真と誠(其の二)







「僕からの誘いを君が受けてくれるなんて初めてのことじゃないか。感激で夢ではなかろうかと思ってしまうよ」
 伊東は昼間同様セイにしがみつかんとする。
 「夢ならばどんなに良いことでしょう。また、そうして恋文とやらを忍ばせるおつもりですか」
 セイは小刀を伊東につきつけた。








 「・・・・・・・・?」
 目を開けると、何時の間にやら夜になっていたようだった。
 「よお、総司。具合はどうだ?」
 まだ覚めきらぬ視界で呼ばれた方を振り向くと、見慣れた顔。
 「永倉さん?」
 「随分と長い昼寝だな」
 上半身を起こす総司を永倉は手伝う。 
 「あれっ、私ってば何時の間に寝ていたんだろう。もう、嫌だなぁ、永倉さんも。起こしてくれても良いのに」
 「そういうな。阿修羅殿にお前の看病を仰せつかってあるんだ。逆らうと後が恐ぇ」
 カッカッカッと永倉は豪快に笑う。
 「そういえば、神谷さんは?神谷さんは、どこです?」
 「さぁな、えらく真剣な顔して外出したぜ」
 「外に?」
 「あぁ、今夜は外泊するかもしれんだとよ」
 「外泊?」
 総司は首をかしげる。
 「知らねぇよ。妓のところじゃねぇの?・・・・・・・そういや、あいつ今月は妾宅に行ってねぇよな。あぁ、それで」
 ふむふむと一人納得する永倉に総司は説明するよう促す。
 「いやな。昼にあいつが真面目な顔して急用が出来てどうしても外出しなくちゃならねぇからとお前の世話を頼まれてな。何事かと思ったんだが、そうか、明里の所に行ったのかってな。女のところかってからかったら、真っ赤な顔しやがったし」
 あいつも隅におけねぇ奴だと高笑いする永倉。
 「お前も神谷を見習っていい加減女の一人や二人囲ってみろよ」
 にへにへと笑う永倉に総司は苦笑する。
 セイとて好きで囲っているわけではない。
 「今日の夕飯は何です?寝たらお腹が空いちゃいました」
 総司は、さりげなく話題をそらした。








 「やはり、君は美しい子だよ。花の様な可憐さとそれに相反する硝子の破片の様なあやうさを兼ね備えている」
 セイから体を離した後、伊東は扇子で口元を隠しながら、どこか感嘆するかのような口調で言う。
 セイは小刀を納め、今だ腰に差したままだった大小を右側に置き、変なことさえしなければ敵意はないということを示した。
 「先生こそ、こんなことをするために私を呼び出したわけではないでしょう」
 「しかし、実の所君が本当に来るとまでは思っていなかった。七分三分で来ないと思っていた」
 「・・・・・・そうですね。『神谷清三郎』として呼ばれていたら赴かなかったでしょうね。でもこの文は『副長付小姓』宛だもの。出向かないわけにはいきません。そんな私の性格まで見通しているなんて、やはり伊東先生は人の心を読むのがお得意ですね」
 「僕の愛の結晶は功を奏したわけだ」
 「愛の結晶とはこのことですか」
 懐から表に大きく「恋文」と書かれている文を取り出す。


 


 副長付小姓殿


 話したき儀有り
 他言無用の事
 下記の刻、下記の場所に来られたし


 参謀






 「昼間抱きついた時に、これを忍ばせたのでしょ?すぐには気がつきませんでしたけれども。部屋に戻ったら、懐に文があるんだもの。驚きましたよ」
 総司を寝かすための布団を取り出した時、カサカサと音がするので見たら文が入っていた。
 何が書かれているのか気になったが、総司の前で見るのはどうしてだか躊躇われ、濡れ手ぬぐいを用意する時に目を通したのだ。
 「沖田先生もおっしゃっていたではないですか、『伊東先生は大人しくしているのが一番』だと。土方副長がご不在の時に何の用です。屯所では話せぬようなことなのですか」
 咎める様なセイの物言いに
 「土方君も良いが、僕は君にも興味がある。土方君が居ないからこそ、こうして君と話が出来ている。君も、それを知らずに来たわけではあるまい」
 くすっと伊東は笑った。



