真と誠(其の一)







※この話は史実ばれがあります。ご注意下さい。それから、「私は新選組はこうあるべきだと思っているの」と確固たる想いを抱きの方はご覧になられないことをお勧めします。  


  

セイは土方を恨んでいた。
この五日間土方は黒谷へ行ったきりで、一度も屯所へは帰ってこない。
何でも藩主から直々に呼ばれているのだという。
仕方が無いといえば仕方が無いことなのだが、こんなにも長いこと土方が屯所を空けるのは始めてて、もしかしたら今頃島原あたりで一服しているのではと勘繰ったりもしていた。
土方不在の間は、自然と副長付小姓のセイのもとに彼宛の伝言や文が渡され、いつにも増して忙しくなる。
文机の上に日付順に文を並べ、伝言すべきことが出来る度に文を書いて黒谷まで隊士に持っていってもらう。
セイ自身が行ってもよいのだが、いつ他所から土方宛に連絡が来るか分からぬし、またそのようなことの勝手を知っている者は他にいない。
従って、他の隊士に頭を下げて渡しに行ってもらうこととなる。
土方からの返信は今の所二日前に来た一通のみである。
 
 
 
 
 
    文、六通全て目を通す
    委細承知也
    未だ帰営の見通し立たず
    引き続き隊務に励むよう
 
 
 
 
 
  何とも味気ない内容だが男にしてはやや柔らかくどこか優しげな字で認められている。
字は人柄を表すという。
いつもしわを寄せいかつい面差しをしている土方の隠くされた心根を垣間見たようで、セイはその文をそっと胸に押し当てた。
土方が自分宛に文をくれたのは初めてである。
勿論それは浮ついたものでなく、あくまで副長が小姓に書いたものだが、それでもこれを渡された時には不覚にもときめいてしまい、踊る心を隠しきれなかった。
   そして隅の方に、
 
 
 

    妓との逢瀬は三日だけ許す。ゆめゆめ遊びすぎること勿れ。主は床に付く暇無く多忙也
 
 
 
 
と、やや小さく書かれているのが目に入ったとき、土方らしい戯れに思わず笑みがこぼれた。
誰かの目に入ることを用心してか直接的ではないが、そろそろ来るであろう月役の際は遠慮せずに休めということは一目瞭然である。
そして、最後の一文は「上司である自分も夜を酔わせる妓に逢いにゆきたいのに、小姓が三日も休暇をとるとはいやはや羨ましい限りだ」といつも里乃の元へ行く時に言われるからかいの言葉の代わりであり、無性に可笑しかった。
 
 
 
 
セイは土方の文机を拝借してさらさらと筆を動かす。
まずは、屯所に訪れた客人からの伝言。
そして、ここ五日間の見回りの様子。
捕縛者数・・・・・・等々。
万が一、連絡役の隊士が斬られて相手方に情報が漏れてはと今まで内部のことは書かずにいたが、昨日文を頼んだ隊士がそれらのことも連絡して欲しいと言われたとのことで、それならばとこの数日間の出来事を簡潔にしたためた。
五日分の報告なので長い文になるかと思ったが、案外そうでもない。
書き終えた文章を読み返し、間違いが無いか確認する。
(あとどのくらいしたら帰ってくるのかしら。何事も一人で背負い込む人だから、やつれていないといいんだけれど・・・・・・)
セイは迷った末に土方同様隅の方に次のような戯れを書き添えた。
目にした土方が少しでも笑ってくれることを期待しつつ・・・・・・。
 
 
 
   嘆きつつ ひとり寝る夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る
 
 
 
  (来ないあなたを嘆いて一人寝する夜がどんなに長いか、あなたは知らないでしょう)
 





  

