真と誠(其の三)







「確かに、伊東先生のおっしゃる事は正論で、『真』・・・・・・なのかもしれません。ですが、それは私の『誠』とは異なるのです」
セイは静かに口を開いた。
「なら、清三郎は幕府が正しいと、そう思うのかい」
「・・・・・いいえ。そういうことではありません。先程も述べたように私の誠は国に対してではなく人に対してです。伊東先生は副長が幕府に肩入れしているとおっしゃるけれども、私はそれは少し違うと思っています。副長も今の幕府の体制ははっきりいって良くお思いではないと思います。所謂お役所仕事というものは効率が悪いと言って、いつも不満を漏らしていますし。きっと、歯がゆいのでしょうね。自分ならこうやれるのにと思っていても、結局の所身分が邪魔をしている。多摩の農民からここまで這い上がってきた人だけにそういう辛さや苦しみはひとしおだと思います」





 セイは何度も目にしてきた。
 明らかに頼りなくただ禄米を食んでいる相手が、身分という二文字を笠に着て土方に頭を下げさせているのを。
 また、ぐっと唇をかみ締め、俯く顔の下で歯を食いしばっている土方を。
 土方だけではない。それは、近藤も同様だった。
 いつだったか胃炎を起し、その後も度々薬湯を飲んでいる。
 実績だけでは崩せないもの・・・・・・それが身分。
 身分を左右するもの・・・・・・・・・・・・それは生まれ。
 故に土方は幼い頃から武士に憧れ、夢を馳せた。
 いつの日か、いつの日かと日々剣を磨き己を磨いた。
 京へ上り農民の出である自分たちを身分という形だけではなく志を評し抱えてくれた会津公にどれほど土方は救われただろう。
 士農工商の枠を初めて取り払ってくれたのだから。





 「盛者必衰・・・・・この言葉が分からない副長ではありません。そもそも生粋の武士にしか許されぬ帯刀が許されていること自体、皮肉にもその証拠ともいえるのですから。それでも姿勢を崩さないのは、今の幕府を何とかしてやるという意気込みの裏で、ただ単に愛する局長の夢を叶えたい、そういう思いがあるのではないでしょうか。例え敗れると分かっていても、どうしたらよいのかも分かっていながらも妥協できずに自ら白刃に当たってゆく・・・・・・そんな不器用な人ですから」





 セイはくすっと笑った。
 随分前に、土方が今は将軍の座についている慶喜公のもとへ切腹覚悟で馬で乗り込んだことを思い出したからだ。
 あの時山南の看病をしていたので自分はその場に居合わせなかったが、それがどんなに残念な事に思えたか。
 冷静に物事を考える土方の裏側には熱い想いを抱いているもう一つの顔がある。
 それを以前山南は「火の様な夢想家」と表した。





 「でも、武士とはそういう一面もあると思うんです。確かに日本の行く末を考えたら、先程伊東先生が話されたお話が真実だとしたら、きっと先生のおっしゃるとおりで、理論的にはそうかもしれない。しかし、それが出来ない性分なんですよ、土方歳三と言う人は。山南先生の生前中、伺ったお話によると、副長って、昔からあんなふうじゃなかったそうですよ。よく笑って、冗談なんかも言って、加えてあの顔立ちだから人気者だったとか。本当に心の底から鬼な人ではないんですよ。それを理解するまで私自身随分と月日を要しましたけれども。しかし、小姓をしてからその考えは確信へと変わりました」