 新選組内は今とても不安定だった。



 以前から、土方と伊東の対立はあったのだが、ここ最近頓に目に見えて強くなってきている。
 最も、これは平隊士達にとっては、気になりつつも直接的な関わりを持っていなかった。
どちらに好意を抱いているかはともかく、平隊士は平隊士として上から言われたものを消化してゆくのみであり、余計な詮索と考えはあらぬ疑いを呼び、己に火の粉がかかってくると自覚している。疑わしき者は斬れという風潮がここのところ強くなってきているが、それは、何も浪人達に向けられたものだけではない。

 一方、幹部達は口には出さないが己の身の置き場ははっきりと意思表示している者が多い。
誠衛館出の者を中心とする者達と伊東と一緒に入隊した者、そしてあくまで中立を装う者。飛び交う言葉の端々がぴりぴりしている。
そんなこの微妙な時期に、土方が黒谷で泊り込んでいる。
土方自身は先日三条での制札の件で報奨金が下されたのでその礼へ行くと口にしていたのだが、会津藩主直々のお呼び出しということで、隊の統率力を咎められているのだというのが隊内の一般的な見解だった。
しかし、セイが思うに真相はそうではない。
あの土方の性格からすると、恐らくは・・・・・・。





 「僕の大好きな土方君がせっかく用意してくれた時間だ。有効に使わなくては」




 副長である自分が長期不在することで、伊東が何らかの行動を起すのではないか。むしろ、起してくれた方が今後土方としてはやりやすい。そうセイは受け取っていた。
 言うなればあからさまな罠に伊東はすすんでのってきたことになる。
 「一平隊士の身分の私に参謀ともあろうお方が何用でしょう」
 「さすが、土方君の小姓をしているだけある。清三郎、君もなかなかに聡い子だね」
 パチンと扇子を閉じた。
 「今夜は女将に頼んで良い料理を出してもらった。夜は長い。ゆるりと話そうじゃないか」
 「お気遣い有難うございます。しかし、伊東先生が私にお話なされたいこととは何でしょう。気になって、せっかくの料理が喉をとおりませぬ」
 「どうも清三郎は僕に対して警戒心を抱いているようだ。そういえば、山南さんも最初はそうだった」
 「山南先生?」
 意外な人物の登場にセイはやや大きな声を張り上げた。
 先程までの怪しむ眼差しは消え失せ、代わりに好奇心ともいえる光が瞳に宿ったことに、伊東は内心ほくそ笑む。
 「そう、彼と一度この店で今の君と同じように話し合ったことがあった。その山南君ももうこの世にはいない。あれ程の秀逸な人材が世を去ったことは真に惜しむべきことだ」
 「それは、私に対する当てつけでしょうか」
 伊東は肯定も否定もせず意味ありげな視線を送る。
 「山南先生は私とある女性との間の色恋沙汰が原因で・・・・・・と。山南先生とは御同門の仲の伊東先生がそのきっかけともいえる私を恨むのは分かりますが・・・・・・」
 俯くセイ。
 「君は本当にそう思っているのかい。山南さんが清三郎が原因で命を落としたと・・・・・・」



 そう、それは前々から気になっていた。
 山南は自分が女子であることは知っていたし、明里のもとへ行くのだって、女子ならではの悩み故と承知していたはず。山南がセイの秘密に気付いてからは、むしろそれ以外のときでも何かと非番にして休ませてくれていた。その山南が自分との明里との仲が原因で脱走をして切腹するのはおかしい。

脱走の本当の理由は何なのか。
きっと土方は知っているのだろうが、聞いてはいけないことのような気がして今まで口に出せずにいた。
山南の切腹後、自分が急に副長の小姓に命じられたのも気になっていた。
 何も語らず全てを胸のうちに仕舞って逝ってしまった山南。
 大津まで行った総司にさえも理由は知らされなかったその心の内には何があるというのか。
 そして、何故それを伊東は知っているそぶりでいるのか。


 「真の事を聞きたいかい。清三郎」
 伊東は、底光りする瞳でセイを見つめた。
 







   しんと底冷えする京の闇夜を二つの提灯がゆらゆらと揺れている。
 今宵は新月の翌日で、月明かりが心もとない。
 「斎藤、どうした。何をそんなに浮かぬ顔をしている」
 隣を歩く斎藤に土方はどこか楽しげに問い掛けた。
 「この顔は、生まれつきです」
 「ほう?」
 にやにやする土方。
 「俺には、お前の顔にこう書いていある気がするんだがな。『何故、今、帰営するのか』と」
 覗き込むように言う土方に斎藤は顔をしかめた。
 「副長らしくもない。わざわざ目論見をばらすようなことをするとは。」
 伊東が動き出すのを待っていたかのような土方の帰途。
 そんなあからさまな行動を取るとは思慮深いこの男らしからぬことだ。
 「目論見?馬〜鹿。そんなものとっくに奴は見破っているさ。踊らされていると知りつつ、わざと踊っているのさ」
 「・・・・・・それは、そうでしょうが」
 「何だ、随分と不満そうだな。何ならお前は今からでも黒谷へ戻って一泊するか。俺と会う以外にも用があったみてぇだし」
 意味ありげな視線を向けられ、斎藤は閉口する。





