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ややこしや、ややこしや。
「わたし」が「そなた」で
「そなた」が「わたし」
そも「わたし」とはなんじゃいな?
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セイを部屋に残し道場へ向かう土方。
自然と口端に笑みが浮かぶ。
久しぶりに竹刀を振るえる。
こんな馬鹿げた格好になっているこの現状。
鬱憤を晴らすには体を動かすに限るではないか。
ドン!
道場へ踏み入れた右足の音で、そこで自由練習をしていた平隊士達の動きが止まる。
上座にある神棚に一礼し、竹刀を手にした時、土方はそこで初めて自分が注目されていることに気付いた。
が、先程の足音がその原因となっていることまでは気付かず、
「あん?」
と周囲を見渡す。
土方にすれば、「何だ?」という問いかけにすぎないのだが、隊士達は異なる受け止め方をしたようだ。
「おい、神谷が変だぞ」
「また沖田先生と喧嘩でもしたのか?」
「そうかもしれねぇけどよ。あの目はただ事じゃねぇよ」
「目?」
「見ろよ。あの険しい目つき。おまけに眉間に皺・・・・・・。まるで鬼副・・・・・・」
「おっと、佐々木。そこから先は言っちゃいけねぇ」
「しかし佐々木の言うとおりだ。あの目つき・眉間の皺・何かを企んでいそうなにやり顔。この三拍子は間違いなく土方副・・・・・・」
「馬鹿!だから、その名だけは口にしちゃいけねぇって。いいか、人間思うのは自由なんだ。心の中でならいくら言ってもかまわねぇ。だが、
ここでは言葉は選んで口に出さないといけねぇんだ」
「分かっているよ、小川。俺だって馬鹿じゃねぇ。けどよ、いつもなら『皆さん、おはようございます。今日も稽古宜しく御願いします』って
あの可愛らしい笑顔を向けてくる神谷が、あぁだぜ」
「どうでもいいが、森。声を裏返してまで神谷の真似はしなくていい。そんな髭面でされても気持ち悪いだけだ。神谷が穢れる」
「そうだ、森。俺らの神谷になんてことを!」
「そうだ、そうだ!」
「神谷に謝れ!」
「・・・・・・落ち着け、お前ら。・・・・・・論点がずれてる。とにかくだ。あそこまですさんだ神谷は初めてだ。沖田先生と何があったのか、はたまた上司である鬼・・・・・・
ゴホッ、ケホッ、え〜某方と何があったのかは分からねぇが触らぬ神になんとやらだ。俺達は遠くで見守っていてやろう」
ぐるりと輪になっている隊士達の一人が手を真ん中に差し出すと、多方向から荒くれだった武骨の手がその上に重なる。
「いいか、俺等平隊士。神谷に笑顔が戻るまであくまで普通どおりに接するんだ。そして遠くから見守る。いいな!」
「おう!」
気合と覚悟が十分みなぎった隊士達が練習を再開しようと体の向きを変えた瞬間、みな、そのままの姿勢で固まる。
傍には竹刀を肩にのせ、こちらを怪しむ表情のセイ。
その表情はよく土方がするそれによく似ている。
「何してんだ?」
「かっ、神谷。おっおはよう。まさか今の聞いていた・・・・・・なぁんてことは・・・・・・」
佐々木がどもりながら尋ねるとセイは首を傾げる。
「いや、それならいいんだ。その方がいいんだ。うんうん。さっ、練習練習」
佐々木の裏返った声かけに隊士達はそそくさとその場を離れる・・・・・・というよりは一目散に逃げる。
「おい、総司はどこへ行った?」
逃げ遅れた隊士その一は嫌な汗が流れた。
(総司?よりによって沖田先生を呼び捨て!!そんなに溝の深い喧嘩をしたのか?俺は知らない。俺は何も知らない。かかわりたくない)
「おい、てめぇ、どこへ行ったと聞いている」
(おい?てめぇ?神谷が、俺達の神谷が確実にすさんでいる。顔だけじゃなく声もすさんでるよ。助けてくれ佐々木〜小川)
隊士その一は視線を彼らに向けるが悲しくもそれはかわされ、佐々木と小川は知らぬふりして稽古を続ける。
「返事しろよ」
肩をむずっとつかまれ、逃げられぬことを悟った隊士その一はゆっくりとふりむいた。
「さっさぁ・・・・・・。いつも遅れてこられるからそろそろ来るんじゃねぇか。・・・・・・あのよ、神谷。余計なことかもしれないが・・・・・・」
「何だよ」
「あのさ、沖田先生と何があったかは知らねぇけどよ、『総司』って呼び捨てはいけねぇよ。先生は先生だからよ」
(あの野郎、さっそく『触らぬ神谷にたたりなし。遠くから見守ろう大作戦』を破りやがって)
(見ろよ、神谷のやつ。呆けた顔になっているぜ)
(佐々木、さっき俺等助け舟出したほうが良かったんじゃねぇか?)