 伊東はおもしろくなさそうに膳に箸を伸ばし、漬物をパリパリと音を立てて食す。
 「君は、土方君の小姓だからそう庇う気持ちあるのは分かる。だが、鬼ではないというのなら、山南さんの件は起こらなかったと思うね。武士の情けもかけずに。正直、僕はあれ以来土方君の考えが分からなくなった。真の鬼だと思ったね」
 セイは目前の男をちらりとも見ず、静かに汁物をすすった。
 「では、伊東先生が副長の立場ならどうしますか。山南先生を助けますか。」
 「無論」
 「では、言葉を変えてお聞きします。もし伊東先生が副長ならば山南先生を助けられましたか?」
 「無論だとも。無条件とまではいかないだろうが、命を取るまではしない。それ以外の解決方法があったはずだ」
 「でも、そうしたら、烏合の衆の組内に大きなわだかまりを残します。今まで斬首や切腹になった人だって、少なくはありません。親しい仲だから、上層部だから規律をゆがめてまで命を助けるのかと皆不満を抱くでしょう。逆に、山南先生は脱走すると心に決めてから、自分の命が助かることを望んでいたでしょうか。伊東先生が先程おっしゃられていたように死をもって副長のことを抗議したのでしょうか。私は違うと思います。山南先生は新選組で死にたかったのだと、旧知の仲間の顔を見ながら逝きたかったのだと今ではそう思っています。山南先生はあの時点でとっくにお分かりになられていたんです。伊東先生の『真』と副長の『誠』が成り立たないものだって」



何か言いたそうな伊東が口を開く前にセイは言葉をかぶせた。


 「話は変わりますが、私が副長の小姓を命じられたのは、山南先生の件の直後でした。それこそ山南先生のことを忘れてしまうそうになるぐらい、鬼のように仕事の量を押し付けられて、毎日がへとへとでした。
それで、ある日副長がちょっと席をはずした間に昼寝をしてしまったんです。
気が付いたら、近くに副長の気配がする。私は気が気じゃなかった。だって隊務怠慢で叱られ、もしかしたら切腹を申し渡されるかもしれないんだから。
そうでなくても、副長は山南先生の一件でピリピリしていましたし、私の方でも山南先生の切腹はまだ承知できぬ事柄で、副長には一種の嫌悪感を抱いていました。
恐くて身動きできなくて、でも、もうどうにでもなれと狸寝入りを決め込んだんです。
怒鳴られるかと叩かれるかと蹴飛ばされるかとびくびくしていた私にかけられたのは副長の羽織と『悪ぃな』という暖かいものでした。
予想外の反応でこのまま寝たふりは悪いと思ったけれども、今更起きるのも何なのでそのまま眠ろうとしたけれど、一度目が覚めてしまうと、どうにも寝れなくて。
難儀していた所に沖田先生が障子を静かに開けて訪れました。そこで、沖田先生は山南先生の遺言だといってこう副長に話されていました。

『理由を話すことは泣き言になる。私を武士だと思ってくれるのなら聞かないでくれ。でもどうかこれだけは信じていて欲しい。私は誠衛館の仲間を生涯の同士だと心から思っている。私の人生において最も誇らしく尊い幸運は君たちに出会えた事だよ』と。

沖田先生は副長に大分落ち着いて考えられるようになっただろうからとそう話されて退室してゆきました。
そっと薄目を開けて副長を見ると、副長の肩が揺れていて、手を顔に当てていました。
それを見た時、私は鬼副長が大好きになったんです。人間味あふれる鬼が。
今まで、人知れぬ所でどれほどこうされていたのだろうと。
そして、一生この人についてゆこう、そう思いました」