年の瀬も迫ってきた師走の京は昼といえども寒さが堪え、平隊士達は稽古終了後いそいそ部屋に戻り火鉢を取り囲んでいた。
   部屋によっては広い空間に火鉢が一つしかなく、綿入れを羽織り雁首そろえている。
   西本願寺は前屯所と異なり広々としている分隙間風も多く、寒さが一層身に染みる。
   セイはぶるっと身震いした後、重い足取りで隊士部屋へと向かった。
   土方に渡す文は出来上がったものの、いったい誰に託そうか思いあぐねているのである。
   まず、相手は信頼できる者でなければならない。
   そうなると、古くから新選組に在籍している者が望ましい。
   次に、腕が立つものでなければならない。
   万が一襲われた時に、文が奪われてはならないからだ。
   自然相手は局長の親衛をも担っている一番隊の者が相応しい。
   幸いセイは一番隊にいたこともあり、他の隊の者に比べて馴染みもあるし、気心もしれている。
   ただ、自分より以前からここに身を置いている人となるとそう多くもなく、加えて同じ平隊士とはいえ若年者の自分が年長者には頼みづらく、またそう何度も頼んでは悪い。ここから黒谷までは割と距離があるのだ。
   今回は誰に届けてもらおうか。
   考え事をしていたセイは前から歩いてきた者に気付かなかった。
   双方がぶつかり、軽くよろける。
 
   「ごめんなさい。他事考えていて。大丈夫ですか」
   顔を上げると、懐かしい声が聞こえてきた。
   「清三郎」
   「兄上!」
   斎藤はセイを支えてくれていた。
   「すみません。有難うございます」
   「・・・・・・副長にか?」
   斎藤は、セイが手にした文に視線をやる。
   「えぇ、まあ・・・・・・」
   「それで、どの者に渡そうか考えていたというわけか」
   セイは苦笑する。 
   「流石、兄上。何でもご存知ですね」
   「あぁ、兄だからな。弟のことは大概分かる」
   「同じ人に頼むのも悪いし、かといって・・・・・・。こういうのって、それこそ私より副長向きの仕事だと思うんですけれど」
   「あの人も、忙しいのだろう」
   「分かりませんよ〜。今頃、良き香りのする人とこっそり甘い一時を過ごしていたりするかも」
 
   意地悪げに言うセイに斎藤は笑った。
   最も、斎藤の笑顔はセイでなければそれが笑顔なのか怒った顔なのかはたまた普通の顔なのか見分けがつかないが。
   「俺で良ければ届けに行くぞ」
   斎藤の申し出にセイは驚きその大きな瞳をますます見開く。
   こんなどこか幼さが残るセイの仕草が斎藤は好きである。
   友人の忘れ形見だからだろうか、一層心惹かれる。
 
   「いっ、いえいえ。兄上のお手をわずらわせるなんて、出来ません。それに見回りの方も・・・・・・」
   「今日は非番だ」
   「でっでも、三番隊組長の先生に土方副長付小姓の私がそんな使いのようなこと頼めません」
   「確かに。だが、弟の頼みならば快く引き受けるのが兄というものでもある」
   「しかし・・・・・・・。それならば、私が黒谷まで行ってきます」
   「気を兼ねるな。もともと副長が清三郎に文をよこせといってきたのであろう。それで、清三郎は文をしたためた。その文を副長に届けるということは、もとをただせば、清三郎の使いではなく副長の使いということになる。鬼の使いなら、三番隊組長も平隊士もないさ」
   「ですが・・・・・・」
   「お前も最近は忙しくてよく寝られていないのだろう。せっかくだから昼寝でもしてると良い。幸い副長室は鬼と阿修羅の住処だからな。寝てても誰も来ぬぞ」
   セイはそれでも斎藤に文を渡すのを躊躇っているようである。
   律義者というか、気を回しすぎというか。
   「最も、俺に信用が無いというのなら無理な相談だろうが」
   「いっいいえ!全然、そんなことは思っていません。むしろ斎藤先生なら腕が立つし、信頼できる方だし・・・・・・それに・・・・・・」
    「・・・・・・?」
 
 
   「それに・・・・・・私の兄上だもの」
 
 
   些か頬を染めて話された言葉は斎藤の心を嬉しくさせるものだった。
   ここまで、斎藤に言われてはセイも断れない。
   何度も頭を下げながら文を斎藤に渡した。
   「それでは、黒谷の副長へ御願い致します」
   「小姓殿、承知仕りました」
   ふざけていう斎藤にセイの顔に笑みが戻る。
   「でも、副長、びっくりするだろうなぁ。斎藤先生が来たと分かったら。私、後で怒られちゃいそう・・・・・・。副長って、意外と礼儀とか作法に五月蝿いところあるし・・・・・・」
   「案ずるな。俺が自ら行くといったんだ。それに実は、早急に副長の耳に入れたいこともある。ついでだ」
   セイの頭を優しく撫でる。
   セイは斎藤が良くしてくれるこの仕草が好きだ。
   昔の兄との想い出がよみがえり、懐かしい気持ちが心を満たす。
 