(小川、もう手遅れだ)
多くの隊士が二人を見守る。
誰かのゴクリと唾を飲み込む音がしんとした道場内に響き渡った。
「・・・・・・そうだな。そうだったな。気をつけるとしよう」
(俺、神谷だもんな。奴を先生呼ばわりったぁ気にくわねぇが、まぁいいだろう)
なにやらぶつぶつつぶやいているセイに一同ほっと胸をなでおろす。
とにかく何事も起こらないで良かった。
(神谷の真似をしようと思うからできねぇんだよ。言葉遣いは総司の真似をすればいいんだ。基本的に二人とも普段から丁寧語だしな)
「あ〜それでは、皆さん。そっ・・・・・・沖田先生がいらっしゃるまで乱取り稽古しましょう」
(おっ、何だか神谷らしい物言いじゃねぇか。俺はやはり天才だな。飲み込みがはやいぜ)
フフンと得意げになっている土方。
一方、隊士達は
(急な変わりようが逆に怖ぇよ、俺)
(眉間の皺と目つきはあいかわらずそのままだしよ)
(今日は天中殺かもしれん)
と相変らずセイに疑いと怯えた眼差しを向けていた。
「さぁ、やりましょう。最初は誰から行きますか?」
腕まくりをしたセイにもはや抗う度胸は隊士達にかけらもなかった。
「・・・・・・派手にやりましたね、神谷さん」
遅れること四半刻。
道場に入ってきた総司が最初に目にしたものは、倒されてつみあげられている平隊士達の山と息を少し上げているセイの姿だった。
「おう、遅いじゃねぇか・・・・・・ゲホン遅いじゃないですか〜沖田先生」
竹刀を肩にのせたまま振り向くセイ。
「・・・・・・それにしても本当にこれあなたがしたんですか?にわかには信じられないんですけど・・・・・・」
隊士達はわずかに残った気力を己の眼に込め、「真実です」と訴える。
もはや口を動かすだけの力は残っていない。
息が落ち着いた土方は、改めてその現状をみて
(・・・・・・ちぃ〜っと、やりすぎたか・・・・・・)
と罰の悪い顔をする。
「とにかく、隊士の皆さん方は仕事に差し支えるといけませんので、今日は稽古は終了にしましょう。とくにこれから巡察がある隊の皆さんは少しでも休んでくださいね」
その言葉に、
「おい、山口。生きていたか」
「おお、沢田。お前こそ無事だったか」
「いっそ気を失ったらどんなに楽かと思っていた俺は士道不覚悟だろうか、松田」
「いや、誰もお前をそんな目で見ねぇから安心しろ、佐藤」
「痛みに耐えてよく頑張った。感動したよ俺」
わらわらと隊士達がある者は肩を組み、またある者は涙をちょちょぎらせながら、互いに支え合って道場をあとにした。
「・・・・・・それにしても、こういうふうに隊士を山積みにするなんて、まるで土方さんの喧嘩法と一緒ですよ。小姓とはいえ、どこまで似ている二人なんでしょ、あなたたちは」
溜息をつく総司を横目に見ながら、
(いや、中身俺だから)
と声には出せないつっこみを土方はいれる。
「しかし、信じられません。あなたが一日でこんなに力をつけたなんて。ちょっと仕合ませんか」
竹刀をとり、道場の真ん中へ歩いてゆく総司。
土方は悩んだが、誘いにのることにした。
もともとこういうのは嫌いではない。
久々に総司と剣を交えるのだ。
セイの形をしているため不利は承知。
総司はいつからか自分とはまともに仕合ってくれない。
いつも最後には勝ちを譲るのだ。
総司なりの気遣いかもしれないが、そういう剣は好きではない。
だが、今なら総司と本気で打ち合える。
土方の中に多摩の頃の心が蘇ってきた。
「はい、沖田先生。よろしくご指導御願い致します」
総司の楽しそうな瞳。
こういう顔をするときの総司は幼く感じる。
総司は無邪気に剣を楽しむ。
難しいことは頭で考えず、体で覚える。
ついつい次の手はどうしようかと考えてしまう自分が総司に今ひとつ振るわない理由はそこにあった。
だが、負ける気はさらさらない。
「いい目ですね。・・・・・・まるで誰かを思いだします」
にこりと総司が笑む。
広い道場に総司と土方の二人。
構えながら、いつもは感じる事のない総司との身長差をどう対処しようかと楽しみながら柄を握り締める土方がいた
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