 この人は、何時ごろ自分が会津側の人間だと知ったのだろうか。
 自分には知る由もないが、随分と最初から露見されていたように思える。
 会津からの監察官だと知りつつ、つい最近までそのような素振りを見せず、知らぬ存ぜぬな態度を取るとは、何とも土方らしいことである。
 こういう駆け引きは土方が得意とするところだった。
 現に今も、伊東がわざと踊っていると知りつつも、それを知らぬ振りして屯所へ向かっている。
 伊東は自分が想像した目論見が正しかったことに、わざと踊った自分に気が付いていない土方にほくそ笑む事だろう。
 だが、実際は土方の方が一枚上手だ。
 伊東も土方も双方中々の策士だが、性質は異なる。
 伊東は学がある分、やや自惚れが強いところがあり、何事も頭で動いている節がある。
 一方、土方は最終的には勘で動いているところがある。嗅覚が鋭いとでも言うのだろうか。
 この二人の策の弄し合いは傍らで見ている分には楽しいのだが、目的の為ならば融通をきかすことが出来る伊東より、ある意味頑固で気の進まぬ物事には相容れないという意地っ張りな土方の方が自分とは相性が合うように思える。
 何事も完璧に見える伊東と比べて土方の方が人間臭さ、人間味があるのだ。





 「伊東の野郎もなかなか頑張っているじゃねぇか。一昨日は平助を誘い出し、昨日はお前に酒を奢るとは」
 呵呵大笑する土方は本当に楽しそうだ。
 喧嘩好きの顔がちらほら見え隠れする。
 「奴との酒は旨かったか」
 「・・・・・・俺は酒は一人で飲む方が好きです」
 「ははは、お前らしい『答え方』だ。」
 「ですが、・・・・・・藤堂さんは酔わせてくれる伊東の酒を好まれているようです」
 「『酔わせてくれる』か・・・・・・」
 白い息が淡い光に照らされ映し出される。
 「酒を嗜まぬ俺じゃ、平助を酔わせてはやれぬということか」
 似合わぬ陽気な口調が、空しく闇夜に響き、消えてゆく。

 「・・・・・・総長の件は、あんたのせいじゃない」
 言い聞かせるようにいう斎藤に土方は苦笑する。
 その顔が今の斎藤には泣き笑いに見えた。





 隊士を募集するために共に江戸へ行ったとき、目の前の男は何もかも背負い込み、涙一つ見せぬ冷徹な仮面で必死に弱い自分を隠していた。
 ・・・・・・夢でうなされる程に。
 山南の切腹後隊内には鬼副長に対する批判の想いが渦巻いていた。
 脱走の事情も明らかにせず切腹とは何事だと。
 横恋慕を恥じた故の切腹などこじつけにすぎず、実際は邪魔な総長を葬ったのだと。
 旧知の仲が切腹するというのに、なぜ涙一つこぼさぬと。
 所詮鬼には武士の情けという言葉はないのかと。
 「仏の総長・鬼の副長」と揶揄されていただけに、土方に対する風当たりは強かった。
 そんな風は何とも思わぬくせに、他人には気を遣う。
 風が局長の近藤に当たらぬように、鬼は両手を広げてすべての冷たく痛い風をその身に受けた。
 噂の的となった神谷を自分の小姓とし、要らぬ醜聞から守るため手元においた。
 江戸では、藤堂に恨まれ役を買って出た。
 情に厚く、情にもろい。
 土方はその力量から副長職に向いていると誰もがいうが、こういう土方を見ていると、この男ほど向いていない人はいないのではなかろうかとさえ思うこともある。



 憎まれるのは構わないと言う。
 恨まれるのはもう慣れたと言う。
 それで、近藤の夢が叶うのならばお安いことだと。
 それで、幼い頃から抱き続けた夢が叶うのならば本望だと。
 そう笑う土方が、斎藤には総司の言葉を借りればとても可愛く思えた。