   「兄上、清三郎は兄上のことが大好きです」
 
   果たしてこの言葉は自分に対してだろうか、それとも亡き友人に語られたものだろうか。
   考えるだけ野暮というものである。
   斎藤は可愛い頭をさらに撫でた。
 





  

    「ふっふっふっ」
   西本願寺のとある一室は怪しい声で満たされていた。
   奇声を発している者の側では、内海がため息を付いていた。
    「これで、完璧だ。僕の愛の結晶が完成した」
   「・・・・・・、まったく貴方は、どこまでが本気でどこまでがお遊びなのか・・・・・・」
   着物を畳んでいる内海の方へ伊東はくるりと振り向くと、意外だというふうな顔をした。
   「なんだい、内海。今更そんなこと。決まっているじゃないか」
   えらく真剣な顔つきを向けられ、内海はやや面食らう。
 
 
   「まさか、内海は僕が信じられないとでも?」
 
 
   「いいえ。ですが、やっぱり、貴方はそのようなお顔がお似合いです」
   今まで土方や神谷相手に数々の変態ともいえる行為を繰り返した目前の人物だが、矢張り頼りになる人物なのだと内海は思い直した。
   「そう?」
   「はい。やはり、本気を出された貴方の側で私は働きとうございます」
   「・・・・・・何言っているんだい?」
   「・・・・・・は?」
   「僕はいつでも本気さ。土方君の困った顔を見たいのも本気。清三郎を手にしたいのもこれまた本気。全てにおいて本気さ」
   「・・・・・・さようでございますか」 
   何やら浮かれている伊東をよそに、少しでも彼を見直した自分に後悔した内海は遠く遠くの風景を見やった。
 





  

   (昼寝か・・・・・・。たまにはいいかも。結局、昨日も夜遅くに副長が帰ってくるかもしれないと思って、結構遅くまで起きてたもんなぁ。)
   セイはあくびが出た口を手で押さえながら、来た道を戻っていた。
   (全く、あの鬼副長。こんなに長く屯所を空けるなんて何しているの?いや、仕事だっていうのは分かっているよ。でもね、一回ぐらい帰営したっていいじゃない。副長も大変なのは分かっているけれど、こっちも何かと難儀しているのに・・・・・・)
   二度目のあくびが出たとき、背後からものすごい足音が聞こえてきた。
 
 
 
   (・・・・・・ほらきた、一番難儀しているのが・・・・・・)
 
 
 
   がっくりと肩を落としたセイが身を守ろうと小刀に手を添える前に、いきなり背後から抱きしめられた。
   「清三郎!今日は一度も君のその美しい顔を見ていなかったから、待ちきれずに僕の方から会いに来たよ〜」
   スリスリと顔を背中に擦り付けられる。
   土方の不在中一番セイの頭を悩ましていたのは、他でもない。今、背中に寄りかかってきているこの人物のことである。
   土方が居ない分、そのしわ寄せは全てセイにかかってきていた。
   「土方君とも会いたいのに、まだ、帰ってきていないんだね。こうして僕を焦らして焦らして切ない心に更なる火をつけようとしているんだね。嗚呼、意地悪な土方君。でも、僕はそんな君が好きさ〜」
   「伊東先生。そのようなことは、副長本人におっしゃって下さい」
   「あぁもう、清三郎までつれなくしないでおくれ」
   「別につれなくしていません。それよりも早く体を離してくださいってば」
   セイはありたっけの力でまとわりついている伊東をベリッとはがす。
 
 
   「つれないじゃないか。そうそう、土方君に文を出すのなら僕のことも記しておくれ。『僕が君を待ちかねている』と」
 
 
   「そのようなこと、ご自分でお書きください。代筆は承りません」
   「僕が書いたら、土方君は読まずに捨てるじゃないか」
   「・・・・・・よくご存知で」
   「だって、この間、渡したはずの土方君への文がどうしてだか僕の部屋のくず入れに捨てられていたんだよ。開いた痕跡すらなかったんだよ〜」
   (いやはや、何とも副長らしい仕打ちだなぁ・・・・・・)
   しくしくと涙を流す伊東には悪いが、同じ被害者としてことこの件に関しては土方に同意である。
   「ねぇ、僕からの御願いだよ。内海に頼んでも取り合ってくれないし」
   「当たり前です。それでは、また。私は隊務がありますので」
 