 「土方君は罪な男だね。全く。清三郎まで虜にしているんだから」
 伊東は、諦めの念をため息に混ぜた。





 今まで脈ありそうな他の幹部や隊士達にそれとなく自分の方についてくれるよう話を重ねてきたのだが、土方の人間性という側面から断られたのは初めてだった。
 幕府に弓を引くことは出来ないという頑固な隊士や伊東の意見には賛同するが新選組の報復が恐いので断るといった臆病な隊士とは異なり、 ただただ土方についてゆくというセイの意見は伊東にそれ以上の勧誘の念を絶たすには十分だった。どんなに説を説いても無駄だということが伊東には分かっていたからだ。
逆に言えば、伊東が声をかける人物はセイとは反対の志を持った隊士が多かった。
藤堂や斎藤に酒を奢ったのは、二人がそれほど土方には肩入れしていないとみたからだ。
予想通り、藤堂はやはり山南の一件にこだわっていた。頭では理解できていても感情が追いつかない、そんな感じだ。
斎藤の方は当たり障りのない返答しか返されなかったが、脈ありだと伊東は見ている。そもそも斎藤は誠衛館仲間ではない。もう少しで陥落しそうな気配だ。今度は年明けにでも永倉あたりを誘ってまた食事でもしにゆこうかと考えている。以前、永倉は近藤に建白書を出して謹慎処分になったとのこと。ならば、案外落とせそうではないか。




 セイについてはその朗らかさを伊東は買っていた。そこに存在しているだけで気持ちが和らぐ・・・・・・・そんな不思議な力を持つ子だ。
腕前だけではなく、そういった精神面を考えた時、伊東はセイが欲しいと思った。
いずれは土方とは袂を分かつつもりだ。それならば、その際、出来るだけ大きな痛手を与えたい。
土方にとって大きな痛手とは何か・・・・・・。
彼の性格から考えるとそれは隊士の数ではない、質だ。
自分の身近にいた者の離隊ほど、彼を困らすものはない。
セイはまさにうってつけてはないか。
小姓という位置にいる以上、勧誘は難しいが試して見る価値はありそうだ・・・・・・そう思って誘ったこの席。
小姓という役柄は、自然他の隊士よりも隊内の情報が入り、離隊すればまっさきに報復をうけることになり、それが分からぬセイでもあるまい。
ただ、一抹の期待を胸に抱いてこの座席に誘った。



口を閉ざして俯いてしまった伊東にセイはこう言葉を続けた。



「私、伊東先生のことも好きですよ。抱きついたり、流し目で見られたりしなければ。ただ、それ以上にあの人のことが大好きだというだけです」



幼い頃から、武士を夢見て、仲間とともに歩いてきた。
苦難の末漸く我が子が京でも江戸でも名が知れ渡るようになった。
いつも肩肘はって、鬼の仮面をかぶって。
そんな土方歳三という人物がセイは大好きだ。
目的に向かって一途ではないか。
冷徹な鬼とは逆に熱い想いを抱いている。
以前総司から、土方が幼い頃武士になるのを夢見て竹を植えていたと聞いたことがある。
そう、土方は天に向かって真っ直ぐそびえる竹林のように、幼き頃から抱いている夢に向かって真っ直ぐだ。
そんな土方にどうしようもなく惹かれて仕方が無い。
それは、異性に対して抱く、所謂「好き・嫌い」という単純なものではない。
もっと、深く根本的な敬愛の念である。



 「伊東先生は本当に賢い方だと思います。賢いからこそ、柔軟に物事を捉えることができる。それに比べると、副長の方は感情ばっかりで・・・・・・。 でも、そんな馬鹿な武士はあいにく大好きなんですよ。私も、そうですから。」



肩をすくめて苦笑しながらいうセイを伊東は目を細めて眩しそうに見ていた。
 


 「でも、忘れないでくださいね。土方副長は愛して慕って止まない山南総長までも、それこそ心を鬼にして処断したんです。ましてや、貴方なら・・・・・・・・。」
「それは、十二分に分かっているよ。」
セイは伊東の顔を瞳をじっと見る。
揺らぎない強い眼光。
この人もこの人なりの誠の為ならば、例え我が身が朽ちようとも悔いはないのかもしれないとふと思った。