 「平助が酔いたいと言っているんだ。思う存分酔わせてやるさ。それで気が楽になるのなら」
 「それは、参謀達の言い分を認めるということですか」





 伊東は昨年、そして今年の安芸への出張以来、佐幕派に位置する新選組を好まぬ想いを一層強くしたようだった。
 監察の報告によると、芸州での伊東の行いは矢張り倒幕を推進するようなものだったとのことで伊東とは相容れぬ関係になったことがはっきりした。
 加えて今月師走の五日には一橋慶喜が十五代将軍となり、天狗党の一件で憎しみさえ抱いている伊東が慶喜を頂点とする幕府に耳を傾けることは無い。
 あくまで、幕府あっての尊皇攘夷と唱える近藤・土方と何度激論を交わしたことか。
 いつからか、伊東は新選組からの離隊を仄めかすようになった。
 切腹を課せられる脱隊ではなく、あくまで離隊、分隊なのだと。
 近藤が目指す所も伊東が目指す所も目的は一緒、「尊皇攘夷」。
 だが、そこに辿り着くまでの道が異なる。
 今のままでは口論ばかりで何も進まぬ、そこでここはお互い目的に向かってそれぞれの道で歩んでいこうではないかと。
 最近の幹部集会ではその話でもちきりだった。



 土方が、
 「伊東参謀、貴方が入隊した折、私は言いました。『新選組は明確に佐幕の立場にある』と。その時、貴方はこうおっしゃった。『佐幕』と『尊皇』が対立するものだとは思っていないと。お忘れですか」
 と言えば、
 「流石土方君。記憶が良いね。あぁ、確かにそのように言ったよ。だが、その後僕はこう付け加えた。『新選組が佐幕組織であるとしてもその幕府が天子様を敬うものである限り』と。土方君が開口一番『本懐とは』と尋ねられたときにも答えたように、僕の望みは『尊皇攘夷』、ただそれのみ」
 と伊東は返す。
 「『佐幕』と『尊皇』が対立しないのであれば『我々』と『あなた方』も然りではないでしょうか。それから、先の言い分では幕府は帝を敬っていないと、そうお思いなのですか。どうも貴方は芸州へ行かれてから大きく変わられた。我々と行動を共にすることに対して、貴方の中に飽き(安芸)の風が吹いたのでしょうか」

 土方は気が短いというか、喧嘩っぱやいところがある。
 万事がこの調子で話し合いは堂々巡りをたどってた。
 加えて、今日耳にした極秘情報によると、孝明天皇がいよいよ危篤だという。
 霜月に風邪をこじらせて痘瘡を患ったとの事だが、それ以来体調が思わしくなく床に伏せていた。
 病気とは世を憚る言い訳に過ぎず、やれ呪詛をかけられたのだ、やれ毒を盛らされたのだと、宮中では大騒ぎになっている。
 この知らせを土方に話すと、疲れた表情で「進退これ谷まる・・・・・・か」とただ一言つぶやいただけだった。
 「進退谷まる」・・・・・・今後の我が国の行く末のことか、それとも新選組内部分裂のことか。
 どちらにしろ、色白の顔が一層青白く見えたのは斎藤の気のせいではないはずだった。

 




 「参謀はこれ以上『佐幕』の新選組とは行動を共にしたくはない。常々そう副長と争っている。藤堂さんを酔わせるということは、それ即ち・・・・・・」





 「斎藤、相変わらずお前は頭の回転が速いな」
 幹部集会では脱隊を許さぬの一点張りの土方がどうしてだか否定をしなかった。
 「進退谷まる」の答えがこれなのだろうか。
 が、脱隊を許しては山南の件と矛盾する。土方は一体どうするつもりなのか。
 脱隊ではなく伊東が提案しているように分離させるということなのか。
 しかし、それでも・・・・・・





 「酒は確かに酔わせてくれます。嫌なことも忘れるほどに。だが、酔い続けることはできない。いつかは醒めます」

 



 いずれにしても何らかの形で酔いは醒まされる。
 それは新選組にとって、何を意味するかは明確だ。
 慕って止まない山南をもこの男は我が子ともいえる新選組の前で斬った。
 その土方が伊東等を・・・・・・言葉を変えれば藤堂をいつまでも酔わせておくはずがない。
 それ故に伊東の脱隊を留めているのだろうか。
 藤堂の為に・・・・・・。
 藤堂を何とかしたいと悩んでいる近藤の為に・・・・・・。 