 
   踵を返すセイにすがりつく伊東。
   廊下では他の隊士達が遠巻きに自分たちを見ている。
   哀れみと同情をその視線にたっぷりと込めて。
   そんな眼差しは要らないから早く助けて欲しいとセイは常々思っているのだが、平隊士達にすれば相手はいかに変態でも大幹部の伊東であり、 おいそれとなかなか手助けをすることができずにいる。
   いい加減にして下さいと声を張り上げようと思ったとき、助け舟は意外なところから出た。
 
 
   「あれっ、神谷さん。何こんな所で遊んでいるのですか」
   顔を上げると、庭で団子をほおばっている姿が目に入る。
   「これのどこが遊んでいるようにみえるんです!!」
   「そうですか?私にはひっぱりあいっこにしか見えないんですけれど」
   「そんなわけないでしょ。そんな悠長にお菓子を食べていないで、助けてください」
   「やれやれ。・・・・・・というわけで、伊東先生。神谷さんは貴方とひっぱりあいっこはしたくないらしいですよ」
   相変わらず団子を口にしながらゆったりと話しかける総司に伊東はしぶしぶ体を離した。
 
 
   「先程、内海先生がため息をつかれていましたよ。『軽はずみな行動をしてもらっては困る』と」
 
 
   「内海が・・・・・・?」
   「えぇ」
   総司は微笑む。
   「土方さんなら、もうすぐ戻ってくるんじゃないでしょうか。もう五日も経つんだもの。何でしたら、私が文を書きましょうか。『伊東先生が土方さんを待ちかねている』と。でもそうしたら、あの人のことだからますます帰営の日々が遠のくでしょうねぇ。『伊東先生が大人しくしている』のが一番じゃないでしょうか」
 
 
   にこり。
 
 
   総司は最後の団子を口に入れた。
   「あっ、お迎えが来たようです」
   総司が向けた視線の先には、肩で息をしている内海の姿。
   「捜しましたよ、伊東さん。また、貴方は他の方にご迷惑をかけて」
   「内海」
   「沖田さんがおっしゃるように『大人しくしている』のが一番だと思いますが」
   内海はセイにすみませんというふうにペコリと頭を下げると、伊東を引きずっていった。
 





  

    ふぅ・・・・・・とセイは胸をなでおろす。
   「助かりました。沖田先生」
   「あなたも大変ですね」
   「まぁ・・・・・・。少しは慣れましたけれど・・・・・・。それより、沖田先生?」
   「はい?」
   「何で、沖田先生がお庭に出ていらっしゃるんです?非番の時は安静にして下さいって口すっぱく申したでしょ!」
   「だって、つまんなかったんだもん。甘いものが恋しくなっちゃったし」
   「言ってくだされば、私が代わりに買いに行きます」
   「でも、神谷さん。今は忙しくてそれどころじゃないでしょ。それに私がここに居たから伊東先生から助けてあげられたんですよ」
   「うっ・・・・・・。それはそうですけど。とっ、とにかく、御願いだから安静にしててください」
 
 
   内海が伊東を引きずったように、今度はセイが総司をずるずると引きずる。
   近頃、総司は体調が悪いらしい。
   稽古をしてもすぐ息があがるし、倦怠感が続く。
   副長付きの小姓でありながらその事にいち早く気付いたセイは医者に行くよう勧めた。
   だが、医者は嫌いだとの一点張りで総司はなかなか行こうとしない。
   疲労かもしれないし、何か病かもしれないので、せめて非番の時は横になっていてくれと頼むのだが、それも今日のように守ってくれない。
   一番隊に所属している時とは異なり始終総司の様子を見れるわけでもなく、その分心配しているのだが、当の本人がケロっとしているのである。
   ここは兄分である土方に報告して、何とかしてもらうおうと思っていた矢先に土方は黒谷に泊まり込んでしまった。
   「神谷さん?私の部屋はあっちですよ」
   襟元をつかまれながら不思議そうに声を発する総司にセイは存じていますとしれっと返事をした。
   「先生のお部屋にお連れしても、どうせまた抜け出すおつもりでしょ。今日は私の目の届く範囲で安静にしててもらいます」
   「目の届く範囲って」
 