「失礼ながら、先生もなかなか馬鹿な武士なところがありますね」
「さっき、清三郎が馬鹿な武士が好きだといったからね」
伊東もセイも朗らかな笑みを浮かべた。





伊東は、パチンと扇子をならす。




「交渉決裂かな」
「そのようです」
セイは箸を膳に丁寧に置きながらそう静かに答えた。


「君は最後まで土方君よりだった」
「当たり前ですよ。私は副長の小姓なのですから」
「あぁ、そうだね」
「ですが、それでも伊東先生のお話を拝聴しにわざわざ危ない橋を渡ってきたのは、きっと私が伊東先生のことも大好きだからです。 そして、話をしているうちに気が付いたんです。・・・・・・先生よりも、もっと鬼副長の方が大好きなんだと」
「そうかい。今回僕は随分と損な役回りをしたもんだ」





「伊東先生と副長、こんな時代でなければ、江戸の頃に出会っていればどうなっていたのでしょうね。きっと違う結末があったのでしょうね」




窓を見やりながらそっと静かに口を開いたセイに


「全くだ」


と伊東はセイに気が付かれぬように自嘲めいた笑いをこぼした。




 



今日はこのままこの料亭に泊まらないかという伊東を丁寧に断り、セイは月明かりの乏しい深夜を歩いていた。
夜の静寂にカランコロンと下駄の音が響く。
伊東からの文に気が付いた時、正直最初は気が付かなかった振りをしようかと思っていた。
だが、今は矢張り伊東と話し合って良かったと思っている。
自分は女故か、国のためとか日本のためとか大きな誠は持てず、ただ身近にいる人に対する誠を抱く事しか出来ない。
今まで何かと物事に熱い男達に半ば呆れたこともあったが、今では武士(おとこ)として生まれなかった事に対し残念な気持ちを少しだけ抱いていた。
佐幕がどうとか、勤皇がどうとか。
どちらがこの国のためかよく分からないが、土方や伊東のような武士(おとこ)が数多くいるのならば、どのような結末になろうとも「日本」という国は 大丈夫なような気がしてきた。




ふぅとセイは深呼吸する。




伊東との会話で、自分の想いは全て話した。
悔いは無い。




刀の鞘をぐっと掴み、小さな細い路地に向け角を曲がる。



「いつまで、そうして人の後をつけているおつもりですか」



振り返らず、背後の人物に声をかける。
伊東との席に赴いた時から覚悟は出来ていた。
自分は副長付き小姓である。
その小姓がいわば副長とは敵対する位置にいる伊東と誰にも告げずに料亭で長時間過ごした。
それだけで理由は十分である。
後ろの追手は誰なのだろう。
一番隊の者か。
気配がとんと感じられない。
なかなかの手馴れの者だ。
もしかしたら、総司かもしれない。
あれほど、安静にしてくれと頼んだのに。
しかし、最期に目にする者が、初恋の者というのもよいかもしれない。



・・・・・スラリ・・・・・・



静かに鞘走りさせ、振り向いたセイの目には意外な人物が映った。





「・・・・・・まさか、貴方が送り狼だったとは思いませんでした」









こちらは「壬午」様(管理人:AK2様・えりこ様・鼓様)に差し上げたものです。

実は、これを書くの二回目なんです。
この三回目と次回の四回目を打ったFDごと田んぼに落ちまして、すべてがおじゃんとなってしまったわけです。(><)
田んぼを見ながら、茫然自失とはこういうことをいうのかとどこか冷静に考える自分がいました。
最初に書いたものから大分月日が経ってしまったので、話の雰囲気が変わったかもしれません。何となく。

カッシーをもっと格好よく書きたかったんですけれど、思うようにいきませんでした。
頭の中にはイメージ出来ているのに、いざそれを書こうと思うとなかなか出てきません。
カッシー・・・・・・ごめんね。

よく思うのは、歴史に悪者はいないのではないかということ。
負けた者が悪いとか、勝った方が悪いとかではなく。
皆それぞれの想いで、その時その時を生きてきたと思います。
時代の分かれ目に生きてきた人たちは、皆熱い。
それは、今の私たちに一番欠けている大事なものかもしれません。