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ややこしや、ややこしや。
「わたし」が「そなた」で
「そなた」が「わたし」
そも「わたし」とはなんじゃいな?
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元凶の行方を優秀な監察方に探し出すよう頼んだ二人。
もうこれで伊東捕獲は出来たも同然とどこか余裕が生まれてきたのだろうか、
土方の「せっかくだからお互いになりきってみよう」という言葉にセイも遊び心をくすぐられて首をふる。
「なら、俺は今から神谷だな」
「それなら、私は今から副長ですね」
「大人の俺に果たして童になりきることができるだろうか」
「仏の私に果たして鬼になりきることができるでしょうか」
「はははははは」
「ふふふふふふ」
いつもの喧嘩口調も出てくるようになり、互いに普段の調子を取り戻しつつあった。
伊東捕獲はもう間もなくだ。
捕獲後、どう伊東を煮ようか焼こうかさばこうかあれこれ楽しく考え、土方は「それじゃぁ」と障子に手をかける。
「お前、いつもこの時間稽古に行っているから、とりあえず俺は汗をかいてくる。久々の稽古、腕が鳴るぜ」
「副長はいつもこの時間も机に向かわれていますが、私に副長の仕事はできませんし、室内にてのんびり過させていただきます」
足を崩そうとするセイに土方はにやりと笑む。
「それには及ばん。お前にもできる仕事はある。いつものようにこの箱に入っているやつを写文しておけ。ついでにこれは先月分の捕縛者数。
町ごとの検挙率と藩毎の人数をまとめておけ」
ドドンと机におかれた書類にセイは大きく溜息をつく。
「・・・・・・用意がいいことで」
「あたりめえだ。『副長』は朝から晩まで寝るまでが仕事尽くしだ」
「・・・・・・えぇ、よく存じています」
「ということで、俺は道場へ行って来る。一人残らず蹴散らしてやる。はっはっはっ」
まるで喧嘩にでもいくような台詞を言いながら、土方は部屋を去っていった。
(・・・・・・私の体、あざだらけになるんじゃないかしら・・・・・・。その前に、もつかしら・・・・・・)
セイは顔を青ざめさせる。
元に戻った時、多少の痛みがあることは覚悟をしていた方がいいだろう。
「さてと」
大きく伸びを一つする。
「早いところ、『副長としての御仕事』終わらせちゃおうっと」
墨を硯の海から陸へと一定の速度で磨り、筆にしみこませる。
普段土方が使用している筆。
自分がこうして土方の形をしてこの筆を手にしていることがとても不思議である。
せっかくだからといつもの土方を真似てみる。
足はこうして大概あぐらをかいている。
座布団にはどっしり座り、背筋はやや猫背。
筆を墨に浸した後は、神経質そうに穂先を尖らせ、手はここらへんに添えてしたためてゆく。
筆は土方の書き癖がついている為か、やや書きづらさを感ずるがそれもまた土方に似た筆跡を書けているようで何だか楽しい。
セイはすらすらと筆を走らせてゆく。
そしてある程度段落が着いた所で、土方はこう言うのだ。
「神谷、茶」
そのとき土方は振り向かない。
筆をやや乱暴げにおいて、自分がしたためた文字をじっとみている。
御茶は休憩したい時とこのように一考したいときに頼むのだ。
「神谷、茶」
真似して口にしてみる。
眉間に皺を寄せながら。
当然のごとくどこからも茶は差し出されないが、こう腕を組みながら自分が湯飲みに注ぐ音を聞いてそして差し出すのを待っているのだと想像する。
受け取るときは
「ん」
顔も見ずに手だけ差し出す。
一口含んだ後トンと湯飲みを置いて、再度腕を組み考える。
なかなか仕事がはかどらないときなどは一気に飲み干し、湯飲みを差し出せば「おかわり」、畳みにおけば「もういい」という合図。
くすくすくす。
笑いがこみ上げてきた。
土方の癖まで把握している自分に。
小姓を命じられてから、まだ日は浅いというのに。
本当にお茶が飲みたくなったので、自分でお茶を注ぐ。
きっと自分が居続けの間は、こうして注いでいるのだろうなぁと想像しながら。
土方は今頃上手く自分を演じているだろうか。
セイはこくりと喉を鳴らしながら思った。
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