 
 
 
   「ここです!」
 

  
 
   荒々しく障子を開けた部屋は他ならぬ副長室。
   「ここなら、私は自分の仕事をしつつ、聞き分けの無い童のお世話も出来ます」
   「え〜!嫌ですよ。土方さんの断りもなく部屋に入るのは」
   「今更何言っているんです。いつも、挨拶もなしに突然訪れてくる人が。布団は鬼と阿修羅のとどちらを御所望されますか」
   「ねぇ、神谷さ〜ん」
   「却下」
   「まだ何も言っていませんよ〜」
   「そんな甘ったれた声を出してもだめです。さぁ、鬼と阿修羅のどちらの布団がいいですか」
   「どちらを選んでも心休まらぬ気が・・・・・・」
 

  
 
   「どっちです!!」
 
 
 
 
   「・・・・・・じゃぁ、鬼の布団を・・・・・・」
   「心得ました」
   セイは手際よく布団を敷き、総司を横にさせる。
   「沖田先生。微熱があるんじゃないですか」
   ひやりとした手が総司の額に乗せられた。
   「う〜む、風邪でも引いたんでしょうかねぇ。まぁ、大したこと無いですよ」
   「何いっているんです!風邪は万病のもとなんですよ!今、濡れ手ぬぐいお持ちしますから」
   「いいですよ、そんな大げさな」
   「言うこと聞かないと、副長に逐一報告しますよ」
   「・・・・・・・」
   土方に余計な心配はさせたくないと思っているのか、自分の体調のことを話すのはやめてくれと何度も手をあわされた。
   こう長くも体調不良が続くと流石に土方に知らせた方が良いと思うのだが、総司の強い要望に圧されて未だ土方に話せずにいる。
   「いい子で、寝ててくださいね」
   しょぼくれた総司に優しい声をかけてセイは井戸へと向かった。
 
 





  

    冬は日が落ちるのが早い。
   早くも、空が赤く染まりかけていた。
   「永倉先生、神谷です。今、少し宜しいでしょうか」
   平隊士達と談笑している永倉にセイは声をかける。
   声の調子から何かあったのかと推察した永倉は腰を上げて廊下に出てきた。
   「どうしたよ、神谷。何かあったのか」
   普段、原田とともに悪ふざけすることが多い永倉だが、頼のもしい存在でもあった。
   「えぇ。実は大童の世話を頼みたいのです」
   セイは苦笑しながら述べた。
   「・・・・・・童?あぁ、総司か」
   永倉は無精ひげを一撫でする。
   総司の体の変調は永倉も気がついていたようで、セイに総司の様子がおかしいと最初に告げたのも永倉だった。
   「もし、ご都合がよろしかったらでよいのですが・・・・・・」
   「奴ぁ、今どこだ」
   「鬼の間です。先生のお部屋で寝ているように言っても、すぐ遊びにいってしまうので、私の側にお連れしました」
   「巡察は午前で終わったし、左之はどっかへ行ったのかいねぇし、丁度暇していたところだ。いいぜ」
   「お手数おかけします」
   セイは頭を下げた。
   「他の隊士に頼もうかと思ったのですが、沖田先生のことだから何だかんだ言い含めて抜け出しそうな気がして。ここは兄分の永倉先生にお頼みするしかないと思いまして。今、漸く沖田先生寝付かれたところなんです。時々でいいので、様子を見ていただけませんか。それと微熱があるようなので、手ぬぐいの交換をお頼みしたいのです。本当にごめなさい」
   「そんなに固くなるな。いいってことよ。俺も奴ぁ心配なんだからよ。ついでだ、総司の様子見に鬼の間とやらに行こう」
   「ごめんなさい。急用が出来て、どうしても外出しなくてはならなくなったんです」
 
 
 
   「これか」
 
 
 