 一体、どこで歯車が狂いだしたのだ。
 時の波に揺られて我々が乗る船はどこへ辿り着こうとしているのか。
 しかしそれは、渦中の人々にはどうあがいても知ることの出来ぬ事。
 土方も斎藤も内心歯軋りをした。





 「辛党のお前が言うと妙に説得力があるな」
 「茶化さない下さい」
 「お前も、平助と一緒に『酔いにゆく』か」
 思わず立ち止まる斎藤。
 土方は数歩進んだ所で、足を止めた。
 静寂な時がその場を支配し、北風がひっきりなしに二人の間を通る。
 斎藤は、目の前の男をじっと見ていた。

 その背中を。
 何もかも背負い込んできた背中を。
 これからも背負い込むであろう背中を。
 意地を張っている背中を。
 哀しい色に染まった背中を。

 最初に口を開いたのは斎藤だった。
 「いいですね。俺も何だかんだ言ったところで、酒が好きですから」
 「・・・・・・そうか」
 目前の男は振り返らない。
 足を再び動かし始めた。
 「但し、酔った後に貴方と茶が飲めるのなら」
 くるりと振り向いた男の顔に瞬間驚きの色が走ったのを斎藤は視界に納めた。






 「江戸で言いませんでしたか、俺は『貴方についてゆくべきだと思った』と」











   強い風が障子を揺らす。
 行灯の火が頼りなげに揺れ二人の影をも揺るがす。
 しばらくの間、会話は交わされなかった。
 女将自慢の料理もすっかり醒めてしまっていた。
 「君は、このことを少しは知っていると思ったんだが。その様子だと、土方君は君が小姓であるのにもかかわらず何も話していなかったようだね」
 セイは俯いたままである。
 「新選組は今、岐路に立っている。どちらの道を行くべきなのか聡明な君なら分かるだろう」
 「・・・・・・私には国事は難しくてよく分かりません」
 かすれた声でセイはつぶやいた。
 「逃げる気かい?」
 セイは顔を伊東に向ける。
 「君は何のために新選組に在籍しているんだい?何を想って人を斬ってきたんだい?何の為にその白く小さな手には似つかわしくないほどの多くの命を奪ってきたんだい?」
 言葉を浴びせるたびにセイが困惑するのを伊東は楽しげに眺めていた。 
 セイのようなまだ前髪の子供に刀を握らせていることに伊東は入隊当初驚いた。
 江戸にまで聞こえていた新選組の噂は現実のものだった。
 京に連日降り続く血の雨が止む日は一日たりとも無かった。
 「・・・・・・誠の為に。私自身の誠の為に、新選組にいます」
 「では問うが、清三郎の誠とは一体何だい?」
 畳み掛けるようにいう伊東にセイは逆に問い返した。
 「失礼ながら、伊東先生の誠とはどのようなものでしょう」
 「僕の誠?昔の今も変わっていないさ。神国日本を守ること。政権を担う将軍様が一番偉いと思われている節があるが、そもそもそれは朝廷から征夷大将軍の名を賜り請け負っているにすぎない。真の君臨者は玉。長いこと甘い汁を吸ううちに誰かさんは錯覚してしまっている。さも、我こそが王者であると」
 「私の誠は、先生のように大きなものではありません。恥ずかしながらこの国の行く末に命を賭しているわけではありません」
 「では、何に対する誠だい」



 「心底惚れぬいた人へ対する誠です」



静かな光を瞳にのせ、セイは伊東に真っ直ぐ向き合った。
 そこに、先程迄の困惑や迷いは一切見られなかった。

 








こちらは「壬午」様(管理人:AK2様・えりこ様・鼓様)に差し上げたものです。

一応、時代考証は確かめましたが、間抜けな私のことだから、抜けている所があるかもしれません。
でも、見逃してあげて下さい(笑)

今回のこの話はカッシーを格好よく書こうと思い書き始めたのですが、
(いつも彼で遊んじゃっている節があるし罪滅ぼしのつもりで・・・・(^^ゞ)
書いているうちに他のキャラも格好よく書きたくなっちゃって。
いつも哀れな兄上役の斎藤先生も私なりに格好よく登場させみましたが、いかがでしょうか?



初出:2003年3月27日