということになるが、その同志達の顔を順に思い浮かべては
土方は首を激しく横にふる。
仕事ならまだしも、こういう事態に陥ったことを彼らが知ったらどうなるか。
総司の、永倉の、藤堂の、原田の・・・・・・彼等のにやけた顔が浮かんできて、土方は決意を新たにする。
唯一の救いは、近藤と山南そして井上だが、近藤は妾宅に行っていない。
山南には・・・・・・何となく知られたくない。
残るは井上だが、彼に上記四人のにやけ顔を抑えるだけの力はない。
それに比べて、監察方はある意味隊の要。
信用できて寡黙なそして副長の自分に従ってくれる者ばかりだ。
部屋に呼び出し、真実を話し、一刻も早く参謀をひっとらえてくるよう厳命を出したのはまだ朝日がまぶしいころだった。
セイの形をした自分があぐらをかいて命令し、自分の形をしたセイがお茶を用意している。
副長がお茶だしをし、小姓が脇息にもたれかかり指示をだしているありえない図に彼らは礼儀上真面目な顔をしていたが、その表情はあきらかにとまどっていた。
部屋を出る際も、いつもの習慣がどうしても抜けきらないのか、セイの方にも深々と頭を下げる始末。
慣れていないセイも、慌てて深々と頭を下げるものだから、実質隊の最高指揮者と平隊士が平伏しあうという何ともまぬけな場面ができあがった。
とにもかくにも、これで心配はないと、大きく息を吐く。
セイにも漸く安堵の表情が浮かんでいた。
土方にも心の余裕ができたのか
「今日は大した仕事もない、せっかくだから参謀が帰営するまでお互いになりきってみないか」といういつものノリが戻ってきた。
セイも「副長が宜しいのなら。面白そうですね。お互いどのような一日を過しているのか知るのも良いかもしれません」と
土方の提案した遊びにのってきた。
優秀な監察方に頼んでおけば、もう大丈夫だ。
そんな気持ちが二人の緊張をほぐしたのだろう。
「なら、俺は今から神谷だな」
「それなら、私は今から副長ですね」
「大人の俺に果たして童になりきることができるだろうか」
「仏の私に果たして鬼になりきることができるでしょうか」
「はははははは」
「ふふふふふふ」
こうして、お互いの一日を交換することになった二人だが、その先に苦難が待ち受けていようとはつゆにも思わなかった。
赤く染まったお空には二羽のからすがカァカァと鳴いていた。
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