   永倉は小指を立てる。
   セイの顔が一瞬で赤くなった。
   「違いますって!!」
   「いやいや流石土方さんの小姓をしていると、そういうところまで感化されるもんなんだな」
   しみじみという永倉をセイは思いっきり睨み付けた。
   「冗談、冗談だよ、神谷」
   「たちの悪い冗談は、私、嫌いです」
   思い切り顔を背ける。
   「はははっ。すぐムキになるところ変わってねぇな、お前も。そんで、何時ごろ帰ってくるんだ?」
   「・・・・・・分かりません。もしかしたら門限までに帰って来れないかもしれません」
   「おいおい、それじゃぁ、切腹になっちまうぜ」
   「だから、永倉先生にお頼みしたのです。沖田先生のお世話をしてくださるよう」
   「・・・・・・そして、もし土方さんが帰ってきたらお前が外泊をしていることを伝えるようにか」
   「・・・・・・はい」
 
   セイのことのほか真剣な面持ちが気になりつつも、永倉は承諾した。
   副長が黒谷に泊まりこんでおり、その小姓が外泊となると、副長室は空となる。
   組の実質的な運営をしている土方の部屋にはそれなりの情報も集まっており、土方に続き小姓のセイまでも席を外すとなると誰かが入り込むかもしれない。
   新選組は烏合の衆ゆえ、間者が入り込んでいても分からない。実際これまでに何度も間者を発見してきた。
   それを危惧して具合の良くない総司を見るついでに副長室に異変がないか時々見てくれるよう頼んだのかと永倉は考えた。
 
   「お前最近外歩いてねぇからあれだけれどよ、とにかく気をつけていけよ。西の気がところかしこにうずまいてやがる」
   「はい」
   副長室の前まで来た。
   「永倉先生、お願い事をもう一つ・・・・・ううん、二つしても宜しいですか」
   「おう、この際だ。」
   「もし、副長が帰られたら・・・・・・」
   「お前の外泊許可のことを言っておくんだろ?」
   永倉は確かめるようにセイに問うた。
   「はい、それもありますが、副長に差し上げた文の写し書きは例のところにあると」
   セイは土方に書いた文の全てを写文してある。
   もし、黒谷へ文を届ける隊士が間者であった場合、偽文を土方に渡すかもしれない。
   または握りつぶすかもしれない。
   それを考えてのことである。
   土方の文に 「文、『六通』全て目を通す」とわざわざ届いた文の数が書かれていたのは、そういう意味合いもある。
   報告を正しく土方に伝えるまでの責任は全てセイにある。
   故に文を届けさす人選は一番緊張するものであった。
   最も今日は斎藤が届けてくれるとのことで、ほっとしているが。
 
    「写し書き?」
   だが、永倉はすぐに合点がいったようで
   「お前もなかなかの小姓ぶりだ」
   と感嘆をもらした。
   「それと、もう一つ。この文をお渡し頂けますか」
   セイは胸元から白い包みを取り出した。
   「急ぎのものなら、黒谷へ届けた方がよくねぇか。今日、土方さんが帰ってくるとは限らねぇんだから」
 
 
 
 
  「・・・・・・いいえ。これは、小姓から鬼副長への・・・・・・恋文です」
 

  
 
   ふわり。
 
   そんな言葉が似合う笑みをセイは永倉に向けた。
 





  

    外はすっかり闇夜が支配している。
   凍えるような寒い京の町に家々から漏れる明りが唯一温かさを醸し出していた。
   どこからか、唄が聞こえてくる。
   合いの手が入り、随分と盛り上がっているようだ。
   セイはその通りを抜け、一件の店に歩を進めた。
   案内された部屋は一番奥の部屋。
   女将の丁寧な所作で襖があけられる。
   
 
 
 
 
   「・・・・・・これは、意外。正直、来てくれるとは思わなかった」
 
 
 
   
 
   壁を背にして一人の男が座っていた。
   こちらに来るよう手を振る。
   セイは苦笑して答えた。
 
 
 
 
 
 
   「何、おしゃっるんです。呼び出したのは貴方じゃないですか・・・・・・伊東先生」
 
 
 




こちらは「壬午」様(管理人:AK2様・えりこ様・鼓様)に差し上げたものです。

いつもはおふざけ担当のカッシーですが、たまには格好よくしようと思い立ったのがこの作品を書いたきっかけです。
  その結果は、ふたを開けてみないと分かりませんが・・・・・・。
 
 
  歳とセイちゃんが一度も会話どころか顔を合わしてすらしていませんが(^^ゞ、最終的には歳セイにするつもりですので、 お付き合いくだされば幸いです。
 

初出:2003年3月27日